第21話 古代竜との戦い
岩壁に穿たれた幾つもの洞穴。
その一つから、白いたてがみを持ち、尖った角が飛び出している竜が頭を覗かせた。
火のような眼で宙に浮かぶセトたちを見ると、慟哭のような雄叫びを上げる。
その叫びとともに、背後からすさまじい魔気が襲ってきた。
セトが避けろという前に、キースが手綱を片手で引き、乗っている飛竜を傾けた。
そのすぐ脇を猛烈な勢いで熱いブレスが通り過ぎていく。
気付かない間に、後ろの壁からも二匹の古代竜が這い出してくるところだった。
彼らは咆哮を繰り返し、洞窟を出ようと石壁に爪を立てている。
「どうすればいい?」
掠れた声でキースが飛竜の後ろに座っているセトに尋ねた。
セトは峡谷のある方向を眺めた。
空で戦っていた飛竜部隊は、どちらも潰し合ったのか、それともいち早く逃げたのか見当たらない。
地上のほうは両方の壁の影になっていてわからないが、遺跡からの人々の列も既になくなっていた。
「皆が退却するまで、できるだけ時間をかせごう。
キースはこの絶壁から古代竜をなるべく出させないように立ち回ってくれ」
「魔力は残っているのか?」
「まだ少しは。だが、古代竜の鱗に魔術は効かない。
口内を狙うか、鱗に傷をつけないと」
古代竜は今や三匹とも洞窟を完全に這い出て、翼をしならせてこちらへ向かってきた。
大きな口がくわっと開き、喉の奥に白い光が満ちる。
空を真っ二つに区切って竜のブレスが放たれ、セトたちはまた危ういところで攻撃をかわした。
ついで、もう一つのブレスを避けるために下へ落ちる。
三匹の竜に追い回されながら、彼らは猛スピードで空をかけめぐった。
まるで、必死に人間の手から逃れようとする羽虫だな、とセトは目まぐるしく変わる自分の視界をぼんやりと例えた。
しかし、相手は羽虫から見た人間のように鈍重ではない。小鳥を追う猛禽だ。
彼らはセトたちが乗っている飛竜を取り囲もうと、三方から迫ってくる。
その度にキースは飛竜を巧みに操り、上下左右に抜けていく。
だがいつまでも避けているだけでは、いずれ飛竜も疲れてブレスに当たってしまうだろう。
セトは反転する視界の中で杖を反対に持ち、高く掲げた。
舌を噛みそうになりながら、短く呪文を唱える。
さっと杖から光線が出て、杖の反対側から『魔力を断ち切る魔力の剣』が生えた。
剣というより、杖に組み込まれているので長槍のように見える。
「一匹の真下に潜り込めるか?」
「やってみる!」
キースが答え、飛竜は急旋回して古代竜に脇から近付く。
セトは杖についた剣を振りかざしそのときを待った。
と、近付く前に古代竜が尻尾を横に振った。
太い尻尾に叩かれれば命はない。
「くそっ!」
キースがまるで杖のように毒づく。
「いや、そのまま進め!」
セトの言葉に、キースが息を呑む。
が、こくりと頷いて飛竜の脇腹を蹴り、ますますスピードを上げた。
ぎりぎりで尻尾の下をくぐり抜けたとき、セトは杖を振りかぶった。
杖の先の剣が、尻尾の先を掠める。
浅い傷だったが、何枚かの銀色の鱗が剥がれてキラキラと輝きながら飛んでいった。
だが、まだ致命傷には至らない。
「キース、もう一度だ!」
そう言った途端に、またブレスが三方向から飛んできた。
キースが複雑な手綱さばきで避けてはいるものの、尻尾の先を切られたことで古代竜たちも警戒しているのか、なかなか近付いてこない。
素早い古代竜に剣や魔術を叩き込むには、なるべく近付くしかないというのに。
待っているのだ、とセトはほぞをかむ。
飛竜がじりじりと消耗するのを待ち、スピードが落ちた瞬間に焼き落とす気だろう。
この剣を出しておくのにも魔力を喰う。
長い間出していられないのだ。
時間が経つほどこちらが不利になることを、古代竜たちは知っている。
正面の古代竜がまた口を開き、息を吸い込んで喉の奥を光らせた。
またブレスがくる。
「逆走しろ!」
セトの声で、飛竜はぐるりと腹を見せて回転し、スピードをほとんど落とさずに逆さまから水平に戻った。
背中越しに感じる、じりじりと焼けるような熱さ。
彼は剣をしまって魔法防御の呪文を唱えた。
魔術が発動した瞬間、回りが白い光に包まれ、熱風がどっと押し寄せる。
びりびりと腕が痺れ、増幅をひっきりなしに唱えていても防御壁に細かくヒビの入る音が聞こえた。
ブレスが途切れた刹那、セトは防御壁を解いた。
『夜を貫く光、影を切り裂く刃、今いにしえの掟に従い、全ての闇を焼き尽くせ』
続いて後ろを振り向きざま、熱線の呪文を唱える。
ブレスを吐いたまま、大きく口を開けていた古代竜の口に、細いが威力の強い光の筋が叩き込まれた。
口内を狙うことができれば、魔力をはじく鱗など関係ない。
古代竜はギイッと声にならない声を出し、口から黒い煙を吐きながら落ちていった。
まず一匹。
息をついたが、まだ二匹は残っている。
二匹の竜は一匹倒されたことに腹を立てたのか、鼓膜を破るような声で吠えたあと、ブレスを吐く動作に入った。
セトは慌ててまた魔法防御を張ろうとした。
が、竜の喉の光が不意に消え、さっと方向を変えて、不愉快な声で雄叫びを上げた。
その瞬間、セトの視界に銀色の線が横切った。
もう一匹、この戦場に飛竜が入ってきたのだ。
飛竜隊の残党だろうか、と目を向けたセトは、そのまま固まった。
飛竜に跨がったアリーの後ろに、剣を抜き放ったラインツが座っている。
なぜ総指揮官の彼がここに来たのか驚きを隠せない。
「どうしてここに来たんだ!」
「古代竜には魔術が使えない! なら、俺が剣で切ればいいだろう!」
ラインツが大声で返す。
「だからって戻ってくるな! おまえは総指揮官だろうが!」
「総指揮官だから、問題に対処しにきたんだ!」
言い返そうとしたが、いきなり飛竜が方向転換して舌を噛みそうになり、セトはそれ以上不毛なことを言うのは止めにした。
来てしまったものは仕方がない。
小さな飛竜が二匹に増えたところで、古代竜たちは気にもとめずにブレスを放ち続けている。
一匹に傷をつけることはできたが、あの浅い傷では魔術を撃ち込むのも難しい。
と、傷をつけた古代竜に気をとられていた矢先、もう一匹の竜に注意を払うことを一瞬忘れていた。
気付いたときには、真横から一際巨大なブレスがセトたちの飛竜目がけて飛んできていた。
魔法防御も間に合わない。
セトは叫んだ。
「振り切れ!」
「だめだ、この速さじゃ間に合わない!」
「わかった、キース。そのまま一人で逃げろ!」
そう言うと、セトは飛竜から落ちないように付けられている紐を握っていた手を離した。
キースの乗った飛竜は、一人の体重が減ったので多少速くなり、古代竜のブレスは危ういところで飛竜の尻尾の毛を少し焼いて通り過ぎた。
セトは真っ逆さまに地面へと落ちていく。
杖に光を灯し、落ちながらも呪文を唱える。
精霊の唱和と共に、肩の辺りが熱くなった。
「死んじゃう!」
アリーの悲鳴じみた声が聞こえた瞬間、セトの背中から黒い翼が飛び出した。
ざん、と大きな翼で空を切り、地面に落ちる前に舞い上がる。
ほとんどの魔術師が存在も知らない古代の飛行術だ。
縦横無尽に飛び回るセトの姿を目にしたのか、上からアリーの抗議が聞こえてきた。
「飛べるなら最初から言ってよ!」
「飛んでる間は魔術が使えないんだ!」
「役にたたないじゃないの!」
「囮くらいになら使える!」
セトはそのまま空を滑空した。
飛竜に乗っているときは終始振り回されるような感覚だったが、自分で飛ぶとなるとある程度自由や小回りがきく。
古代竜の鼻先を飛び回ると、背丈ほどある牙がガチリと音を立てて虚空を噛んだ。
彼はわざとゆっくり顔のあたりを離れ、竜の背中側へと向かう。
古代竜はセトをかみ砕こうと、自身の背中側へと首を回す。
正面にラインツたちの飛竜が近付いてきていることも気付かずに。
「アリー、竜の片側を抜けろ!」
セトが叫ぶと、ラインツは抜き放った金色の剣を、ほとんど水平になるように右側につきだした。
アリーが飛竜を操って古代竜の脇を疾走した瞬間、竜の左前足から赤い血がほとばしった。
竜が怒り狂った声で鳴き、鮮血を遥か遠くの地面へ振りまきながら、やたらにブレスを撃ち出した。
狙いどおり、脇を抜けざまに前足が切り落とされていた。
ここまで大きな傷であれば、もう問題はない。
セトはブレスを避けながら、もう一匹の古代竜の気をそらすように飛び回っているキースの飛竜に飛び乗った。
古代飛行の呪文を解除し、またもや呪文を唱え出す。
足の切れ目に熱線を入れても、死ぬには至らない。
こういうときに使う呪文は決まっている。
『全て一の根源により生まれしもの。全て透明な存在となり砕け散れ』
早口で唱えると、精霊の唱和がうるさいほどに鳴り響き、杖の先が煌々と光った。
「このまま、竜の足の真下へ!」
キースが頷き、片足を失い、アリーとラインツの乗った飛竜を執拗に追う古代竜へと近付く。
もう少し。もう少しでとどく。
竜の身体の下へ潜り込んだとき、セトは飛竜から立ち上がり、できるだけ杖の端を持って高々と差し上げた。
血濡れた傷口に杖が触れたとき。傷口が青く澄んだ色の面に変わっていく。
白くひび割れ、そして、鱗ごと一気に崩れ落ちていった。
古代竜は叫び、暴れていたが、傷口から入った魔術は留まることがない。
なくした前足から、じんわりと身体中が青く透明なガラスになり、やがて形を保てなくなってひび割れる。
胴体がほぼガラスになったところで砕け散った古代竜は、眼下の森へと吸い込まれるように落ちていった。
敵は、あと一匹を残すのみ。




