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蛮族の国

 一行はリストーニアへ向かう街道を途中で避けて、東側の森を沿うような経路を取り可能な限り敵との遭遇を避けながら進んだ。

 何度かはぐれのアンデッドや魔物と戦闘することがあったが大きな問題は無かった。

「予想はしていたけどネイアの精霊魔法は、ほんとに凄いわ」

「そりゃあ、水の精霊そのものなのだろう? 憑依人形で精霊力を享受するレベルじゃない」

「森を離れると力が鈍るわ……早く綺麗な水に浸かりたい」

「ところでダキは何か出来るの? そもそもゴーレムに乗っていた訳だし。これから本格的な悪魔との戦いがあるかもしれない。出来るだけみんなの力を知っておく必要があるから」

「うーん、あたしが出来るのは土魔術です。あとこれだ」

 ダキは空間に裂け目を作り出し、そこに手を入れて拳大の黒い球体を取り出した。

「アルマ様。これは前にカーラに作ってもらったゴーレムのコアです」

「ちょっと……いま空間から取り出したよね。ストレージ系のスキルを持っているの?」

「ああ、そうだ。荷物はここに入れているぞ」

「これは使えるな、森の途中からは余分な荷物を置いていく予定だったが、全て持っていけるかもしれん」

「ストレージのスキルってすごいの?」

「こういうのは生れ付きの能力で訓練して習得出来るものとは違うから本当に珍しいわね」

 一行は既にリストーニア領に入っていたが周辺は特に変化も無く、直ぐに東の森と呼ばれる区域まで到着した。詳細な地図を作れないこの世界において、この森はただ広大とだけ記されている。

 地図上で自分達の文明が行き届いていない場所は全て未開地となっており、一体どこまで進むと目的地に到着するのか予想が出来ない。

「食料が底をついたら、魔物を狩ってその肉も食うことになるからな」

「げぇー」

「あたしは平気だよ」

 未開地と記されているだけあり、森の中は鬱蒼と生い茂る草木が終わりなく続いているだけだった。当然ながら道など整備されていなく、荷車が通れるような道は直ぐに無くなった。

 魔道具で方位を確認しながら険しい道をダリオが先頭になってひたすら東へ進んだ。

 ダキのストーレジスキルはかなり大きい物を収納することが可能で荷車を丸ごと収めている。

 地竜は1匹がエレノア、もう1匹をダキが乗りこなしながら進んでいた。

 夜になると荷車を出して宿とする。





 ──険しい森を進み続け10日が過ぎた頃。

「あー、もう、疲れたー」

「ここは、あまり良い森じゃないものね。霊脈が乱れているわ」

「そんなことが分かるんだ。それで、だとしたら何か問題がある?」

 森に精通しているネイアに、アルマが好奇心で質問をした。

「問題はございませんわ。ただ、この森には私たちのような存在は住めないでしょうね。つまり管理者が居ない森は荒れるのではないでしょうか」

「ふーん。荒れるか……悪魔達にとっては都合が良さそうだね」


 暫くして先頭を歩いていたダリオが全員を制止させた。

「おい、何者か近づいて来るぞ! 2組いる!」

「方角は?」

「東と北だ。東の方が近いな、直ぐ肉眼で見える距離になるぞ」

 皆が遠望の魔術やスキルを発動する。

 東側に見えた人影は人間だったが、その姿は今まで見た人々と比べると明らかに違う服装だった。

 白い布地に目がチカチカするような色に染め上げた布を貼り付けた服を着ており、それらをダラダラと垂らして歩いている。

 布のお化けとでも形容したくなる姿だ。そして首からは原始的な形をした装飾品を沢山ぶら下げていた。

 その者達は大きな声で話しが出来る距離まで近づいて来た。

 男が3人、片手に槍や杖を持ってこちらに睨みを利かせている。少し相手を様子見する時間が経過した後にダリオが男達に話しかけた。

「我々に敵意はない。リストーニアから来た者だ」

(蛮族って初めて見ました。変わった格好をしているのですね)

(そうね。でも情報通りの姿をしているわ。呪術師が多いって聞いた)

「なに? リストーニアだと?」

 3人の男はダリオの話を聞いて相談事を始めた。

「確かにリストーニアと我らは同盟を結んだ事はある。何を望む?」

「我々の仲間がそちらに行っている筈だ。会わせて欲しい」

「ふむ。それならば、おまえ達が人間である事を証明してもらう」

 3人の男達は、地面に丁度人が乗れる位の板を敷いて何か魔術を発動した。

「これは人以外の者に反応する魔道具だ。全員この上を通過して見て欲しい」

「まずいな。アルマ達はあれに反応してしまうだろうし、どうする?」

「まぁー、悪魔じゃなきゃ良いんでしょ?」

 リサが立ち上がって蛮族の男達に話しかける。

「ねー、私達は精霊を連れているのよ。その者達は人じゃ無いけど認めてくれる?」

「精霊だと? 何を馬鹿な事を……」

「そうそう。本当に馬鹿な事、馬鹿な事だ。ヒヒヒ」

「何だ。おまえ達は?」

 ダリオが事前に確認していたもう一組の蛮族の2人が北側から姿を表した。

 その男達は蛮族の姿をしているが最初に現れた3人とは明らかに態度が違い、警戒する様子も無く話をしていた蛮族に近付いて行く。

 進みにくい森の中を枝葉など気にせずに、今までやり取りをしていた3人に向かって走り出した。

「おい! 止まれ! どこの部隊の者だ!?」

「ククク、供物にしてやる」

 北側から来た異様な雰囲気の蛮族の一人は魔術で攻撃を仕掛けた。

 もう一人は走る速度をさらに早め、その途中に腕の形状を剣の様に変化させ、3人の蛮族の元へと飛び掛かる。

「くそ! 悪魔だ!」

「まずいな、彼等を助けるぞ! リサ、エレノア! あっちの方を頼む!」

 ダリオは背中に担いでいた弓を構えて射線が取れる様に敵に近づいて行った。

 腕の形状を変化させた者は、魔術の準備をして応戦しようとしている蛮族の目の前に素早い動きで到達し、その鋭利な両腕を2人に突き刺してしまう。

 右手は鈍い音と共に蛮族の胸を突き刺し、背中から突き出した先端からは大量の血が滴り落ちていた。

 左手側では攻撃を受けた蛮族がどうにか急所こそ避けたが、腹部に鋭利な腕が突き刺さる。しかし、すぐさま男はそれを抜き取り後ろに飛び退いた。

 もう一方の敵は攻撃魔術を放ったが、もう一人の蛮族はどうにか防御魔術が間に合い最初の一撃を凌いだ。

(早く治癒しないと! でも私の精霊魔法じゃ範囲が広くて巻き添えになるかも……)

「ネイア! あの人達を助けられる?」

「はい、承知しました」

 指示を受けたネイアは、素早い身のこなしで戦闘が行われている方向に走って行った。

 両腕の形状を変化させた悪魔は、反応が無くなった右手に突き刺さっている男を払い捨てて、左手から逃れた男にトドメ刺す為に一歩前に出た。

 蛮族の男は致命傷を免れたものの重症で動くことが出来ず蹲っている。

 悪魔は次こそ確実に仕留める為に腕を振り上げた。

 深手を負っている蛮族の男はどうすることも出来ずにただ覚悟を決めたように下を向いた。

 しかし悪魔は一向に動こうとしない。

 不思議に思い男は恐々と顔上げてみると悪魔は右腕を振り上げたまま、白い煙を上げて不気味な氷の彫像へと姿を変えていた。

 そこへ何か硬いものがぶつけられた衝撃音がすると彫像はガラガラと音を出して崩れ、その陰に隠れて見えなかった神々しい銀髪の白い肌の女が姿を表した。

「グ……」

 男は何か口に出そうとしたが、出血と痛みで意識朦朧となりその場に倒れた。

 もう一方の悪魔はリサとエレノア、そして蛮族の男と3人による攻撃が続けられていた。

 最初こそ反撃をしていた悪魔だが3人の猛攻を受け防御魔術が破壊されると直ぐにその場から逃げて行った。

 戦闘が終了した事を確認したアナはネイアの側に駆け寄り、重傷を負っている男に対して治癒魔法を施す。

 男は直ぐに目覚めるとアナに深々と礼をした。

 アルマは最初の一撃で胸を刺された男に対して治癒魔法や『萎靡の再起』を施してみたが、何の反応も無かった。

(こうなってしまっては、何も出来る事が無い……)

「く、くそっ。おまえまで死んじまうなんて……」

 仲間を一人失ったことで蛮族達は重苦しい雰囲気になっていたが、男達は気を取り直し友好的な態度で話しかけてきた。

「リストーニアの者達よ、助かった。礼を言う」

「疑って悪かったが、この通り我々は悪魔と戦いの最中だ。無礼を許してくれ」

「いやいや、信じてくれるなら問題無いからさ。悪魔って何処でも人間の真似事してるんだねぇ」

「それにしても、精霊というのは本当なのか?」

「え? うん、まぁね。こっちの3人がそうなのよ」

「なるほど、先程の攻撃は精霊魔法か? 悪魔を一撃で葬るとは凄まじいな……」

「ところで我々の仲間に会わせてくれる件だが、案内してもらえるか?」

「うむ……詳しい事は分からんが集落に案内しよう。そこにいる巫女様に聞いてほしい。ここからなら日暮れ前に到着出来る」

「巫女が長なのか……? 分かった、では頼む」

 息を引き取った蛮族の男と怪我から復帰したばかりの男を地竜の背中に乗せて、蛮族の男の先導で森の中を移動した。

 この森をよく知っている者の案内の為か、今まで通ってきた険しい道とは違い歩きやすい道を進む。

 そして、まだ夕暮れにもならない頃に長かった森が終わり、ようやく開けた場所に到着した。

「よっしゃ! 森が終わったー!」

「お疲れさま、長かったわね」

 開けた空間は森の中を開拓したように草原が広がっており、その中心には木々に囲まれた居住区域が作られていた。

 戦争中の為であろう、その集落は丸太をそのまま積み上げたような防壁に囲まれており、アルマ達は幾つかある門の一つに通された。

 案内をした蛮族の男は門番に話をした後、何人かがやって来て地竜に積んであった遺体を丁寧に扱いながら運んでいく。

 怪我人の男は改めて礼を言うとその場を去って行った。

 集落の中に入ると、日中だというのに一定の距離をおいて篝火が灯してあった。

 町の作りは見る限り木材を使った建築となっており、これまで見てきた石造り街とは作りが全く異なる。

 そして戦いが長く続いているからだろうか、そこにいる人々からは緊迫した雰囲気が感じられ子供でさえも笑顔でいる者は見られなかった。

「リストーニアの皆さん、遠路危険な道程だったでしょう。ようこそケアネイへと歓迎したい所だが、現在悪魔との戦で切迫していまして、恥ずかしながら何のもてなしも出来ない状態なのです」

 ここまで来る途中の蛮族よりも少し年配の男がアルマ達を出迎えた。

 先ほどの男達と服装は同じような様式だが、垂れ下げている布が短い。この方が軽くて動きやすそうに見える。

「リストーニアの王妃陛下や従者達はこちらに訪れていませんか?」

「あ、そうだ。この子はリストーニアの第3王女殿下ね」

「なんと! そうでしたか。ええ、確かに何人か来ましたが……王妃陛下は未だいらして無いですね。第3王女様がいらっしゃる事は聞いていました。随分前の話ですが」

「いろいろ事情があって遅くなっちゃったのよ。ごめんなさいねー」

「そうですか……とにかく舞の巫女様の所までご案内します。こちらへ」

 案内をしてくれる蛮族は移動途中に大まかにこの国について説明をしてくれた。

 この国の最高指導者は大巫女と呼ばれる女性で、政治と戦いにおいても統率者になる。

 またそのサポートとして巫女と神官が何人かおり、これから向かうところは巫女の長に当たる人物になるそうだ。

 一行が着いた場所は集落の中心部に位置する場所で、大きな木造の神殿と思われる建物の中へと長い階段を上がる。

 建物に入ると中は質素な設えで大きな丸太の柱が何本も天井から床へと通してあり、その柱を使い左右と中央の空間を分けた作りになっていた。

 左右の奥には何人か女性達が足を組んで床に楽な姿勢で座っているのが見え、中央の最奥には2つの立派な木彫飾りが付いた座椅子が置かれて、その右側にだけまだ若い女性が腰を下ろしていた。

 女性はこちらに気が付くと立ち上がり近付いて来た。

「リストーニアの皆さん、よくぞ来られました。そして第3王女殿下お待ちしていました。私はサグナ、この国の舞を司る巫女です」

「初めまして、私がリストーニア第3王女のエレノアです。それで……」

「エレノア様!!」

 後ろから何人か男性の声が聞こえた。

 階段を駆け上がり、息を切らしてエレノアの前に跪いた男達はリストーニアと同じ文化の服装で7人いた。

 エレノアは何人かに見覚えがあった。

 宮廷魔術師団で仕事をしていた時に護衛をした者などがいる。名前も分からないがエリッサに仕えていた文官や大臣達だったのだろう。

「皆さん、どうやってここへ? 王妃陛下の事を何か知りませんか?」

「はい、私達は魔術師団長に守られてここまで来たのです。エリッサ様は先に我々を逃して、その後は最後まで悪魔と戦われたと聞いています」

「そ、そんな……それでは、サミル団長は?」

「魔術師団長は……」

「サミル殿の所には、私が案内します」

 巫女の長、サグナが別の建物に一行を案内した。

 巫女の服装は他の蛮族と大きくは変わらないが、貼り付けてある布は殆ど切れ端だけの短いもので、着けている装飾品もごく僅かな物だけだった。

 サグナに案内された場所は集落の中心から外れた場所で、大きな倉庫が何軒か並んでいた。

「この中へ、どうぞ」

「こ、これは?」

 案内された建物の中には木製の台の上に人間が綺麗に並んで寝かせられていた。それらの人々は蛮族の戦士や呪術師など男女問わず様々だ。

 寝かされている人達をよく見ると、何かの魔術の影響があるのか半透明で薄紫色の膜に覆われている。

「サミル殿はこちらに」

「サ、サミル団長! ……何があったのですか?」

 建物の中の少し奥の方に案内されると、宮廷魔術師の姿をした者達が5人寝かせられていた。

「ここにいる人々は呼吸をしていません。しかし、死んでいる訳でも無いようで、まるで時間が止まっているように、このまま動く事も無い。治癒魔法等のあらゆる方法を試しているが外からの干渉を何も受け付けない…………時止めの悪魔の仕業です」

「時止めの悪魔?」

「ええ、私達がそう呼んでいる悪魔で2年ほど前に現れたのです」

 サグナはこれまでの戦いを掻い摘んで話した。

 元々ケアネイは都と6つの集落からなる国家で、悪魔と戦い続けてはいたが後れを取る事は無く、敵の拠点と思われる場所も大まかに突き止めて襲撃する計画すらあった。

 しかし、この特殊な能力を持つ時止めの悪魔と呼ばれる敵が現れてから戦況が一変した。

 この悪魔の特殊な術に攻撃されると、ここに寝かせられている人々の様になってしまう。ケアネイは都と5つの集落を悪魔に奪われ、ここが最後の砦となっている状態だった。

「サミル殿は戦いに参加してくれたのですが、我々はまだ時止めの事をよく分かっていなかった……ここには約800人が収容されています。みんな屈強な戦士や有能な呪術師ばかりが狙われる……」

「なんてこった。援軍を求めてここまで来たというのに」

「その時止めって奴を倒せば、術は解かれるかな?」

「ええ、多分そういう類の術だと思います。それで、私達はついに時止めの対抗手段を作ったんですが……」

「えっ? すごいじゃん、何か問題が発生したの?」

 サグナはまた場所を少し移動した。

 サミル達が寝かせられている場所から、入り口付近の場所に移るとそこにはサグナとうりふたつの少女が寝かせられていた。

「私の妹のアグナです」

「そっくり……双子なのね?」

「ええ、そうです。その対抗手段というのは大巫女様と私とアグナの3人が揃わなければ使えない物なのです。しかし、アグナが時止めにやられてしまい……」

「それで、使えなくなったと? 魔術儀式的な事かな?」

「はい、儀式を使うやり方です。それで、先日の戦いで時止めが現れてしまい、大巫女様が無理をなさって私と2人だけで戦ったのですが、身体に負荷が掛かり過ぎてついに大巫女様はお倒れになってしまって……。もし、次の襲撃があったら……もう対抗手段が無い……」

「サグナ、私はまだ戦えますよ」

 後ろから声が聞こえ振り返ると、そこには6人の男達に担ぎ上げられた木製の台の上に真っ白な衣装を来た少女がいた。

「大巫女様!」

 大巫女は手で遮る様にサグナに合図を送ると、ゆっくりと話し始めた。

「リストーニアの皆さん、よく来てくれました。先代がエリッサ王妃と同盟を結び悪魔を倒そうとしていた事、そしてリストーニアで何が起こったかを承知しています。ですが、今はこの国も存続の危機、支援を出せる状況ではありません」

「ええ、もちろん。それは十分理解いたしました。大巫女様、どうぞお気になさらず……」

 大巫女は顔色が悪く相当な無理をしてここまで来ていることがすぐに見て取れた。

 エレノアと大巫女はそれぞれ代表者として挨拶を始めた。お互いに挨拶もせずにここまで来てしまった事に気が付いて、それぞれが名乗ろうとした時に遠くから太鼓の音が鳴り響いた。

 一人の蛮族の男が倉庫まで息を切らしながら駆けつけ、大巫女の姿を見て慌てて跪く。

「敵襲です!」

「くっ、くそっ! こんな時に……お前達は客人を避難所に案内しろ!」

 サグナはついて来ていた巫女達に指示を出した。

「いやいや、私らも戦うよ。ねぇ?」

 避難所へ案内しようとする仕えの巫女に首を振り、リサが仲間達に目配せをした。

「ええ、そうね。同盟国なのですから」

「そ、それは……。大変にありがたい、我々の戦力は乏しいので……但し、無理はしないでもらいたいです。特に時止めを確認したら合図を送るので撤退してください」

「うん、まぁ、大丈夫だと思うけど。もし、そいつが出て来たら逆にチャンスかもよ?」

「し、しかし……王族の方もいらっしゃる訳ですから、危険は避けたい。とにかく、指示に従ってください。どうかお願いいたします」

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