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ガラスの魔王  作者: 久陽灯
第二章 ガラスの魔王
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第11話 英雄赤騎士

 針葉樹がびっしりと生え、昼間でも暗い森の中でも、多少は開けた土地がある。

 シェンリーは、山賊から逃げ回るうちに知らず知らずそこに追い込まれたらしい。

 凶悪な面構えをした数人の男達が、馬に乗って彼の周りを取り囲んでいた。

 逃げだそうとしても、この人数ではすぐに捕まってしまうだろう。

 シェンリーは引きつった顔で、髭面の男達に尋ねていた。


「乱暴は止めてくれ! 君たちは共和派か、それとも王党派か?」


 一番太った男が、だみ声で噛みつく。


「関係あるか! 金を持ってる奴から奪うのが俺達山賊だ!」

「だったら無理です。私は無一文ですから」


 ぎゃはははは、と山賊達は下品な声で一斉に笑った。


「じゃあ、身ぐるみ置いてきな!」

「身ぐるみ置いていくのはおまえたちだ」


 そう答えたのは、シェンリーではなかった。

 シェンリーの叫び声を聞き、森の茂みから開けた場所に出てきたセトだ。

 ちなみに、ロゼには茂みの中で息を潜めていろと言い聞かせてきた。

 彼は馬に乗った彼らを順々に見回す。

 どれもこれも、粗野で凶暴な顔をしていて、知性の欠片も見えない。

 少なくとも、ここに魔術師はいないようだ。


「今度はまた、ひょろっちい獲物が来たぞ!」


 熊のような体格の男が嘲った。

 が、セトが呪文を唱えて黄金の杖を出した瞬間、場に緊張が走った。


「こいつ、魔術師か!」

「気をつけろ!」


 彼らの注意が完全にこちらへ向いたとき。


「者ども、待て!」


 妙に芝居がかった台詞と共に、木々の間から白馬に乗った人物が堂々と進み出た。

 セトはあっけにとられてその人物を凝視した。

 派手な赤い帽子に、真っ赤な軽装鎧にこれも真っ赤な剣の鞘。

 そして、目元を覆う黒い仮面をつけている。

 奇妙としか言えない格好だったが、同時にひどく懐かしかった。

 この人物と同じ格好をした人間はただ一人くらいだろう。


 十年前にティルキア王都にいた、英雄赤騎士、リアン・フェニックス。

 彼女の格好とそっくりだ。

 だが、この騎士は明らかに男の声をしていた。


「どうして……その格好を?」


 それに答えるように、彼は帽子と仮面をさっと放り投げた。

 その顔は思ったよりも若く、大きな青い目がくるくると巻いた赤毛に映えている。

 彼はまるでいたずらっ子のような顔で、片頬でにやっと笑った。


「英雄赤騎士がいなくなっちまったからな。

 俺が勝手に後継者を名乗っているんだ。

 それにしても、先輩の俺を忘れちまったのか? なあ、セト!」


 記憶を探るまでもなく、セトは思い出していた。

 彼の知っている中で、ここまでひどい赤毛の人物は、マリアンとロゼ、そしてもう一人しかいない。

 セトは杖を消し、頭に浮かんだ名前を呼んだ。


「ローシュ?」

「よし、思い出したな!」


 白馬から飛び降りるなり、ローシュは満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきて、セトの手をぐっと握りしめた。

 彼は厳密に言うと先輩ではない。

 英雄赤騎士の従者という名目で、毎回街の情報をマリアンに流してはただ飯にありついていた浮浪児の一人である。

 それでも、とても世話になったのは間違いなかった。

 彼がいなければ、セトは英雄赤騎士——マリアンの従者にすらなれなかったのだから。

 しかしこんな場所で再会するとは思わなかった。

 不思議な懐かしさで一杯になりながら、セトは尋ねた。


「ローシュ、一体ここで何をしているんだ。

 山賊なんておまえらしくない」

「堅気の皆様が俺達浮浪者より凶暴になっちまったからな。

 街に俺達の居場所はなくなったんだ。

 それにな」


 ローシュは自分の赤毛を気まずそうに引っ張った。


「革命からこっち、王室と同じロイヤルレッドの髪色っていうだけで石を投げられる世の中だぜ?

 山賊でもしねえとやっていけねえよ」


 彼はさっと手を広げて凶悪な顔をした仲間達を紹介した。


「こいつらも、最初から盗賊だったわけじゃない。

 貴族の馬丁だったやつら、王立ぶどう園の管理人、元憲兵。

 皆、国のごたごたに巻き込まれて喰えなくなったやつらだよ」


 そう紹介すると、ローシュは後ろを振り向いて仲間に元気よく言った。


「心配ねえ。こいつらは俺の客だ!」


 そして、にやにやと笑いながらセトの肩を叩く。


「なあ、俺達の隠れ家に行こうぜ。そこの金髪も一緒に」

「実は、もう一人いるんだ」


 茂みに向かって手を振ると、彼女は葉っぱを身体につけながらごそごそと這い出てきた。

 悪党面が揃っている場所に出てきたわりに、彼女は物怖じしなく、にこにこと笑って帽子を取った。


「ねえねえ、英雄赤騎士のお兄さん、ロゼと同じ髪してるよ!」


 ロゼの見事な赤毛を見て、ローシュがかん高い口笛を吹いた。


「いいねえ、ロイヤルレッドのお嬢ちゃんか!」




 森の奥深くに、ほぼ木々に飲み込まれそうになっている廃教会があった。

 建物はすでに屋根もなく使えないのだが、敷地内には大きな霊廟が残っている。

 墓地の中には羊や山羊、牛までもが綱に繋がれ、墓石の前の草を粛々と食べていた。

 彼らは壊れた木の柵に馬を繋ぐと、ずかずかと霊廟に入っていく。


「なんという不謹慎な」


 シェンリーが小さな声でこぼしていたが、昔、霊廟をクローゼットのかわりに使っていた主君を持つ身として、セトは自分が恥ずかしいような気持ちになった。


 霊廟の中は、山賊のねぐらとしては意外と片づけられていた。

 本来あるべきものはどこへやったのか尋ねるような野暮はしなかったが、真ん中に焚き火をする場所や換気穴まで開けてあるところを見ると、彼らは元死者の住まいで快適な暮らしをしているようだ。

 ローシュは仲間にウサギ肉を取ってこさせるよう命令し、同時に早速ティルキアンワインの樽を開けた。

 セトは丁重に断ったが、シェンリーはにこにこ顔でワインを受け取った。


「ワインなど、もう飲む機会はないと思っていましたよ」

「そうか? 赤騎士様はな、赤ワインがないとやってられないっていつも言ってたぜ」


 なあセト、とローシュは目を細めてにこにこと笑った。


「楽しかったよなぁ、あの頃は」


 そうだ、おまえ達は知らなかったよな、と彼は仲間のほうを向いて言った。


「俺と、セトと、英雄赤騎士様とで、ティルキアの魔物退治をしていたんだ。

 街の平和は俺達が守っていたんだぜ!」

「はははは、お頭が街を守っていたなんて信じられねえ!」


 山賊たちは思い思いの場所であぐらをかいて座り、ローシュの話に爆笑した。

 セトの脳裏に、王都の波止場近くのカモメ亭でシチューを食べていた浮浪児の姿が思い浮かんだ。

 その隣で酔っ払うまで延々とワインを飲み続ける赤騎士姿の王女。

 それをいなして、無理矢理城へと帰らせる自身の姿も。


「セト、英雄赤騎士様を知ってたの? すごーい!」


 ロゼが尊敬の眼差しでこちらを見つめてきて、彼は多少居心地の悪い思いをした。

 彼女は、自分の母親が英雄赤騎士であることを知らないのだ。


 英雄赤騎士と過ごした日々。

 それはまるで昨日のことのように、まざまざと脳裏に蘇ってきた。

 真っ赤な帽子に真っ赤な軽装の皮鎧の赤騎士は、まさに街の英雄だった。

 剣を振り回し、華麗に魔物を倒す姿に、民衆は熱狂した。

 彼女が赤騎士の格好をして街をうろつくと、街の娘達は黄色い歓声を上げ、ハンカチを振って窓から身を乗り出したものだった。

 しかし、彼女はひどく不出来な王女でもあった。

 数々の無鉄砲を思い出し、彼は苦笑した。

 セトは従者だったが、彼女が何をしでかすかと、始終ひやひやさせられていた。

 無理もない。

 彼女は、元々ネフェリア王女ではなく、王女の影武者として仕立て上げられたマリアン・オリンピアという別人だったのだから。

 ネフェリア王女が亡くなってからは特に、マリアンはそれに負い目を感じていた。

 王族が亡くなった今、それは既にセトだけの秘密になってしまったが。

 セトは、もはや赤ら顔になっているローシュに、静かに尋ねた。


「ローシュ。おまえは英雄赤騎士がどこの誰だったか、知っているか?」


 さあ、と彼は答えて肉汁のしたたるウサギ肉にてを伸ばした。


「……革命で逃げちまったのかな」


 その答えに多少むっとし、セトはむきになって反論した。


「赤騎士は逃げたりなんかしない。知っているはずだろう」

「じゃあ、どうして出てきてくれなかったんだろうな。

 王都で市民達の衝突が起きたとき、どうして皆を助けてくれなかったんだろう」


 ふいに、寂しそうな調子でローシュがそう言ったとき、セトは、どうしてローシュが赤騎士の格好をして山賊をしているのかやっと理解できた気がした。

 彼は待っていたのだ。

 英雄赤騎士が颯爽と登場し、暴徒を倒して街に平和を取り戻す——そんな未来を夢見ていたのだ。

 しかし、その期待に答えられる者はいなかった。

 だから、彼自身が英雄赤騎士になるしかなかったのだ。

 こんな場所で山賊をしながらでも、彼は街を追われた人々を助ける英雄になりたかったのだ。

 セトは考え考え答えた。


「……赤騎士は、全ての民の味方だったからだよ。

 どちらか一方に加担して、もう一方の市民を弾圧するなんて、頭のいいことができるような人じゃないんだ」

「……そうか。そうだな」


 納得したのかどうなのか曖昧な返事をしたまま、ローシュは物憂げな顔でウサギ肉を噛みちぎった。




 宴は夜が更けるまで続いた。

 しこたま酔っ払った山賊達は、またもや思い思いの格好でマントを被ったかと思いきや、ごうごうといびきをかきながら寝てしまった。

 いつの間にか、セトの隣でロゼもすやすやと寝息をたてている。

 セトはロゼが起きないように注意しつつ、毛布でぐるぐるに巻いてやった。

 そのとき、もう寝てしまったと思ったローシュが、後ろから小さな声で話しかけてきた。


「なあ。赤騎士様のことで、言わなきゃならないことがあるんだ。

 俺は、一度彼女をつけたことがあるんだよ。あの人は王城に入っていった。

 ……単刀直入に答えて欲しい。

 あの人は、英雄赤騎士は、ティルキア女王だったのか?」


 そうだ、という代わりに、セトは振り返り静かに頷いた。


「……そうか。そうだったんだな」


 寂しそうにローシュは言い、そしてセトの隣でぐっすり眠り込んでいるロゼを指さした。


「で、その女の子は王女様?」

「どうして分かった?」

「自分のことをロゼ、と言っていた。それに、俺は王女の手配書が出てるのも知ってる」

「……しくじったな。

 私たちを市民兵に突き出すか?」


 そう言うと、彼は皆が起き出さない程度に明るい声で笑った。


「まさか。俺はどっちの派閥でもなかったが、英雄赤騎士が女王様だったなら話は別だ。

 今日から王党派になったぜ」

「恩にきるよ」


 セトがそう言うと、まだにやにやと笑いながらローシュは言った。


「もう一つ。ここから国外に出るなら、白山を目指す気だろう?」


 何から何までお見通しか。

 セトは、ローシュの慧眼にいつも感服していたことを思い出した。

 ローシュは霊廟の扉を指さしながら言った。


「白山を越える気なら、飼ってる山羊を一頭やるよ。

 馬なら怖じ気づくような狭い道でも、奴らは登る」

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