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ガラスの魔王  作者: 久陽灯
第一章 魔術師とバキールの怪物
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第8話 敵襲とバキールの怪物

 消毒薬事件が一段落し、彼らは天幕に戻り作戦会議の続きをしようと天幕の間を通り抜けていた。

 と、ラインツが突然手を打った。


「そうだ、古代竜と戦うならあれがいい。背中から翼が生える魔法があっただろう」

「古代飛行術で飛び回って古代竜と戦闘するのは無理だ」


 セトは一刀のもとにラインツの案を斬り捨てた。

 素晴らしい案を思いついたかのようなそぶりを見せたので多少期待したが、いい案とは言い難い。

 しかしラインツは納得しておらず、セトの隣でむくれていた。


「いいや、俺が今までに見た限り、機動力ならあの魔術が一番だ。

 そりゃ魔力は喰うのかもしれんが、古代竜に対抗する速さを出そうと思えば……」

「これだから素人は」


 嘆息してセトは言った。百戦錬磨の剣聖さえ、魔術師の効率のよい戦闘方法を見極めるのは難しい。


「あの魔術には重大な弱点がある。

 他の魔術と併用できないんだ。

 魔石くらいなら何とか使えるが、古代竜は魔石なんかじゃとても太刀打ち出来ない。

 魔力でできた魔力の剣を出すこともできないんじゃ、飛んでいる最中、逃げることはできても反撃は難しい」


 ラインツは眉をひそめて顎を撫でた。


「そうか……では、飛竜隊に頼むしかないな……一緒に飛んでくれる奴がいればいいが」


 セトは黙るしかなかった。

 勝手に飛竜を使ったという悪評は、未だに飛竜乗りの間で噂されていて、正直心象はかなり悪い。

 一緒に飛ぶどころか、一緒に戦ってくれるかさえも微妙な関係だ。

 と、白い天幕の向こうから角笛の音色が鳴り響き、今までの話を引き裂いた。

 兵達の動きがにわかに慌ただしくなる。

 一人の若者が、血眼になってラインツに走り寄りながら大声で叫んだ。


「ラインツ総指揮官! 伝令です! 北より竜の群れがこちらに!」

「何匹くらいだ!」


 ラインツが叫び返す。


「飛竜が三十匹! そして、古代竜が……四匹!」


 セトはぞっとして空を見上げた。テントに囲まれた空には、まだ何も映っていない。

 が、すぐに北の空に黒い点々が見えてきた。

 敵もいよいよ本腰を入れたらしい。古代竜で連合軍を一気に叩きのめす気だ。


「守備を固めて攻撃に備えろ! 味方の飛竜部隊が混ざると厄介だ!

 呼び戻して大砲を使え!

 魔術師は魔法防御と物理防御、後はオートソルで対処しろ!」


 伝令は命の危機だとでもいうように走っていってしまった。

 セトも口の中で杖を出す呪文を唱えながら、指揮官用の天幕へ急ぐラインツの後に続いた。

 ガスウェルの村に、黒い影が迫っていた。

 無数の小さな飛竜の影と、おそろしく巨大な四つの影。

 大砲の撃つ音が聞こえたが、どれも外れたか射程外だったらしく、落ちた竜はいなかった。

 二匹の古代竜がかっと口を開け、同時にブレスを放つ。

 びりびりと大気をふるわせて、眩しい光が天幕を襲う。

 すでに魔術師達に通達がいったらしく、ガスウェルの村は見えない防御壁で覆われていた。

 が、魔法防御のあちこちにヒビが入る。

 しかし前の補給路での戦いとは違い、代わりの魔術師がすぐさま魔法防御をかけ直していく。

 このあたりの連携はしっかりしているらしい。


 そうこうしているうちに敵軍の竜達はガスウェル上空へと到達した。

 連合軍側から自動で飛竜を追い回すオートソルの魔術が放たれたが、それは充分な高さまでたどり着くことなく、またもや二匹の古代竜が放ったブレスによって叩き落とされた。

 飛竜に乗った二人組の魔術師のうち後方が、こちらへむかって火矢を放ち始めた。

 反撃するには防御壁の隙間が必要だが相手もさるもので、防御壁の隙間だと見抜かれた場所には火矢が雨あられと降り注ぎ、反撃も難しい。

 こちらが手を出しあぐねているのに気付いたのか。

 敵の古代竜が、二匹とも防御壁に体当たりを仕掛けてきた。

 魔法防御ばかりで物理防御をしていなければ、それだけで天幕の十個や二十個は潰されていたに違いない。

 しかし物理防御も一部損傷し、交替で防御をかけている魔術師にもそろそろ疲れが見えてきた。

 二匹の古代竜は同時に上へ上昇していった。また反動をつけて、物理防御を完全に壊す気だろう。


 おかしい。何がおかしいのかはっきりと言うことはできないが、そう感じる。

 セトは目を細めた。そして、古代竜が威嚇するようにまた突撃してきたとき——その腹に自分がつけた浅い傷痕があることに気付いた。

 二匹ともに、同じ傷痕がある。

 ラインツが愚痴った。


「くそ、これじゃあじり貧だな。飛竜での接近戦しかないか」

「……まて! あの二匹の古代竜を見たか? 全く同じ傷がある」


 セトの言葉に、ラインツがはっとしたような顔をしてこちらを振り向いた。


「どういうことだ?」

「敵は『ミラージュ』の魔術を使っている。どちらかが偽物……というより、敵軍は恐らくこの半数しかいない! 幻惑の魔術を介して、数を多くみせているんだ!」

「だったらどうする? どっちが本物なんだ?」

「……飛竜乗りと飛竜を貸してくれ! 魔法防御がない場所から攻撃してみる!」


 ラインツの言葉に構わず、セトは自分の言いたいことを言い、全力で飛竜小屋へ向かって走り出した。


「おい、何をする気だ! 説明してから行け!」


 背後からラインツの怒号が飛んできたが、今はそんなことをしている場合ではなかった。


 東の外れにある飛竜小屋には、ずらっと魔術師が乗った飛竜が並び、今まさに突撃命令を待っているところだった。

 転がるように入り込んだセトは、一番手近にいた飛竜の手綱を取り、命令した。


「この飛竜で南へ飛んでくれ!」

「馬鹿なことを。我々が従うべきはラインツ指揮官であって、おまえではない」


 飛竜に乗った魔術師に、冷たく振り払われてセトは歯がみした。

 ここで言い争っている間にも、防御壁を作る魔術師達は疲弊していく。

 防御壁さえ突破されれば、こんな布でできた天幕はすぐ灰燼と化すだろう。


「だったら僕の竜に乗りなよ」


 後ろから、やさしい声が聞こえた。

 振り向くと、茶色い髪を括った背の高い青年が飛竜に跨がって微笑んでいた。


「キース! おまえは破門された者に手を貸すのか!」


 目を向いて怒る男に、キースと呼ばれた青年は不思議な微笑みのまま、しっかりした声で言った。


「彼は僕の命の恩人だからね」


 セトは、この目元の涼しい青年が補給物資が襲われたときに彼が治療した男だということに、そのとき始めて気付いた。


「あのときはありがとう。僕はキース……」

「今はいい、低空で南へ飛んでくれ!」


 彼の言葉を遮り、セトは飛竜の後ろへ跨がった。

 キースは焦っていることをやっと理解したらしく、すぐに飛竜の脇腹を蹴った。

 ばっと舞い上がった飛竜は、見えない防御壁すれすれであろう低空を飛び、南へ向かう。敵の飛竜に乗った魔術師二人が攻撃を仕掛けてくるが、防御壁に阻まれて効果はない。

 しかし、この防御壁はあざけりの言葉は通す。


「敵前逃亡か!」

「戦え! 魔術師ならば戦え!」


「……もうすぐ防御壁がなくなるけれど、どうする?」

 上から浴びせかけられる暴言に、キースが困ったような顔をして後ろを振り向く。


「奴らのことは私がなんとかする! 逃げるふりをしろ!」

「……了解! さあ、もうそろそろ防御壁がなくなるよ!」


 キースがそう言った瞬間、二匹の飛竜から同じ呪文が放たれた。

 熱線の魔術だ。セトはとたんに頭が取り残された感覚に陥った。

 乗っていた飛竜が突然急上昇したからだ。ついで旋回し、背後に回った飛竜達を振り切る。

 恐ろしいほどの早業だった。

 そして、まっすぐ南へ飛び、ガスウェルは瞬く間に遠ざかった。

 が、二匹の飛竜はしつこく追ってくる。


「そのまま、水平に飛んでくれ!」


 そう言うとセトは後ろを向きざま、短い呪文を唱える。

 やがて杖の先に赤い光がともり、無数の熱線が発射された。

 そのうちの一つが飛竜に当たり、敵の飛竜と魔術師は悲鳴を上げて二匹とも落ちていく——やはり、ミラージュを使っていたらしい。


「ヒャッホー! 当たったぜ!」

「気を抜くな、今からが本番だ!」


 セトはテンションが上がった杖を叱りつけた。


「どこまで逃げればいい?」


 キースにそう聞かれて、セトは振り向いた。見渡す限り真っ赤な地面に、白い天幕の群れ。そこにハエがたかるように、竜の群れが小さく見える。


「もう追ってこないな……このあたりで大丈夫だ」


 ガスウェルで魔術を使うわけにはいかなかった。

 今から使う魔術の魔方陣は巨大で、とてもではないが防御壁の間から出せる代物ではない。

 それに、この距離から撃っても外さないほど広範囲にも関わらず、距離で減退しない稀有な魔術なのでミラージュも意味をなさない。

 敵もこんな場所から攻撃が来るとは思っていないに違いない。

 唯一の心配は、味方の防御壁が完全に壊れないかどうかだが、そこは祈るしかなかった。

 セトは深呼吸をして、杖を掲げて呪文を唱え始めた。


いにしえよりきたる破壊よ、滅びたる歴史のねじれよ、いびつなる王冠を掲げたるいぱらの王よ——』


 唱えるごとに荒々しい『精霊の唱和』が立ち上り、それにつれて目の前に複雑な黄金の魔方陣が姿を現す。

 まさか、という顔をしているキースを横目に、彼はぼそぼそと続きを唱えた。魔方陣はどんどん輝きを増し、その大きさはガスウェルの村ならすっぽり入るのではないかというくらいにまで膨張していく。


『死は全てにおいて平等、死は全てにおいて寛大なり。

 ならば、我は破壊の使者となるべし!』


 そして——巨大な黄金の魔方陣全体から、ごうっと光が飛び出した。光、というよりも、第二の太陽がガスウェルの上空目がけて荒野を飛んでいくような——。







 腹に響くような衝撃で、ラインツは地面に膝をついた。視界を光が埋め尽くし、思わず目をつぶってしまう。ついに、敵に防御壁を破られたか。死を覚悟して目を開けると、空にあれだけいた敵の飛竜があらかた消えていた。そして、古代竜すらも耐えきれなかったらしく、腹の傷口から血が滴らせながら、ギャアギャアと鳴きつつ空を滑空して村の上空から逃げていく。

 何が起こったのか、数秒考えてからやっと理解した。


「セトめ、バベルを使ったな。また勝手に無茶なことを。

 防御壁がもう少し脆かったらこっちまで被害が出ていたかもしれんのに」

「ははあ、あれが噂に聞く『世界最強の杖を持つ魔術師』の力ですな!」


 ラインツが振り返って声のする方を見ると、緑の腕章をつけた従軍記者二人が、瞳を輝かせながら汚い紙ペンを走らせていた。


「素晴らしい! たった一人で、あれだけの魔術を使うとは!

 『世界最強の杖を持つ魔術師が無双する!』 なんて見出しはどうでしょう!

 国民も喜びます!」

「そうですな、しかし『世界最強の杖を持つ魔術師』という見出しは少々回りくどい。

 いっそ『バキールの怪物』という二つ名で呼ぶのは……」

「おい、書くのはいいが本人に言ってやるなよ」


 見かねて、ラインツは二人に声をかけた。

 これはラインツ様、と彼らは話が聞かれていたことに始めて気付いたようで、ぺこぺこと頭を下げてから尋ねてきた。


「しかし、なぜですかな? 二つ名がつくのは名誉なことだと思いますが」


 ラインツは記者に向かって曖昧に微笑んだ。


「セトはあれでも気にしているんだ。自分が怪物になってしまわないかどうか」

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