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ガラスの魔王  作者: 久陽灯
第一章 魔術師とバキールの怪物
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第3話 補給隊と伯爵令嬢

 翌朝、彼らは補給隊と共に前線へと向かうことになった。

 セトが夜明けに待ち合わせ場所である街の出口へ着いたときには、たくさんの馬車が城門の前にとまり、人夫たちが馬車に食料を積み込んでいる最中だった。


 彼が所在なくうろうろしていると、こっちだ、というラインツの声が聞こえた。

 黒い箱馬車の扉を開けて、銀色の鎧を身につけた彼が手招きしている。

 剣帯をしているところをみると、あれから剣を調達したらしい。

 セトは荷物を運ぶ人々の間を縫って、目的の箱馬車にたどり着いた。

 ラインツの隣りに乗り込んだとき、彼は初めて同乗者がいることに気付いた。

 向かいに、女の人が二人座っていた。


 一人は巻いた金髪に、飾りは少ないものの絹の服。

 琥珀色の優しげな瞳でこちらへ微笑を向けている。

 ぴしりと伸びた背筋から見ても、貴族の娘に違いなかった。

 その隣には、十二、三であろうまだ子供っぽさが抜けない召使い姿の女の子が座っていた。

 長い栗色の髪の影から、丸い瞳でこちらを不安そうにうかがっている。

 と、貴族の女性がにこやかに沈黙を破った。


「あらラインツ様、そちらのかわいらしい方はどなた?」


 ……降りてもいいだろうか、と聞く前に、ラインツがセトの足を靴の上から踏んだ。

 今は堪えろ、と言うことらしい。


「こちらが先ほど説明しました、同乗者のセト・シハクという者です」

「そんな!」


 女は口を覆って大げさに驚いた。


「西大陸で魔王を倒したのでしょう?

 すみません……あの……もっと、なんというか猛々しい方だと思っておりまして」

「ご期待に添えず申し訳ない。

 で、この絹の服で戦場に行こうとする世間知らずは誰なんだ、ラインツ?」

「無礼者! ご主人様にそんな口をきくなんて許しません!」


 セトの暴言に、ラインツではなく斜め向かいの召使いが抗議してきた。

 ラインツが渋い顔をしてまだ足を退けずに言う。


「口を慎んでくれ。

 このかたは、エディス・メルブリント・シーラ様。

 シーラ辺境伯のご息女だ」


 エディスは、セトに世間知らずと言われても貴族の笑みを崩さなかった。


「よろしく。こちらは従者のミアよ。

 私たちもラインツ様とともに、前線へ行こうと思いますの。

 なにか、皆様のお役に立つことをしたいのです。

 これは私たちの領地で起こってしまった惨劇ですから。

 もちろん戦うことはできませんが、兵隊さんたちの怪我の手当を手伝いたいのですわ」


 間髪入れず、ラインツが持ち上げる。


「なんとも、ご立派な精神をお持ちです。なあセト?」


 セトが渋々うなずくと、ラインツはやっとセトの足を踏むのを止めた。

 少なくとも、あと三日はこの貴族の娘と同じ馬車に乗らねばならない。

 ならば、無闇な言い争いは避けたほうが無難だ。

 たとえ、第一印象が最悪だったとしても。


 しばらくすると、全ての馬車のに荷が積み込まれた。

 総勢十五台の馬車は、朝の爽やかな風とともに、列になって城門を通り抜けた。

 食料や水を満載した補給隊の馬車と一緒に、五十騎の兵も護衛についている。

 それに、二匹の飛竜がはるか上空で偵察に当たっていた。


 外には岩だらけの風景の中、赤茶けた道が続いている。

 奇妙な形の多肉植物が、人間のようにまばらに生えているだけの不思議な光景だった。

 乗せられた箱馬車には窓がついていたが、開けると砂埃が舞い込んでくるので、セトたちは閉め切った馬車の中で蒸し暑さに耐えていた。

 途中、横を走る馬車が、樽から何かを詰め替えた革袋を御者に投げてよこした。

 御者が正面の狭い窓を開け、セトに革袋を手渡した。


「お嬢様にお水を差し上げてくれ」


 セトは目を丸くして革袋を受け取ると、ラインツに尋ねた。


「あの樽は全部水なのか?」

「ああ」

「いくらなんでも、この先井戸くらいはあるだろうに。

 ファルンの街の先にも、小さな集落はたくさんあると聞いたぞ」

「奴ら、周辺の村の井戸に全部毒を入れてから岩山の奥に立てこもったのさ。

 腹が立つほど戦慣れしている奴らだ。

 皮肉なことに、『竜の牙』の首領は十三年前のカサン南北戦の英雄なんだ」


 ラインツが眉を寄せてそう言うと、エディスが後を引き取った。


「ディーン・ガンドアですわね。

 南北戦の際には、ラインツ様とともに北軍の主力部隊を率いた英雄だとか。

 国際魔術師連盟の大魔導師、カサン王国の魔術師の最高峰『六賢』の一人……そして、魔術師団体『竜の牙』の創始者」

「これはお詳しい」


 ラインツがそう言うと、彼女は頬を赤らめて笑った。


「父に教わりましたの。

 本来は父も前線へと赴く予定だったのですが、今は床に伏せっておりまして」

「そう言えば、兵に聞きました。お怪我をされたようで」

「ええ。未遂でしたが、暗殺されかけましたの」


 穏やかな表情のままさらっと出された話題に、セトは目を向いた。


「暗殺? どうして」

「辺境伯が死んだとなれば、兵士の士気が落ちて『竜の牙』の独立も簡単になる。

 それを狙った『竜の牙』を支持する者の犯行だろう」


 暗殺未遂を当然のことのように語るラインツたちを見ていて、セトはふいに息苦しさを覚えた。

 王侯貴族たちの生活は、貧困にあえぐ民と違ってなんと気楽なのだろう。

 優雅に振る舞い、平民の金を使って遊び暮らすのは楽しいだろう。

 昔は、彼もそう考えていた。

 しかし、その裏で繰り広げられる壮絶な陰謀や後ろ暗い駆け引きに立ち向かうのも、彼ら貴族のつとめなのだ。

 それが当然で自然な成り行きだとでもいうように、貴族たちは考えているらしい。

 やはり、彼らに見えている世界は、セトの見ている世界と根本的に違うのかもしれない。

 それていく思いをそのままに、彼は針だらけの背の高い草が飛び出している冗談のような風景を眺めていた。





 昼食に呼ばれて馬車を降りた場所は、小さな村の広場だった。

 しかし、そこに人気は一切なかった。

 住人はとっくに避難したらしく、建物だけがうち捨てられている。

 反乱が始まった時期からみてここが廃墟になったのは、ほんの数ヶ月前からのはずだが、既に村全体が廃墟の匂いに包まれていた。


 セトは、兵や御者たちの喧噪を避けて静かな場所を求め、村の端まで出た。

 妙な草の丸い塊がころころと転がる赤い大地を見ながら配給されたパンをかじっていると、そばにラインツが寄ってきて、ぼそっと囁いた。


「彼女に手を出すなよ。相手は大貴族の娘だ」

「いや、おまえに言われたくはないな」


 セトは呆れて答えた。

 そんな台詞をこの軟派な貴族から聞かされるとは思ってもみなかったからだ。

 ラインツが真面目な顔でパンをちぎった。


「セト、おまえも前科持ちじゃないか」

「人聞きの悪いことを言うな!」

「図星を突かれて怒るなよ」


 にやりと笑った後、雲一つない空を見あげてラインツが懐かしそうに話す。


「そう、昔の魔王討伐隊の仲間たちにも声をかけたかったがな。

 皆、お前以上に行方がわからないし、そもそも住んでいる大陸が違う。

 特に赤騎士リアンには協力して貰いたかったな。

 古代竜と戦った経験は貴重だ」

「あのひとを巻き込むのはやめてくれ!」


 思わず叫ぶと、そう熱くなるな、とラインツにいなされた。


「そもそも、リアンの居場所も知らない。

 おまえは従者だったんだから、ちょっとは知っているんじゃないか?」

「あのひとは幸せに暮らしている。

 それだけしか知らないし、それで十分だろう」


 セトは急に味がなくなったパンを囓った。

 それは、よくある昔話の終わりのように締めくくられた話だった。

 王女様は王子様と結婚し、その後末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。


 昔話では、その他の物語に加わった人々のその後は伝えられない。

 よき魔法使いは、助言をくれる道化師は、王女を助けたやさしい村人は、物語に絡まなくなったとたん闇に消えていく。

 しかし実際、その他大勢の人生は物語が終わりを迎えてからも続くのだ。

 そして、彼は自分がその他大勢であるという自覚くらいは持っていた。


 彼は自分の考えをそこから無理に引きはがし、別の話題をふった。


「それにしても、なぜ貴族の娘なんか連れて行く? かえって厄介だろう」

「シーラ辺境伯は自宅で暗殺されそうになったんだ。もはや彼女にも安全な場所などない」


 ラインツはパンを持ったまま両手を広げ、朗々と語りはじめた。


「それに、兵たちには分かりやすい偶像が必要なんだ。

 俺達は絶対に勝てる。たとえ死んでも、その死は無駄ではない。

 兵たちがそう思えるような仕掛けを、総指揮官である俺は作り出さなくてはならないんだ。

 愛溢れる高貴な美女。剣技大会で負けなしの剣聖。そして、世界最強の魔術師。

 これだけ揃えば、古代竜など恐るるに足らず。

 そういう気概を持たせてやるのが俺のつとめだ」


 セトは考えこんだ。ラインツの言うことはわからなくもない。

 だが、この世の中に、絶対に勝てると断言できる戦など存在しないことも知っている。


「なるほど、インチキの口八丁をするつもりだな」

「そうじゃない。俺だって、信じているのさ。

 少なくともおまえがこちらについたことで、勝率はぐんと上がった」


 あまりに思いがけないことを言われて、セトは手に持ったパンを取り落としそうになった。


「まさか、私が『竜の牙』の側につくとでも?」

「おまえが普通の魔術師なら、そういう可能性もあったかもしれないな」


 なんでもないことのように、ラインツが流した。


「魔術師だけの国。

 それは初代魔王が建国したヴィエタ帝国そのものじゃないか?

 あの杖を持っている以上向こう側につくのが自然かもしれないと、実は思っていたんだ。

 だから、先手をうってこちらの陣営に連れてくることができたときには安心したよ」

「悪い冗談は止めてくれ」


 セトはふいに気分が悪くなってきて、鞄から革袋を取り出して中の水を一口飲んだ。

 味のしないパンを食べたせいではなかった。

 もし、向こうの『竜の牙』の陣営についていたら。


 ——それこそ、初代魔王と同じではないか。


『おまえは次の魔王となるのだ』


 あの呪いの言葉が、また残響のように頭の中を駆け巡っていた。







 異変が起きたのは、三日目の午後。

 もうそろそろ前線の村、ガスウェルに到着するというところだった。

 馬たちが、突然一斉に怯えだしたのだ。

 いななき、馬具を壊さんばかりに暴れる馬を、御者たちは馬車から降りてなだめだした。


「奴らだ。東回りで本陣を避けて、補給線を狙ってきたらしいな」


 馬車から顔を出してその光景を眺めていたラインツが、ぽつりと言った。

 雲一つない東の空に、無数の黒点が見えた。

 みるみるうちに近づいてくるその黒点は、翼を持つ竜の形をとなる。

 さっと舞い降りてきた味方の飛竜が、馬車の窓越しにラインツに伝えた。


「敵の飛竜、約二十! うち一匹が古代竜です!」

「補給を奪って食料を絶つつもりか!」


 ラインツは扉を開けて走り出し、次々にてきぱきと命令を発していく。


「ご婦人方はこのまま馬車に!

 後は全員戦闘態勢!

 魔術師は二人一組で物理防御と魔法防御を半々にして馬車を守り抜け!

 弓隊は十分敵を引きつけてから攻撃しろ!」


 セトも、続いて赤茶けた大地に飛び降りる。

 その瞬間、上を黒い影が通り過ぎた。

 彼は目を細めて見上げる。

 銀色の鱗を太陽に煌めかせ、他の竜よりも圧倒的な大きさのそれが、悠々と上空を通過していった。


 言葉では聞かされていても、いざ生で見ると迫力に圧倒されてしまう。

 伝説の古代竜の一匹が、そこにいた。

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