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ガラスの魔王  作者: 久陽灯
第一章 魔術師とバキールの怪物
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第23話 魔術師の国の最後

 次に目を開けたとき、セトは杖を持ったまま峡谷の地面に転がっていた。

 いや、そこはもう峡谷ではなくなっていた。

 壁の半分が消え、太陽の光にキラキラと輝くガラスの地面に変わっている。

 氷結した森のように、切り立った無数のガラスの岩がそこかしこに突き刺さっていた。

 目がちかちかするほど全身が痛いが、生きている。

 目の前には小高いガラスの山が築かれていた。

 この下に古代竜が埋まっているのだろう。

 と、片方の翼がなくなり動かなくなった飛竜の横に、足を向けて倒れている人影が見えた。


「キース!」


 セトは近付こうと身体を起こしかけたが、手をついた時点で頭がくらくらして、また地面に倒れた。

 完全に魔力がなくなっている。

 もうすぐ意識もなくなるだろう。

 杖の先の鳥がなにか言いたそうにしていたので、口封じを解いてやった。


「最後の最後にまたかよ。

 野営地まで帰る余力ぐらい残しておけよ。

 街へ遊びに出て帰りの馬車賃まで使っちまう馬鹿な田舎者みたいだぜ?」


 ロッドにしてはしごくもっともなことを言う。だから腹が立つのだ。

 古代龍と戦うときにそんな余裕があるものか。

 反論するかわりに杖を消す呪文を唱えると、杖は不満そうな顔をしながら粒子となって消えていった。


「キース! 無事か!」


 セトはもう一度声をかけると、キースがよろよろと身を起こし、こちらを振り向いた。

 あちこち擦り傷はあるが、にこっと笑っているところを見れば命に関わる傷ではなさそうだ。


「墜落したのは二度目だからね。少しは着地が上手くなったよ」

「それはよかった」


 セトはほっとしながら言った。


「もし歩けるなら、悪いが連合軍の誰かを見つけてきてくれないか?

 私は——」


 その瞬間。

 キースの胸から赤い熱線がほとばしった。

 何が起こったかわからないまま、セトはキースがゆっくりと倒れるところを見ていた。

 びっくりしたような、痛みさえわからないような不思議な表情のまま、キースは地に横たわる。

 セトは動かない身体を引きずって、キースのほうへにじり寄った。

 キースの後方にある、支柱のように突き刺さったガラスの柱。

 その影から、ゆっくりと人影が姿を現した。

 灰色の髪と髭をぐちゃぐちゃにしながらも、ガンドア卿が、しっかりと台地を踏みしめて立っている。


「……どうして生きている、といった顔をしているな。

 古代飛行魔術を使えるのが、お前だけだと思うなよ」


 どうやら危ないところで古代飛行魔術で脱出したらしい。

 ガンドア卿はにやりと笑いながらセトに杖を突きつけた。

 ついで呪文を唱え始める。

 セトは杖を出そうと試みた——しかし、魔力を使いすぎたせいか、杖を出すことも苦しい。


 そのとき、頭上から翼の羽音とキンキンした女の子の叫び声が聞こえた。


「待ちなさい!」

「……アリー!」


 セトとガンドア卿は、同時に叫んだ。

 アリーが飛竜に乗り、上空から落ちるような勢いで降りてきて、セトとガンドア卿の間に着地した。

 ラインツを荒れ地に下ろしてきたのか、今は独りだ。

 セトは混乱したまま尋ねた。


「なぜ戻ってきた?」

「あんたが絶対気絶するだろうから、飛竜で運んでやれって総指揮官に言われたの!

 ラインツ様は今残党狩りの指揮をとってるわ!

 ……ちょっと待って」


 そこで、初めてキースが倒れていることに気付いたらしい。


「キース? どうしたの?」


 アリーが飛竜から飛び降りるなり駆け寄って、キースを抱き起こした。

 血まみれの彼の手がだらりと下がった。


「ねえ! ちょっと、目を覚ましなさいよ!」


 キースの頭をがくがくするほど揺さぶった後、アリーはセトを睨みつけるように眺めた。


「……治してよ」


 セトはゆっくりと首を振った。

 鬼のような形相をして、アリーがくってかかった。


「治して。治してよ! できるんでしょ?

 初代魔王の杖を持っているあんたなら、治せるんでしょ?

 私、見たんだから!」

「……治せない」


 傷口を見れば分かることだった。

 セトは血を吐くような気持ちで言った。


「わからないのか? 身体の真ん中に穴が空いている。

 死んだ者は、治せないんだ」


 アリーの顔がくしゃっと歪み、両眼から大粒の涙があふれ出した。


「どうして……どうしてこんなことに!」

「アリー、そこの化け物から離れるのだ!」


 怒号が響き、セトとアリーはそちらを振り返った。

 ガンドア卿が、杖をひたりとこちらへ向けていた。


「……娘よ、最後の取引だ。

 ワシと一緒に来るのであれば、全ての裏切りを水に流そう。

 『竜の牙』はなくなった。しかしワシの思想は変わらない。

 タクト神教の貴族に仕え、そして虐げられる魔術師の未来などあってはならないのだ!

 ワシは諦めぬ! もう一度、魔術師の帝国を作るのだ!」


 アリーはごしごしと目をこすって涙をふくと、キースの身体を地面にゆっくりと置いた。

 血の色が目のまわりにうつり、彼女の顔はまるで悪鬼のように引きつっている。

 そのまま、彼女はゆっくりとガンドア卿のほうを振り向いた。


「裏切り? 何を言っているの?

 絶対、一緒になんて行かないわ!

 父さんは、一度だって本当の私を見てくれなかったくせに!」


 ガンドア卿はアリーの言動を鼻で笑ったあと、セトを睨んで顎をしゃくった。


「娘よ。まさか、私に勝てるとでも思っているのか。

 その化け物は、今や魔力を使い果たしたゴミだ。

 お前たちが勝てる見込みは万に一つもない。

 ここで逆らうなら……私の娘といえども、化け物と共に殺さねばならぬ」


 ゆらり、と立ち上がったアリーは、こう言い放った。


「父さん……いいえ、ディーン・ガンドア。私はあなたに決闘を申し込むわ」


 セトは耳を疑った。

 彼女とは一度戦ったことがあるが、その決闘はひどいの一言だ。

 とてもではないが魔術師の最高峰である六賢の一人、しかもまだ余力の残っている人間を相手に魔力で勝負を仕掛けるのは無理がある。


「止めろ! 自分の力量を分かって言ってるのか!」

「嫌よ! どうせあんただって魔力もないし、立てないんでしょ?」

「……」


 それは本当だ。返す言葉はない。

 セトはうなだれて、目を閉じた。


「わかった。だが、落ち着いてちょっと耳を貸せ」


 膝を折り、不思議そうに顔を近づけたアリーの耳元に、彼はぼそぼそと呟いた。

 彼女は眉をひそめた。


「……私にそれをやれって言うの?」

「他に道はない」


 今度は、アリーが深く息を吐き、頷く番だった。

 彼女はさっと立ち上がると、ガンドア卿のほうを向き、杖を出現させる呪文を高らかに唱えた。


『真の心よ、来たれ我が手に』


 先に球体のついた背丈ほどもある赤い杖が、彼女の手に収まる。

 アリーはさっと杖を父親に向けた。


「いくわよ!」


 ガンドア卿は余裕の笑みを浮かべて呪文を唱え始めた——が、アリーを見、明らかに狼狽している様子が伝わってきた。

 アリーが全速力で父親の元に駆けだしたからだ。

 ガンドア卿はすぐに違う呪文を唱え出す。

 精霊の唱和が聞こえだした。

 もうすぐ魔術が完成する。

 間に合うか。

 アリーが杖を思い切り振りかぶる。

 セトは思わず目をつぶった。

 ガツッと音がして、ガンドア卿の呪文が途切れた。

 細く目を開けて見ると、ガンドア卿は頭を押さえて呻きながら、地面に倒れていた。

 皺だらけの手から杖がすうっと消えていく。

 今し方、父親を殴った杖を携えたアリーは、振り向いて不満そうに言った。


「……こんなの、魔術師の決闘じゃないわ」

「杖の消えたほうが負けな以上、これは立派な決闘法だ」


 セトは首を振って言った。


「私の師匠直伝の必勝法なんだ。

 魔術を使える相手であればあるほど、自分の得意な分野で勝負したがるから呪文が長い。

 足さえ速ければ魔術師の八割はこれで倒せる」


 彼女が父親を殺さなかったことに、セトは不思議とほっとして空を眺めた。

 そして、雲一つない空に飛竜が幾匹も舞っていることに気付いた。

 攻撃をしてこないところを見ると、どうやら味方の飛竜らしい。


「……迎えが来た。ラインツが他の飛竜部隊にも連絡してくれたらしい」


 そこで、セトの意識は途切れた。

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