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ガラスの魔王  作者: 久陽灯
第一章 魔術師とバキールの怪物
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第6話 居心地の悪い演説台

「今から諸君たちの総指揮官になる、レオンハルト・ラインツ・トゥルギスだ!

 剣聖と呼ばれた俺が来たからには、この戦いの勝利は確定している!」


 朝の光に輝く砂塵とともに、ラインツが隣で朗々と言い切った。

 大勢の兵士たちや魔術師達がずらりといならび、こちらを眺めている。

 後ろの方は当然聞こえないので、声の増幅魔術が使われているに違いない。

 彼らはその言葉を聞いて一斉に歓声をあげた。

 セトは突貫工事で作られた木の演説台に上がり、居心地の悪い思いをしながら演説する彼の左隣に立たされていた。

 朝飯を食べてからの全体集会。

 これがラインツの指揮官としての初仕事である。

 協力しないわけにはいかなかったが、他の魔術師たちから突き刺さる視線が見え隠れしているのがわかっていてここに立つのはかなりの苦行だ。


「それに、後方支援にあたって、シーラ辺境伯のご息女であるエディス・メルブリント・シーラ様がおいでくださった!

 御手自ら、我々の怪我の治療にあたってくださるそうだ。

 これはシーラ領バキールの地を『竜の牙』へは断じて渡さないという、伯爵の意見表明でもある。

 彼女は、間違いなくバキールの癒やしの天使様となるだろう!」


 ラインツの右隣りにいる彼女が進み出て、優雅にドレスの裾を広げ、金髪を巻いた頭を下げた。

 そのあでやかな姿に、兵士や魔術師も敬礼や拍手、歓声で応えた。


「そして、世界最強の杖を持つ魔術師、セト・シハク!

 昨日目撃した者も多いと思うが、魔術練習場を爆破したあの魔力を持ってすれば、古代竜など恐るるに足らず!」


 兵士たちはまた歓声を上げたが、セトは魔術師が多くいる部分から、やはり少なからずしらっとした視線を感じた。

 やはり、条件を飲めば総指揮官のラインツに従うとは言ったものの、基本的なわだかまりは解けていないようだ。

 それを感じたのかどうかは定かではないが、ラインツは拳を振り回して情熱的に語り出す。


「諸君! 我々は、魔術師であれ、騎士であれ、それぞれがカサン王国の国民だ!

 思想や宗教が違っていても、理解し合い、団結できるのが我々現代人だ!

 この百年、カサン王国はそうやって発展し、繁栄してきた!

 十三年前の南北戦争も、魔術師と騎士団の団結あってこそ平定できたのだ!

 互いの違いを理解し、思いやることこそがこの国の根底にある精神である!

 その果てない努力を水に流そうとする『竜の牙』の一宗教独立国家宣言は、断じて容認できない!

 団結の精神を守るため、君たちの力を俺に貸してくれ!」


 そして、一息おいてラインツは拳を突き上げて宣言した。


「それならば、この二週間で内戦を終わらせてみせる!」


 歓声と拍手が爆発したように大きくなった。

 ラインツは拳を何度も突き上げ、兵士たちや魔術師達もそれに続いてときの声をあげている。

 今度は、魔術師達も目を輝かせてこぶしを突き上げている。

 『団結の精神』ではなく、『あと二週間で内戦が終わる』。

 つまり、彼らが欲しかったのはこの言葉だったのだ。

 外国人であるセトは少し憂鬱な思いをしながら立ち位置から離れ、そっと誰もいない集落の端へと向かって歩いていった。

 もう集会での役目は終わったと判断したからだ。

 全体集会は最高潮に達していたが、この戦う前から勝利に酔ったような雰囲気は耐えがたかった。


 ラインツは、皆に勝利を確信させることには成功した。

 しかし、実際にはまだ一勝もしていない。

 特に古代竜に関してはほとんど情報がないのに、勝手に『恐るるに足らず』と断言するのは早計にもほどがある。

 たとえ、それがどんなに士気を高めるためであっても。


 古代竜はこの世界で最も古く、そして最も強大な生き物と言われている。

 飛竜は馬の三倍は大きく、獣の肉を食べるある種どう猛な生き物だが、魔術師のドラゴンテイマーが子供のころから育てることで、ある程度飼い慣らして乗りこなす家畜へと変えることができる。

 しかし、古代竜はそもそも数が少なすぎることにくわえ、飛竜の十倍以上の大きさで、鱗は魔術を跳ね返すうえブレスも吐く。

 家畜にするなどもってのほかの生き物で、むしろ人間よりも賢いかもしれない。

 もちろん古代竜に関する研究をしている魔術師もいるが、成果は出ているとは言い難い。

 未だ寿命もはっきりせず、何を食べているのかすら分からない始末なのだから。

 セトも古代竜を見たのは二回だけだ。

 『多産の魔王』は古代竜の変化した姿だった。

 そして、一度目は——ティルキア王国の首都を古代竜が包囲した事件のときである。


 どこまでも突き抜けた青い空を見上げ、彼はあのときのことを思い出した。

 事の発端は、彼の雇い主だったティルキア王女が、古代竜の赤ん坊が森で怪我をしていたのを見つけ、城にこっそり持ち帰ったことに起因する。

 本人は怪我をした捨て猫を拾った程度のつもりだったようだが、最終的に二十匹以上の古代竜に街ごと包囲されて一触即発の事態に陥った。

 慌てて赤ん坊を返して事なきを得たのだが——正直、あんな冷や汗がでるような経験はもう二度とごめんだ。

 彼らは、東へ行くと言い置いて街を去っていった。

 多産の魔王の魔力で汚染された西大陸で、古代竜は生きていけなくなったのだ。

 あの怪我をした古代竜も、もしかしたらこの東の荒れ地にたどり着いているのかもしれない。


 ふと、誰かの視線を感じ、セトは後ろを振り返った。

 白いフードの下から目を爛々と光らせた少女が、こちらを睨んでいた。

 アリーだ。

 ここで出会ったのは気まずくもあったが、特に後遺症もなくしっかりと歩いていたのでセトは少しほっとした。


「大丈夫そうでよかった。昨日はうっかり吹っ飛ばしてしまって……」


 が、彼女は恨みがましい口調で責めた。


「……どうして殺してくれなかったの?

 皆、それを望んでいたのよ。『竜の牙』も、魔術師連盟も、私自身だって」


 セトはそう言われて、多少苛ついた。

 最近、人を助けると叱られることが多い。

 しかも今度は本人からの要望だ。

 これも戦争が起こす悪しき影響のたまものだろうか。


「少なくともラインツは望んでいない。私だって無意味にそんなことしたくはないし」


 アリーは挑むような目つきではっきりと名乗った。


「私は、アリー・ガンドア。『竜の牙』の首謀者、ディーン・ガンドアの娘よ。

 もう誰かが言ったかもしれないけれど」

「……話の大筋は知ってる」


 あれからラインツに聞いたところによれば、反乱開始から一月間は、彼女は和平の要と思われていたらしい。

 既に王都で飛竜乗りとして独立していたアリーは、東の荒れ地で活動していた父親の『竜の牙』に入るのではなく、自らの意志で連合軍側についた。

 喜んだのは連合軍の先の総指揮官だ。

 首謀者の娘を人質に降伏を迫れば、反乱などすぐに終わると目論んでいたらしい。

 が、娘を人質に取ったという手紙を使者に届けさせたところ、返ってきたのはけんもほろろの手紙だった。


『もはや我に娘などおらぬ。裏切り者の人質など好きなようにすればよかろう』


「……私は『平和の使者』だった。

 演説台の隣に立つことを許されていたときにはね」


 彼女は皮肉めいた笑いを口の端に乗せた。


「私だって、そうなると信じていた。

 自分が、この無益な戦いを止めさせるんだって。

 父の頭は古すぎる、今はもうそんな時代じゃないって説得できると思っていたの。

 でも、もう誰も私を必要としていない。

 私をスパイだと思っている連中までいるみたいで、まるで腫れ物扱いよ。

 こんな場所に居たくもないけれど、人質として扱われている以上、首都に帰ることもできないわ」

「……ラインツも言ってただろう。

 もうすぐ、戦争は終わるんだ。だったら、君が死ぬ理由なんてどこにもなくなる」


 あはははははは、と目つきは鋭いまま彼女が笑った。不愉快な笑いだった。


「……あなた、戦闘中に古代竜と話してたわよね」


 セトはぎくりとして彼女を見返した。

 あの喧噪の中、竜との対話を見破られていたことにまるで気付いていなかった。

 初期の古代ヴィエタ語は、主に魔物が使っている言語だ。

 魔物の言葉が分かると言いふらされることだけは避けたい。

 が、彼女は意外なことを話し始めた。


「父は古代竜の言語研究をしていたの。

 初期の古代ヴィエタ語なら、古代竜とある程度意思の疎通が取れると言っていたわ。

 現代に残っている単語の方が少ないから大変だとも言っていたけれど。

 じゃあ、あなたにもわかるでしょう」


 ざっと赤土を蹴り上げて、彼女は去り際に吐き捨てた。


「全体集会はあんなに盛り上がっていたけれど、古代竜と結託した『竜の牙』はちょっとやそっとじゃ倒せない。

 次はあなたが演台の隣から引きずり下ろされる番」

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