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第十話 『シャンくん』

 翌朝。いつも通り五時半に家を出た俺は珍しく、夏樹と登校していた。どうやら変な時間に寝てしまったらしく、そのせいで早くに目が覚めてしまったらしい。


 なんて普通の理由であるはずがない。


 「で、なんでこんな早くに起きてるんだ?」


 「実はこれを作ってて」


 はにかみながら、先ほどから手でもふもふしているそいつを俺に見せてくる。夏樹の手の中には丸々と太ったパンダのぬいぐるみが握られていた。


 「…………」


 こいつ黙ってればイケメンなのにな。


 「名前はシャンくんだよ」


 マジで黙っててくれないかな。


 「夏樹はこのプレス機で上から潰されたようなパンダを作るのに徹夜したのか?」


 「二頭身の可愛いパンダじゃないか!」


 夏樹はシャンくんに頬ずりしている。先ほどはああ言ったが、確かにぬいぐるみの出来は店頭で並んでいても遜色がないくらい見事なものだった。


 これが夏樹の本当の姿だった。ぬいぐるみのように柔らかくもふもふしたものや、小さい子供には目がない。きっとこの卓越した容姿を持っていなければ、警察の方とお話しする機会はたくさんあっただろう。


 「竜はこんな時間に毎朝起きてるなんて、すごいね。昨日はよく眠れた?」


 「ああ。おかげさまで昨日意識が途絶えてから、朝目がさめるまでぐっすりだ」


 生きてるって素晴らしい! 無事に目が覚めて、朝の日の出を見たときは涙が出そうになった。夏樹と話しながら登校したせいか、いつもより学校に着くのが早く感じられた。俺は迷うことなく、いつも通りの道筋をたどる。


 「竜、そっちは昇降口じゃないよ」


 「ああ、分かってるよ。先に行っててくれ」


 だが夏樹は俺の動向が気になるらしく、付いてきた。俺は気にすることなく、その足で事務室に向かう。


 「おはようございます。小島です」


 「おはよう。それじゃいつも通り頼むよ」


 事務員のおじさんに頷くと、俺は鍵の束を受け取った。夏樹は俺がこれから何をするのか見当もつかないという顔をしている。


 まあ別に面白いことなんて何もないんだけどな。事務室を出ると三号館にある俺たちの昇降口に向かい、靴から上履きへ履き替える。そして三号館の一階から三階へかけて、閉まっている教室の鍵を開けていく。それが梓を起こすことに加えて、俺の日課になっていた。


 「パシリじゃないか」


 夏樹は愕然とした表情で言うが、俺は首を横に振った。確かに面倒だ。だがメリットがある。


 「こうやって鍵を任せてもらえるおかげで、三号館にある図書室を自由に使えるんだよ」


 俺の学校では進学校ということもあり、図書室を通って行くことができる部屋に、自習用ブースが備え付けられていた。


 「そうか、竜はいつも朝ここで勉強してるんだね」


 「ああ。朝は横に怪獣がいない平和な時間だよ」


 「怪獣って、女の子なんだから」


 「そうか? じゃあ百歩譲ってブレーキのない車だ」


 苦笑する夏樹に、俺は肩をすくめてみせる。


 「まあ、いいか。僕も今日はここで、もう一匹作るとするよ」


 「ここは裁縫ブースじゃないんだ、教室でやれよ」


 「やだよ、僕の趣味はあまり人に見せたくないんだ」


 それもそうか。俺は頷くと、カバンから数学の参考書を取り出し、ページをめくり始めた。

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