始まりの森
──1週間後。
リサ達パーティはコントリバリーを後にして目的地のエルファの森へと向かう。
遺跡調査の依頼を成し遂げる為にエレノアも遺跡付近まで同行することになったので、地竜と馬車の見張り役として見習い冒険者を雇うことになった。
そのブレダとセイジ2人はアナから紹介された魔術勉強会の数少ないアルマの仲間だった。
「2人には難しいことを頼むつもりは無いから気を楽にねー」
「は、はい! お気遣いありがとうございます!」
幾分緊張した面持ちで2人は答えた。
最近になって分かってきたのがリサ達はこの近辺の冒険者の中ではリストーニアの件で英雄的な扱いも受けていて、それなりに名の通った存在だったようだ。
今回2人からしてみればリサ達が請けるような難易度が高く本格的な調査依頼に参加することは、手伝いであっても同業者から見れば不相応なのだろう。
森までの道程は見覚えがあった。
この世界に来たばかりの時にリサ達と出会って、コントリバリーに向かった道だ。
早朝から日暮れまで移動して遺跡まであと半日の距離で野営することになった。火を囲んで皆が食事を取る。相変わらず物を食べることが出来ないアルマは皆の食事を傍観していた。
「ん? リサ。エレノアの杖を物干しに使うなといっただろう? 恐らくあれは高価な杖だぞ」
「ああー、ごめん、ごめん。エレノアも別に良いって言っていたし、丁度良い木が無くてさ、あとで変えとくから」
「リサさん達はリストーニアの時からパーティを組んでいるのですか?」
「パーティ? うーん、実はそういう訳じゃない無いよ」
「俺達はリストーニアから逃れるときに行動を共にした。只それだけで、今後も何処まで一緒に行動するかは分からんのだ」
「そうなんですか……エレノアさんもリストーニアの時に一緒だったのですか?」
「そうねー。あの時、城付近で悪魔と戦っていた宮廷魔術師の一団がいてね。5人程殺されていて最後の生き残りがエレノアだったのよ。そこを私達が助け出して、そのまま直ぐに撤退する事になったんだけどね」
「あいつは悪魔の呪いを受けたようでな。首の大きな痣はその時に出来たのだろう。俺達が見つけた時には既にエレノアは声と多くの記憶を失っていた」
「そんな事が……それがエレノアさんの喋らない原因だったんですか……」
「そうね。気になるのは彼女の痣よね。日増しに大きくなっているのよ……」
「それは悪魔の呪いに関係しているのでしょうか?」
「恐らくそうだと思うわ。でも、どうやって解除するか解らないのよ。本人は気にして無いみたいだけどね」
一同はエレノアの首にある大きな痣に注目した。
その歪な形を言葉で表現することは控えたが、まるで猛獣が大口を開けて首を噛み切ろうとしている様に見えた。
夜になり眠る必要がないアルマは今回も見張り番をすることになった。
「う……う、ああ、ううう」
皆が寝静まって、もう朝方になろうとした時に誰かが苦しそうな声を出した。
荷車の中に確認しに行くと、エレノアが悪夢でも見ているのかうなされていた。彼女は記憶と声を失い大変な思いをしているに違いない。
そして気になる痣は、2年前は小さな物だったらしいが、今は頬まで到達しそうな程大きい。 暫くすると平静になったので、アルマはそのまま寝かせておく事にした。
次の朝早く出発すると直ぐに景色が森へと変わり薄暗くなって来た。両脇が木々に囲まれている長い一本道が続き、暫く進むとゴーレムとの戦いに巻き込まれた現場に到着した。
新芽が育って来ており爆発の跡は緑に飲み込まれ分からなくなっていたが、焼け焦げた石が道端に残されており、辺りの木々はまだ倒れたままになっていた。
そこからまた暫く道を進むと最初の目的地へ到着する。遺跡へはまだ距離があり、残りは徒歩で森の中を進む。
「ここからは、歩きでいくぞ」
「はぁー、こっからが大変なのよねぇー。魔物も出るからね、気を付けて行こう。まぁ、アルマは大丈夫か」
「いやいや、人形壊されたりしたら困るよ。換えが無いんだからね」
「アナは霊体を捕らえられたんだ。何があるか分からんぞ、注意すべきだろう」
一行はブレダとセイジの2人を竜車に残して、その場を後にした。
先頭のダリオはレンジャーの察知スキルを使いながら一層薄暗くなった森の中を注意しながら進む。
以前遭遇したゴーレムを従える悪魔のように厄介な敵が潜んでいる可能性があり、前回のリサ達との遭遇を踏まえて敵が何かしらの対策を講じている場合もある。
そう考えると今回の遺跡への接近は、より難易度が高いといえるだろう。
ダリオは森を歩き慣れていない3人を誘導しながら慎重に足を進めた。幸いにもトラブルは無く最初の目的地、遺跡が遠望出来る岩場まで来る事ができた。
「この上に登ってスキルを使えば、なんとか遺跡を見ることが出来る。一度ここで様子見てからもっと接近する予定だ」
「あー、もう、ここまでで結構疲れたわね。それ! 〈アップドラフト/上昇気流〉」
リサは魔術を発動して岩の頂上まで一気に登った。
その後に続いてエレノアは高級そうな杖を用いてマジックサインを発動させ、リサと同じ方法で頂上まで飛び上がった。
アルマも上昇気流は既に慣れていたので、問題なく頂上へ登るとリサとエレノアが岩に伏せていたので、同じように身を伏せる。
その直ぐ後にダリオが道具を使うこともなく、まるでボルダリング選手のように素早く岩壁を登って来た。
全員が岩に伏せてダリオに指示された方向を確認して遺跡を見る。
肉眼では到底見えない距離にあるが、魔術やスキルを使うことで僅かに様子を窺うことが出来た。
「いるな。やはり悪魔だろうか……、どうも黒い影しか分からんが」
「うーん、やっぱり儀式っぽい事しているのかなー。ここからじゃ前と同じね」
「幸いここまで接近してくる者は無い。予定通り次の地点まで行くぞ。今度はかなり接近することになる」
「よーし、じゃあ。更に近付くかー」
全員が岩場を降りてから更に遺跡へと向かう。
美しい原生林の中、前世なら良いお散歩にも思えるが実際は仲間の命を脅かすような敵が潜む場所。気を引き締めて行動しなければならい。
憑依人形はこういう足場には関節の柔軟性が悪く、人間の身体を動かしていた時と比べるとかなりもどかしい。
周辺を十分警戒しながら、気配を出来るだけ抑え進む。
ダリオが遠くに魔物の気配を感じた時は道を回り戦闘を避けるようにして慎重に遺跡に近づいていった。
ここまでの道程で敵に遭遇することは無かったが、まだ真新しい動物や魔物の死骸が転がっている事があった。
さらに進むと遺跡の一部とみられる人工的な石材が森の中で見られるようになった。
長い年月が経っている薄黒く汚れた石肌は、雨風に晒されてゴツゴツに削られていた。
大昔にこの辺り一帯を支配していたというハイエルフが作った物なのだろう。進むにつれて石材を見る回数が多くなって来たところで、草木に覆われた石垣の山が見えてきた。
恐らく砦として使われていた遺跡が、崩れてはいるものの一定の間隔を保って佇んでいる。
その中で根と幹を遺跡に絡ませるように成長した巨木が本来であれば崩れているはずの遺跡を歪な形で維持している建物があった。
「あの上に登るぞ。中はだいぶ脆くなっている。気をつけろよ」
「うっわ、こりゃガチで登らないといけなそうね」
「うまく登れるかな……。ちょっと緊張してきた」
最初にダリオが登ると上からロープが垂らされ、それを頼りに他の者達が上へと登る。
そんなやり取りを何度か繰り返した後に、木の枝に支えられて部屋としてどうにか維持している建物の中に枝の隙間を潜って入り込んだ。
「この場所からなら詳細な情報が手に入ると思うが、姿が見えない様に細心の注意を払えよ」
「分かっているわよ。ここで見つかったら、撤退も楽じゃ無いわ」
息を潜めながらスキルや魔術を発動させて、4人は目的の遺跡を見極める為に意識を集中する。
その場所は事前に聞いていた通り霊木と言われる巨木を中心にして円を描くように広場があり、周りには崩れた柱や草木に飲み込まれた彫像が幾つか見られた。
広場の中には数人が何やら作業している姿があり、今度はその姿が何者なのかハッキリと伺えた。
「やはり悪魔で間違い無いだろう。何をしているんだ?」
「ちょっと待って、あの横にいる影は悪魔じゃないわ」
「あれは……精霊なのか?」
「うそでしょ。精霊と悪魔が一緒にいるの?」
「ねぇ……2人とも聞いて。あの祭壇の上で祀っているものは何?」
中央付近には祭壇が設けられており広場から石造りの階段が伸び、その先の巨木の幹には大きく奥深い樹洞があった。
その中に彼らが祀っている何かが陽の当たり具合で僅かに見ることが出来る。
「あの祭壇から樹洞に向かって儀式をしているらしいが、悪魔が崇拝するものとは一体何だ」
「大昔の大悪魔とか? でも精霊達はなぜ悪魔を排除しないのかしら」
天候の変化で光加減が変わり今まで見えなかった樹洞の中の何かが薄っすらと姿を露わにした。
どうやら人型の木彫像を祀っているようだ。
「人型の像に見えるな。あれが奴らの崇拝する大物の悪魔か?」
「ここまで近寄ったんだから、もっと的確な情報が欲しいわね」
「ねぇ、前にも言ったけど。姿を消す魔術で近寄って見たいんだけど良いかな?」
「それって音とか、気配も消えるのよね。どれくらい隠蔽出来るか見てみたいわ。ここで出来る?」
「うん、いいよ」
リサの言葉は全員の安全に関わる事だから当然の確認だろう。
アナと実験をした姿と気配を消すオリジナル魔術『儚く消える影』を発動してアルマは姿を消して見せた。
「なるほど、完全に消えたわ」
「アルマ、少しの間そのままでいてくれ」
ダリオはそう言うと察知系のスキルを発動してアルマの姿を探し始めた。
リサとエレノアも何かの魔術を使って辺りを探す。少しの間、魔術を使って隠れん坊をしている状態が続いた。
「アルマ、良いわよ。姿を見せて。普通これだけ近くにいるなら気配くらいは察知出来るんだけどね……」
「全く位置を掴めなかったし、気配も無いな……」
「…………」
「良かった。成功って事だよね。これを使って近付いてみるから、ここで待っていて」
「分かった。だけどもしもの時の為、こっちはいつでも逃げられるように準備をして待っているから」
遺跡に近づく為に歪んだ建物から下に降り、ダリオに進むべき方向を教えてもらう。
『儚く消える影』の効果時間は検証してなかったので、少し急ぎ足で遺跡に向かった。移動して見ると先程の建物からさほど距離は無く、肉眼で十分に遺跡の詳細を確認できる距離まで接近した。
広場には人影が2つ見える。
一人はいかにも悪魔という風貌で筋骨隆々の体に頭部は恐らく牛の形をして、背中には白い翼が生えていていた。
そしてもう一人はリサ達が言っていた通り精霊なのだろう美しい女性が佇んでいた。それは妖精に出会った時に、記憶が流れ込んだ中の女神の様な女性とそっくりだった。
美しい女性には友好的に挨拶をして仲良くなりたいと思ったが、悪魔の方は正直遠慮したい。
このまま姿が消えている間にもっと近寄ることも出来るだろうが、間接的な音は響いてしまうので、もう少し様子を見ることにした。
念の為、崩れた彫像の陰に隠れて広場を見ていると、先ほどの悪魔が祭壇に登って何かの儀式を始めた。何が起こっているか良くわからないが、魔法陣の出現や魔法発動時によく起こる光の輝きもあったので、魔術的な何かをしている事は想像できる。
いくつかの魔術を発動し終え、牛の化け物は大きく嘆息をしてぐったりと祭壇の前で倒れてしまった。
それを見つめている精霊は平静な表情を浮かべたまま一向に動こうとはしない。
ここまで近寄って初めて気が付いた事がある。
虫と思って気にも止めていなかったが、この広場にはヒラヒラと飛んでいる者達の姿があった。これは間違いなく妖精達で精霊とこの場所にいるのだろうが、現在は悪魔と共存している事は確かなようだ。
妖精達を観察していた所、先ほど倒れて動かなくなった牛頭の悪魔はゆらりと起き上がって、覚束ない足取りで祭壇を降りた。
女性の美しい精霊はそれを待っていたように、悪魔を気遣うことも無く一緒に何処かに歩いていく。
そして広場には誰も居なくなった。
彼らの崇めている御神体を視認する意外にもう一つ試したいことがあった。憶測でしか無いが、それは自分が霊体になった時に同じく妖精の様な霊体に触れると、魂の接触で起こる現象だと思われるフラッシュバックが起こる。
樹洞の中の御神体に魂が有るか分からないが、悪魔が崇拝しているようなスピリチュアルな物体なら何か起こるかもしれないという期待があった。
それにあれを見てしまったら──どうしてもそれを試したくなってしまうというものだ。
そっと物音を立てないように祭壇まで近づく。
辺りに人影が無いか確認して、慎重に階段を上がり御神体まで一気に迫る。
途中「ウフフ、アハハ」と妖精達が追いかけっこをしながら目の前を横切っていったが、全くこちらには気付いていない。
気になって仕方がなかったこの樹洞の奥の木彫像。いよいよ祭壇の上まで登り切ると儀式場は思ったよりも狭く足場が無い。
振り向くと階段から転げ落ちてしまいそうだ。
霊木の樹洞は人間の背丈よりも大きく、穴の縁は何やら模様と装飾が彫られている。
お供え物のように置かれている数々の品は草木と小さな彫像だったが、どんな効果があるのか見当はつかなかった。
アルマは樹洞の中を覗き込む。
(ああ……やっぱりそうなの!?)
下半身が少し見えた時に薄っすら脳裏を横切った。木彫像の着ている服があまりにこの世界の物とは違うように思えたのだ。
サブカル女おなじみの髪型、5年以上変えなかったボブカット、マンダラのTシャツと下のぶかぶかのデニムは無色になっている。
つまりこの木彫像は紛うことなき己の姿をしているのだ。気色悪いほど不自然さが無く作られていて、木彫像の筈なのにその容姿はまるで脈動している様だ。
温もりがあるかのような肌と、精巧に作られた顔は今にも目を開けてこちら何かを語りかけて来そうだった。
さらに髪の毛やまつ毛までが一本一本綺麗に再現されている様に見る。
何かの間違いで霊体と体が分離してしまったのだろうか。様々な憶測が頭の中を駆け巡る。
(と、とにかく。霊体になって触れてみれば何か分かるかも)
憑依人形の体を狭い祭壇の足場の上に寝かせ、離脱して霊体になる。
これで恐らく『儚く消える影』の効果は無くなってしまったと思われるので急がなければいけない。
久しぶりの霊体になってそのまま樹洞に向けて手を出す。
少し触れるだけと思い像の頬に手を伸ばし踏み込んだその時。
「何者だ!」
背後から大声が聞こえた。
見つかった事で気が動転して前のめりになっていた体は、そのままたたらを踏んで樹洞の中に転がり込む体制になってしまった。
(まずい、像にぶつかる!)
像に触れる目的はきっと達成出来るだろう。
触ったら憑依人形に戻ってもう一度『儚く消える影』を使って逃げ切れるだろうか。
わずかな時間の中で次の手を算段する。
そして転がり込む体制は変えられないまま、顔面から像に突っ込み思わず目を閉じてしまった。
前に転げ落ちるように突っ込んでしまったが、像にぶつかっても勢いが止まらない。恐る恐る目を開くと、どういう訳か自分は前のめりに樹洞から出るような姿勢を取っていて、目を閉じる前とは全く逆の方向に突き進んでいる。
「えっ? ちょっと! どういうこと? ああ、階段が! 落ちるー!」
そのままの勢いで祭壇最上部から階段を転げ落ちた。
先ほどの声の主は女性だったが精霊だろうか。その仲間も呼び集められて戦闘になってしまう可能性がある。
まずい状況に頭が混乱していた。
階段から転げ落ちたようだが、霊体の為かダメージは感じられない。
アルマは慌てて自身を確認するとその身体は憑依人形でも霊体でも無く、悪魔達の御神体である木彫像の身体を動かしていた事に気付いた。
「あれ? 御神体に憑依しているの? なぜ……?」
自身の状態に驚いていると、いつの間にか悪魔と精霊に囲まれていた。
(や、やばい、どうやって脱出すれば……)
右側に悪魔達が3体、左側に女性の精霊が3人、精霊はこの遺跡を聖域として外部の侵入者を許さない為この近辺で遭遇すると戦闘になると聞いていたし、悪魔は1体でも強力である事は先の戦でも十分確認している。
しかもその内の一人で幼い少女の悪魔は石のゴーレムの肩に乗っていた。
お互いに相手を見つめ合いながら固まっている時間がやけに長く感じる。
安易に戦闘に踏み込んでリサ達を巻き込むのは悪手だ。最悪遺跡を破壊して逆方向にでも逃げるのが良いだろうか……。
そんな考えを巡らせている時に先に動いたのは相手側だった。
少女の悪魔がゴーレムから降りてこちらに向かって来る。
そして精霊の1人が声を発した。
「アルマ様。ご復活おめでとうございます」
美しい女性が声を出すと、その場の精霊と悪魔全員が跪いて深々と頭を垂れた。
「……へ?」




