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森の水場

 都を奪還してからは悪魔達の襲撃は無く、逆に蛮族達は他の集落を奪い返していった。

 そこに居着いていた悪魔達は蛮族の攻撃に全く対応出来ず、アルマ達も戦闘に参加していた事もあり、容易に勝利を収める事が出来た。

 その後2つの集落を奪い返した所でケアネイから悪魔達は撤退し、周辺では一切その姿を見る事が無くなった。

 完全に勝利を収めた蛮族だったが、浮かれる事もなく粛々と次の戦いの準備を進める姿が見られる。

 その中で大巫女は体調を取り戻した。

 アルマ達とリストーニアへの遠征について会議が何度も行われるようになり、アグナとサグナを中心にした攻撃部隊が編成された。

 しかし、その規模はケアネイの現在の事情も考慮して、それ程大きくは無く蛮族の戦士と呪術師が500人程、その他にはそれらの兵站を支える部隊という規模だった。

 これは、好機があれば攻め落とすが1度の遠征でリストーニアを奪還出来るとは考えておらず、蛮族にとっては異文化の都市をどのように攻めるかを知る為の情報収集を兼ねた遠征となる。

 部隊は全員が眠りを体験したアルマ達への特別な感情を持つ者達で構成された。

 遠征の前日となり、都の客人用の施設では双子の巫女とアルマ達、また呪術師と戦士の長が明日からの遠征の話を兼ねて食事をしながら大きなテーブルを囲んでいた。

「悪魔達との戦いに勝利したのに誰も浮かれたりしないのね」

「ええ、奴らは状況が悪くなると直ぐに撤退して暫くは姿を消します。それでまた体制を整えると攻めに来る。それをずっと繰り返しているのです。皆それを分かっていますので」

「それはまた厄介な相手というか……そう言えば。あいつらの拠点が分かったとか言ってなかった?」

「はい、幾つかの場所を特定しています。有力なのはここからずっと南西にある渓谷です」

「渓谷? どの辺りだろう?」

「ここからですと、そうですね2ヶ月は掛かるでしょうか。実は私達と親交のある民族が南西に住んでいまして、そこの者達からの情報なのです」

「初めて聞いたわ。ケアネイ以外にも森に住まう人はいるのね」

「はい、アルベという所でここよりも小さい国です」

「こちらの文化圏ではない場所ね。今後はそういう場所も調べる必要があるでしょうね」

「その者達もやはり悪魔と敵対しております。アルベから使者が来ていたのですが、運悪く時止めの術で眠ってしまいまして、視察も兼ねて今回の遠征にも参加していますので、いずれご紹介しましょう」

 次の日になり、遠征の準備が整った部隊が呪術師達の儀式で勝利の祈願をする。

 見送りには大巫女と神官達がいた。

 普段の純白な衣装とは違い蛮族の呪術師達の様な派手な衣装を身に着けており、頭にはいつもとは違う金色に輝く大きな髪飾りを着けていた。

「大巫女様、この度はご支援ありがとうございます」

「この者達は悪魔に対して熟練の強者ばかり。必ずお役に立てるでしょう」

「大巫女様。今日は何だか衣装が凄く素敵ですね。キラキラしていて」

「ええ、祈りは巫女の務め。これから皆様の無事を祈る儀式を執り行うのです」

「そうだったのですか。重ねて御礼申し上げます」

 長蛇の列を築いて部隊が移動を開始した。

 都奪還時と同じ様に森に慣れた蛮族が先導し、エレノアとダキが御者をする馬車は最後尾の物資部隊と共に移動していた。

「今回の遠征は彼らの主導だし何もかも任せているが、このまま森を突っ切るつもりだとしたら、物資をどうするつもりなんだ?」

「ん? さっきアグナに聞いたけど。北に迂回路があるらしいよ。距離は倍以上になるけど、馬車が通れるんだってさ」

「な!? そんな楽な道程があったのか……」

「まったくだよ。まぁ、私達が来た道は険しいけど一応は近道だった訳」

 何事もなく日中を通し移動をして部隊は野営の準備に取り掛かる。

「蛮族達はリストーニアに着いたら、直ぐに襲撃を開始するつもりらしいが、石造りの防壁の事をどうも分かって無い様な気がするな。アルマの攻撃で壁を壊して直ぐ突入とでも思っているみたいだが……」

「うーん、まぁ、何度も攻撃すれば壊れるかもしれないけど、悪魔が反撃する中で上手く出来るとは思えないねぇ」

「ああ、壁に関しては何処かで作戦会議を申し出た方が良さそうだな」

「そうね。でも壁さえ突破できれば彼らは頼もしいわ」

「また、壁かぁ。前回はみんなに助けて貰ったから何とかなったけど、今回はどうなるんだろう……」

「あ、あの。皆さん」

「ん、アナ、どうしたの?」

「あの、リストーニアに攻撃を開始する前に、私カーノルディンに行かなくちゃいけないんです。ジュリさんと約束しているので」

「そうね。領主も兵を出せると言っていたし。もし、うちらで壁が破れなかったら攻城兵器を都合して貰ったり、部隊を駐留させる場所を用意して貰ったりとか色々お願いしたいわね」

「しかし、どうやってカーノルディンに向かう? 今向かっている方向は北西側だからまったく逆方向だな」

「先回りして、リストーニアで合流出来ると最高だけどねー」

「誰か地竜や馬に乗って森を突っ切るのはどう?」

「いや、それではもう片方の荷車を引いている竜が持たないな。それに馬ではこの森を突っ切るのは厳しいだろう」

「えっとさ、最近実験して上手くいった魔術なんだけど……」

「おっと、また何か発明したの?」

「うん、これなんだけど」

 アルマはマジックサインから魔法陣を展開して、以前にも成功しているケルト曼荼羅の猫召喚魔術を発動する。

 本来は空間の裂け目から現れる召喚魔術だが、辺りは暗くなっていたので闇の中から巨大な茶トラの魔獣が飛び出して来た様に見え、周辺の皆が襲撃と思ってしまい蛮族達も驚いて戦闘の構えをとった。

「ニャー」

 アルマは誤解を生んだ事に気が付き猫を庇う様に両手を広げて攻撃の制止を促した。

 喉を鳴らし甘える猫は背中におでこを摺り寄せて来るので、アルマは足を滑らせてズルズルと前に移動して行き、それに対して蛮族達もジリジリと距離を取る。

「あの! みんな違うの! この子は召喚したのよ。脅かせてしまってごめん。こ、こら、押さないの!」

「なっ、なんという巨大な魔獣を使役しているのだ……」

「あはは、猫だー!」

「また来たのね。おぉ、ヨシヨシ」

 誰もが恐怖に慄く中、ダキとアナは猫との再開を喜びあった。

「良かった、ダキとアナに懐いたままだったみたいだね」

「ちょ、ちょっと! また凄いのを出して来たわね……」

「召喚獣か……これを使って森を突っ切るということか?」

「うん、どうだろう。丁度ダキとアナに慣れているし。大きさ的にも二人が乗って大丈夫かなと思って」

「あはは、デカ過ぎだよ。でも、まぁ、大人しく操れるなら良いんじゃない」

「どうアナ? ダキと2人で森を進む事になるけど出来そう?」

「はい、十分な食料を分けて貰えれば。この辺りに悪魔は姿を見せなくなった様ですし、もし魔物や魔獣が出たら逃げます」

「うん、そうだね。出来るだけ戦闘や危険な事は避けてね。魔物が出たりしてもダキがいるし大丈夫だとは思うけど……」

 次の朝アナはダリオから方位を示す魔道具を借り、使い方とカーノルディンの方向を教えてもらい出発の準備をしていた。

 大猫には縄を前足と後ろ足に括り付けて、そこへ地竜用の鞍を固定した。簡易的ではあるが、アナ達が前屈みで大猫にしがみつけるようにする。

「いい? 絶対にアナの指示に従うようにしてね」

「ニャー」

「おーヨシヨシ。私達を乗せて森を駆け抜けて欲しいの。出来るわね?」

 アナが語り掛けると大猫は2人を背中に乗せる為に地面に伏せた。

「凄い! ちゃんと指示に従いましたね」

「うん、大丈夫みたいだね」

「あ、それからね。昨晩用意しておいたのだけど、これ持っていって」

 アルマは粗末な木製の筒に入った羊皮紙の巻物をアナに手渡した。

「アルマさん! こんなに沢山!」

「とりあえず、今ある魔術用の羊皮紙全部。アナが使える魔方陣は作っておいたよ。トレステッドで使った体に負荷がかかる魔術も入っているけど、それは本当に緊急の時だけにしてね」

「はい、ありがとうございます。本当に必要な時に使います!」

「アナ。じゃあ、頑張ってね」

 アルマは片手を上げてハイタッチの姿勢をとった。

「はい、こうですね!」

 アナはアルマのハイタッチに答える。2人の手を打つ乾いた音が響いた。

「お? 何それ異世界の儀式?」

「そうだよ。仲間同士がやる挨拶みたいな感じかな」

「じゃあ、アナ。ダキ。気を付けてね」

「はい、アルマ様」

「はい、行って来ます! よし、じゃあ、こっちの方角に向かって」

 大猫はアナの指示に従い、森の中を走り去っていった。

「うあああぁ、早過ぎるよ!」

「あははは、いいぞ! いいぞ!」

 2人の声は次第に小さくなり聞こえなくなった。

「大丈夫かしら。あの2人」

「2人以外に、あの大猫に跨りたいと思う者もいないだろう?」

「確かに。アナって肝が座っている所は本当に凄いと思う」





 大猫は2人を乗せているにも関わらず軽々と疾走を続け、鬱蒼と生い茂る木々を物ともせず森の中を休む事なく走り続けた。

 途中小型の魔獣などを見る事があったが、どれも大猫の姿を見ると逃げ出す。

 大型の魔獣に威嚇される事もあったが、大猫はそれらを無視してひたすら走り続けた。

 日暮れになり森の中で野営の準備を始める。

 アナは薪を集め始めた。

 大猫はそれを寝そべった姿勢で一挙一動を逃さずジッと見守る。

「なあに? あなたも薪集めを手伝ってくれるの? なんて、まさかね」

「ん? こいつは、アナの手伝いをしたいみたいだぞ?」

「そうなの? え、えっとじゃあ、薪を集めてくれる?」

 大猫はゆっくりと身を起こして暗くなった森の中を歩き出すと、直ぐに何本かの薪に最適な乾いた木を持って来た。

「本当だ! お前、凄く賢いんだねー。ヨシヨシ」

「殆ど人語は理解しているみたいだな」

「そうなんだ! えっと、じゃあ次は、難しい条件も出してみようかな。最初に火を付ける小枝と乾いた落ち葉、次に火を移すもう少し大きい枝と、最後に火が長持ちする太い枝と分けて集められる?」

「ニャー」

「ねぇ、ダキ。理解したと思う?」

「理解していたと思うぞ」

 大猫は見事に言われた通り枯れ草や枝を3種類に分けて集めてきた。

 さらにアナが木を組んでいる所に薪を咥えて器用に組み上げて行く。

「お前、本当に賢いねぇ。よし、火も出来たしご飯の準備をしよう」

 食事を終えた2人と1匹は、大猫の体をクッションにして焚き火を前にして寝そべっていた。

「はぁ、こんな危険な森の中なのに何だか落ち着くわ。そうだ、ダキは今夜眠るの?」

「寝ないぞ。アナは寝ていろ。あたしが見張りをやるから」

「そっか、ありがとう。明日は水を探さないとね……じゃあ、おやすみ」


 ──次の朝。

 2人と1匹は再びカーノルディンへ向かって走り出す。最初は暴れ馬にでも乗っているようで、振り落とされない為に必死だったが徐々にコツを掴み乗りこなせるようになって来ていた。

「ん、アナ! 川が近いぞ。水を探しているんだよな?」

「え、そうなの? どっち?」

「こっちだ」

 ダキの案内で一行は川に辿り着く。

 森の中に流れていた川は澄んだ透明色で覗き込むと魚が逃げもせずゆったりと泳いでいた。

 両岸は木に囲まれ向こう岸は一面藪になっており、ほぼ視界が通らない。

 その中で川が湾曲して外側の流れが岸を侵食して河原状になっている場所を見つけた。

「よし、丁度いい場所があった。ここにしましょう」

 アナは荷袋から飲料水を入れる皮袋を取り出し澄んだ川水を入れた。

「あー、良かった。これで水も暫くは大丈夫かな」

「アナー。なんか臭うぞ」

「えー、じゃあここで水浴びしておいた方がいいかな……」

「ん? アナの匂いじゃない。これは、そうだな、巨人とかかな」

「な、なんですって! どこから?」

「あっちからだ」

 アナは急いで荷物を纏めて河原から撤収し、森の中に身を隠した。

 ダキが示した方向はカーノルディンに向かう方向だったので、巨人から逃げるというよりは隠れてやり過ごす事にした。

 アナとダキと大猫は森の中で身を隠せる窪みを見つけて息を潜める。

 そこにやって来たのはオーガだった。

 水を求めて川まで来たようでアナ達を通り過ぎ、先ほど水を汲んでいた辺りで寛ぎ始めた。

(今ここで見つかったら大変だ。物音を立てないでやり過ごそう……)

 1体が水辺にいる所にもう1体がその後を追うように現れた。

 それはアナ達が潜んでいる近くを通り過ぎて行き、周囲に大きな足音と振動が響く。

(この1体が通り過ぎたら、大猫で逃げてしまえば追いつけないかしら……)

 歩く振動が感じられなくなりアナは顔を上げる。2体のオーガは水辺で何か会話をしながら水を飲んでいた。

(今の内に逃げる準備を……)

 アナは荷袋を大猫に括り付けて走り出す準備をする。

 しかし、ダキが声を出さずにこれから向かう進行方向を指差した。

 その先にはこちらに向かってくるオーガの姿が見えたので、慌ててアナは再度身を隠す。

(いったい何体来るの!? もしかして、ここは巨人の水場だったのね……)

 大猫は従順に指示に従い喉を鳴らすこと無く静かに伏せの姿勢をとっている。

 また周囲に地面から振動が伝わって来る。

 見上げる事は出来ないが、3体目のオーガはアナ達が身を伏せている直ぐ上の獣道をゆっくりと通過していった。

 落ちている枝などが踏み潰される音が人間と比べると遥かに大きくその重さを感じる。

 暫く息を潜め、アナとダキは窪みから再度顔を出して周辺の様子を確認した。

 3体のオーガ達は水を飲んだ後に川縁に座り込んで休憩をとっていた。

 それぞれ5メール以上ある巨体で、大きな片手用の棍棒を所持していた。

 オーガといえど森の中で敵対する魔獣や魔物もいるだろう、彼等が決して森で頂点に君臨する存在という訳では無い。

 しかし、もし戦闘にでもなったら普通の人間では鉄鎧を装備していても棍棒の一撃で叩き潰されてしまう。

 アナは自分達が向かう方角を確かめて、巨人が再度向こう側から来ないか十分に注意しつつその場を去ろうとした時に、後ろの水場の方からオーガ達の騒がしい声が聞こえて来た。

(まずい! 見つかったかしら……)

 慌てて再度身を隠す。

 しかしオーガ達が声を発している先は、どうやら自分達の方角とは違う事に気が付いてアナとダキは様子を伺うために顔を出す。

 休憩をしていたオーガ達は川向こうを指差し騒いでいた。

 置いてあった棍棒を拾い上げて威嚇を始める。

 川向こうに目をやると、そこには巨人と比べると随分小さく見える人間が一人、空中からゆっくりと川の水面に降りて来て浮遊していた。

(人がなんでこんな所に! 殺されちゃうよ!)

 その人間をよく見ると足元の川水が波を立てていない事が分かった。

 気流操作では無くもっと上位の魔術で浮遊している事が分かる。

 しかし見た目は魔術を使いそうも無い往年の戦士という風貌で、使い古された革鎧を装備していた。

 オーガ達はその人間を敵と認識し、大きな声で威嚇をしながら浅い川を進み始めた。

 人間は彼等が歩き出しても落ち着いた様子でその場で浮遊し続ける。

 アナは遠望できる魔術をまだ習得していなかったので、肉眼で遠目ながら事の行く末を見守っていた。

 しかし、じっと目を凝らしているとオーがと対峙している人間は見覚えがある様に思えた。

(あ、あれは! オルビス冒険者組合長に似ている気がするけど……な、なぜ?)

 肉眼では本人かどうかは確認が出来ない。

 声を出したいがオーガはまだこちら側の岸にいる。加勢しようにも自分では何の役にも立たないだろう。

 ここにいる悪魔ダキならオーガと戦えるが、もしあの人間がオルビスであったとしたら彼女の秘密を理解しているので見られても問題はない。

 アナはダキに彼を助けられるかと声を掛けようとした時に、またオーガ達が騒ぎ始めた。

 浮遊している人物は何かの魔術を発動したようで、その体が煌々と輝き周辺の水が波立つ。

 オーガ達は魔術を発動されると思い、棍棒を前に構え身を守る姿勢を取った。上位魔術を操る人間がオーガの前に降りて来たのだから何か考えがあるのだろう。こちらから余計なことをして足手纏いになる事もある、いざとなればダキと大猫に撹乱してもらい彼が逃げる隙を与えれば良い。

 アナはそう思い、黙ってもう少し状況を見守る事にした。

(一体何の魔術なのだろう。体が光ったままだけど防御の類かしら?)

 このままではオーガ達の棍棒が届く距離になってしまう。

 アナがやっぱり加勢すべきか迷い始めた時に、空中に浮遊している人物の体に変化が起こった。

 その体は大きく変化していった。何処までも大きくなっていくそれを見たオーガ達は、自分よりも大きい存在に恐怖を感じ後退る。

 大きくなったその存在は、浮遊していた巨体を川に落とした。

 静かに流れていた川は水中で爆発が起こったような波を立て、その勢いで巨人達に尻餅をつかせる。

「すげー!」

「ダキ。声を出しちゃダメ……」

 川の中には大きな赤い竜が出現していた。その毒々しい赤い竜鱗が陽の光を浴びてチカチカと輝いていた。

 ダキは川向こうに出現した竜を子供の様に目を輝かせながら見ている。

 尻餅をついたオーガ達は驚きはしたがまだ戦意を失ってはなく、大きな竜に睨みを利かせていた。

 赤い竜となった人間は胸を迫り出し、首を上げて息を吸う動作をした。

 大きく開かられた口に生え揃っている牙は巨人をひと噛みで殺傷してしまいそうだ。

 そして、その喉の奥に僅かに種火の様な小さい炎が見えた。

(え!? ブレス?)

 アナの魔術の知識の中では幻術で姿を大きく見せる事は可能であっても、ブレスが出来る手段はない。

 その他に体を変化させる魔術はいくつか存在する。

 体と体積が近いほど難易度は低いとされているが、この竜はあまりにも元の人間との体格に差があり過ぎる。

 どうやって竜の姿を見せブレスまでしようとしているのかアナには理解出来なかった。

 巨人達は竜に攻撃を受ける前に反撃しようと前に走り出す。

 しかし、赤い竜は迫り出した胸を引き、首を前に出しながらブレスを巨人達に向けて放った。

 灼熱のブレスが炎を纏って吐き出され一瞬にして巨人達を丸焦げにした。

 さらにその熱量は後方の森の木々にも行き届き辺りを焼く。

 アナとダキはブレスの範囲が自分達を巻き込みそうだったので慌てて身を隠した。

 隠れている窪みの直ぐ上にもブレスの炎が行き届き、辺りは一時的に炎に包まれた。

 竜は黒焦げの巨人達を確認する為にゆっくりとこちら側の岸まで歩いて来た。

 アナはここで身を出すかどうか逡巡していた。巨人は排除されたが赤い竜はとても人間が幻術の類で変化したものに思えなかった。しかし、その逆であれば可能性はある。

 つまり竜が本来の姿で人が偽りの姿という事になるが、竜が人間と親交があるなど聞いた事がない。

 その時、焼け焦げて脆くなった太い枝がまだ炎を纏って、アナの目の前に落ちて来た。

「ひゃ!!」

 思わず声を上げてしまう。口を両手で抑えるが既に遅かった。

 それは十分に河原まで届いた大きさだった様で、竜はびくりと首を上げて辺りを見回した。

「ん? まだいたのか? これは……人間か?」

 先程まで悠然とした態度で落ち着いていた竜は、急ぎ足で川縁から大きな足音を立てて森の中に入って来た。

「残念だが見られたのなら消えてもらう……」

 竜は既に相手の居場所が分かっている様に、真っ直ぐとこちらに向かって進んで来る。

 ボソリと呟いた一言にアナは戦慄が全身を駆け抜けた。

(やっぱり、見ちゃいけない物だったんだ……ど、どうしよう……こ、殺される)

 恐怖で震える手を押さえながら、アナは背負い袋に手を入れた。

 竜は先程までアナ達が隠れていた窪みを覗き込んだ。

 眼球に至る前まで赤い竜は大きな眼でギョロギョロと辺りを見回し、何度も匂いを嗅ぎながら隠れていた者達を探し続ける。

「人間と魔獣? それと……もう一つの匂い……。おかしい、この場所から動いた気配は無かった」

 竜は何かの魔術を発動して身を隠した者達を探し続けるが、気配を感じる事が出来ずに苛立ち周辺に炎のブレスを吐いた。

 森の木々は炎に包まれ辺り一面が黒焦げになる。

 そしてまだ炎が収まらない中、竜は大きな声を発した。

「ふん、いいだろう! まだここに潜んでいる事は分かっている。辺り一面を吹き飛ばしても良いが、我から完全に身を隠した事に免じて見逃してやるわ!」

 大きな翼を広げてまだ残る炎をその風圧で掻き消しながら、赤い竜はその場から飛び去っていった。

 辺りはようやく静寂な森に戻り白い煙と焼け焦げた臭いだけが残った。

「た、助かった……一体どういう事なの……」

 アナはアルマから譲ってもらった巻物『儚く消える影』を発動させて、少しだけ離れた窪みで身を隠していた。

 この魔術は発動者の触れている仲間も効果範囲になった様で、ダキと大猫もその効果に含まれ姿を隠す事が出来た。

「やっぱ竜はすげーな。あれは手を出さなくて正解だったぞ。アナ」

「手なんか出せる訳ないよ。そうだ、ダキ。あなたさっきの人に見覚えはある? コントリバリーで合った人に似てない?」

「うーん、人間の顔はどれも一緒であんまり覚えてないなぁ。ヒゲのおっさんは覚えているぞ」

「そっかぁ。分からないか。はぁ、それにしても、きっと都合悪い事を知ってしまったんだわ。こんなの自分じゃ対処出来ないよ、アルマさん達に相談したいな……」

「大丈夫だ、アナ。街に戻ったら直ぐにアルマ様の所に戻るぞ」

「うん、そうだよね……そう、私は今やるべき事をやらなくちゃ」

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