魔法少女カタストロフィとの出会い 後編
転校生 天龍暁は魔法少女の世界に触れる。
「とりゃあああああああああ」
驚く俺をよそに、速水は手に持った武器を鬼に振り下ろす。メイスだ。先端がトゲ付き鉄球になっている金色のメイスが鬼の頭を叩く。鬼はその場で膝をついた。俺と鬼の間に、速水が着地する。
「魔法少女カタストロフィ、ここに参上!」
ポーズを決める、速水まりな改め魔法少女カタストロフィさん。さっきまでの恐怖を忘れかけるぐらいには、彼女の後ろに立っているのが気まずかった。
「うん?」
彼女が背後の気配に気づいたようで、振り返って俺を見た。
「ありゃ、暁くん?奇遇だね!今帰り?」
状況に合わない普通の会話を始める魔法少女カタストロフィさん。この状況について質問すべきか、「うん、奇遇だね」と言うべきか、俺は混乱を余儀なくされた。
「えっと、あの……」
「あ、ごめん。先にあいつ倒しちゃうね」
「えっ?あ、はい」
思わず敬語になる俺に笑顔を返して、速水は鬼に襲いかかる。それは、何とも言えない光景だった。最初は半信半疑だったが、今のやり取りからして彼女は俺の知る速水まりなだ。今朝、マヨネーズの話をしながら登校してきた、天真爛漫な速水まりな。その速水が、アニメみたいなヒラヒラの服を着て、何かカッコいい横文字の名前を名乗って、飛び回りながらおよそ似つかわしくない武器を振り下ろしている。鬼は防戦一方で、殴られた所がどんどん穴だらけになっている。追い回されたことなどほぼ忘れ、鬼がちょっと不憫に感じられた。
「そろそろトドメだよ!」
速水はそう言うと、メイスを頭上に振り上げた。すると、メイスの先に光が集まって光弾を形成する。光弾はさらに光を集めながら、どんどん大きくなる。みるみる内に光弾は、鬼と同じ大きさになった。
「おぉぉぉりゃあああああああ」
速水が光弾ごとメイスを振り下ろす。光弾が鬼に直撃し、光弾も鬼も、その場で消滅した。
「ふぅ」
一息つきながら、速水は再び着地した。そして振り返ると、キラキラした目を向けながら俺に駆け寄ってきた。
「どう!?どう!?私カッコよかった?ねぇ、どうだった?」
そう言いながら彼女は俺の手を取る。キラキラの目が「Yes」の返事を要求していた。
「お、おう」
「本当!?やったやったやったぁ!!」
上手く言葉が出なかったが、「Yes」と受け取られたらしく、速水は跳びはね無邪気に喜んだ。
「いや、あの、今のはいったい何なn」
「本当は私の活躍を覚えて帰ってほしいんだけどね……規則だから……今のこと全部忘れてもらうね!」
「俺の話も聞けっ!!」
思わずツッコミを入れてしまった。……ん?
「えっ?全部忘れろって……」
何か雲行きが怪しくなってきたぞ?
「うん……」
速水がメイスを振り上げる。一難去ってまた一難。
「ちょっ、待て!他言しねぇから!絶対誰にも言わないから!」
「規則だから……ごめんね」
彼女の腕に力が入る。俺は今度こそ終わりを覚悟して、ぎゅっと目を瞑った。
「…………?」
しばらく何も起こらなかった。俺は恐る恐る目を開ける。すると、速水はメイスを握っていない左手を耳に当て、小声で誰かと話していた。俺は彼女の注意が俺に向いていない隙に逃げようと思い、そっと一歩踏み出した。
「暁くん」
「……お、おう」
逃走失敗。最早これまでか?
「えっと、今から私と来てくれない?」
速水は俺の手を取って宙に浮き、そのまま空に開いた穴へ飛び込んだ。次の瞬間には同じ道、でも、低学年の子どもやその親、帰宅中の中高生がいる、普段通りの道に立っていた。流石に呆気に取られていると、何かが俺の手を引いた。速水だった。
「行こっ?」
そのまま俺の手を引いて歩く速水。彼女に連れられ、着いたのは学生寮のような建物だった。その結構綺麗な外観の建物に正面入口から入ると、カチッとした服装の長髪の女の人と、白衣を着た短髪の女の人に迎えられた。俺は2人案内され、応接室のソファーに座るように促された。隣に速水が座り、テーブルを挟んで向かいに女性2人が座る。
「急に来てもらってごめんなさいね。私はこの施設を管理しています、海と言います」
長髪の女性が名乗った。
「こちらは榊。私の補佐をしています」
海さんは隣の白衣の女性も紹介してくれた。
「天龍暁です」
空気を読んで、俺も名乗った。
「暁さんね。まりなとはクラスが一緒なのかしら?」
「そうだよ!7月に転校してきたんだよ!」
何故か俺に代わって答える速水。榊さんがお菓子を出して速水の気を引く。その隙に、海さんがまた口を開いた。
「それじゃあ暁さん。先ほど見たものについて気になっていることでしょうから、話せる範囲で話すわね」
「!」
俺は息を飲んだ。
「あなたが迷い混んだのは、この世界の裏側に隠れた別の世界。私たちは、そこに現れる魔物の名前を取って『イービル界』と呼んでいます」
「イービル?」
「あなたを襲った者たちを、私たちはそう呼んでいます」
なるほど。あれはイービルというのか。
「イービルの発生原因は不明、しかし、奴らはイービル界に人間を引きずり込んだり、イービル界で暴れたりしてこちらの世界に干渉する危険な存在です。そこで、私たちは魔法少女の力を以て、イービルと戦っているのです」
「魔法少女……」
俺は何となく、隣を見た。俺が出会った魔法少女は、ウエハースチョコにマヨネーズを塗っていた。ふと、俺の視線に気づいたのか、マヨー少女が俺を見た。
「……食べる?」
「いや、いい」
彼女を見たことを少し後悔して、俺は今一度海さんに視線を戻した。
「10代前後の女の子は、私たちが管理する『フェアリー』と契約することができます。フェアリーと契約することで、魔法少女への変身能力と、魔法を扱う能力を授かって、イービルと戦えるようになる、というわけです」
「……」
俺は黙って話を聞いていた。現場を見ている分、話がすっと頭に入ってきた。
「もっとも、戦闘時以外の魔法使用は原則禁止ですから、女の子たちにとって契約のメリットは実質ないんだけどね。でも、イービルと戦える魔法少女が、私たちには必要です。そこで、私たちは魔法少女に報酬を出しています」
「報酬、ですか?」
急に話の方向性が変わってきた。
「簡単にいうとお給料です。法的には、高校生未満の子に労働させてはいけないので、名目上は『おこづかい』ですが」
「……」
ファンタジーが急にリアルと化した。いや、このマヨー少女が給料制で働いていると考えれば、ある意味ファンタジーだけど。
「さて、本題はここからです。私たちの活動は機密性が伴いますから、秘密を知った者には記憶消去魔法をかけることになっています」
「!」
そうだった。助かったと思っていたけど、俺も記憶を消すって言われてたんだった。
「まさか今まで説明してくれたのは、どうせ記憶を消すから、ですか?」
俺は尋ねた。海さんは首を横に降った。
「話を最後まで聞いてください。これには例外があります。秘密を知ったのが魔法少女の素質を持つ子だった場合、記憶消去の代わりにスカウトすることができるんです」
……は?
「暁さん。魔法少女になって私たちに力を貸してはくれませんか?」
「……いやいや」
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや……
「暁さん。私たちは本気よ」
榊さんが口を開いた。
「先ほど報酬の話があったけど、あなたの報酬は通常より高くしてもいいとさえ思っているの。私たちは、普通の魔法少女の出動1回に対し、サラリーマンが定時で5日間働いて稼げるぐらいのおこづかいを出しているの。それをあなたの場合には、サラリーマンが定時+2割増時給で2時間残業するのを5日間して稼げるぐらい出してもいいと考えているわ」
「え、いや、あの、えぇ……」
いまいちピント来ないけど、厚待遇なのは理解できた。でも、そういう問題じゃない。
「訓練もきっちりさせるし、無理はさせません。何より、あなたならきっと、素晴らしい魔法少女になれると思います。ダメかしら?」
今度は海さんがそう言った。いや、無理なものは無理だ。だって俺は……
「ちょっと待ってください!どう考えても無理に決まってるじゃないですか!」
声を荒くしたのは俺じゃなかった。速水が立ち上がって抗議していたのだった。海さんと榊さんはキョトンとしている。
「どうしてかしら?」
海さんが尋ねる。
「どうして、って、暁くんは男の子ですよ!!」
そうだ。よく言った。転校してきて以来、初めてお前を見直したぞ。今度給食でマヨネーズかポテトサラダが出た日には、お前にくれてやる。
そう思いながら視線を戻して、俺はギョッっとした。海さんたちはさらに変な顔をしていた。「この子何を言ってるの?」っていう顔だった。そんな馬鹿な。ここまでのやり取りでバレるはずがない。でも、それじゃあ、この反応はなんなんだ?
「まりな、何を勘違いしているのか知らないけれど、暁さんは間違いなく、女の子よ?」
海さんが断言した。自分の全身に鳥肌が立ち、顔から一気に血の気が引くのを感じた。
つづく