第十二話 『天使と悪魔』
梓の家に踏み込んだ俺の足に痛みが走った。
「痛っ!」
足元を見てみると、何やら小さくて四角いものを踏んづけてしまっている。拾い上げて見てみると、目覚まし時計だった。そいつがわんわんと喚き声を上げている。
俺は時計をひっくり返すと目覚ましをオフにする。こんな遠くに目覚ましを置いていても、寝ている時の梓の耳には届くとはとても思えない。だが二階から階段下へ続く光景を見て、梓の「ヘンゼルとグレーテル作戦」を理解してしまった。
俺が最初に止めた目覚まし時計から、一定の間隔でいくつもの目覚まし時計が置かれている。こいつらが騒音の正体か……というか中には初めて聞くアラーム音を鳴らしているものもある。
こんな音を鳴らす目覚まし時計、どこで売ってるんだ? 俺は本当は梓がたどるはずであった道筋を逆に辿りながら、寝室へと向かう。俺はチェックポイントのごとく設置されている目覚ましを止めていくと、ついに寝室の扉の前に立った。
ドアノブに手をかける。ベッドの中の梓はスヤスヤと眠っていた。
頭の上では目覚ましの金属音が鳴り響いているにもかかわらず
俺は梓の寝顔に不覚にも少し見とれてしまった。布団があるので顔しか見えないが、眠っている姿は綺麗なものだった。
サラサラと流れるショートの黒髪。アーモンド型のパッチリとした目に、艶のある唇が小顔にバランス良くおさまっている。数秒間ではあったが、惚けていた俺は頭を振る。
いかん、いかん。俺は梓を起こしに来たんだ。頭上でわめいている時計を止めると、起こしにかかる。
「梓、起きろ! また昨日と一緒で遅刻するぞ!」
だが反応を示さない。どうやら布団を剥ぐことから始めないといけないようだ。そう思って布団に手をかけた俺の手がはたと止まった。
もし梓が下着で寝ていたら……いやいや、別に下心があるわけじゃない。だが……いくら海外を飛び回っている梓の両親に任せられてるとはいえ、それはまずいんじゃないか?
すると葛藤する俺の心に突然天使と悪魔が現れた。俺と同じ顔をした、手の平サイズの悪魔がニヤニヤしながら俺に囁く。
「梓を起こすためなんだから、万が一下着を見てしまってもしょうがないじゃないか!」
そんな悪魔を押しのけるようにして、天使の輪を頭に乗せた典型的な天使が声を張り上げる。頼むぞ、天使! 俺の迷いを断ち切る、素晴らしい言葉を!
「どうせ見るんだったら、もう少し色気がある方がいいよ!」
確かにな。俺の迷いは天使の言葉で完全に断ち切られた。やっぱり天使はすごいな!
だけど梓が聞いたら怒りそうなのは完全に天使の言葉だ。本当にこいつ天使か? 俺は疑問とともに天使を見る。清潔感のある白い服、顔はまあ俺と同じだからどうでもいいや、そして頭上には輪っか……。天使をスキャンする俺の目線はそこで止まった。
こいつの輪っかよく見たら、割れてるじゃないか。おかげで使えなくなった蛍光灯みたいに点滅している。俺の中には本物の天使がいないのか?
「まあいいや、天使と悪魔ありがとう」
手をひらひらと振ると、梓のまぶたがピクリと動く。どうやら、ようやく目が覚めたようだった。




