第5話 内輪もめと初心者の決闘
セトは個人用の白い天幕を自分の部屋として与えられた。
木箱の机と粗末なベッドしかなく床は赤土のままだったが、あの負傷兵の天幕を見てしまった以上、文句を言うことすらはばかられた。
粗末な配給の食事がすむと、ラインツは今から頭の固いお偉方たちとの会議だと散々愚痴をこぼした後、去って行った。
カサン王国直属の騎士団と国際魔術師連盟の連合軍は、あの古代竜が戦闘中に言ったとおり、寄せ集めの軍なのは確かだ。
自ら立候補したのではないにも関わらず、総指揮官に任命されてしまったラインツにも相当の気苦労はあるに違いない。
セトもこの戦自体には乗り気ではないし、ラインツのことも相変わらずあまりよくは思ってはいないが、少々気の毒にもなってきた。
さて、取り立てて何もすることがなくなった今、セトは寝るまでの間、ちょっとした思いつきを試してみることにした。
まず、部屋の真ん中の土を手で掘ることから始めた。
砂土は柔らかく、杖が半分くらい入る穴を掘るのに、そこまで時間もかからなかった。
部屋の真ん中にある程度の穴ができたところで、呪文を唱え、黄金の杖を出す。
杖はここが屋内で、敵がいないということに気付くと、セトが何をしようとしているのかいち早く感づいたようで、大声で抗議し始めた。
「やめろぉ! 俺様に何する気なんだ!」
「大丈夫、今回は上手くいく気がする」
「それ、毎回言ってるじゃねーか!」
「ロッド、成功は失敗から生まれるんだ」
「格言っぽくいい感じにごまかすな!
てめーの失敗は俺に跳ね返るんだよ! 杖への虐待反対! 絶対反対!」
セトは、ごちゃごちゃと文句を言う杖を意に介さず、半分地面に埋めて地面に立たせた。
それから、自分の左手の薬指を石のナイフで少し切り、赤土に少量血を垂らした。
その血をナイフでなぞり、杖の周りに複雑な魔方陣を描いていく。
描き続けながら、口では古代ヴィエタ語の呪い破りの呪文を唱え始めた。
新しい切り口を加えた呪文の力で、天井から吊されたランプよりも明るく炎の色をした魔方陣が輝いていく。
半分埋められた杖の上の鳥は、ついに何を言っても無駄だと悟ったのか、不満げに口をゆがめて魔方陣の中心に収まっていた。
『……今こそ彼の呪いを解き放ち、この者に永劫なる自由を約束せん……』
セトは神聖ヴィエタ語で呪文を唱え、ナイフを置くと、静かに傷がついた指で魔方陣を触った。
指に軽い衝撃があったあと、魔方陣は一瞬にして燃えつき、跡形もなく消滅する。
ぎゃあっと鳥が叫び、その姿がぱっと消えた。
セトは杖をすぐさま呼び出して、インコの姿にした後、興味津々で聞いてみた。
「……どうだ? おまえの呪いは解けたか」
鳥は怒り狂っているらしく、羽ばたいてセトの髪を引っ張りながら叫んだ。
「今までの呪い破りの中で一番痛かったじゃねーか、このクソ野郎!
大体、自分の呪いも解けねえくせに俺の呪いが解けるのかよ!」
罵倒されたセトだったが、今回の呪文には若干自信があった。
馬車の旅の途中、ラインツの仲間が競り落としたという珍しい魔術書を見せてもらったのだが、そこに参考になる呪い解除の構築方法が記されていたのだ。
今回試してみたのは、その理論にのっとった魔方陣だ。
「よし、その調子で初代魔王のことも罵ってみろ」
「ああ、シド・ヴィエタの……」
鳥はぱくぱくと口を動かした。
しかし、言葉にはならず、ただ空気が漏れるような音が聞こえただけだった。
ロッドは悔しそうな表情を見せた。
「……言えねえ。やっぱり無理だ」
失敗か。セトはため息をついた。
「やはり、初代魔王の呪いだな。一筋縄ではいかないみたいだ」
この杖は元々、初代魔王の杖だ。
初代魔王、シド・ヴィエタは古代竜とも戦った伝説が残っている。
杖からその話を聞き出せれば今回の戦闘にも役立つと考えたが、やはりこの杖には今でも初代魔王の呪いが残っていた。
初代魔王のことは一切悪く言えないのはもちろん、どのような呪文を使っていたかや、魔王の核心に触れるようなことは検閲がかかるらしい。
それならいっそ口汚い言葉も封印してくれればよかったのに、と思わないでもなかったが、何百年経っても解けない呪いを施された不愉快な気持ちだけはセトにも共感できる。
それに、稀代の魔術師と言われた初代魔王の呪いを解こうとする行為は、魔術師のさがとしてわくわくすることでもあった。
「おい、セト。いるか」
そのときラインツの声が聞こえ、セトは戸口を見た。
戸口、といっても白い厚い布一枚だが、そこには人影が映っている。
返事を待たず、ラインツが入ってきた。
晩飯から愚痴ってはいたものの、どうも、かなり参っていそうな顔をしている。
呪い解除の失敗でひどい目に遭い、そのはけ口を求めていたらしいロッドが、生き生きと話し始めた。
「あれれー、ラインツちゃん、元気がないなー?
はい、ロッドお兄さんに向かって大きな声でご挨拶! 『こんばんわー!』」
「うるさい黙れ」
「なんだとこの腐れ貴族が! 歯抜けのババアだって今のおまえよりいい笑顔できるぜ!」
頼むから杖をしまってくれ、としおれた表情のままラインツがセトに言った。
「この杖の口汚い言葉は俺の神経にさわるんだ」
「ハァ? お貴族様はお綺麗な言葉だけで飾られた上澄みだけの薄っぺらな人生を……」
セトはまた罵倒の途中で杖を消した。
ラインツがあまりに意気消沈しているのは見ていてもわかった。
思ったとおり、彼は椅子に座るなりぽつりと呟いた。
「困ったことになった」
「今以上に?」
「まあな」
ため息をつきながら、ラインツは長い金髪を垂らして頭を抱えた。
「俺にすれば今更なんだがな。
国際魔術師連盟のお偉方は、魔術師崩れなのに総指揮官直属になったおまえの立場が気に入らんのだと。
おまえ、ティルキア王国にあった『神秘の塔』が解体された話は知っているか?」
セトはうなづいた。
と、同時に大体問題の元も理解した。
『神秘の塔』とは魔術師の一大集落で、セトもそこで修行をしていた。
ティルキア王国にあった巨大な魔術師連盟組織でもあり、セトがいた当時、そこには世界最高峰の魔術師達が集まっていた。
しかし、今はもう存在しない。
王国によって、『神秘の塔』は数年前に解体された。
国直属の宮廷魔術師だけが残り、後は流れの魔術師になるか、他国の組織へ移籍したと聞く。
「お偉方のなかに、元『神秘の塔』の幹部がいて、やはりおまえを信用する気にはなれんと文句を言い出したんだ。
おまえが参戦するなら魔術師連盟は騎士団に協力せず、自力で戦うんだと。
昼の戦闘で勝手に飛竜を乗り回したあげく、煙幕で他の魔術師の視界を塞ぎ、古代竜を逃がしたのがまずかったらしい。
……ところでおまえ、禁術書庫の鍵を盗んで破門になったらしいな。初耳だったから擁護できなかったぞ」
セトは下を向いて唇をかんだ。
「……あのときは、『多産の魔王』を倒すためにどうしても杖が必要だったんだ。
禁術書庫の鍵を盗んで、杖授の呪文を覚えたいと思った。
でも、結局見つかって破門になった」
「だが、やったことは立派な窃盗だ。そこを突かれたら痛い」
十年も経って、あの事件のことがまたのし掛かってくるとは思っていなかった。
セトはベッドに腰掛け、手を組んでラインツに言った。
「で、魔術師連盟の六賢のお偉方たちは私をどうしたいんだ。
ああ、離反して三人になったから三賢か」
「言ってやるな。彼らも好きで裏切られたわけじゃない」
ラインツが言いにくそうに言葉を続けた。
「つまり、古代竜を仕留め損ねたことで……疑われているんだ。
おまえは『竜の牙』の回し者じゃないかとな」
セトは自分がラインツと同じような表情をしているだろうことに気付いた。
あの場合、馬車をおいての深追いは危険だ。
古代竜数匹に囲まれれば、いくら最強の杖を持っていても互角に戦うのは苦しい。
その程度のこともわからない連中に、まともな戦ができるものだろうか。
それが透けて見えたのだろう。ラインツが早口に言い訳をする。
「俺だって、ここまでおまえと魔術師連盟の関係がこじれているとは思っていなかったんだ。
とにかく、おまえの力は古代竜相手に必要不可欠だという線で攻めて、やっと話がまとまった。
解決策として、おまえは今から、魔術師連盟の一人と決闘することになった。
それに勝てば魔術師連盟も総指揮官である俺の命令に従うそうだ」
また、勝手なことを勝手に決めてくるものだ。
そう思ったが、弱りきった顔をしているラインツを前にして言葉を飲み込んだ。
敵前で内輪もめなど、笑うに笑えない冗談だ。
連合軍同士で仲間割れしている場合ではないことは、総指揮官である彼が一番よく分かっていることだろう。
それに、この騒動の元凶はセト自身でもある。
もしその会議に出席していたら、間違いなくつるし上げられたに違いない。
「……で、どこで誰と戦えばいいんだ?」
セトは、同意を告げる意味で聞いた。
助かるな、とラインツが独り言のように呟く。
ここでも相当やり合う覚悟で来ていたらしい。
思ったよりセトのものわかりがよかったので、ほっとしたのだろう。
「ここから東側に歩くと、荒れ地の中に魔術の練習場がある。
かがり火を辿っていけば、すぐに分かるだろう。
相手はもうそこに待っているそうだ」
黙って立ち上がり、戸口の布をめくり上げたセトに、ラインツが後ろから声をかけた。
「こんな話を持ってきて何だが、頼む。……無駄に殺すな」
分からず屋の魔術師連盟の爺さんなど、セトにとっては好敵手にもならない。
ラインツも、それは分かっているようだった。
セトは後ろを見もせず、闇の中から答えた。
「安心しろ。
魔術師の決闘では、死ぬまで戦ったりはしない。
先に杖を手放した方が負けだ」
ラインツの言ったとおり、東の空を示すメルフィン座を手がかりに、かがり火を辿っていく。
ところどころ兵士たちが夜警についていたが、セトには目もくれずに上ばかり眺めていた。
竜の夜襲を警戒しているに違いなかった。
今までにも夜襲を受けたらしく、彼らはいち早く影を発見しようと満天の空に目をこらしていた。
天幕がなくなっても、かがり火だけがぽつぽつと立っている荒れ地を通り抜けていく。
ときに人の形に見える針だらけの多肉植物にぎょっとしながらも、セトは一人で歩いて行った。
魔術師の練習場、という場所は巨岩と巨石の間を通り抜けた場所にあった。
かがり火がそこだけ煙も獣脂の匂いもしない魔術の炎になっており、まるで正式の試合場のように、ぐるりと大きな円を描いている。
円の向こう側に人影が見え、セトは目を細めた。
あれが、敵方の魔術師だろう。
同じ連合軍の者同士だから、敵方という言葉は語弊があるが、今こうして戦う以上、敵は敵だ。
かがり火でよくは見えないが、どうも黒髪を肩あたりでばっさり切った、小柄な女の子のようだ。
セトが来たことに気づいているはずだが、横を向いて荒涼とした荒れ地をずっと見つめている。
「あー。……決闘しに来たんだけど」
もう少し倒しがいのある相手が来ると思っていたセトは、さっきまで持っていた毒気を抜かれてしまい、戸惑いながら言った。
その声で気づいたかのように、女の子は首をひねってこちらを見た。
大きな赤色の瞳が、セトを真正面から睨みつけた。
顔を見て、セトは驚いた。
「昼の飛竜乗りじゃないか!」
「ええ、そうよ。あなた、他人の飛竜に乗って散々無茶な命令をしてくれたわね」
飛竜乗りは、杖が無くてもできる数少ない魔術師の職業の一つだ。
しかし、決闘をする精鋭の魔術師にしては、彼女はひどく若かった。
大導師から杖を授けられ、正式に魔術師と認められる年齢は、十八歳からである。
「……確認のために聞くけれど、杖は持っているんだよな?」
『真の心よ、来たれ我が手に!』
彼女は眉をひそめると、大声で杖を出現させる呪文を唱えた。
その瞬間、周りの魔気が流れを変え、彼女の手に紅の杖が出現する。
セトはますます首を捻りたい気持ちになった。
もしかして、彼女は妙な能力持ちや、独特の魔術を使う山野かと警戒したが、そういうわけでもないようだ。
気は進まないが、一応決闘の形を整えなければならない。
セトも杖の具現化の呪を唱え、右手に黄金の杖を出現させた。
彼女は、昼間恐ろしい魔力を見せ付けた初代魔王の杖を見ても眉一つ動かさなかった。
そのまま、セトを見据えて杖を突きつけ、炎の魔法の一節を唱え始めた。
『紅の炎よ、我が手に勝利を!』
杖の先の宝玉がきらりと光ると、彼女の周りにいくつもの火球が浮かび上がる。
杖を横に振ると、火球が集まり、数本の巨大な矢のような形に変化した。
触れたものを焼き尽す炎の矢だ。
炎の魔術の中では鉄板と言われているものだが、セトは目を瞬いてそれを見ていた。
矢の本数が二、三本と少ない上に、何の魔術が来るか自分で知らせてでもいるような大声の呪文。
杖の使い方も覚えたてのようで、動きがぎくしゃくしている。
……どう考えても、彼女は杖授したての素人としか思えないのだ。
どうして決闘の相手に彼女を選んだのか、魔術師連盟の考えが全く読めない。
そう考えているうちに、相手の呪文は完成した。
『焼き尽くせ、我らが敵を!』
彼女が黒髪をなびかせて命令すると、巨大な矢はセトを目がけて放たれた。
セトは左手をポケットに突っ込むと、赤く光る魔石を取り出し、口の中で呪文を唱えながら無造作に指で弾いた。
セトの前に炎の壁が立ちはだかり、火矢はその炎に一瞬にして飲み込まれた。
一瞬で火の壁は消え去り、白い煙とないまぜになった魔気が漂う。
彼女は何が起こったか分からないのだろう、ぽかんと口を開けている。
火炎魔法は、より強い火炎魔法を使えば相殺できるということすら知らないようだ。
『……紅の炎よ!』
彼女は、火矢を途中で消されたことに焦ったのか、もう一度炎の呪文を繰り出そうとした。
しかし、さすがに今度は呪を途中で止めた。
セトが、先に同じ呪文を唱えていたからだ。
金色の杖が目映く光り、火球が練習場のそこここに出現していた。
数百、数千の火球が、彼の周辺はおろか、彼女のいる場所にまで漂っている。
そしてその火球が集まり、数百の巨大な炎の矢が出現した。
炎の矢、というより炎の槍といっても過言ではない。
数百の燃える槍を従えて、セトは静かに言った。
「火矢の魔術はこう使うものだ。さあ、もういいだろ?」
が、彼女は杖を突きつけるのを止めなかった。
「どうしたの。その火矢、使ってみなさいよ」
「……いや、だから。杖をしまってくれないかな」
「どうして」
「どうしてって」
この女の子は、察するということができないらしい。
セトはため息をついて、具体的に言った。
「この火矢に一つでも当たれば、君は焼け死ぬんだ。
それが百本以上ある。
今から魔法防御を唱えても、二十本あたりで結界は破れるだろう。
つまり、どうやっても君は勝てないんだ」
「それでもかまわないわ!」
こちらが懇切丁寧に説明したのに、けんもほろろな態度で彼女は言う。
ついに、セトは苛々してとげとげしく聞いた。
「悪いが、意味がわからないんだけど」
「私は死にたいって言ってるのよ!」
セトはうつむいて少し考えてから、顔を上げた。
そして、黄金の杖を振り下ろした。
同時に炎の矢が一斉に一カ所目がけて降り注ぎ、雷鳴のような音を立てて炸裂する。
かがり火は全部吹っ飛び、爆風がどっと押し寄せて、赤い砂がばらばらと降り注いだ。
彼は袖で口元を押さえ、熱い砂煙を防いだ。
「殺したか?」
野営地に戻ってくると、最初の天幕の前で待ち構えていたラインツが、開口一番に聞いてきた。
「いや。爆風で飛ばされて気絶しているだけだ。これで魔術師連盟は作戦に協力するだろう」
「そうか」
セトは、嫌そうな顔をしておぶっていた彼女を下ろした。
彼女は完全に意識を失っていて、ぐったりとしている。
ラインツが心配そうに彼女の顔をのぞき込んだ。
「アリーじゃないか。本当に、大丈夫なんだろうな?」
「私の魔術はかすりもしてない」
そう断言すると、ラインツはほっとした顔で息をついた。
「よかった。お前が相手を殺してしまうんじゃないかとひやひやしていたんだ」
「俺は殺人鬼じゃない」
セトはますます機嫌を損ねてそっぽを向いた。
脅すだけのつもりだったが、彼女の後方の地面に全ての火矢を叩き込んだせいで、どうも爆風に巻き込まれたらしい。
転がったときの打ち所が悪かったのか、それとも本当に彼が彼女を狙ったと錯覚したためか、気を失ってしまったようだ。
もちろん、持っていた杖は消えていて、勝敗ははっきりとついていた。
セトは慌てて確認してみたが、しっかり呼吸はしていて、特に怪我もしていないようだったので、仕方なくおぶって連れ帰ってきた。
なぜ決闘の相手にこんなに気を使わなければならないのか、自分でも馬鹿みたいだと思わないでもなかった。
「……兵にこの子を魔術師連盟の天幕まで運ぶように言ってくれ。
私が行けば、また一悶着起きそうだ」
だろうな、とラインツが言い、警備兵を呼んで担架をもってくるように手早く命令した。
白い担架に乗せられて運ばれていく彼女を見送りながら、セトはラインツに言った。
「あの子は、まだ杖の使い方もわかっていないような素人だった。
魔術師連盟は人材不足らしいな」
「それはよかった」
ラインツの言葉に、セトは耳を疑った。
「よくはない。
あの技量の魔術師が戦争に参加するなんて無茶だろ。
前線に出す兵は選別してくれ。無駄な犠牲者が出る」
違う違う、と彼が笑った。ようやく笑うだけの余裕が戻ってきたようだ。
「アリーは、元々飛竜乗りだ。
確か、杖も授かってから半年くらいしか経っていない。
彼女を決闘に出してきたということは、魔術師達も悩んだ結果、実をとったということさ」
「どういうことだ?」
「彼らにとってはお前を公式に認めたくはないが、この状況では頼るしかない。
だから反対という立場を示すために一応決闘をするという体裁を繕った。
そして新人をぶつけた。わざと負けるために」
それをきいてやっと、セトはどうしてこんな無益な決闘をするはめになったのか理解した。
つまり、魔術師連盟は面子を守りたかったのだ。
そして負けても『あれは、わざと新人をぶつけて様子見をしたのだ』という言い訳も欲しかったようだ。
魔術師連盟の体質の古さや頭の固さは身にしみて分かっているはずだったが、また今、それを痛感していた。
がっくりと疲れが出てきて、セトはうんざりした口調で言った。
「本当に、面倒というか、回りくどいことが好きな連中だな」
「そうだな。
……もう一つ。魔術師共はお前を試したんだ。
仲間を安易に殺さないかどうか、見極めたかったんだろう。
でなきゃ、アリーをよこさない。
アリーは……こう言っては何だが……魔術師連盟が失っても構わない人材だ」
失っても構わない人材。
ラインツの言いぐさに、セトは頭が麻痺したような気分におちいった。
彼女が杖をしまって降伏しなかったのは、彼女の意志だけではない。
つまり、彼女は死んでもかまわない存在として魔術師連盟に選ばれたことを知っていたのだ。
思考の整理が追いつかないままに、セトはラインツに尋ねた。
「彼女をよく知っているような口ぶりだな」
「まあな」
ラインツは息を吐いた後、夜も更けて細い月が出てきた空を見上げた。
「あの子はアリー・ガンドア。
『竜の牙』の創始者にしてバキールの反乱の首謀者、ディーン・ガンドアの娘だよ」