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ガラスの魔王  作者: 久陽灯
第二章 ガラスの魔王
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第9話 悪夢と林

 左腕が痛い。

 空気を吸おうとするだけで精一杯だ。

 ふいに、自分の姿が客観的に見えてきた。

 ここは魔王の棲む洞窟。

 セトは右腕をかみ砕かれて、血の海の中に跪いていた。

 だが、この血全てが彼のものではない。

 その血の大部分は、彼が杖の先についた剣で刺し貫いている、大きな魔石から出ているはずだった。

 長年の魔力の蓄積により魔石化した、魔王の心臓。

 彼は、最後の力を振り絞って、魔王の体内のそれを突き刺したのだ。

 ガラスの心臓が粉々に砕けながらも、魔王は高笑していた。


『我の力を取り込もうというのか! 人間には到底制御できまい!

 お前に我と同じ呪いがかかる。

 悠久の時の中で、お前は今に孤独になる。

 次第に、お前は人ではなくなり、人を憎むようになる。

 そして、絶望したそのとき。お前は次の魔王となるのだ……』


 言葉と共に、大量の魔力がなだれ込んでくる。

 それに耐えつつよろめきながら、彼はマリアンの方へと進んだ。

 苦しい。息が出来ない。

 彼はうつぶせに倒れたマリアンをようやく見つけた。

 背中に、魔王にやられたむごたらしい傷口が覗いている。

 彼は震える腕で黄金の杖をかざし、一気に唱えた。


 今まで聞いたこともない、高らかな精霊の唱和があちこちから聞こえてきた。

 魔力の突風は未だ続いていたが、輝く粒子がセトとマリアンを包み込んだ。

 マリアンの背中の傷口に粒子が触れると、時間を逆行するように怪我がするすると治っていく。 

 自分の左腕がもはや痛くないことに気がついた。

 光の粒が手の形をとって、左腕にくっついていた。

 じんわりと温かい粒子は傷を癒やし、新しい腕を再生しようとしているのだ。


 この魔術は「初代魔王の失敗作」と言われている。

 ありったけの魔力で小指の先のささくれしか治せない、という研究結果が出た代物だ。

 しかし、この説は間違っていた。

 初代魔王の魔力の高さを見誤っていたからこそ、失敗作と断定されたのだ。

 大きな魔力を持ってさえいれば、回復魔法は充分に効く。

 全ての傷をふさぎ終え、セトはマリアンの隣に倒れ込むように横たわった。

 洞窟の暗闇の中で、彼は気を失って眠り続けた。


 次に目を覚ましたとき、セトは自分がどこにいるのか一瞬分からなかった。

 暗闇に自分の息づかいだけが聞こえる。

 身を起こすと、身体の下で固まりかけた血だまりがぬちゃっと音をたてた。

 明かりの魔術を使うため、彼は魔力を溜めて杖の呪文を唱えた。

 が、身体が熱くなるほどの魔気を感じ、途中で詠唱を止めた。


「よっしゃ生きてたな! 俺も生きてるぜ! いやっほぅ!」


 黄金の鳥が、必要なとき以外は口を出すなという言いつけも忘れてはしゃいでいる。

 本来、十分に魔力を高めなくては具現もしない魔術師の杖がすでに彼の手におさまっていた。

 彼は苦労して、魔力を押さえ込んだ。

 取り込んだ魔力が今にもあふれだしそうにぐらぐらと煮え立っている。

 十分注意して彼は明かりの呪文を唱えた。

 リンゴくらいの大きさにするつもりが、その光は頭ぐらいの大きさでぎらぎらと輝き、杖の先にに浮かんだ。


 マリアンが前と同じようにうつぶせに寝ている。

 しかし、背中には傷一つなかった。

 小さく寝息を立てて幸せそうに寝ている姿を見て、彼はほっとため息をついた。

 そっと揺り起こすと、彼女はやがて長いまつげを持ち上げた。

 緑色の瞳が彷徨い、セトの顔を見つけて微笑んだ。


『……どうやら二人とも死に損なったらしいな』


 彼は声を出すことが出来ず、ただ頷いたセトはマリアンの頭を抱いた。

 そして彼女の肩に頭を押し付けた。

 マリアンの腕がセトの頭にまわるのを感じ、彼はますます腕に力を込めた。


『約束だ』


 その言葉を聞いて、彼はびくりと肩を震わせ、顔を上げた。

 抱いていたのは、英雄赤騎士ではなかった。

 赤い髪を無造作に三つ編みにしている、白い服を着た、セトよりも十歳以上は年上の女性だった。


『マリアン?』

『約束だぞ』


 そう言うなり、彼女の首が弧を描いて飛んだ。






 ひゅっと喉の奥から声を立てて、セトは目覚めた。

 月明かりが木々の間から差し込む夜道。

 彼は歩いていないのに、黒い森の中をがさがさと葉を揺らしながら移動している。

 どうも、誰かに背負われているようだ。


「あ、セトが起きたよ! 大丈夫?」


 後ろからロゼのはしゃいだ声が聞こえる。

 セトは後ろを振り向き、緑色の服を着て男の帽子を被っているロゼを見つけ、とりあえず安心してため息をついた。


「……シェンリー。あんたか」


 セトは彼をおぶって歩き続けている金髪の青年の背を見て言った。

 シェンリーは呆れたような口調で話した。


「あんたか、じゃありませんよ。

 林まで逃げてきたら、王女様が木の陰から話しかけてきましてね。

 あなたが林につくなり、ふらっと倒れて眠ってしまって心配になったというのです。

 あんな入り口では市民兵に見つからないとも限りませんからね。

 今まで死にかけていた私があなたをおぶって歩くというのも不思議なものですが」

「それはすまない。もう自分で歩ける」


 セトは背から下ろしてもらったが、それでもしばらく脚がふらついていた。

 回復魔法を使ったあとに、強大なガラス化魔法を使った弊害で、魔力増減症が出ているのだろう。

 魔力増減症は、自身の魔力が大幅に増えたり減ったりすることで、気分が悪くなったり、眠くなったりする症状だ。

 魔術師風邪とも言われていて、決して珍しいことではないが、セトほど大きな魔力を使うと反動も大きい。

 彼らは月明かりを頼りに、ゆっくりと林の中を進み続けた。

 しかし一刻ほどたつと、空からの明かりがだんだん強くなってきた。

 シェンリーが上を向き、ほっとしたように言った。


「もうすぐ夜明けです。私たちは逃げ切れたようですね」


 セトもうっすらと白みかけている空を見上げた。

 いつの間にか夜が明けつつあった。

 暗かった周りも大分見通しがよくなっていて、右側からはさらさらと小川の流れる音が聞こえている。

 見当をつけて探ってみると、ちょうど休憩によい沢が見つかった。


「よし、このあたりで朝食でも食べよう」


 セトはそう言うと、鞄から火の魔石を取り出して朝食の準備にかかり始めた。

 魔石で火をおこし、街で買ってきた干し肉をナイフで切って、各々のブリキカップで湯がく。

 魔石を使った料理が珍しいのだろう、シェンリーはセトの一挙手一投足に感嘆し、単純な料理を目を皿のようにして観察していた。

 干し肉のスープを二人に渡すと、二人はパンを付けて貪るように食べ始めた。


「パンがおいしいの!」

「これはうまい! 魔術を使ったようだが、一体何を入れたんだ?」

「火の魔石を使った以外は普通の料理と一緒だ」


 舌鼓を打ちながら食べるシェンリーやロゼに比べ、セトは慎ましく自分の分を腹に入れた。

 いつもどおり、何の味もしなかった。

 何を食べても美味しいとは思えないのだ。

 味がわからなくなったのはいつからだろう、とふと思う。

 以前は硬いパンばかり食べていて、食に興味がないからだと思っていた。

 あまりに味がしないので、チーズも買ってみたがやはり無駄だった。

 ちなみに持っていたチーズは、街に入る前に全てロゼに食べられてしまった。

 味のしない料理のことを頭から振り切るようにして、彼は尋ねた。


「シェンリー。あんたはなぜエルケームにいたんだ?」

「北街道を通って脱出しようとしたのですが、見つかってしまったのです。

 いやあ、王女様とセト様に出会えたおかげで助かりましたよ」


 ロゼはにこにこしてシェンリーと腕をからめた。


「あのね、シェンリーは先生なの! なんでも知っているんだよ!」


 いやいや、と彼は笑顔で首を振った。


「宮廷で王女様付きの家庭教師をしておりまして。

 実は、あなたのことも聞いて知っております。

 なんでも、女王様と共に魔王を倒した英雄だとか」

「そんな立派な者じゃない」


 セトは謙遜半分、本音半分で答えた。

 多産の魔王を倒したのは事実だ。

 しかし、英雄というのは間違っている。

 本当の英雄なら、今頃女王を救い出しているはずだ。

 彼の表情に何かを感じ取ったのか、シェンリーは話題を変えた。


「しかし、この林はどこに続いているんでしょう。

 夢中で歩いてきてしまいましたが、私にはさっぱり土地勘のない場所です。

 このままヴェルナースに脱出できればよいのですが」

「わかった。今、どこにいるかを調べる。

 少し待ってくれ」


 セトは口の中で呪文を唱え、光る粒子の中から黄金の杖を取り出した。

 そのまま魔力を当て続けると、杖は再び光輝き、真っ赤な翼を持つ南国の鳥の形に変化した。

 シェンリーが口をあんぐりと開けて、その様子を見ている。

 確かに、杖を派手派手しいインコに変えるという魔術は料理よりも珍しいものだ。


「これは、一体……」

「ああ、杖の『形』を変えたんだ。いや、杖にだだをこねられて変えさせられたというべきか」


 その瞬間、杖の口封じが外れたらしかった。

 真っ赤なインコがだみ声でセトを罵倒した。


「馬鹿め! おまえは許されないことをした!

 人として、越えてはならない一線を……」

「うるさい、黙れ」


 セトは顔を強ばらせて呪文を唱え、再び鳥を黙らせた。

 鳥は憤懣やるかたないといった表情をして、ぱくぱくと口を動かした。


「この鳥さん、お話しできるの? すごーい!」

「こいつの話は真に受けるな。ただの口の悪い馬鹿な鳥だ」


 ロゼのキラキラとした視線を遮り、彼は憎々しい口調で言った。


「さあ、飛べ!」


 セトが命令すると、真っ赤な鳥は羽ばたいて垂直に林を抜けた。

 彼は呪文を唱え、右眼を押さえた。


 黒い針葉樹が立ち並ぶ林が、北にいくにつれて木々が密集した森になる。

 行く手に青く霞む山々が見えた。

 これは鳥が見ている光景である。

 彼の右眼と視覚を共有しているのだ。

 黄色い煉瓦の道が走っている街道には、やはりところどころに木の柵が作られていて、人々が小さな蟻のように行儀よく並んでいた。

 おそらく検問所だろう。

 北街道が一本の線になり、消えていく先に、青い山脈が見える。

 あの山脈の向こうが、ティルキアの隣国ヴェルナースだ。

 上から見るとそう遠くないように思えるが、実際国境を越えるまでには二、三週間かかるだろう。

 山脈の中でも一際高くそびえ立っていているのは、白山だ。

 収穫期が終わった直後だというのに、もう雪をかぶっている。

 北街道の至る所に検問が設けられている現在、一番安全なのは、皮肉にも冬山で一番危険とされる白山の登山道しかない。

 彼は、ぱちりと目を開けると、赤い鳥を天からさっと消し去った。

 見るべきものは見た。

 後は、森に沿って白山へ進むだけだ。


「本当に、白山へ行くつもりなのか?」


 白山を越える。

 そう告げると、シェンリーは眉をよせて心配そうな顔をした。


「嫌なら別についてこなくてもいいぞ」


 セトがそう言うと、ロゼはシェンリーの脚にしがみついた。


「シャンリーも一緒に行くの!」

「……牢から出すだけの約束だっただろう」

「いーやー! みんなで一緒にいったほうが、もっと楽しいよ!」


 楽しい。

 未だに何もわかっていないロゼのめちゃくちゃな発言にセトは呆れたが、同時に安堵もしていた。

 たとえ、セトが眠ってしまっても、おぶって歩いてくれる誰かがいる。

 そして、もしセトが死んでしまっても、ロゼを託せる誰かがいる。

 それは、存外頼もしいことかもしれなかった。

 彼が名うての剣士や魔術師でもない、ただの一介の学者にしても。

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