第二十八話 『お姉ちゃんリスペクト?』
「そこのXに今出した答えを代入して……」
「ああ、なるほど。そうやって考えればいいんだ。さっすが竜!」
梓の部屋の真ん中に置かれているミニテーブル。それを挟むようにして俺と梓は座っていた。そして俺の膝の上には……
「竜兄、あしょぼー。雪菜、この後お出かけするから、それまであしょんでよー」
頬ずりするようにして甘えてくる雪菜ちゃんがいた。どうしよう、めっちゃ抱きしめたいし、遊びたい! 何この子。五歳にして男をたぶらかす術をすでに習得してるとは……恐るべし昼ドラの力!
「ごめんね、雪菜ちゃん。梓ちょっとお勉強が苦手だから、俺が見てあげないといけないんだ」
雪菜ちゃんはそんな俺の言葉にフルフルと首を横に振る。はは、このくらいの年の子にそんなこと言っても分からないよな。
「あず姉はちょっとお勉強が苦手なんじゃないよ、とっても苦手なんだよ!」
あらあらなんて正直なんでしょう、この子は。梓なんて開いた口が塞がってないです。あまりの衝撃に思わず、敬語になってしまった。
「雪菜ちゃんは勉強得意なの?」
「得意ではないけど……」
梓をちらりと見る雪菜ちゃん。
「身近に勉強できなくて苦労してる人がいると、将来こうなりたくないっていう思いが毎日更新されるの」
子供心というのは時に残酷だ。嘘をつくことができない子なら、なおさら。雪菜ちゃんの言葉は梓の心にクリティカルヒットした。
「ぐへっ」
車に轢かれたカエルのような音が梓の口から漏れたかと思うと、テーブルに倒れこんだ。どうやら効果はバツグンだったらしい!
「あず姉どーしたの?」
自分がとどめを刺したことを知らない雪菜ちゃんは、俺の膝から降りると梓の方に歩いていく。そして手を伸ばすと、机に倒れこむ梓の頬をつっつく。
そんな中、家にインターホンの音が鳴り響いた。
「あ、雪菜ちゃん。さっき言ってたお出かけの相手が来たんじゃない?」
俺の言葉に雪菜ちゃんが頷く。
「たぶんユウタ君が迎えに来てくれたんだと思う」
何? ユウタ君だと? さてはデートだな。竜兄が雪菜ちゃんにふさわしいかどうか、見てやろう! 雪菜ちゃんと一緒に階段を降り、玄関に向かう。雪菜ちゃんが扉を開けると、そこには幼いながらも顔立ちにメリハリの効いた、将来イケメンになりそうな男の子が背筋を伸ばして立っていた。
今から有望そうなのを押さえておくとは、雪菜ちゃんやり手だな……俺は二人の邪魔をしないように、壁際からそっと様子を伺う。
「ユウタ君、ありがとう」
「いえいえ。それでは雪菜ちゃん、参りましょう」
五歳児どうしの会話としては、ややおかしい気もするが……まあ世の中いろんな人がいるからね。姫をエスコートする紳士みたいな関係なのかな? 玄関の扉が閉まってしまったので、俺は外が見える窓まで移動する。
ちょうど雪菜ちゃんが自転車に乗るところだった。そしてユウタ君は
ん? あいつ何してるんだ?
雪菜ちゃんが自転車に乗るのを確認すると、自分は自転車から伸びるロープでできた輪っかに体を通す。そして……引っ張り始めた。
なんでだろう、涙が出てきた。姫と紳士っていう物語の世界を思い浮かべてたのに、実際はどう見ても姫と馬だった。
俺は涙で霞む視界で二人を見送った。




