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クワス (Quus)  作者: 宮沢弘
第二章: 対話: 計算機
10/25

2−5: ヘテロ現象学

 私はおよその起動プロセスを確認し、壁の前に立ち、こちらを向けたディスプレイを眺めていた――正直に言えば、多少飽きていた。

 デバイスが存在することを示す信号に対しての、デバイスへの問い合わせとその応答。応答を得てのモジュールの起動。それがいくつものデバイスに対して行なわれ、場合によってはブートストラップによって、OSにとって実際に利用可能な状態へと変化していく。これは人間の対話と、あるいは言語ゲームとどの程度違うのだろう。

 一つ、明らかな違いがある。このような処理、あるいはプロトコルは、人間によって定められている。人間の場合は……

 人間はすでに行なわれている言語ゲームに、生まれるとともに放り込まれる。そして場合によっては個人が言語ゲームのルールに手を加えることもある。では、計算機はそうではないと言えるだろうか。計算機も、すでに定められてるプロトコルのやりとりに放り込まれる。そしてプロトコル自体も、新らしいデバイスやインタフェースの登場とともに、時を経て、人間の手によって変化する。

 人間とのはっきりした違いはあるのだろうか。いくつかあるように思える。

 計算機は、リブートなどのたびに、言語ゲームに――それが言語ゲームとしてだが――新たに参加する。人間が言語ゲームに参加するのは生まれたとき、正確には生後一年から二年の間の一度だけだ。外傷などによる例外はあるとしても。

 また、計算機は自身の中での言語ゲームに参加するとしても、ルールの更新には参加できない。デバイスやモジュールを選択することはあっても、プロトコルそのものを計算機自身が変更することはない。

 だが、それらは人間との明らかな違いなのだろうか。

 あの男性は、自分自身が参加している言語ゲームのルールに、おそらくは疑問を持つことなく、私に話しかけてきた。それに対して私はあの男性のルールにおいて適切と思われる返答をできなかった。できなかったに違いない。では、それによってあの男性の言語ゲームのルールはすこしなりとも変更されただろうか。それは今となってはわからない。

 しかしとも思う。あの男性は大学に勤めていると言っていた。ならば、似たような状況を経験したことはなかったのだろうか。あったと想定しても、間違いとは言えないように思う。なかったとしたら、あの大学に勤めている教員は、わたしよりもコミュニケーションに長けているということか、あるいは聞き流すようなものだったのだろう。

 いずれにせよ、似たような経験があったとして、その上でのあの男性の発言だったのだとしたら、人間であっても自分自身が参加している言語ゲームのルールを、自分自身で書き換えることの難しさを示しているようにも思える。それは、他者からの指摘――計算機で言えば、人間によるプロトコルの変更にあたるだろうか――があっても、やはり難しさを示しているように思える。

 そう言ってしまうのは、まだ早いかもしれない。他者とのやりとりは、計算機の内部でデバイスやモジュールを選択し、プロトコルを選択していくのとは異なる過程であるかもしれない。自身においてのみ、自身のルールを変更することは可能だろうか。それは外界と接触がないという条件であろうし、それを人間に当てはめるには無理があるように思える。

 計算機の起動プロセスにおいては、計算機自身だけではなく、プロトコルを設計する人間が必要だ。ならば、計算機同士の通信においてはどうだろう。結論を急ぐ前に、それらについて考えてみる必要があるように思える。

 私は、検討するに妥当な通信プロトコルになにがあるだろうかと、ディスプレイを眺めながら考えた。時刻は19時を過ぎていた。


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