蛮族の逆襲
蛮族最後の集落は時止めの術に落ちていた人々が一斉に目覚めた事で何処も騒がしくなっていた。
「エレノア様! 我々は一体何を……」
「良かった、サミル団長! 皆さんも目覚める事が出来たのですね」
「エレノア様、よくぞご無事で!」
リストーニアの宮廷魔術師団も目覚め、2年の歳月を掛けてエレノアとの合流を果たした。
無事だった文官達を交えて、これまでの経緯を報告する。
「王妃陛下はやはり行方不明なのですね……」
「我々にはどうする事も出来ず……。ここケアネイでもまた悪魔達が猛威振るっていまして、戦闘に参加した所この有様です。本来であればエレノア様の捜索に向かわなければならない所を逆に助けていただく事になるとは……」
「私の力じゃないわ、仲間のみんなのおかげです」
倉庫は集落の人々が押しかけて来るので、邪魔にならないようにアルマ達は宮廷魔術師団の面々と、誰も来ない静かな空倉庫に移動していた。
すっかり遅くなったが巫女達の用意していた朝食を皆で摂る。
「という事は、全員が同じ夢を見ていたということか……」
「ええ、踊り子になった夢なのだけど……役目を全うする事に対して変に使命感が強くて、一体何だったのかしら……」
「そのアナが夢で会った悪魔っていうのが、時止めだったんじゃ無いの?」
「そうなのでしょうか……ネイアさんが、倒しちゃったのですけど」
「え、そうなの? ネイアは眠らないよね、どうやって夢を見たの?」
「はい、アルマ様に干渉する事が難しく、何か方法を探していた所でアナの夢の話を聞きまして、魂の繋がりを利用してその精神世界の中に入れないか試して見たのです」
「えっと、じゃあ……アナを通じてみんなの夢の中に入れたって事になるのかな?」
「私は夢がどういう物か分かりませんが、結果としてアナを介してアルマ様達が囚われている世界に入る事は出来たようです」
「すげー! さすが精霊だ! やっぱさ、夢じゃなかったんだよ。なんていうか術者が作った世界に封印されたような感じだったんじゃない?」
「時間を止めていたというより、精神を捉える術って事かしら?」
「まぁ、でも良かったじゃない。蛮族も随分と戦力が回復する事になるんじゃない?」
「そうね。でもまだ、ここまで彼等が追い詰められた原因は解決出来てないわ」
皆が話をしているところに、双子の巫女が尋ねて来た。
服装は同じなのでどちらか見分けがつかない程にそっくりだ。
「皆さん! こちらにいらしたのですね」
「サグナさん、良かったわね。みんな時止めの術が解けて。そちらの方はどう?」
「はい、お陰様で。それと、紹介いたします、妹のアグナです」
「はじめまして、アグナさんも良かったわね、無事に目覚める事が出来て。長く寝ていた人も問題無かったですか?」
「はい、ありがとうございます。私も含めて長く寝ていた者も短い者も、起きると何事も無く至って健康のままでした。ただ皆不思議な事に同じ夢を見ていたのです」
「あ、それってやっぱり……田舎町で踊り子したとか、アナとネイアが悪魔を倒したとか、そんな夢じゃない?」
「え? いえいえ。私達は鶏になった夢を見ていたのです」
「鶏? あれ、何それ……違う夢?」
「いや、それ見ました。鶏舎でケアネイの皆さんが寝ていたんです!」
「ぶっ! 何じゃ、そりゃ!」
「うむ、やはり全員が同じ世界の中にいたと思って良さそうだな」
「そうね、そしてその世界でアナとネイアが悪魔を倒した事が、皆の目覚めの切掛けになったと思って間違いないわね」
「そうだったのですか……という事はアナさんと精霊殿が皆を助けたという事でしょうね」
「いやいや! 私はただ夢の中で、不謹慎な輩に文句を言おうとして……そう、あの気持ちの悪いロバ」
「ロバ? ですか?」
「はい、潰れたような顔で凄く醜い白いロバでした。思い出すのも気持ち悪いです……」
「それでしたら、時止めの目撃情報と一致しますね」
「おっ! それじゃあ、やっつけたってことは、もう出てこないとか?」
「アルマ様、残念ながら私ではあれの本体まではダメージを与えることは出来ていないと思います」
「あぁ、そっか……楽観的過ぎたか」
「それで……実は皆さんにお願いがあって参ったのです」
「ん、どうしたの?」
「私たちは時止めの対抗手段をなんとか作り出しました。こうしてアグナも目を覚まして再び操る事が出来るようになったのですが、大巫女様の具合がまだ良く無く、戦い等は到底出来ません。そこで、なのですが……」
「なるほどねー。私達に防衛戦に参加して欲しいってこと?」
「はい……その通りです。精霊の長殿の攻撃などあまりに強大。この集落は存続の危機にあります。せめて大巫女様の具合が良くなるまでなんとかお願いしたく! もちろんリストーニアが非常事態ですし無理なお願いとは分かっております……しかし、なんとか……」
「精霊の長とかやめて……アルマでいいよ」
「そ、それでは。アルマ様……と」
「いやいや、アルマ」
「では、アルマさん……」
双子はリストーニアの一同に向かって深々と頭を下げた。
「サグナさん、アグナさん、どうぞ頭を上げて下さい。私達は同盟を結んでいるのでしょう? 助け合いは必要ですよ。それにケアネイに支援も求めてここまで来ましたが、ここを脅かす敵を打たない事には何も進まない。ここはお互いに手を取って両国を救えば良いじゃないですか」
「王女殿下! ありがとうございます!」
「まぁ、私も賛成なんだけどね……と言ってもさー。防衛しているだけじゃ、どうにもならないから、何か攻め手が欲しいよね?」
「その、時止めの対抗手段ってどんな物なのかな?」
「そうですね。お見せしましょう。ご案内します」
一同は朝食をとった後にサグナとアグナの案内で、倉庫が立ち並ぶ区画とは中央を挟んで逆側に位置する防壁の側まで案内された。
途中見かける蛮族達は寝ていた人々が起きた為か、最初に訪れた頃と比べると随分と明るい様に見える。
「これが、私達が作り上げた時止めの対抗手段で『庇保の木亀』と呼んでいる物です」
「おおー。やっぱり魔術儀式の祭事場見たいな物かな」
それは見上げるような大きさの亀の形をした木造の儀式場だった。
背中で儀式を行えるようになっており、中央には黒光りする鉄製の大きな器が設置されていた。
その中は炭が山盛りになっており火を使う儀式を行っていた事が分かる。
甲羅部分は白い木肌の上から蛮族達の衣装のように原色に染められた布が何枚も垂れ下がっており、日本の祭りで使う山鉾の様になっていた。
「なるほど……この者達はここの森の霊木を大量に使ってあれを作ったのですね」
「え、ネイアさん、そうなのですか?」
「サグナさん、先代が亡くなったとは、今の大巫女様はイサリメ様という事ですかな」
「はい、サミル殿。先代は元々お身体が悪いのに、これを作る為に何度も負荷の掛かる実験をされてついに……」
「我々が意識を無くしている間にそんな事があったとは……」
亀は全長15メール程ある巨大な作りで、儀式場以外にも後頭部のあたりに何やら小さな櫓が取り付けられていた。
その他には背中の上に独特な装飾を施した座椅子が2つ設置されている。
「儀式をして結界を作る装置になるのかしら? 呪術師の皆さんが戦いの時にやっていた様だけど、それの強力な物とか?」
「ええ、近いですが少し違います。そちらの防壁をご覧ください。木亀用の大きな門が設置されています。そこから外に出て戦う事が出来るのです」
「えっ!? この大きい儀式場が動くの? 一体どういう仕組みになっているのかしら……」
「はい、実はここまで攻め込まれる前に私たちはエルフとも親交がありまして、これはエルフ達が使う憑依人形の仕組みの応用なのです」
「こんな大きな物が憑依人形と同じですか……」
「はい。櫓には憑依をする場所が設けられており、儀式場は時止めの術を含むあらゆる魔術に対して防御結界を作る事が出来ます。但し、大巫女様のマナを持ってしても2時間程度が稼働の限界です。ですからこちらから攻め込む様なことは出来ません。あくまで時止めが現れた時の防御策なのです」
「双子の巫女のあなた方も稼働に必要と聞いたけど、それは理由があるの?」
「はい、木亀はあまりに巨大な体の為に一人で動かすには難しく、私達は半身ずつ体の稼働を受け持つのです。状態の維持は殆どを大巫女様のマナで補い、攻撃も大巫女様が行います」
「なるほど、大巫女様が具合悪くなった理由がその辺にあるのねー」
「はい……」
「一つ質問して良いかしら? この木亀は大巫女様以外の人間、または他の種族が扱っても問題ないの?」
「ええ、大丈夫ですが、その者は儀式を使って霊体にならなければいけませんから、自ずと種族は限定されるでしょうね……」
「アルマ。これ、あなたにぴったりの乗り物じゃないの?」
「えっ? う、うん。まぁ、元々幽霊だし……」
「もし霊体になっていただけるなら可能です。しかし、かなりのマナを消費しますが大丈夫でしょうか?」
「ああ、大丈夫、全く問題無し」
「なんで、リサが答えるのよ!」
その後すぐにアルマが木亀に憑依をして稼働出来るか試してみることになった。
10人程の呪術師が集められて儀式場に上がって行く。
アルマは離脱してその体をネイアに預けた。
(ネイア、この身体お願いね)
「承知いたしました」
「おお! 儀式や魔術も使わずに霊体になるとは……」
驚きで辺りは騒がしくなったが、アルマは構わずに儀式場に登る。
「アルマさん、その櫓の中の球体の魔道具に憑依する事ができます。これから憑依する為の儀式を行いますのでお待ちください」
(あ、いいよ。自分で憑依するから)
「えっ?! そ、そんな事が出来るのですか!? わ、分かりました。では稼働の準備をします」
「なんと、憑依も自在なのか!」
少しの間、儀式場にいた呪術師達は驚きに包まれていたがリサ達の平然とした姿を見て一同は我に返り再び儀式の準備を始めた。
サグナとアグナは呪術師達に囲まれて、中央にある炎の灯された器の前に設置された座椅子に着くと、体を固定する為の帯をその細い身体に巻き付けた。
儀式が始まり呪術師達の豪快な踊りと共に太鼓や笛なども鳴らされ、亀の背中は賑やかな祭の様な状態となった。
その中で双子は互いに向き合い両手を取り、目を閉じて意識を集中させる。
器に置かれている炭から、炎は魔力の力により不自然な程の大きさへと変化していた。
儀式場の中心で燃えさかる炎から光が発生し、その光が膜となり徐々に木亀を覆っていく。
完全に木亀が結界であろう光に包まれた後に、双子は意識を失った様にグッタリと座椅子にもたれかかった。
(アルマさん聞こえますか? 私達3人はこの中で不自由なく意思疎通する事が可能です)
双子に声を掛けられた時に、頭の中でフラッシュバックが起こった。
双子達の子供時代の様子、巫女として呪術の英才教育を受けている姿。仲間をたくさん失い悪魔の襲撃から逃げる日々が続く光景。なんとも大変な苦労してここまで来た事が分かる。
(アルマさんは……異世界人だったのですか! しかも、この大量の複雑な魔術は……研究をされていた?)
(ああ……異世界人っていうのは本当だよ。魔術っていうか、まぁ、そっちの方は趣味だったんだけどね、こっちに来てからは実用的になったかな……)
(そうだったのですね、それでいて精霊の長とは……)
(サグナさん、アグナさんも大変だったんだねぇ……)
(私たちの事はサグナ、アグナとお呼び下さい)
(い、いいの? じゃあ、サグナ、アグナよろしくね)
(サグナ、アルマさんのマナが消費されて申し訳ないわ。もう実験をはじめしょう)
(そうね。アルマさん、では動かします)
木亀の前面に位置する防壁の門が開かれた。
これだけの巨体を外に出す門は木製ではあるが相当に大きく重厚な作りで、ギリギリと軋む音を出して開門される。
完全に開かれた所で、木亀はゆっくりと4本足を使って前に動き出した。
(少し時間が経ってから憑依している感覚が出てきたみたい。それにしても四つん這いになっている体制はそのままの感覚なんだね……)
(ええ、一番防御が安定する形を考えてこうなったみたいです)
(まぁ。防御主体だとこういう感じなのかなぁ)
(私達は幾つか感覚も共有しています。例えばアルマさんのマナが減って来た場合に感じる取る事が出来るのですが…………でも、なんというか全くそれを感じられませんね……)
(うん。私はいつもマナを使う感覚はあるんだけど、あんまり減るって分からないかも)
(そうなのですか!)
一通りの動きを終えた後に木亀は元の位置に戻って実験は終了した。
「アルマ。亀になった気分はどうだったー?」
「まぁ、動かせるのは問題ないけど。体制が四つん這いになるのは大変だね。慣れるとは思うけどさ」
「実験を1時間以上やってなんの疲労も無くマナが減る様子が無いとは……」
「アルマさん! も、もし、このまま木亀に憑依して頂けるのであれば、反撃に転じる事も可能かも知れません!」
「反撃って、時止めを倒すのね?」
「はい。いま奴らは占領した私たちの都を拠点としています。木亀を使えばそこへ攻撃を仕掛ける事も出来ると思います」
「なるほど。敵の本拠地の偵察は出来ているのか?」
「はい。時止めに依存しているのか、さほど多くは無く悪魔が500体程度と報告があります」
「木亀と眠りから覚めた800人の精鋭達がいれば、襲撃は成功するのでは無いでしょうか」
「いいじゃん。こっちからやってやる雰囲気になって来たねー」




