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第十六話 『ぬいぐるみ』

 「そういえば僕も朝の竜に触発されて、二時間目の自習時間に今週の週末課題を進めてみたんだけど結構難しいね」


 「ああ、そうだな。もし俺が教えられるところだったら教えるから、その時は言ってくれ」


 俺と夏樹がそんな会話をした途端、メロンパンが梓の手から滑り落ちる。落下したメロンパンは夏樹の前にいたものを吹き飛ばした。


 パンダのシャンくんを


 「シャンくぅぅん!」


 夏樹の悲鳴が上がった。机の上から無理やりバンジージャンプをさせられたシャンくんを夏樹は助けようと手を出す。だが夏樹の手は空を切るばかりで、シャンくんをつかめない。


 地面に激突したシャンくんは、その丸い体型のせいでコロコロと転がっていく。まだ新学期が始まったばかりで、まともな掃除もされていない教室だ。シャンくんはその体にゴミをまといながら進んで行く。


 夏樹は椅子を蹴倒すような勢いで立ち上がると、すぐに救出に向かった。立ち止まったシャンくんをそっと拾い上げる。


 「うう、かわいそうに。こんなに汚れて」


 「まあ、ゴミ取り除いた後に手洗いすれば大丈夫じゃないの? あと俺にも今度一匹作ってくれないか?」


 シャンくんが汚れてしまったことに落ち込んでいた夏樹の顔が輝く。


 「竜もついにぬいぐるみの魅力に気づいてくれたんだね!」


 「ああ」


 夏樹の言うとおりだった。確かに可愛いのは認めるが、これまでぬいぐるみなんてホコリやダニの住処ぐらいにしか思っていなかった。だがそんな昔の俺を今の俺は殴ってやりたい。だから俺はその気持ちを夏樹に伝えた。


 「掃除に使う。夏樹が作るぬいぐるみはホコリの回収率が素晴らしい!」


 「嫌だあぁぁぁ!」


 物腰が柔らかい夏樹にしては、はっきりとした拒絶の姿勢だった。


 「なんでだ、材料費と技術費はちゃんと出す!」


 「そういう問題じゃない! ぬいぐるみは愛でるものであって、道具じゃない」


 「んん、そうなのか。残念」


 職人にはそれぞれこだわりがあるらしい。仕方ない。諦めるしかなさそうだ。夏樹とのぬいぐるみ論争に一区切りついた俺は梓の方を見る。そこには梓の姿をした石像がいた。


 題名「考えない人」


 固まったままの梓は俺が頬を触っても動かない。まあ話しかければ、動くだろう。


 「で、どうしたんだ? さすがに去年もあったんだ。週末課題にそんなに驚くことはないだろう?」


 梓はギギギと目を見開いたまま、俺の方を向く。怖い怖い、普通に向いてくれ。


 「あの悪夢は二年生になっても、まだ続くの? 私の大切な時間を奪うあれは」


 呪われた一族が呪いから逃げられないことを悲しむように、梓は言う。


 「きちんと計画を立ててやれば、ちゃんとこなせる量だよ。どうしてもきつかったら、電話してこい」


 「うう、でも悪いよ」


 「いや、お前一年生の時毎回電話かけてきてたじゃん」


 今更しおらしい態度を取っても遅い! それにそんなことより


 「課題はちゃんと俺が見てやるから、ひとまず梓は夏樹に謝った方がいいんじゃないか?」


 梓はハッと気付いたように夏樹の方を見る。


 「そうだよね、ごめんね夏樹くん」


 「いや、わざとじゃないからね。いいよ」


 よかった、特に遺恨を残すこともなさそうだ。だがそれで終わらないのが梓だった。


 「だから……お詫びにこの普段の竜よりオシャレなクマさんあげるね」


 「やかましいわ」


 「もともと僕のだ!」


 俺と夏樹からツッコミが梓に飛んで行った。


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