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ガラスの魔王  作者: 久陽灯
第一章 魔術師とバキールの怪物
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第15話 銅のナイフ

「……というわけで、メイドはこちらでお預かりしています」

「ミアに限って、そんなことありませんわ」


 きっぱりとエディスが言い、セトとラインツは顔を見合わせた。


 セトがラインツに暗殺未遂のことを報告すると、彼は直ちにミアを監視する命令を出した。

 監視といっても、エディス嬢直属のメイドとなれば、彼女の許可なく牢に入れることはできない。

 なのでラインツは、エディスが寝ている間、ミアに補給物資の仕分けの手伝いをお願いしたのだ。

 メイドの仕事ではないと断るかと思ったが、意外にもミアは快く受けた。

 そして兵士達がそれとなく見張る中、一日中追加の毛布や小麦などの補給物資を分けている。

 補給部隊の兵士曰く、今のところ彼女はこれといって不穏な動きを見せていない。


 夕方になって、天幕からエディスが出てきたと兵士から連絡が届くと、セトはラインツと共にエディス嬢の天幕へと押しかけた。

 エディスの天幕へは行ったことがなかったのだが、セトは自分の天幕との違いに驚いた。

 大きさは倍ほど。

 扉がわりに掛けてあるのは高価そうな絨毯で、屈強な重装備の兵士二人が入り口を守っている。言うなれば彼らが鍵だ。

 青い内布が張られた天幕の中には、そろいの椅子が六脚もついている猫足のテーブル。

 どこかから調達してきたのか、鏡台や専用の水瓶も壁際に置かれていた。

 床にも全面絨毯が敷き詰められ、足もとの砂が見えない。

 そして、天幕の半分だけでも対した大きさなのに、さらに奥はカーテンで仕切られている。

 おそらく寝室だろう。

 彼女がそこで眠っている間、セトはメイドに襲われかけたのだ。


 しかし、豪華なテーブルを囲んで、ミアが暗殺者かもしれないという事態を話したところ——エディスの出した答えは恐ろしく呑気だった。


「ミアがセト様を? ナイフで刺そうとしたけれど、止めたのでしたっけ?

 もしかして、セト様は悪夢を見ていただけかもしれませんわ。

 戦争中ですし、誰しもそういうことはありますわよ」

「水瓶の底に仕込まれたナイフはどう説明を?」

「でも、結果的にあなたは刺されていませんし……そもそも、刺そうとするところを目撃されたかたは、一体どなたなのでしょう?

 そのかたの見間違いということもありえますわ」


 語調は呑気だが読みは鋭い。目撃者のことを突かれては、セトも黙るしかなかった。

 よりによって、あの鳥を辺境伯の娘に紹介するわけにはいかないからだ。


「それでも、もしミアが暗殺者だとしたなら……同じ天幕に寝ているあなたの身も心配です。

 お忘れですか? あなたの父上も暗殺されかけたのですよ」


 ラインツの説得に、エディスは大きな琥珀色の目をぱちぱちと瞬きさせる。

 そして、一糸乱れぬ巻いた金髪の頭を傾げ、彼女は言い放った。


「では、本人に聞いてみればよろしいのではなくて?」


 二人はあんぐり口をあけそうになった。

 聞いて本当のことを言う暗殺者はいないだろう。

 しかし彼女は本気らしく、天幕の外に向かって叫んだ。


「見張りの兵士さん、ミアをこちらへ呼んできて下さる?」


 やがて「お目覚めでしたか、エディス様」という声と共に、ミアが天幕へと入ってきた。

 セトやラインツの顔をみても臆することもなく、丁重に頭を下げる。

 あー、とラインツが聞きにくそうに聞いた。


「セトの天幕まで行ったのか?」

「ええ。水差しにお水を入れに」


 即答されたので、彼らは逆に驚いた。


「そもそも、どうして離れた私の天幕まで水を入れに?」

「ちょうど配給の馬車が来て、新鮮な水をいただいたところだったもので、少々お裾分けを。

 きっと、寝ていて配給に気付かれないだろうと思ったものですから」

「では、これは?」


 セトは立ち上がり、天幕の隅にある水瓶のそばへ行った。

 さっきから目をつけていたのだ。

 伯爵令嬢の水瓶らしく、釉薬で一面に模様が描かれている。

 彼は腕をまくって水瓶に手を入れ、冷たく硬い手触りのものをそっと掴み上げた。

 水を滴らせながら引き上げられたのは、銅で作られた、細かい装飾のついたナイフ。

 ラインツが息をのみ、エディスは目を丸くする。

 しかしミアは表情すら変えなかった。

 セトは尋ねた。


「どうして水瓶にナイフなんか入れる必要がある?」

「ここでは、水もいつ届くかわかりませんでしょう?

 銅を入れると、水が腐りにくいと聞いたものですから」

「だったら銅貨でもいいはずだ」

「たくさんの人の手を渡って長年使われている銅貨をエディス様の飲み水に入れるのは、抵抗がありまして」


 ミアはすらすらとよどみなく答える。

 エディスの顔が満面の笑みに変わり、誇らしげに言った。


「ほら、ごらんなさい。ミアはメイドの中のメイドなのよ」

「……それは疑ってすまなかった」


 セトは頭を下げ、銅のナイフを水瓶に落とした。

 まだ多少疑いを持っていたが、ここは一旦引いたほうがいい。

 ラインツはエディスの身も心配しているが、おそらくその危険はないだろう。

 ミアがエディスを殺そうと思うなら、今までいくらでも機会はあったはずだからだ。

 本物の暗殺者なら、泳がせておけばきっとセトの命を狙いに来るに違いない。

 そのときに捕まえればいいことだ。


「それはそうと、鳥に汚い言葉を教え込むのはどうかと思います」


 ミアが突然とんでもないことを言い出したので、セトは内心冷や汗をかいた。

 ロッドは、見張りすら満足にできないらしい……というより、余計なことをしすぎるのだ。


「あの鳥、なんて言ったんだ?」


 ミアは頬を赤く染めてそっぽを向く。


「わ、私の口からはとても言えません!」


 セトは頭を抱えた。

 十年間で少々のことには慣れたセトさえ、うっとうしくなるあの口がまた災いを呼んでいる。


「すまない。あの鳥は……買ったときから変な言葉を教え込まれていて」


 エディスが身を乗り出し、目をキラキラと輝かせた。


「まあ、セト様の天幕には上手におしゃべりできる鳥がいるの? 私もぜひ聞いてみたいわ」

「絶対にだめです!」


 セトとラインツ、そしてミアの声が一斉に揃った。






 お食事を一緒にいかが、と誘われ、セトとラインツはエディス達と一緒に食事をとることにした。

 いつものパンとチーズに、塩漬け肉のスープだ。貴族向けに一品足されている。

 エディスが冗談めかしてこう言った。


「ごめんなさいね、お誘いしておいて、こんなものしか用意できないわ」

「いや、それはこちらの都合でもありますし。

 エディス様に連日このような粗末なものしか出せないのは心苦しいのですが」


 ラインツが頬を引きつらせながら答えた。

 ほんのり豪華な夕食を食べ終え、外へ出ると、空は既に暗くなっていた。

 相変わらず雲のない星空を見上げる。

 敵の気配は未だない。

 セトは呟いた。


「古代竜が来ないな」

「来ないに越したことはなかろう」

「一匹殺されたんだぞ。全員で復讐に来ても不思議じゃないんだ。

 以前、古代竜の赤ん坊が森に落ちて、街に持ち帰られたときの話なんだが……」

「おい、今さらっと恐ろしいことを言ったな!」


 ラインツがまじまじとセトを見つめた。


「街を滅ぼす気だったのか?」

「私が拾ったんじゃない。

 古代竜の赤ん坊だと知らないひとがうっかり持ってきたんだ」


 セトは肩をすくめ、ことの顛末をごまかした。


「とにかく、あのときは街の上空が古代竜で埋め尽くされた。

 しかし、今度は一匹も出てこない。

 思うに、あの古代竜も最初から不思議だった。

 普通、怪我をしたなら交替の一つくらいするだろう?

 しかし、あの竜だけは怪我をおして出てくるんだ」


 ふむ、とラインツは首を傾げて考えこむ。


「古代竜も、一枚岩ではないということか。こちらと同様に」

「その可能性に賭けてる」


 セトはこちらもという言葉で思いだし、ラインツに問い掛けた。


「で、幹部会議は進んでるのか?」

「騎士団と魔術師の折衝は難しくてな。

 作戦会議は、一方が賛成すれば一方は反対。

 お偉方が俺に総指揮官を押しつけた真意がやっと読めてきたよ」


 ラインツが面倒臭そうに手を頭の後ろで組み、伸びをした。


「しかし、本気で協力しなければ、俺達に勝機はない。

 全員の賛成は得られないだろうが、補給物資の手配をして、総攻撃の準備にかかるとしよう」


 セトは、星空が切り取られたように見える黒い断崖の影に目線を移した。

 あの断崖は、いわば天然の要塞だ。

 そもそも本当に峡谷を通らなければいけないのか? 迂回路はないのか?

 飛竜隊はどこかに穴はないかと連日飛び回っていたが、新たな突入口のようなものは発見されなかった。

 一万の兵を効率的に動かすには、狭い出入り口だけだと圧倒的に不利だ。

 この断崖は、昔、巨大な火口湖だったのではないかとセトは踏んでいる。

 何らかの理由で水が引き、中に森と湖が残された。

 そして人を寄せ付けない断崖絶壁が、円を描いて森を取り巻いている。

 峡谷以外の道がないのなら、飛竜で飛んで乗り込むしかないということだ……しかし、人の数に比べて飛竜の数は二百匹と圧倒的に少なかった。

 これでは、全員を運ぶことなどとても無理だ。


 峡谷近くに住んでいたというクレリア村の避難民からの情報によると、あの場所は古代竜の聖地のため人が峡谷に入ることは今まで許されなかったらしい。

 あの峡谷に入るということは、古代竜の怒りをかうということだと。


 セトは伸びをし終えたラインツに目を戻した。


「……全面戦争になるだろうか」

「さあな。アリーが上手くやってくれればいいが。

 だが、総指揮官は常に最悪の事態を予想しなければならない」


 ラインツが峡谷のほうを睨みながら答えた。

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