魔法少女カタストロフィとの出会い 前編
転校生 天龍暁の平和な日々は終わりを告げる。
2学期が始まって1週間が過ぎたぐらいの、9月のある日。
夏休みが終わったとはいえまだまだクソ暑い中登校した俺は、上履きに履き替えて教室へ向かう。中央階段を上がって3階へ、階段を背に左に行って3番目に、5年2組がある。同じ規模の小学校なら、どのフロアにどの学年の教室があるかなんて、あまり変わらないようだ。覚えやすくて助かる。
「はよー」
教室の後ろの入口から入ろうとすると、入口近くの席に友達がいたから声をかける。すると向こうも俺に気づいた。
「おはよー、暁」
そのまま数人の友達と挨拶を交わして、俺の席に黒いランドセルを置く。真ん中の列の一番後ろ、凸の字みたいに不自然に飛び出した、いかにも「転校生のために増設された」席。日直が一回りして席替えが行われるまでは、そこが俺の席だ。
「暁、計算ドリルの答え貸して」
「今出すから待って。つーか、まだ見つかんねーの?」
「いや、探してはいんだけどさ……本っ当おかしいな…………」
首をかしげる友達に俺はランドセルから解答冊子を出して差し出す。頭を下げながら受け取って、そいつは礼を言った。何となく、このやり取りを俺がクラスに馴染んだ証拠みたいに感じて気分がいい。
「だーかーらー、それもマヨネーズ一択なんだってば!」
廊下から黄色い声が聞こえる。来たよ、賑やかなのが。
「給食のドレッシングは全部マヨネーズにするべきなんだよー!」
朝からコレステロール高そうな話をしながら、速水まりなは元気に教室入りした。ツーサイドアップ?とかいう髪型の、左右の耳の上で結ばれた部分が、これまた元気そうに跳ねている。
「でも、卵アレルギーとかの人もいるでしょ?」
「あー!そっかー……うぅ……それじゃあ仕方ないか…………」
速水が残念そうに席につく。似たような光景が毎朝展開されて、俺はその度に「平和だなー」と思う。
7月に転校してきて以来、俺の日常はこんな感じだった。俺の秘密を知る奴が出てくるのはもっと先だと思ってたし、まさかあんなことが起こるなんて、想像すらできなかった。
その日の夕方。
公園で友達と遊んだ帰り道のはずだった。道を間違えたらしく、気づいたときには全く見覚えのない通りにいた。クソ暑いだけあって、夕方と言えどまだ真っ暗ではなかったが、不自然なほどに静まり返った世界において、夕日の赤さはかえって不気味だった。
「カアァァァァァァァ」
「うおっ!?」
響く奇声に驚いて変な声が出た。振り返ると、屋根の上に1羽のカラス。俺はそいつをちょっと睨んで、舌打ちをしてまた歩き始める。あんなのにビビるなんて、カッコ悪すぎる。きっと、この不自然な静けさのせいだ。
……そう、不自然すぎる。夕方の住宅地ってこんなに静かだったか?いや、そんなはずはない。家の前で遊ぶ低学年の子とか、自転車で帰ってくる中高生とか、もう少し人の気配がするはずだ。でも今、周囲はしーんと静まり返っている。何なんだ?
そんなことを考えて歩いていると、ふと、いつの間にか暗くなっているのに気がついた。顔を上げると、目の前の景色はオレンジ色のまま。自分の足下2メートルぐらいが影に入っているようだった。恐る恐る振り返る。そしてそのまま75度くらい見上げると、俺とそいつは目が合った。鬼だ。目を赤く光らせた、2本角の大きな鬼が俺を見下ろしていた。たぶんこの鬼、身長5メートルくらいある。
「グルルルルル」
「わあぁぁぁぁぁぁぁぁ」
叫ぶと同時に全力で逃げ出す。すると、鬼は両腕を下ろしそれを前足のようにして、ゴリラのような走り方で俺を追ってきた。
マジか。鬼って四足歩行なのか。……ってそんなこと考えてる場合じゃねぇ!意外とあいつ速ぇ!歩幅が大きいせいか、動きの割にあいつ速ぇよ!
「誰かぁ!誰かぁ!」
周囲に助けを求めて叫ぶ。でも、誰も出てこない。どうなってんだよ!?
「誰かぁ!誰……なっ!?」
眼前は行き止まり。走るのと叫ぶのに夢中で気づかなかった。
「グルルルルル」
「!」
振り返る。鬼は既に追いついていた。鬼が右腕を振り上げる。何が何だかわからないが、1つだけはっきりしていた。殺される。
その時だった。空から光の弾が数発飛んできて、鬼の頭に着弾した。鬼は頭を押さえて後退りした。俺は弾が飛んできた方を見上げる。
空が割れていた。ボールを投げ込まれた窓ガラスのような割れ方で、空に穴が開いていた。その穴からまた光弾が数発、鬼を目掛けて放たれる。そしてそれを追うように、後から女の子が1人、穴から飛び出してきた。その女の子の顔を見て、俺はたぶん、今日一番の衝撃を受けたんじゃないかと思う。
「は、速水?」
クラスメイトの速水まりなだった。速水まりなが飛び出してきた。
つづく