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ガラスの魔王  作者: 久陽灯
第二章 ガラスの魔王
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第14話 大洞窟

「ねえねえ、見て! 中が赤く光ってるよ、このペンダント」


 首にかけてもらった魔石入れのペンダントが光っていることに、ロゼが今更気付いたらしい。

 無邪気に透かし彫りの中をのぞき込むロゼに、セトは冷静に返した。


「暗いところでは光るんだよ。魔石が入っているから」


 きらきらとした瞳で、ロゼが尋ねる。


「開けていい?」

「だめだ、絶対に開けるな」


 必要以上に厳しい言い方になってしまったことに気づき、セトは慌てて言い直した。


「開けると、勇気のおまじないが効かなくなってしまう。服の下にしまっておくんだ」

「わかった! じゃあ、絶対開けない!」


 ロゼは神妙な顔をして、ごそごそと服の下にペンダントを入れ込んだ。


 どのくらい時が経ったのだろう。

 彼らは手を繋いで延々と歩き続け、疲れたと感じたらその場で眠った。

 そしてまた、暗闇の中で目覚め、暗闇を歩き始める。

 大洞窟の中では眠ったが最後、日にちさえ危うくなってきた。

 しかしセトの頭の中の地図によれば、ヴェルナースへの枝道は、ここからそう遠くないはずだった。

 洞窟の中は、入ってからしばらくはごつごつとした岩の道が続いていたが、次第にすべすべとした真っ直ぐな歩きやすい道へと変貌した。

 壁も、いつしかノミの跡さえない、一枚の岩が続いている。

 窓のない城の廊下を思わせる、整然とした地下迷路だ。

 カンテラの明かりが時折ぴかりと壁面に反射すると、不思議なオレンジ色の模様がふんわりと浮かび上がる。

 ロゼが興味津々で尋ねた。


「へんな壁。何でできてるの?」

「古代の魔術。今残っている術ではとてもできそうにない」


 セトは自身の見解を述べた。

 魔術は八百年前、爆発的に栄えた。

 初代魔王、シド・ヴィエタは魔術教が頂点に立つ帝国を築き上げ、各地でばらばらに研究されていた魔術を体系的にまとめて、一大魔術文明を作り上げたのだ。

 しかし、いきすぎた魔術師優位の政策があだとなり、タクト神教の英雄白騎士に帝国は倒された。 

 魔術教は禁教となり、魔術師たちは隠れ里や偽のタクト神教徒として細々と生き延びた。

 三大宗教の一つであるタクト神教との共存が許された今もなお、他教の国では魔術師の出入りを禁じている場所もある。

 タクト神教の教会でさえ、魔術教の信者は入ることができない。

 魔術師にとっての暗黒時代に失われた術は、現在再現されたものもあるが、消失した文献やそもそも資料の残っていないものも多い。

 古代魔術の研究は『神秘の塔』の課題となっていた。

 この白山も、隠れ里の一つとして古代魔術の研究をしていた場所だったのだろう。


 つるつるとした壁面に、時折浮かぶオレンジ色の文字を読みながら、セトは思いを巡らせた。

『ぶりっじ』

『直通えれべーたー』

『えんじん室』

 意味不明なこの初期ヴィエタ文字はきっと、案内板のようなものだったに違いない。

 誰もが洞窟を忘れ去った今でも、オレンジ色の文字だけは輝き、律儀に行き先を示し続けていた。


 ふと、目の前の暗闇に何かがいる気配を感じ、彼は立ち止まった。

 ほぼ同時に、気味の悪い遠吠えが聞こえた。

 遠吠えは遠吠えを呼び、洞窟の滑らかな壁に反響する。


 こんな洞窟の奥底にまで、雪狼が生息しているのだろうか。

 セトは肩から荷物を下ろし、カンテラをロゼに持たせると、杖の呪文を唱えた。

 黄金の杖を空間から取り出したとき、脇道から巨大な犬の頭がぬっと現れた。

 道を塞ぐようにして、立ちふさがった犬は大きな六つの瞳でこちらを睨んだ。

 四つ足でもセトの身長より高いという以外、胴体は普通の犬と同じだ。

 しかし太い首から犬の頭が三つ生え、こちらを見下ろしているところが魔物の魔物たる所以だ。

 ロゼがセトの手をぎゅっと握りしめる。


「……セト、後ろにもいる」


 言われるでもなく、嫌な魔力が後ろから放たれていたので分かった。

 後ろにも、もう一匹。

 いいや。

 無数に枝分かれした通路から、何匹もの遠吠えが聞こえた。

 逃げられないように囲まれているに違いない。

 セトは、もう一度しっかり黄金の杖を握りしめ、ガラス化の呪文を唱えた。

 精霊の唱和が立ち上り、通路が魔力で明るく照らされる。

 と、前にいる犬の三つの顔が、それぞれ唸るように話し始めた。


『戻ってきた』

『仲間だ』

『仲間が戻ってきた』


 魔物の言葉は、初期の神聖ヴィエタ語によく似ている言葉だ。

 はっきりと聞き取れたことにではなく、その内容に彼は戦慄した。


「……私は、おまえ達の仲間なんかじゃない!」


 そう宣言し、杖を振り回す。

 犬はその巨体に似合わぬ素早さで杖を避けた。

 杖は勢いよく壁に当たる。

 壁はガラス化するかに思えたが、金属音のような音をたて、手にびりっと魔力が跳ね返される感触が伝わってきた。

 さすが古代魔術で作った壁、崩落対策も万全だ、とセトは他人事のように思った。

 袖にひっついているロゼが、金切り声をあげる。


「セト、あの魔物が何を言っているのかわかるの?」

「……落ち着いて静かにしているんだ」


 彼がロゼを諭す間にも、魔物の三つの頭は彼に話しかけてくる。


『わかっているくせに』

『わかっているだろうに』

『おまえは我々の仲間だということを』


 心の中では気付いていた。

 真に絶望したとき、人は魔物となる。

 その仕組み自体は十年前、セトが多産の魔王を倒したおかげで消えた。

 だが、それ以前に魔物になってしまったものはどうなのか。

 そして、魔王の力を取り込んでしまったセト自身はどうなのか。


 セトの魔力を敏感に感じとり、彼らは気付いたのだ。

 彼らこそ、暗闇と飢餓という絶望に苛まれて魔物に変貌した『洞窟の子』そのものの姿なのだろう。

 そして、かつて彼らと運命を共にしかけたが、危ういところで助け出された生存者。

 それが自分自身だということを、セトは知りすぎるほどよく知っていた。

 どこで得たのか分からないこの洞窟についての知識の数々も、『洞窟の子』としてほとんど彼らと同じ奈落の底まで行ったからこそ得たものなのかもしれない。

 しかし、断じてまだ魔物ではない。魔王ではない。

 永久に暗闇を彷徨い続ける、三つの首を持つ怪物ではない。

 セトは金色の杖を掲げて魔物に突きつけ、彼らの言語で答えた。


『仲間だというのなら、この道を通せ。

 でなければ、私は敵だ』


 犬は、あざ笑うような遠吠えをした。

 それに応えるように、沢山の遠吠えが洞窟に反響し、うるさいほどに広がった。

 いったい、何人の『洞窟の子』がこの山で贄になったのだろう。

 そう思うだけで寒気が倍になった気がした。


『では、置いていけ』

『その娘を置いていけ』

『贄として、その娘を使おう。

 十年前から、数が増えない。

 新しい守り神が必要だ』


 セトは初期ヴィエタ語で叫んだ。


『あんたたちに同情はする。

 だが、彼女は渡さない! 絶対に渡さない!』


 その言葉を放った途端、巨大な爪が廊下を引っかき、三つの牙が襲いかかってきた。

 同時に、もう一匹が後ろからも飛びかかってくる。

 セトはロゼを通路の隅に突き飛ばし、自分も身体を捻りながら杖を一回転させた。

 杖の魔術はまだ持続していて、今度は一匹の魔物の首にまともにあたった。

 苦悶の声を上げながら、魔物は首から徐々に透明になり、最後には粉々に砕ける。

 同時に背後から飛びかかってきた魔物も、前足に当たったらしい。

 キャンキャンと三つの首は犬のような悲鳴を上げて後ろへ下がる。

 足の先から、浄化されるようにキラキラと輝くガラスへと変貌していく。

 その背後の枝道からも、耳障りな爪音がした。

 つるつるとした洞窟の床を蹴って、沢山の魔物が迫る音。

 セトは杖をかざし、背後の暗闇に向かって呪文を唱えた。


『夜を貫く光、影を切り裂く刃、今いにしえの掟に従い、全ての闇を焼き尽くせ』


 杖から赤い閃光が散り、赤々とした光線が廊下を貫いた。

 真っ直ぐな道で使いやすい熱線の呪文だ。

 大きな悲鳴が多数あがった。

 何匹かは犠牲になったらしい。


 と、壁のオレンジ色の文字が全部浮かびあがり、一旦消えた。

 そして、壁中が赤い文字で埋め尽くされた。

 今まで言葉として読めても意味不明の文字列が並んでいるだけだったが、今度はセトにもはっきり分かった。


『第一段階 侵入者排除失敗 危険度B

 第二段階 作戦開始』


 がちゃり、がちゃりと金属がきしむ音がして、廊下自体が滑るように動いた。

 残っている魔物達も驚いたように吠え立てた。


 切り替わっていく。

 何が?


 セトは自問自答して、瞬時に答えを見つけ出した。

 この洞窟そのもの、だ。

 洞窟の通路自体が生命を持っているように動き、彼らの行く先を阻もうとしている。

 ただ、この洞窟が知らないことが一つある。

 どこがどう動くのか、『洞窟の子』だった彼は知っている。

 この通路は、あと少しで本道から切り離され取り残される。

 入り口も出口もない空間になり、待っているのは餓えと死のみだ。


「ロゼ、走るぞ!」


 セトは素早く荷物を肩にかけると、道の脇で壁に張り付いているロゼの手を取り走り出した。

 脇道から続々と飛び出す三つ頭の化け物の鋭い爪をかいくぐり、ときに杖で応戦しながら息の続く限り走る。

 ロゼも子供にしては速く足を動かしている。


 きしむような音をたてて、洞窟の幅が半分に縮んだ。

 洞窟がその形を変えようとしている。

 もうすぐ道が途切れてしまう。

 半分になり、警告が一面についた通路を、彼らは必死で駆け抜けた。

 ふいに、左右の壁がなくなった。

 そのかわり、金属の手すりが続く、巨大な空間が現れる。

 白山の心臓部。

 彼の頭にそんな言葉が浮かんだ。


「セト、行き止まりだよ!」


 ロゼの言葉に、セトは立ち止まった。

 確かに床はここで途切れている。

 ロゼが腕にぶら下げたカンテラの明かりは、広大な空間を照らしきれない。

 しかし、皮肉にも壁じゅうに張り巡らされた警告の明かりで、彼らは地獄の底まで続くような縦穴の真上にいるのがわかった。

 上下左右には、同じような手すりの続く通路がギイギイと音を立てて動いている。

 正しい通路は、とセトは周りを見回した。

 少し下に、飛び移れるくらいの場所でゆっくりと回転している通路が見える。

 あれが先ほどまでここと繋がっていたものにちがいない。


「そこだ!」


 セトは何の合図もせず、ロゼをいきなり放り投げた。

 うわっと叫び声をあげたものの、彼女はころころと転げながら狙った通路に飛び移った。

 ついで、彼は後ろに向き直る。

 何匹もの魔物が獲物を追う足音。

 彼は、もう一度熱線の魔術を唱えた。

 爆音と閃光が魔物達を貫く。

 同時に、彼は反動で飛ばされてロゼと同じ通路に着地した。

 膝をついて一息つこうとしたセトの目に、壁全体に赤く表示された警告がとびこんできた。


『第二段階 侵入者排除失敗 危険度A

 第三段階 作戦開始』


 まずい。

 この縦穴はまずい。

 ここは『誰も入れてはいけない場所』だ。

 本能的に分かったのか、元から知っていたのかは不明だが、背中に冷や汗が出てきた。


「セト、大丈夫?」


 その言葉に答える暇もなく、セトはロゼを抱え上げて移動する通路をまた走り始めた。

 続く横穴に飛び込んだ瞬間、縦穴の中をごうっと熱風が吹き抜けた。

 逃げ遅れた魔物が悲鳴を上げている。

 あの風に当たっていたら、無事ではすまなかっただろう。

 セトはよろよろと壁にもたれかかり、今度こそ本当に息をはいて言った。


「……ここまでくれば、もう大丈夫」


 しかし、一息ついてもロゼはまだ眉をひそめてしかめっ面をしていた。


「セト、気付いてる? 杖さんが怒ってるよ」

「そこまで分かるのか?」


 うん、と彼女は男物の帽子を傾けて頷いた。


「杖さんの目をみたらわかったの。

 助けてほしいんだって」


 初代魔王の杖ともあろうものが、こんな子供に助けを求めるだなんて。

 セトは若干腹立たしく思いながら黄金の杖の上についている鳥の飾りを眺めた。


「この杖は、自分の意思を持っているんだ」

「意志ってなあに?」

「……好きなことを話せるってこと。

 そのおかげで私は散々迷惑をかけられた。

 ……まあ、救ってくれたこともあるが、こいつのおしゃべりは基本うざったい。

 今は、私のすることに口出しをしないでもらいたいんだ。だから、口封じの……」

「そうじゃないの」


 ロゼが彼の言葉を遮った。


「杖さんが、セトを助けてほしいって」


 セトは目を丸くして杖を眺めた。

 黄金の杖は、気持ち恨めしそうな顔をしているような気がする。

 ぱくぱくと口を動かしているが、声は聞こえない。

 当然だ。

 セト自身が『口封じ』の呪文で封じているのだから。


「……馬鹿馬鹿しい。この鳥の気持ちが分かる必要なんてないんだ」


 彼はそう言って、杖を闇に溶かした。

 それに、こんな子供に救えるくらいなら、とうに彼は救われているはずだ。

 セトは壁から身を離し、ロゼの手をひいて再び歩き出した。

 壁の警告は消えている。

 侵入者は排除されたと見なされたようだ。

 あるいは枝道に入ったことで、害をなす存在ではないと思われたのだろう。


 数刻歩くと、つるつるとした壁はごつごつとした岩となり、道も凸凹道に戻った。

 やはり、中央にある何かを隠す目的で、古代の魔術師が洞窟を模して作った何かに違いなかった。

 時間があれば材質や作り方を研究してみたいところだったが、あいにく彼には目的がある。


 やがて、幾度目かの角を曲がったとき、前方に小さな小さな光の点が見えた。

 小さな手を握った手に思わず力が入る。

 あの光は、ティルキアのものではなく——北の国、ヴェルナースの光だ。

 思わず早足で彼らは光へ向かって真っ直ぐに進んだ。

 一歩近付くごとに、光は大きくなる。

 そして、ついに目一杯に広がった。

 セトは洞窟から顔を出し、周りを見渡した。

 一面の雪が、昼時の太陽に照り映えて光輝いている。

 周りにはまばらな灌木以外、何も見当たらなかった。

 さくさくと音をさせて、ロゼが新雪の中に分け入り、笑顔で振り向いた。


「セト、まぶしい!」


 彼も真上を見上げてくらくらとした。

 何日も洞窟にいたせいで、冬の弱い日射しでも目に突き刺さる。

 しかし、頭の中は安堵で一杯だった。

 国境を越えた。

 ここはティルキアの隣国、ヴェルナース。

 もう誰も、王女を傷つけることはできない。

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