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この世には、様々な色の目がある。
私が知るのは、茶色系と青と緑系の色だけだ。
もしかしたら、稀に?暖色の目の色もあるのかもしれないけど、見たことはないから、知らない。
そんな私は、鴇色をしている。
遺伝子の異常で現れたらしい。目の色が鴇色なだけで、髪は黒いし、肌は普通だし。
純日本人なんだ。
この目のせいで、小さい頃はイジメられた。化け物!とかこいつと目が合うと死ぬから目を合わせるな、とか。まあ、小さい頃ですからね。仕方ないよね。
でも。この鴇色の瞳は、私のお気に入りだ。
なぜなら、普通は見えないモノが見えるからだ。
花の妖精が見えるのは当たり前で、風や木々、電化製品にだって宿ったモノを見る事が出来る。
彼等と会話も出来るのだ。だけど、他の人には見えないから、迂闊には話せない。
そんな私は、ある日妖精に導かれるまま、異世界に来ていた。
私が生きて行くのに楽な世界へと、妖精達は連れて来てくれたらしいが、事前に言って欲しい。
用意も何もない私は、路頭に迷う状態になり、もう3ヶ月ほど、この妖精達に連れてこられた森で暮らして居る。
森なら、妖精達に食べ物や飲み物の場所を聞いて、飲食に困ることはない。寝る場所も、動物達と一緒に寝れば、寒さも大丈夫だ。
「おやおや。本当でしたか」
ある日、妖精達と花畑で話していたら、突然人の声が。久しぶりに聞いた人の声に、私は物凄く驚いた。
私に声をかけた男性は、根元は白で毛先にかけて青のグラデーションがかかった髪を1つに結んでいて。きっちりとスーツを着て、眼鏡をかけたとても美形な人だった。
「どちら様ですか」
「初めまして、レディ。私は石瞳屋を営んでおります、ナイト・メアと申します」
悪夢って名前?親のセンスを疑うよね。
「はあ。赤道ってあの、暑いとこですか?そもそも、赤道ってべつに誰かのってわけじゃないですよね?」
「多分、お嬢さんの言っているセキドウとは、違うものですね。私が取り扱ってるのは、こちらです」
ナイトメアさんは、私の前に手を差し出した。その掌には、キラキラした宝石が。
赤、青、黄色。原色の宝石は、初めて見た。
「宝石ですか?」
「いいえ。これが、石瞳です。眼球を宝石に換えるのが、私の仕事ですよ」
え。それ、眼球!?
ないないないない。
「はいはい。嘘はいいですから」
そう言ったら、妖精達が、この人の言っている事は本当だと教えてくれた。
この子達が私に嘘をつくことはないから。
「信じてもらえましたか?」
「とりあえず。で、私に何か用ですか?」
「はい。魔導師達の間で、噂になっていたんですよ。精霊王が顕現したと。なので、確認に来たのです。まさか、本当だとは思いませんでしたけど」
クスクスと笑う、美人さん。男の人なのに、この人、美人だよね。
「精霊王ってなんですか。私はただの、フリーターですけど?」
そう、フリーター。この目の色のせいで、気味悪がられて、高校卒業と同時に就職できなかったんだ。カラーコンタクトは、合わなくて入れられないし。
高校も通信制のにして、人とはあまり関わらないように生きてきた。収入も、在宅ワークでなんとかしてた。あと、ハンドメイドサイトで販売とかして。
幸いにも、器用だったから。そこそこハンドメイドで売り上げはあったので、困らなかった。
両親も私を気味悪がってたから、さっさと一人暮らしさせてくれたし。居なくなって、せいせいしてるだろうな。
「ふりーたー?それが何かは、分かりませんが。貴女は精霊王ですよ。その目の色が証拠です」
この、鴇色の目が?
「遺伝子の異常なだけですけど?」
「いいえ。精霊王は代々鴇色の目をしているのです。そして、妖精達に愛されている。それが何よりの証です。妖精や精霊を従えるには、契約が必要ですし、その契約が出来るのも高位の魔導師のみです」
貴女は【ふりーたー】なのでしょう?とか言ってくるし。
ちょっとムカつく。
「で?精霊王だとして、何か用ですか!?」
「そうですね。おせっかいかもしれませんが、ご忠告を。魔導師達が、精霊王である貴女を捕らえに参りますよ」
捕らえる?何も悪いことしてないのに??
「精霊王は代々人間から選ばれるのです。そして、貴女は20歳ですよね?」
「なんで知ってるんですか!?」
「赤子の頃から精霊王でいると、成長が妨げられますからね。そして、20歳になるころ、この精霊の園と呼ばれる世界に還ってきて、4年でゆっくり身体が作り変わっていき、24歳になると精霊王として完成するのです。その、作り変わっていく4年の間に、子を成せば、それは人と精霊王の間の子になります。その間の子を使って己の魔力を高めるんですよ」
ちょっと待て。
「その言い方だと、魔導師さん達は、私を拐って孕ませようって魂胆に聞こえるんだけど!?」
ナイトメアさんは、にっこり笑った。
「物分かりの良いお嬢さんですね。その通りですよ」
はあ!?なにその反人道的な考え!!
冗談じゃない!
勢いよく立ち上がると、ナイトメアさんの前に歩み寄る。
「助けてください」
「おやおや。私を信用していいのですか?」
「この子達が、あなたはセキドウ屋さんで、高位の魔導師よりも上の存在で、先代の精霊王の子だって教えてくれたから」
妖精達が教えてくれた。ナイトメアさんは、今から私が拐われてされそうになっている事と同じようにして産まれた子だと。
「妖精達は、お喋りですね」
ふぅ、とため息をついたナイトメアさん。仕方ありませんねぇ、と呟くと手を差し出した。
白い手袋をしたその手を掴めば、きっと助かる。
躊躇せずに、その手を掴んだ。
「では、お嬢さん。貴女の名を聞いてもいいですか?」
そういえば、名乗ってなかった。
私はナイトメアさんの目をまっすぐに見た。彼の目は、薄い水色をしていた。
綺麗な目だ。
「私は、笹原歌依子です。よろしく」
「それでは、カヨコさん。帰りましょうか?私の店に」
ナイトメアさんが、にっこり笑顔で言った時、足音が。それに気がつくと、ナイトメアさんは、妖精達に私から離れるように言ってきた。それから、さっきの宝石を出した。それって、さっきの目玉を宝石にしたってやつでしょ?なにするんだろう??
「これを目に指しますので、目を閉じないでくださいね」
「はあ!?それ、さっき、目玉だっていいましたよね!?そんなもん、目に入れるなんて嫌ですから!!」
「これは、石瞳ですから、目玉そのものではありませんよ。それに、これを彩眼薬に加工して点眼する事で瞳の色を変えられるんです。それに、目の色を変えるのがこの世界の普通のお洒落なんですよ。あいにく、彩瞳薬の待ち合わせはありませんから、原液を」
入れて平気なんですか!?
そう聞いたら、貴女は大丈夫ですよ、と。しかも、私相手だと、効果が保って1時間だと言われた。
その瞳の色を見られたら、一目瞭然だから、色を変えるんだと説明された。
たしかに、そうだけど。
恐怖が顔を出すけど、拐われて孕まされるより、ずっといい!
「お願いしますっ!!」
両目を指でカッと見開いて、点眼待ち。
私の姿になのか、行動になのかは知らないが。ナイトメアさんは、くつくつと笑ってから、真っ赤な宝石を私の両目の上に。
その宝石から、とろりとした真っ赤な液体が目に。
「ぬあ!?」
一瞬、染みた。
パチパチと瞬きしたが、普通の目薬みたいに、零れ落ちない。不思議。
「これ、ちゃんと……」
「おい!お前達!!ここで何をしている!?」
大勢の人の気配と怒鳴り声に、そちらを向いたら、いかにも魔法使いって感じのマント?を着た人達が。
「石瞳屋か。まさか、お前も精霊王を探しに来たというわけじゃないだろうな?」
「まさか。探しに来たのは、うちの従業員ですよ。必要な薬草の採取に向かわせたら、方向音痴だったらしく、迷子になったみたいでしたから」
魔導師さん達は、私をジロジロ見てくる。どこの出身だ?と聞くから、困った。
でも、ナイトメアさんが、自分が召喚した異世界の人間だと説明してくれた。召喚とかも出来るのか、この世界。凄いな。
「じゃあ、石瞳屋よ。ここに、精霊王が居たであろう?どこへやった」
「どこ、と言われましても。私が彼女を迎えに来た時には、精霊王はもういらっしゃらなかったですよ」
ナイトメアさんがそう言うと、魔導師さん達は、私を睨んだ。
「女!ここに居た者は、どこへ行った!?」
「え。人影しか、見てません!それと、私が来たら凄い勢いで逃げたので、分かりません!!」
とりあえず、嘘をつく。
「目の色が違うから、この女ではないし。追うぞ」
リーダー格の魔導師さんが言うと、魔導師さん達はゾロゾロとまた、森の奥へ。
怖いな。
「お上手です。さあ、私の店に帰りますよ。その、色目薬も、切れかかってますからね」
1時間くらい保つんじゃなかったのか!?
ナイトメアさんは、私をヒョイと俵担ぎすると、ポケットから銀色のスプーンを出して。それを、巨大化させて、横乗りした。
ふわりと浮かぶ、スプーン。
「ちょっと待ってええええ!!」
「舌を噛みますよ?」
ナイトメアさんの背中の服にしがみついて、空中散歩。せめて、俵担ぎじゃなければ良かったのにぃ!
「着きましたよ。これから、降りますから、目を閉じて居てください。もう、彩瞳薬の効果は切れてますからね。見られたら終わりですよ?」
「は、はいっ!!」
ギュッと目を閉じた。
ゆっくり下降していき、地面に地着いたみたいだ。浮遊感が無くなったし。
歩き始めた時、誰かに呼び止められた。
誰だよ!私は早くこの俵担ぎから、解放されたいのに!!
「ナイト!お前、どこに行ってたんだよ。今日、昼に彩眼薬を買いに行くって言っておいただろ!?」
「ああ、ラフル。すみません、新人従業員を迎えに行っていたので」
「新人従業員?その、担いでる女か?」
「はい。妖精達の悪戯で、この世界に迷い込んだ異世界人です。帰し方も分からない妖精達に、泣きつかれましてね」
よくもまあ、嘘がポンポン出てくるな。
感心してたら、声をかけてきた人が、困ったような声で笑った。
「ははは。相変わらず、お前は妖精達には甘いな」
「彼らは、私の良き友人達ですからね」
「妖精の悪戯で迷い込んだ異世界人は、帰れないからな。そうじゃなくても、迷い込んだ異世界人は魔獣や人の生気を吸う精霊に喰われて死んでしまうしな」
怖っ!!!?
なにその、末路!
「妖精達には悪気はないんですよ。気に入った者と一緒に居たいから、連れてくるだけなんですから」
「でも、自分達で面倒みれないなら、意味がないけどな」
確かに!でも、妖精達は私に食べ物や水の場所を教えてくれたよ?
そう考えてから気がついた。そうか、魔獣?とか人の生気を吸う精霊って奴から、守れないのか。
私は平気だったけどね。
「それよりも、ラフル。彩眼薬は、いつもの紫でいいんですか?」
「ああ。そうなんだが、少し色味の薄い紫にしてくれないか?」
いいですよ、とか言いながらドアが開く音がした。彼女を寝かせてきますので少し待っていてください、とナイトメアさんが言い、階段を登り始めた。
規則正しく上下に動く体と、足音でわかる。
もう1度ドアが開く音がすると、ふかふかの物の上に降ろされた。
「もう、目を開けても大丈夫ですよ。お客様の相手をしてきますので、こちらで待っていてください」
「あ、はい」
目を開けると、天井から草の束がぶら下がっている部屋だった。
ニコニコしたナイトメアさんは、部屋を出て行く。
ぶら下がった草の束は、花や草を乾燥させたやつのようで。ドライフラワー?なのかな??
手芸するのかな、あの人も。
ツンツンとドライフラワーを突く。
そこに、小人が走ってきた。
「おいお前!!マスターの薬草に勝手に触るな!!薬草の管理は俺に任されてるんだ!」
「小人さんに会うのは久しぶりだな」
「は?小人とか適当な総称で呼ぶな!俺は由緒正しいドワーフだ!」
ドワーフか。物作りが得意な妖精だよね、たしか。
だから、薬草の管理か。
「ドワーフと会ったのは、私が小さい頃に数回だけだったなあ。おもちゃをいっぱい作ってもらったっけ」
懐かしい。
「お前、ドワーフに会った事があるのか?ドワーフ族は、人間の前には現れないはずだぞ」
そこまでいって、ドワーフの彼は私をマジマジと見て、目を丸くし飛び上がった。
「せ、精霊王様!?」
「しー!静かにしてよ」
「すみません。ですが、精霊王様が何故マスターの店に??」
「助けてもらったんだ。まだ、精霊王になる途中だから、魔導師さん達から」
孵化期なのですね、とドワーフさん。
孵化期とは?それを尋ねたら、ナイトメアさんがいっていた、体が作り変わる期間のことらしい。
孵化期が過ぎれば、魔導士なんかは手が出せなくなるとドワーフさんは説明してくれる。
「精霊王様、俺の名前はルコーです」
「ルコー君?敬語はやめて欲しいな。私はここでお世話になるんだし、友達になれれば嬉しいな」
精霊王様と友人にですか!?とルコー君は照れている。可愛いな。
木賊色の髪と目に、折った袖口とポケットいっぱいのベストも可愛い。絵本に出てくる小人さんのイメージのままのルコー君。
「私の名前は笹原歌依子。歌依子って呼んで」
「歌依子。本当に、敬語は使わないでいいのか?」
頷いたら、ルコー君はパッと笑顔になった。
新しい世界で新しい友達が出来た。