第14話 『竜の牙』の首領
どっしりした石造りの建物は、いつの時代のものかはわからないが相当古いものだった。
苦労して古代竜に尋ねてみたものの、なんと古代竜すら成り立ちを知らなかった。
彼らが生まれたときから、この遺跡は森の中にあったというのだ。
この建物は巨大な四角錐の形をしていて、内部は至る所に部屋がある。
古代の神殿の跡だろうと類推しているが、確証はない。
壁には初期ヴィエタ文字らしきものが彫られているが、今まで見たどの系統とも違い、学会で腕をならした彼の知識ですら太刀打ちできなかった。
この巨大な神殿を作った人間は、一体何者だったのか。
壁を触りながら感慨にふけっていたの彼の耳に、慌ただしい足音が聞こえてきた。
やがて吊ってある布の影から、フードを被った魔術師の一人が跪いて声をかけてきた。
「ディーン・ガンドア卿。昨夜、同志のレオニダス卿が取り巻き共々逃走したそうです」
ガンドア卿は、長く伸びた灰色の髭をなで、うなり声をあげた。
「どうやって逃げたのだ?」
「一緒に出撃した飛竜隊の話では、古代竜が倒された直後、直属の兵と南へ向かったとか」
彼は深くため息をつき、長いローブを翻して石造りの椅子に腰掛けた。
「……まあよい。奴の派閥は元々、我々とは主義主張が違った。
我々の魔術師独立国家主義者と、初代魔王信奉者とは、敵は同じだが似て非なるもの。
初代魔王信奉者共は、新しい魔術師の王国ではなく、古代のヴィエタ帝国をそのままそっくり再現したいらしい。
彼らの頭の中には、ヴィエタ帝国の皇帝、初代魔王しか存在しないのだ。
一時期は同盟を結んだとはいえ、やはり相容れぬものだな」
「ですが、レオニダス卿がいなくなると、貴重な六賢の一人を失ったことになります」
「六賢だと!」
ガンドア卿は魔術師の言葉を聞いて大声で笑った。
「六賢など、古代竜の力に比べれば微々たるものよ。
他の魔術師へは、レオニダス卿は戦死したが、今後の戦に影響はないと伝えるように」
はは、とお辞儀をして魔術師が引き下がるのと同時に、また別の魔術師が布の扉のそばへ現れた。
「どうした。今日は嫌に報告が多いな」
「連合軍側から、使者が参りました」
「追い返せ。文句を言うようなら殺せと以前命じたはずだ」
卿の冷たい声に、魔術師はもっと縮こまったが、言いにくそうに続けた。
「……しかし、あのう……使者は、アリー・ガンドア様なのです」
言葉を失って、ガンドア卿は立ち上がった。
目を見開き、廊下にいる魔術師たちを押しのけて進む。
石造りの廊下を大股で歩き続けると、大きな広間へたどり着く。
黒衣の魔術師達に囲まれて、白いフードを被り、使者の証である緑の旗を持っている少女がみえる。
彼女は気配を感じたのか、フードを後ろへ跳ね上げた。
母譲りの黒髪を短く切り、赤い瞳をこちらへ向けている。
男のような旅装束に身を包んでいる彼女は、数年合わなかっただけで子供から少女に成長していた。
彼女は厳しい顔をして、口火を切った。
「私が使者よ。父さん」
ガンドア卿は、手を前に突き出しながら、よろめくようにアリーの方へと近寄った。
何が起こるのか、と身構えている周りの魔術師達やアリーを尻目に、彼は思わず自分の娘を固く抱きしめていた。
「アリー、よく帰ってきた。……よくぞ無事で、私の元へ帰ってきてくれた」
アリーが腕の中でもがき、手を突っ張って叫んだ。
「最初の使者のときに、私を見捨てたくせに! よくも、のうのうとそんなことを言えるわね!」
「子供を見捨てられる親などいるものか。
……あのときは、ああ言うしか仕方がなかったのだ。
しかし今、おまえはここにいる。これも一なる根源の思し召しだ」
アリーに会うのは、飛竜レースの出場で大げんかをして以来だった。
古代竜の言語の研究に明け暮れ、アリーを顧みることができなかったのは確かだが、彼は、自分なりに血を分けた子を誇りに思っていた。その分、彼女が貴族の賭事の対象にされる飛竜レースに喜んで出場したと聞いたとき、それは裏切られた、という感情に変わった。
しかし、その話はもはや全て過去のものだ。
内乱で人質になったと聞いたときには肝が冷えたが、同志達の手前、降伏するとは口が裂けても言えなかった。
同志達の友人や親子が毎日のように舌切り刑にあい、殺されているのだ。
自分の子だけを特別扱いし、一方で他人の子に戦で命を差し出せと迫る者は、所詮大将の器ではない。
娘のことはもう諦めていただけに、彼女が五体満足で帰ってきたことで、ガンドア卿の涙腺は潤んでいた。
みっともない泣き顔を部下に見せるわけにはいかないと、目をしばたたかせて堪える。
アリーの顔を見つめながら、つやつやした黒髪を撫でてやると、彼女の癇癪は収まったかのように思えた。彼女はすねたように言った。
「……次に飛竜レースに出たら、もう我が子とは思わないって言ったじゃない」
「確かに、私はそう言ったかもしれん。あれは言葉のあやだ。
今はレースのことなど話すのはよそう。怒りなど長くは続かないものだ」
厳しい顔から、すっかり以前の娘の顔に戻ってきた少女の肩を軽く叩き、ガンドア卿は離れた。
そして、周りの魔術師に向かって笑いながら、朗らかに言った。
「さあ、私の娘が帰ってきた。今宵は宴だ、皆に伝えよ!」
「ちょっと待って」
アリーが、驚いたように目を見開き、ごそごそと鞄をあさって丸められた羊皮紙を取り出した。
「父さん、私は『平和の使者』なのよ? 講和文書の返事を持ち帰らなきゃ」
「なんだと?」
ガンドア卿は、突きつけられた羊皮紙を見ても、まだ笑いが止まらなかった。
「おまえをあの連合軍になど返すものか! 私の娘だ、ここにずっといればよい」
「……でも、彼らには新しい総指揮官と……」
「知っている。初代魔王の杖を持つ者が、連合軍の味方についたらしいな」
深く頷きながら、彼は慌てている様子の娘をなだめた。
哀れな子だ。連合軍の思想にすっかり洗脳されきっている。
「しかし、古代竜の力を持ってすれば、初代魔王の杖も用をなさない。
そもそも、我らは戦わずとも勝利が約束されている」
「どういうことなの?」
「敵を疲弊させておけば、彼らは苛立ち、互いに憎み合って勝手に分裂するだろう。
どうせ烏合の衆なのだ。剣聖とはいえ、若造なんぞに騎士団と魔術師をまとめきれるものか」
ガンドア卿は娘に安心させるような声音で話し続けた。
「それに、冬に入れば厳しい寒さで彼らは撤退せざるをえない。
その間、我らはこの聖域のような古代竜の森で静かに暮らすのだ。
こちら側は、荒れ地と違って食物になりそうな果物もたくさん生えているんだ。
風を防げる古代遺跡のねぐらだってある。
春になってまた攻めてこようとも、我らは何度でも撃退できるだろう。
そして、この地を名実ともに魔術師の国とするのだ」
アリーは引きつった顔で、そのまま固まっていた。そしてぽつりと呟いた。
「……三日たって帰ってこなければ、総攻撃にうつると言われたわ」
「やってみるがいい、貴族の若造に魔術師崩れの化け物め」
ガンドア卿は髭の中で唇の端をめくり上げた。
「そのときこそ、古代竜の恐ろしさを思い知らせてやる」
連合軍側には、緑の影も形もなかった。
赤い荒れ地に容赦ない日差しが照りつけて、それを白い天幕が反射する。
反対側にはくっきりとした影ができていた。
そのの影を伝い、彼女はひっそりと歩みを進める。
ときおり見回りの兵士に会い、挨拶される度に小さく会釈する。
「ああ、ちょっと」
呼び止められて、ミアはぎくりとして振り向いた。
見張りの兵士が、笑顔で手を振っている。
「メイドさん。伯爵令嬢様は昨夜から眠っていないご様子でしたが、お疲れではないのでしょうか?」
「お気遣いありがとうございます」
彼女は内心ほっとしながらも、堅苦しく答えた。
「今、やっと昨夜の襲われた方々の治療が終わって休まれております」
それはよかった、と言う兵士に、彼女はまた小さく会釈をして別れた。
一抱えある陶器の水瓶をもっている彼女に、誰も注意を払わない。
目的の天幕の前で、ミアは十分に辺りを見回した。
そして、兵士達が見ていないことを確認すると、さっと天幕の扉の布を引き上げ、中に入った。
中は意外と質素だった。
あれだけ持ち上げられて来たにもかかわらず、机代わりの木箱と雑な作りの椅子、そして赤土をつめたベッドがあるきりだ。
そのベッドの上で、白いシーツが微かに上下している。
黒髪の少年が、目を閉じて平和そうな表情で眠っていた。
数刻前、古代竜を倒したのがこの目の前にいる少年なのだと思うと、信じがたい気がした。
しかし、それは事実だ。
夜襲から一睡もしていなかったのは、この少年も同じだった。
少し休めといわれて天幕へ戻って行き、もうそろそろ寝付いただろうころを見計らって、彼女はここまで来た。
ミアは壺を地面に置き、手を水面に入れた——そのとき、水面になにか動くものが映る。
はっとして顔を上げると、天幕の天井を支える木の枝に、一匹のけばけばしい赤色の鳥がいた。
思わず悲鳴を上げそうになるのを、必死で堪えた。
鳥は、首を傾げたり翼を羽ばたかせたりしながら、こちらをじっと見下ろしている。
今はだめだ。この鳥に騒がれたらことだ。
彼女は水瓶から手を出した。そして立ち上がると、木箱の上にある水入れに、水瓶から水を移し入れる。
あたかも、それが目的で来たかのように。
突然、天幕内にしゃがれ声が響いた。
「ねーちゃん、いいケツしてんな!」
思わず、彼が起きたのかと思い、むっとしてベッドのほうを眺める。
だが、セトは相変わらずなんの悩みもなさそうな顔で眠っていた。
上から、ばさばさと羽音がして、ミアは理解した。
真っ赤な鳥が喋ったのだ。
言葉を覚え、マネをする鳥がいるということは、エディス様から聞いて知っている。
しかしなんという下品な言葉を覚えさせたのだろう。
彼の品位を疑う。
ミアは、鳥に向かってしかめっ面をしてみせ、また壺を抱えると、できるだけ音を立てずに天幕の外に出ていった。
赤い鳥はばたばたと羽ばたき、セトの肩に乗って耳元でぎゃあぎゃあと声を立てた。
「起きろよクソ野郎、耳を食いちぎるぞ!」
安眠を邪魔されたセトは、インコを邪険に払いのけた。
「今、寝付いたところなのに」
「永遠に寝付くところだったんだぜ、おまえ」
そう言われ、セトは寝ぼけ眼をこすりながら身を起こした。
「……何があったんだよ」
「メイドが来た。水差しに水を足していったぜ」
ちょうど喉が乾いたところだった。セトはテーブルの上の水差しに手を伸ばした。
「配給か。ありがたい」
「そうでもねえぜ。俺なら、その水は飲まねえな」
「どうして?」
セトは不機嫌に言った。水を飲んではいけないとはどういうことだ。
大体、彼はインコが前に放った暴言も許してはいないのだ。
……そのことについて、杖はまったく気にしていないようだが。
「あのメイド、持ってきた水瓶の中に何をいれていたと思う?」
「水じゃないかな?」
「ブブーッ」
インコは、まるで日常茶飯事とでもいうようにけらけらと笑いながら言った。
「正解は、水と、水に浸かったナイフだ!」




