確証の無い旅へ
「えっ! じゃあ、エレノアって王族だったの!?」
「そうみたいね……それで、その事だけど然るべき時が来るまで公には伏せておきたいの。本当は悪魔の生贄だった訳だから、奴らはまだ私を探している可能性が高いと思う。政治に利用されたりする暇も無い。その前にやらなければいけないことがあるのよ」
「何か策があるのか?」
「リサ、アルマ、ダリオ、聞いて。わたしはケアネイに行かなくちゃいけないの。そして、みんなに協力して欲しい」
「ケアネイ? 聞いた事が無いな」
「リストーニアから東の森の先にある国。蛮族の事よ」
「何! 蛮族!?」
野営を終えて、朝に軽食を皆で取っていた時だった。
エレノアは蘇った記憶の中にあるリストーニアからこれまでの経緯を詳しく話し始める。
「もしかしたら、陛下はケアネイで私の事を待っているかも知れない」
「ふむ、確かに同盟が結ばれているなら行っても安全なのだろうが、かなり時間が立っているぞ。それが心配だな」
「まぁ、コントリバリーが悪魔討伐に動く様にも見えないし。行ってみる価値はありそうだねー」
「わたしは、今回もみんなに任せるわ」
「リストーニア領を通る危険な道になるわね。とにかく今は、コントリバリーに戻って依頼の報告と、何より報酬をもらわないとね。それから作戦を立てましょう」
「ありがとうリサ、どうも焦ってしまって……」
「急に記憶が戻ったんでしょ。無理ないよ」
一同は馬車に乗り込みコントリバリーへと向かった。
城壁の検問所では見知らぬ3人に質問があったが、どう見ても全員人間にしか見えない。
ネイア、ダキ、そして新しい身体に憑依しているアルマは何の咎めも無く上級冒険者の連れとして通る事が出来た。
「今回の事は依頼主と組合長達には報告しましょう。ダリオ、冒険者組合に行って来てよ。私達は魔術師組合に行ってくるから」
「分かった。魔術の事を聞かれたら後で説明しに行ってくれよ」
「はーい」
「あはは、人の街は初めてだ。一箇所で固まって生活しているのだな!」
5人は魔術師組合ホールまで来ると、すぐにロンバルド組合長に面会する事が出来た。
「ロンバルド様。遺跡の調査報告に来ました」
「リサ、待っていたぞ。客人がいる様だが。ん? その姿は……アルマなのか?」
「ええ、まぁ。いろいろあって……」
ロンバルドは以前アナに憑依した時に霊体のアルマを見ていた為にその姿を見て驚いた。
リサはエルファの森であった出来事を丁寧に説明した。
「なんだと! では、そこにいる2人は、精霊と悪魔なのか?」
「うわっ、すげー髭だ。アルマ様こいつ髭がもじゃもじゃですね! あははは!」
「ちょ、ちょっと! 静かにするようにって言ったでしょ」
「あ、そうだった。すいません……」
「まるで人間の子供にしか見えんな……」
「この子が最初の調査の時にゴーレムを操っていた悪魔らしいのですよ」
「なるほど。見かけは当てにならんのが悪魔だというからな。しかし、お前達はあの遺跡に行く度にとんでもない客をつれてくれるのだな。そして、アルマの存在とは精霊の長という事になるのだろうか……」
そして、話はエレノアの記憶についての報告になった。
ここからはエレノアが直接ロンバルドに話す。
澄んで綺麗な声の持ち主だったエレノアは、落ち着いた丁寧な口調でこれまでの経緯を話し始めた。
内容は荒唐無稽に思えなくもないが、彼女が話すと何の疑いもなく飲み込める様な気がする。
「なんともリストーニア王家でその様な事があったとは……そして今はアルマとその僕と言えばいいのか。ネイア、ダキの存在は公には出来ないな。特にダキの存在は友好的だったとしても受け入れない者は多いだろう」
「アルマの上級冒険者の証はこのまま使っても大丈夫でしょうか?」
「まぁ、エルフの憑依技術の詳細を知る者は稀だ。そのまま使っても問題無いだろう」
「それにしても蛮族と同盟か……リストーニアの王妃陛下も良くやられたものだな。今、議会は悪魔に対して意見が二つに割れている」
「二つとは、どの様な意見でしょう?」
「一つはリストーニアに打って出て人間の国を取り戻すという者達。もう一方はこのまま被害を最小限にして悪魔が去るのを待つという者達」
「悪魔が去るなんて、なんて楽観的な事を……」
「貴族達は自分の領土に被害が出る事を一番恐れるからな。利益が少ない戦いを避けるという訳だ。これをまとめない限り国として動くのは難しい」
「そうですか……」
「しかし、蛮族が同盟という事なら話が動くかもしれんぞ。知っての通り蛮族と我々は国交が無い。しかし彼らが味方となり、さらに悪魔に対して大きな勝算があると分かれば戦は一気に利益へと変わる。腰の重い貴族達も纏まるかもしれん」
「蛮族の後ろ盾を貰い戦力が纏まれば悪魔に対して総攻撃もありえると?」
「今ここで断言はできんが結局は悪魔を倒したいのは皆同じだ。切掛け次第で現況が動くかもしれんという事だな」
「やはり早々に蛮族の国へ行く必要がありますね」
「申し訳ないが、この件はお前達に国からは依頼が出来ないだろうな。もし資金や人材が必要だったら組合に相談してくれ。できる限り支援しよう」
「はい、ありがとうございます」
遺跡の報告を終え一行はロンバルドの部屋を後にしようとした。
「ところでリサ。アナの事は聞いているか?」
「アナですか? いえ何も。調査から帰ってすぐ報告に来ましたので」
「今、冒険者の中でアナは大変な扱いになっているのだ。事情が事情だけに事態が収まるのを待っている事にしたのだが……まぁ、いい。それなら冒険者組合に行った時にでも確認して見ればいいだろう。報告御苦労だった」
魔術師組合ホールから出た5人はロンバルドの言葉を確認する為に、ダリオに任せていた冒険者組合ホールにも足を運ぶ事にした。
「アナがもし虐められてでもしていたら、私がそいつに倍にして返してやるわ」
「リサ、そうとは限らないでしょう? でも良かった、アナはここに戻って来ていたのね」
冒険者組合ホールに到着すると人集りが出来ており、入り口付近にある掲示板の前で何やら揉め事が起こっていた。
入り口に差し掛かったところで丁度アナが走り出て来た。
「私、そんなの無理です! もう、諦めてください!」
「いいじゃねえか! 悪い話じゃねえし、一度だけで良いんだからよ!」
人集りの中から男が一人駆け出て来て逃げるアナの腕を掴み引き止めた。
その瞬間リサは魔術師とは思えない身のこなしで男に殴りかかった。
「てぇめーかぁ! このクソ野郎!」
「ん!? グボ! ゴォ!」
「えっ?! ちょ、ちょっと、リサ!」
「私の妹分に手を出すなんて、良い度胸してるじゃねえか!」
「いってぇ……あ、あんたは、リサ・マローニー……さんか。いや、違うそうじゃ無い。俺はただ、ケトリーさんにお願いをしていただけなんだ」
「リ、リサさん! それに、えっ! その姿はアルマさん? あ、あの違うんです。これは、その……とにかく、ちょっとこっちに来てください!」
人気の無いところを探し、結局一行はパーティの拠点へと落ち着く。
そこでアナはこれまでに起こったトレステッドでの出来事を話した。
「という事は、えっとアルマの魔術を使ったら一次的に凄い魔力が使えてしまい英雄扱いされて、その噂が広まって高難易度の戦闘依頼に連れて行かれそうになっていたと?」
「それで──私の事が関係しているから公に出来ずに故郷からこっちに逃げて来たと?」
「はい、さっきなんて街道近くを縄張りにしてしまったマンティコアの討伐で、攻撃担当が私だけなんていうパーティ構成なんです。そんなの絶対無理ですから……」
「冒険者は少人数で依頼をこなせば分け前も良くなるし、評価も名声も上がるからねぇ」
「それで、アルマのその魔法ってどんな効果なの?」
「うーん、カーラが言うには魂の結び付きがある者にだけ効果があるって言っていたけどね。私の魔力とマナが使えるようになるんだって」
「あはは、そりゃあ確かに使い方次第で英雄になれるかも。でもさ、その魂の結び付きって何だろうね?」
「それが、分からないのよ。でも、あの遺跡にいた精霊と悪魔は対象になるみたいだよ。それと、何故かアナがそうだったって事かな……」
「しかし、今度は悪魔では無くオークと巨人の襲撃か。トレステッドの様な田舎町に何の目的があるのか」
「あれ、そう言えばトレステッドに遺跡ってあった?」
「ええ、あります。ほったらかしで子供達の遊び場になっていますが」
「やっぱり貴族のお坊ちゃんの情報通り悪魔も巨人達も遺跡が目当てなのかな……うーん。あ、そうだ。私達も遺跡で色々あったのよ。エレノアが声を出せる様になったし」
「えっ、本当ですか!?」
「アナ。大変だったみたいだけど、故郷が救われて良かったわね」
「エレノアさん! 良かった、本当に声が出るようになったんですね!」
リサは大まかな内容でエルファの森の遺跡での出来事をアナに話した。
アルマの現在の身体は遺跡の霊木の中に祀られていた御神体の様な物だった事。
2人の新顔の存在について種族などは説明しなかったが遺跡の住人を新しい仲間として迎え入れようとしている事。そしてエレノアの記憶について。
「えー!? エレノアさんがお姫様だったなんて……」
「アナ、あんた熱りが冷めるまでこの街から出ちゃう方が良いんじゃ無いの? あ、そうだ、一緒に来る?」
「私が、ですか……? ご一緒するのは光栄ですが足手まといにならないか心配で……」
「うーん、実はさぁ。子守りが必要になるかも知れないからお願いしたいくらいかも……」
「ん? なんで、みんなあたしを見るのだ?」
蛮族の国ケアネイへの道程は長い旅路が予想される。リサ達はどの様な計画で行うかその場で話し合う事になった。
アナも同行する事になったが会議には参加せず、ネイアとダキに街案内をして人の生活について教える役目を言い渡された。
「ネイアとダキは人間の生活を理解しておいてね」
「承知しました。アルマ様」
「それから、ダキ。あなたはアナの言う事を絶対に守る様にしてね」
「アナと仲良くすれば良いんですね。分かりました! 行って来ます!」
3人はコントリバリーの街を見学する為、中心部の方に出かけて行った。
「リストーニアの東の森となると、冒険者達は蛮族と遭遇するのを嫌って奥深くまで行くことは無い。案内人を見つけるのは難しいだろうな」
「しかし、あんな場所なのに、いったいどうやって蛮族と同盟結んだのかねー」
「宮廷魔術師団には異文化との渉外部隊があったのよ。そこが担当していたんじゃ無いかしら。本来であれば私の護衛がいてくれた筈なんだけど……」
「なるほど、あの時の宮廷魔術師達がそうだったって訳か」
「カーノルディンの貴族に報告するついでにさ、いろいろ支援してもらうのはどう?」
「あそこは、悪魔討伐に関することなら何でも協力してくれそうね」
「しかし、案内人はどうする。仲介人無しで異文化の連中と接触するのは厄介だろう?」
「うーん……強行しちゃうか。エレノアの名を出せば大丈夫じゃ無い?」
「私はそれでも構わないわ」
「まぁ、まて。もしかしたらエレノアは最後の王族かもしれん。慎重にやった方が良いだろう?」
「本当ならこの街で待っていて欲しい位よね。でも向こうも本人がいないと受け入れてくれない可能性がある。そうすると一緒に行くしかないけど、その辺はどう思う?」
「正直に言うと急に過去を思い出したら王族だった……なんて事が分かってもどうして良いか分からないのよ。そもそも私は孤児院育ちで親はいないと思っていた訳だしね……でも、悪魔から国を取り戻したい気持ちはあるわ」
「ああ、それはもちろん俺も一緒だ」
「よし、じゃあ。みんなで行くかね。どっちにしてもエレノアがいないと蛮族に対して何も証明出来ないからさ。うん、一緒に行こう」
*
他種族国家として様々な特色を持つコントリバリーの中を、アナは街案内をしながら新顔の2人を連れて歩いていた。
「おーい、アナちゃん。最近は冒険者でえらく活躍したってなぁ。すごいじゃないかー、頑張れよー!」
「はーい、どうもありがとうございます。あはは」
「アナ、今の誰だ?」
「建築現場のおじさんだよ。前に仕事でお世話になったの……はぁ、大工さんにも噂が広まっているなんて……」
「人間の住まいというのは随分空気が悪いわね」
「ネイアさんとダキは森に住んで居たんですよね。この街にも森がありますよ。行ってみましょうか」
3人はエルフの居住区にやって来た。
アナは先輩風を吹かせて得意げに都市内の森まで来たが、殆ど来た事がない領域に必死に目印を覚えながら森の道を進んでいた。
「なるほど、小さいけど良い森ね。しっかり霊脈も整っているようだわ」
「ネイアさんはエルフの魔術師の装備をされていますね。やっぱり自然系統の魔術に詳しいのですか?」
「魔術に関してはよく分からないわね。ダキの方が詳しいのではない?」
「えっ、そうなんですか? あ、あれ、ダキがいない! ど、何処にいっちゃったのかしら……」
「この森の領域に入った時にはいなかったわね」
「えー! じゃあ。戻って探しましょう!」
アナとネイアはエルフの居住区を出た。
この辺りの区域は大通り以外には閑散としていて、子供が興味を引く様な物は見当たらない。
「ダキー! ダキー! 何処にいっちゃったの……」
「アナ、大体の居場所なら分かったわよ。向こうの建物が並んでいる辺りね。ついて来なさい」
「あ、はい。ありがとうございます」
アナはネイアの後について行き、平たい小屋が並んでいる区画に入った。
(この辺りは来た事がないけど……なぜこんな所に……)
「この建物の中のようね」
「私、中を見て来ます」
着いた場所は家畜小屋の一角だった。
この都市は上下水が行き届いているので家畜も清潔に飼われている事が多い。この建物も良く掃除されて綺麗な状態に保たれていた。
アナは足早にダキを探し回っていると、何かが砕かれる様な気味の悪い音が聞こえて来た。
「ダキー、そこにいるの?」
「グチャグチャ、ボキガキボゴ、グチャグチャ」
建物の中は鶏舎になっており、その奥には廃鶏を囲った別部屋があった。
アナはその部屋の音がする方を恐る恐る見ると、生鶏肉を貪るように食らっている少女が可愛らしい黄色のワンピースを真っ赤に染めながらこちらを振り返った。
「ダキ、あなた……。何をしているの……」
「あ、アナも一緒に食べるか?」
「ちょ、ちょっと。ダキー! どど、どうしよう……。ネ、ネイアさん!」
アナはあまりに唐突な少女の行動にすっかり動転してしまい、ダキの事を自分よりは理解しているのであろうネイアをこの場に呼ぶことにした。
「まったく、勝手に食事などして。アルマ様が食事は用意すると言われたじゃない」
「え? いや、そういうことじゃ無く……」
「汚れた姿で戻っては無礼だわ、そこに立ちなさい。私が汚れを落としましょう」
食事を終えたダキが小屋の通路側に出てきた所で、ネイアは水の精霊魔法であっという間に赤く染まった服の汚れを洗い流した。
「と、とりあえず。直ぐに戻りますよ!」




