故郷の夢
「アナ! アーナ! もう起きなさいなー!」
「え!? お母さん?」
「あんた、明日は収穫祭の踊り子するんだろ? 今日は広場で練習じゃないのかい?」
(何これ、夢か……)
「今日は店の手伝いはいいから、さっさと朝ご飯食べたら行っておいで」
「あー、うん。分かったそうするよ」
アナは夢である事に気が付いたが、そのままこの世界を楽しむことにした。
自分の姿は恐らく10才位の頃だろうか丁度収穫祭の踊り子をした年齢である。
母親が用意した懐かしく質素な朝ご飯を食べて外に出ると、トレステッドの田舎の匂いがどこか現実味を帯びて感じられた。
まだ防壁が建設される前で遠くまで景色を見通す事が出来る。
夢の中とは言えこの美しい故郷を再び感じることが出来てアナは気分が良くなった。
町を往来する人々は田舎だけあって誰もがアナが知っている人達だった。皆が通り過ぎる度に挨拶をするのもコントリバリーの様な都会では味わえない光景だ。
母親に言われたとおり街の広場に出向くと、そこには踊り子の練習をしている3人の子供達がいた。小さなこの町においてアナは同世代の子供達なら察しが付いていたのだが、そこで収穫祭の踊りの練習をしていた子供は、夢の中の自分と同世代の姿になったアルマ、リサ、エレノアだった。
「あー、アナが来たー」
「さあ、はやく、踊りの練習をしましょうよ」
「もう、踊りなんて、適当でいいっしょー」
「ダメよ、リサ。ちゃんとやって」
(うそ! 3人とも小さい子供になっちゃって、かわいい!)
アナはどうせ夢の中なら楽しもうと思い3人と一緒に踊ることにした。
「はい、じゃあ、みんないくよー。こっちに手を振ってー、今度はこっちに手を振って鈴を2回ね。シャンシャンと」
「え? 収穫祭の踊りでしょ? 全然違うよー」
アナは子供の頃に何度も踊って身体が覚えている、誰が考えたのか分からないが、まるで狩猟民族の様な原始的な振り付けの収穫祭の踊りをして見せた。
「え……、何それー。アナ……」
「あはははは、はは、ちょっと、お腹痛い……」
「もう。それじゃ、全然違うじゃない!」
小さなアルマは呆れて、リサは泣く程大笑いして、まとまりの無い3人にエレノアは腹を立てている様だ。
現実の世界では大変な事態になっている3人だが、この夢の世界では和気あいあいと踊りの練習を楽しんでいる様に見える。
明晰夢と知りながらもアナはこの夢に幸せを感じていた。
「もう、夕暮れになっちゃった。私、帰らなくちゃ」
「私もだ」
「ちぇ、もう終わりかよー」
「明日は本番だから、ちゃんと踊ろうね。バイバイ」
「あ、うん。バイバイ」
3人は手を振りながら広場を去っていった。
アナはこの夢を少し不思議に思った。町の再現度は以上に細かく、歩く人々や建物に至るまでアナの記憶よりも鮮明に作られているのではないかと感じる程だ。
もし彼女達が帰る場所があるとしたら一体何処になるのか。アナは興味本位で尾行してみる事にした。
彼女達が足早に帰った場所は何の事は無く、アナがよく知っている修道院だった。
建物の中にも興味はあったが、夢が覚めてしまわない内にアナは美しい夕暮れの故郷をもう少し散歩してみる事にした。
(そういえば、この頃はハンスとよく遊んでいたわね)
アナは修道院からすぐ近くにあるハンスの家の方へと歩いていった。
ハンスの家もしっかりと再現されて、敷地内には家畜小屋や鶏舎が建っていた。しかし近寄って見ると記憶とは明らかに違う物が目に付く。
建物の中で鶏舎だけが異常に大きいのだ。
ここまで大きいと、もしかしたらトレステッドの中で一番大きな建物かもしれない。
(何この鶏舎? 夢の中だから少しは変な事があるだろうけど……なんだか大き過ぎるわね)
アナは異常な大きさの鶏舎に興味を持ち、中に入ってみる事にした。
木製のドアは田舎町らしく鍵が掛かっておらず、すんなりと中に入ることが出来た。
もう夕暮れの為に中は暗くて良く見えない。足元が見えないので目が慣れるまで少しばかりの時間を待っていた時に、後ろから何者かが肩に手を掛ける。
「あっ!」
「おや、アナちゃんじゃないかい。どうしたんだい?」
「あ、ハンスのおばちゃん、こんばんは。はぁ、ビックリしたよ」
「こんな所に来ちゃって、迷ったのかい?」
「ううん、違うの。鶏舎が凄く大きくて気になったから」
「ああ、これかい。これは、明日の収穫祭の神様へのお供え物なんだよ」
「お供え物?」
「そう。今年はずっと長い間溜めていたお供え物を捧げることが出来て、それを送り出す踊り子達も見つかったって祭司様も喜んでいらしてね。家でこうして預かっているのさ」
そう言うとハンスの母親は片手に持っていたランプに魔石を入れて照明を灯す。
辺りはぼんやりとした光に照らさせて薄っすらと鶏舎の中が見える様になった。
「こ、これは!?」
3段に作られた棚の藁やおが屑を敷いている上に鶏は1匹もおらず、その代わり数えきれない程の人間が寝かせられていた。
それは鶏舎の奥まで続いており何処まであるのか小さな手持ちのランプでは見通す事が出来ない程だった。皆、目を閉じて穏やかに眠っている様に見える。
その人々は殆どが蛮族の姿をしており、一番手前にはアナが知っているサグナの妹アグナがいた。
「おばちゃん! お供え物って……こんなのおかしいよ!」
「急に、どうしたんだい? とても、めでたい事だろ?」
「こ、こんなの……めでたくなんかないよ! もう、いやだ!」
肩に掛けていたハンスの母親の手を振り払い外に飛び出す。アナは自分が見ている不謹慎な夢に嫌気が差した。
大切な仲間が窮地だと言うのにこんな夢を見るなど許せない。
(こんな夢許せない…………絶対に許せない!)
アナは夕暮れのトレステッドの広場まで走り、空に向かって大声で叫んだ。
「ああ、もうー! こんな夢! 絶対に、絶対に、許せないいいぃー! はっ!」
アナは大声と共に目覚めた。
倉庫の中では蛮族の巫女達が食事を用意している途中で、ダキとダリオが手伝いをしていたが、アナの大声に驚いて手を止めた。
見張り番をしている蛮族の男達は何か問題が起こったと思い身構えている。倉庫の中にいる全員がアナに注目していた。
「あ、あの、その。寝ぼけちゃって……すいません、何でもないです!」
「なんだー、アナ。夢でも見たのか?」
「そうなのよ。もうほんとに許せない夢を見ちゃったよ……」
アナは未だに解決策が見つからないアルマ達3人を見詰めながら、夢の内容を簡単にネイア、ダキ、ダリオに伝えた。
「まぁ、気にしているからこそ、夢に現れたのだろうな」
「私は眠らないから夢を知らないのだけど、そうね、例えば夢の中では自由に行動できるの?」
「ええ、夢の中で夢だと気が付けば結構自由に動けますよ」
「そう。ダキ、あなたは次に寝るのはいつ?」
「半月の頃だから、まだ1週間位は先だけど?」
「え? ダキってそんなに寝ないの?!」
「ん? たまに寝ているぞ」
「アナ、あなたは今夜もアルマ様の近くで寝なさい。そうね、出来れば手を触れたりした状態が良いわね」
「え? ええ。でも、それってどういう事ですか?」
「私も夢が気になったのよ」
蛮族の国ではいつ悪魔が襲撃に来てもおかしく無い緊張状態が常に続いている。
客人として迎え入れられて当然の筈だったが、一度戦闘に参加した事でアナとダリオは防衛に関する打ち合わせに何度も出席する事になった。
「まったく、こっちが援軍扱いを受けるとはな」
「きっと、ネイアさんとダキの戦いを見たから期待しているんでしょうね。私なんて話を聞いても何か役に立てるとは思えませんが……」
「このままリサ達が目覚めないなら、ダキが言っていた森の遺跡のカーラという悪魔だったか、アルマとその仲間なら、という事で手を貸してくれるかもしれん。もしくはコントリバリーの魔術に詳しい者を頼るか……東の森を抜けるのも、地竜に眠った3人を乗せて行けば……後は物資が調達出来るかどうかだな」
「ええ、そうですね。でも何も出来ずに帰る事になっちゃいますね……」
「しかし、この術に掛かったままにしておくのは不味いだろう? 状況が分かっただけでも少しはマシ──と思うしかないか」
その後も2人は防衛について各部隊の紹介や説明を受けて忙しく過ごしていると、あっという間に日が暮れていた。
「今日は何も出来なかったな。まぁ、何か出来る訳でも無いんだけど……」
「我々の文化ではやっていないような防御方法は興味深い話もあったな。結界の技術はこっちの方が進んでいるのかもしれん」
「そうなんですか? 私には分かりませんでした……」
アナとダリオ、ダキの3人は夕食を取り、それぞれ就寝の準備を始めた。
「じゃあ、また明日だな。夢でリサに会ったら早く戻れと伝えておいてくれ」
「はい。お疲れ様でした」
アナはネイアに言われた通りアルマの側で寝る事にした。
さすがに昨日の様に突っ伏して寝る訳にも行かないと思い、アルマの寝ている板の少し空いている場所に体を入れて、一緒に並ぶ体勢で手を繋ぎながら寝ようとした時、傍にこちらに睨みを利かせて佇むネイアが見えた。
「ネ、ネイアさん、そこに立たれると落ち着かなくて眠れないですよ」
「そう。じゃあ、少し離れた所にいるわ」
アナは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
正直に言えば、またあのような夢を見る事にでもなったら気分が悪い。ネイアはアルマと自分を近づけて就寝させる事で何か情報を得ようしているのだろうか。
しかし、今は少しでも解決の糸口が欲しい。
アナは素直にネイアの指示通りに眠る事にした。
目を閉じて気持ちが落ち着いたところで連日の疲労は直ぐにアナを深い眠りに落とした。
「ダキ。今晩、私は人形から離脱して意識を全てアナに向けるわ。だから人形を見張っていてもらえる?」
「うん、いいけど。一晩も離脱して大丈夫なのか?」
「一晩位なら問題ないわ。頼んだわよ」




