友達は魔法少女
天龍暁はその少女と友達になる。
「とりゃ!」
俺の渾身の一撃が、相手に炸裂する。当たった奴が外野に移動するのと同じタイミングで、今度は相手チームのエースが放つ豪速球。狙いは俺の脛か!だが、甘い!
すかさず後退し、地面でワンバウンドしたボールをキャッチする。そしてそのボールをエースに勢いよく投げ返す。
「アァァイム顔面セーフマァァン!」
横から飛び出してきた相手チームの1人が、ヘディングでボールをレシーブしてエースを庇う。あれは顔面セーフと言っていいのかわからないが、昼休み恒例男子ドッジボールは今日も白熱している。今度は相手チームの奴がボール投げる。続いて俺の左後ろにいた奴が拾って反撃。
「顔面セーフマァァン!」
またヘディングで阻まれた。ボールはコートの外に落下して転がり、外野の奴らが取りに行く。
ふと、俺はボールより少し向こうに速水の姿を見つけた。歩きながら、友達と話していた。きっとマヨネーズの話でもしているんだろう。
先日俺は速水に秘密を打ち明け、互いの秘密を口外しないことを約束させた。以来、彼女とはほとんど話していない。でも、それは気まずいからというわけではない。元々彼女とは接点が少なかったのだ。実際、挨拶や情報伝達ぐらいは何度かあったが、そこで気まずい思いをした覚えはない。彼女も約束を守ってくれているようだし、これでいいんだろう。でも、向こうもそう思っているのだろうか?
そんなことを考えていると、肩にボールのぶつかる感触があって我に返る。しまった。ドッジボールしていたんだった。何とかボールの落下前にキャッチ、アウトを免れる。気を取り直して反撃、エースの足下、後退すればちょうど靴に当たるぐらいの際どい位置にボールを投げ込む。
「顔面セーフマァァン!」
鮮やかなヘッドスライディングが決まり、ボールはまたしても打ち上げられる。違う、そういうゲームじゃない。
その日の夕方。
ゲームの店で中古のソフトを買った俺は家路につくところだった。
「暁くーん」
呼ばれて、そちらを振り返る。速水だった。俺に手を振りながら近づいてきた。
「奇遇だねー。何してんの?」
「ゲーム買って帰るとこだよ。お前は?」
「いやぁ、宿題で使う白地図冊子忘れてきちゃってさ……学校に取りに行くんだ」
なるほど。まぁ、あるあるだな。「精々頑張れ」と思って、そう言おうとしたときだった。
「そうだ、暁くんも一緒に来てよ」
「……は?」
冗談じゃない。何で俺がそんな面倒なことを。
「お願いだよー。夕方の学校って1人じゃ怖いんだよー」
「なら明日の朝、学校で宿題やればいいだろ?」
「そんなこと言わないでさー、女の子の頼みを聞いてよ、男の子でしょ?」
「……」
こいつ、俺が断れなくなる絶妙な言い方をしやがる。何てしたたかな奴だ。そういえばこいつ、意外と賢いんだった。面倒くさい奴と関わってしまったらしい。
十数分後、俺たちは徒歩で学校にやって来た。昇降口は閉まっていたので職員用の通用口から、靴を持って校舎へ侵入。この通用口、2階の職員室、3階の5年2組は全て校舎の東側に位置する。校舎西側の階段を利用すれば先生とのエンカウントを避けられそうな気がしないでもないが、1階と3階で廊下を歩く時間が長くなってしまう。廊下は隠れられる物陰がないから、かえって見つかるリスクが大きくなりそうだ。結果、俺たちは校舎東側の最短ルートを選択した。
俺が前に立ち、顔だけ前に出して敵影や足音がないことを確認し、ハンドサインで後ろの速水に指示を出す。このフォーメーションで、通用口から階段まで、階段から踊り場、踊り場から2階、2階から踊り場、踊り場から3階まで迅速に登る。3階の廊下に敵影がないことを確認すると、足音を殺しつつ速やかに教室前まで移動する。教室の下、1箇所だけ鍵が壊れている引き戸を開けて、そこに体を入れて教室に侵入する。
「侵入成功。ターゲットを確保し、速やかに脱出する」
「ラジャー」
敬礼する速水。そのまま彼女は自分の席へ行き、机の中を物色する。
「あ、ありました。ターゲット確保」
「よし、これより脱出する。引き続き警戒を怠るな」
「ラジャー」
再度敬礼する速水。夕闇の中、真面目な表情で敬礼する彼女の姿が急に可笑しく思えて、俺はつい吹き出してしまった。
「ははははははっ」
「あはははははっ」
吹き出したせいで緊張感が途切れ、2人とも大笑いしてしまった。
「はははっ……ア、アホだ……完全にアホのノリだった…………」
「タ、ターゲット確保」
「くっ、笑わすな、アホ…………ふふっ」
なかなか笑いが治まらなくて、俺たちは帰れずにいた。
やっとのことで笑いが止まった俺たちは、入ったのと同じ場所から教室を出た。その直後だった。
「ねぇ、何か聞こえない?」
速水に言われて、俺も耳をすませた。
「……ピアノの音だ。しかもこれ、『エリーゼのために』だ」
「エリーゼのために」といえば学校の怪談のド定番だ。無人の音楽室で鍵盤が勝手にこの曲を弾いているところまで含めて定番なのだが、何だろう、ド定番過ぎるせいか、潜入でテンションが上がっているのか、ちょっと見に行ってみたい自分がいる。でも、速水はどうだろう?夕方の学校は怖いと言っていたし、早く帰らせてやった方がいいかもしれない。俺は彼女の方を見てみた。
「わー、『エリーゼのために』だー!学校の怪談だー!」
目をキラキラ輝かせていた。
「暁くん、見に行ってみよ!」
そう言って俺の手を引く速水。またデジャヴ。
「おい、怖いんじゃねぇのか?おい、おーい……」
よくわからん奴だ、と思いつつも、俺もピアノの音の正体が気になってウズウズしていた。
音楽室前に着いても、ピアノの音は続いていた。音楽室のドアは閉まっているが、どうにか中を覗けないだろうか、と思ってドアに手をかける。すると、ドアが急に勢いよく開き、体重をかけていた俺たちは転倒して音楽室へ入ってしまった。とたんにドアが閉まり、鍵がかかった。
「痛ぇ……」
「見て!」
速水に促されて指差す方を見ると、ピアノの前には本当に誰もいなかった。でも、演奏は絶えず続いていて、定番通りの状況だった。俺はそのまま音楽室の中を見回そうとして、ハッとした。すぐに速水の肩を掴み、2人でしゃがむ。直後、背後で大きな音がした。見ると、生徒用の机が黒板に激突して、床に落ちていた。俺たちは座席の方に視線を移す。生徒用の机が数脚、宙に浮いていた。その机が一斉に飛んでくる。
「下がってて!」
俺にそう言って前に出る速水。どこからともなくあのメイスを出して、彼女はそれで次々と机を打ち返す。ヌンチャクを振り回すアクションスターのようなキレッキレの動きで、飛んでくる机を皆退けてしまった。
「今度はこっちの番だよ」
そう言って彼女がメイスを一振りすると、彼女の全身は光に包まれた。光が手、足、胸、腰と順番に消えると、その部分の衣装が変わり、最後に頭部の光が消えると、綺麗な髪飾りがついていた。どうやら魔法少女に変身したようだ。
「はっ!」
彼女がメイスを、前方の空間を斬るように振るうと、その部分に穴が開いた。この前の穴と同じだった。なるほど、これでイービル界に行けるというわけか。
「ちょっと行ってくるね」
彼女は俺にそう言うと、穴の中へ侵入していった。
「はっ!」「おりゃあ!」「せいやあぁぁぁ!」
穴の中から、彼女の声が聞こえる。今まさに戦っているんだって、はっきりわかる。戦況がわからなくても、彼女が頑張っていることだけは伝わってくる。正直、応援する以外できることがないのがもどかしい。速水、頑張れ。負けるな。無事に帰っt
「おりゃああああああ」
突然、ドンッ!という衝撃音。見ると、俺の右側の壁が崩れていた。さらに、天井からもドガガッ!という轟音。とっさに離れると、さっきまで俺がいた辺りに崩れた天井が落ちてきた。
「おい!何が起きてんだよ!!」
身の危険を感じた俺は抗議する。
「あ、ごめん!暁くん、今どの辺にいるのー?」
穴から速水の声。俺の抗議はちゃんと穴の向こうに届いているようだ。
「入口の辺りだよ!」
「オッケー、じゃあ後ろの方で戦う、よ!!」
直後、音楽室後方の壁に、何かが衝突したようなドーム状の跡ができた。イービルが速水に投げ飛ばされたようだ。それからしばらく、速水の声と衝撃音が続いた。
「トドメだあああああああ」
彼女の特に大きい声と、そのすぐ後にひときわ大きい衝撃音。そして、静寂。どうやら戦いは終わったようだ。でも、この損害はどうするんだろう?そう思って見ていると、不思議なことが起きた。音楽室の損傷箇所が、みるみる内に直っていくのだ。
「……すげぇ」
驚いている俺の前に、速水が笑みを浮かべながら戻ってきた。
「イービルは前みたいに人間を引きずり込む以外にも、ああやってイービル界で暴れることで、こっちの世界のものを破壊することがあるんだよ。でも、イービルによる被害が誰にも見られてない場合に限って、魔法少女は物損修復魔法を使って被害をなかったことにできるんだ」
「へぇ、すげぇんだな。…………あれ?さっきは俺が見てたけどいいのか?」
「うん、海さんが『暁くんは黙秘の約束を守ってくれる限り例外として扱うから問題ない』って」
マジか。ありがたいような、ちょっと怖いような感覚だ。
「ねぇ、暁くん」
「ん?」
「最後はちょっとびっくりしたけど、でも、楽しかったね」
「……」
思わず苦笑い。こいつ、何をのんきなことを言っているんだ?そう思ったところで気がついた。あんなに立派に戦っていたこいつに限って、夕方の学校が怖いなんてことはありえないんじゃないか?なのにそんな嘘を吐いて俺を連れてきたりして、ひょっとしてこいつ、俺と遊びたかったんじゃないだろうか?
「……まぁ、な」
今日のところは素直に楽しかったと言っておいてやろう。速水はすごく嬉しそうに笑っている。俺と遊ぶために頭を使ったり、イービルと戦ったり、大いに頑張っていたんだ。このぐらい喜ばせてやってもいいだろう。
「暁くん」
帰り道が別れるところで、速水がまた俺を呼び止めた。
「また明日ね!」
「……おう、また明日な」
つづく