表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガラスの魔王  作者: 久陽灯
第一章 魔術師とバキールの怪物
15/46

第14話 『竜の牙』の首領

 どっしりした石造りの建物は、いつの時代のものかはわからないが相当古いものだった。

 苦労して古代竜に尋ねてみたものの、なんと古代竜すら成り立ちを知らなかった。

 彼らが生まれたときから、この遺跡は森の中にあったというのだ。

 この建物は巨大な四角錐の形をしていて、内部は至る所に部屋がある。

 古代の神殿の跡だろうと類推しているが、確証はない。

 壁には初期ヴィエタ文字らしきものが彫られているが、今まで見たどの系統とも違い、学会で腕をならした彼の知識ですら太刀打ちできなかった。

 この巨大な神殿を作った人間は、一体何者だったのか。


 壁を触りながら感慨にふけっていたの彼の耳に、慌ただしい足音が聞こえてきた。

 やがて吊ってある布の影から、フードを被った魔術師の一人が跪いて声をかけてきた。


「ディーン・ガンドア卿。昨夜、同志のレオニダス卿が取り巻き共々逃走したそうです」


 ガンドア卿は、長く伸びた灰色の髭をなで、うなり声をあげた。


「どうやって逃げたのだ?」

「一緒に出撃した飛竜隊の話では、古代竜が倒された直後、直属の兵と南へ向かったとか」


 彼は深くため息をつき、長いローブを翻して石造りの椅子に腰掛けた。


「……まあよい。奴の派閥は元々、我々とは主義主張が違った。

 我々の魔術師独立国家主義者と、初代魔王信奉者シディストとは、敵は同じだが似て非なるもの。

 初代魔王信奉者シディスト共は、新しい魔術師の王国ではなく、古代のヴィエタ帝国をそのままそっくり再現したいらしい。

 彼らの頭の中には、ヴィエタ帝国の皇帝、初代魔王しか存在しないのだ。

 一時期は同盟を結んだとはいえ、やはり相容れぬものだな」

「ですが、レオニダス卿がいなくなると、貴重な六賢の一人を失ったことになります」

「六賢だと!」


 ガンドア卿は魔術師の言葉を聞いて大声で笑った。


「六賢など、古代竜の力に比べれば微々たるものよ。

 他の魔術師へは、レオニダス卿は戦死したが、今後の戦に影響はないと伝えるように」


 はは、とお辞儀をして魔術師が引き下がるのと同時に、また別の魔術師が布の扉のそばへ現れた。


「どうした。今日は嫌に報告が多いな」

「連合軍側から、使者が参りました」

「追い返せ。文句を言うようなら殺せと以前命じたはずだ」


 卿の冷たい声に、魔術師はもっと縮こまったが、言いにくそうに続けた。


「……しかし、あのう……使者は、アリー・ガンドア様なのです」


 言葉を失って、ガンドア卿は立ち上がった。

 目を見開き、廊下にいる魔術師たちを押しのけて進む。

 石造りの廊下を大股で歩き続けると、大きな広間へたどり着く。


 黒衣の魔術師達に囲まれて、白いフードを被り、使者の証である緑の旗を持っている少女がみえる。

 彼女は気配を感じたのか、フードを後ろへ跳ね上げた。

 母譲りの黒髪を短く切り、赤い瞳をこちらへ向けている。

 男のような旅装束に身を包んでいる彼女は、数年合わなかっただけで子供から少女に成長していた。

 彼女は厳しい顔をして、口火を切った。


「私が使者よ。父さん」


 ガンドア卿は、手を前に突き出しながら、よろめくようにアリーの方へと近寄った。

 何が起こるのか、と身構えている周りの魔術師達やアリーを尻目に、彼は思わず自分の娘を固く抱きしめていた。


「アリー、よく帰ってきた。……よくぞ無事で、私の元へ帰ってきてくれた」


 アリーが腕の中でもがき、手を突っ張って叫んだ。


「最初の使者のときに、私を見捨てたくせに! よくも、のうのうとそんなことを言えるわね!」

「子供を見捨てられる親などいるものか。

 ……あのときは、ああ言うしか仕方がなかったのだ。

 しかし今、おまえはここにいる。これも一なる根源の思し召しだ」


 アリーに会うのは、飛竜レースの出場で大げんかをして以来だった。

 古代竜の言語の研究に明け暮れ、アリーを顧みることができなかったのは確かだが、彼は、自分なりに血を分けた子を誇りに思っていた。その分、彼女が貴族の賭事の対象にされる飛竜レースに喜んで出場したと聞いたとき、それは裏切られた、という感情に変わった。

 しかし、その話はもはや全て過去のものだ。

 内乱で人質になったと聞いたときには肝が冷えたが、同志達の手前、降伏するとは口が裂けても言えなかった。

 同志達の友人や親子が毎日のように舌切り刑にあい、殺されているのだ。

 自分の子だけを特別扱いし、一方で他人の子に戦で命を差し出せと迫る者は、所詮大将の器ではない。

 娘のことはもう諦めていただけに、彼女が五体満足で帰ってきたことで、ガンドア卿の涙腺は潤んでいた。

 みっともない泣き顔を部下に見せるわけにはいかないと、目をしばたたかせて堪える。

 アリーの顔を見つめながら、つやつやした黒髪を撫でてやると、彼女の癇癪は収まったかのように思えた。彼女はすねたように言った。


「……次に飛竜レースに出たら、もう我が子とは思わないって言ったじゃない」

「確かに、私はそう言ったかもしれん。あれは言葉のあやだ。

 今はレースのことなど話すのはよそう。怒りなど長くは続かないものだ」


 厳しい顔から、すっかり以前の娘の顔に戻ってきた少女の肩を軽く叩き、ガンドア卿は離れた。

 そして、周りの魔術師に向かって笑いながら、朗らかに言った。


「さあ、私の娘が帰ってきた。今宵は宴だ、皆に伝えよ!」

「ちょっと待って」


 アリーが、驚いたように目を見開き、ごそごそと鞄をあさって丸められた羊皮紙を取り出した。


「父さん、私は『平和の使者』なのよ? 講和文書の返事を持ち帰らなきゃ」

「なんだと?」


 ガンドア卿は、突きつけられた羊皮紙を見ても、まだ笑いが止まらなかった。


「おまえをあの連合軍になど返すものか! 私の娘だ、ここにずっといればよい」

「……でも、彼らには新しい総指揮官と……」

「知っている。初代魔王の杖を持つ者が、連合軍の味方についたらしいな」


 深く頷きながら、彼は慌てている様子の娘をなだめた。

 哀れな子だ。連合軍の思想にすっかり洗脳されきっている。


「しかし、古代竜の力を持ってすれば、初代魔王の杖も用をなさない。

 そもそも、我らは戦わずとも勝利が約束されている」

「どういうことなの?」

「敵を疲弊させておけば、彼らは苛立ち、互いに憎み合って勝手に分裂するだろう。

 どうせ烏合の衆なのだ。剣聖とはいえ、若造なんぞに騎士団と魔術師をまとめきれるものか」


 ガンドア卿は娘に安心させるような声音で話し続けた。


「それに、冬に入れば厳しい寒さで彼らは撤退せざるをえない。

 その間、我らはこの聖域のような古代竜の森で静かに暮らすのだ。

 こちら側は、荒れ地と違って食物になりそうな果物もたくさん生えているんだ。

 風を防げる古代遺跡のねぐらだってある。

 春になってまた攻めてこようとも、我らは何度でも撃退できるだろう。

 そして、この地を名実ともに魔術師の国とするのだ」


 アリーは引きつった顔で、そのまま固まっていた。そしてぽつりと呟いた。


「……三日たって帰ってこなければ、総攻撃にうつると言われたわ」

「やってみるがいい、貴族の若造に魔術師崩れの化け物め」


 ガンドア卿は髭の中で唇の端をめくり上げた。


「そのときこそ、古代竜の恐ろしさを思い知らせてやる」






 連合軍側には、緑の影も形もなかった。

 赤い荒れ地に容赦ない日差しが照りつけて、それを白い天幕が反射する。

 反対側にはくっきりとした影ができていた。

 そのの影を伝い、彼女はひっそりと歩みを進める。

 ときおり見回りの兵士に会い、挨拶される度に小さく会釈する。


「ああ、ちょっと」


 呼び止められて、ミアはぎくりとして振り向いた。

 見張りの兵士が、笑顔で手を振っている。


「メイドさん。伯爵令嬢様は昨夜から眠っていないご様子でしたが、お疲れではないのでしょうか?」

「お気遣いありがとうございます」


 彼女は内心ほっとしながらも、堅苦しく答えた。


「今、やっと昨夜の襲われた方々の治療が終わって休まれております」


 それはよかった、と言う兵士に、彼女はまた小さく会釈をして別れた。

 一抱えある陶器の水瓶をもっている彼女に、誰も注意を払わない。


 目的の天幕の前で、ミアは十分に辺りを見回した。

 そして、兵士達が見ていないことを確認すると、さっと天幕の扉の布を引き上げ、中に入った。


 中は意外と質素だった。

 あれだけ持ち上げられて来たにもかかわらず、机代わりの木箱と雑な作りの椅子、そして赤土をつめたベッドがあるきりだ。

 そのベッドの上で、白いシーツが微かに上下している。

 黒髪の少年が、目を閉じて平和そうな表情で眠っていた。

 数刻前、古代竜を倒したのがこの目の前にいる少年なのだと思うと、信じがたい気がした。

 しかし、それは事実だ。

 夜襲から一睡もしていなかったのは、この少年も同じだった。

 少し休めといわれて天幕へ戻って行き、もうそろそろ寝付いただろうころを見計らって、彼女はここまで来た。

 ミアは壺を地面に置き、手を水面に入れた——そのとき、水面になにか動くものが映る。

 はっとして顔を上げると、天幕の天井を支える木の枝に、一匹のけばけばしい赤色の鳥がいた。

 思わず悲鳴を上げそうになるのを、必死で堪えた。

 鳥は、首を傾げたり翼を羽ばたかせたりしながら、こちらをじっと見下ろしている。


 今はだめだ。この鳥に騒がれたらことだ。


 彼女は水瓶から手を出した。そして立ち上がると、木箱の上にある水入れに、水瓶から水を移し入れる。

 あたかも、それが目的で来たかのように。

 突然、天幕内にしゃがれ声が響いた。


「ねーちゃん、いいケツしてんな!」


 思わず、彼が起きたのかと思い、むっとしてベッドのほうを眺める。

 だが、セトは相変わらずなんの悩みもなさそうな顔で眠っていた。

 上から、ばさばさと羽音がして、ミアは理解した。

 真っ赤な鳥が喋ったのだ。

 言葉を覚え、マネをする鳥がいるということは、エディス様から聞いて知っている。

 しかしなんという下品な言葉を覚えさせたのだろう。

 彼の品位を疑う。


 ミアは、鳥に向かってしかめっ面をしてみせ、また壺を抱えると、できるだけ音を立てずに天幕の外に出ていった。






 赤い鳥はばたばたと羽ばたき、セトの肩に乗って耳元でぎゃあぎゃあと声を立てた。


「起きろよクソ野郎、耳を食いちぎるぞ!」


 安眠を邪魔されたセトは、インコを邪険に払いのけた。


「今、寝付いたところなのに」

「永遠に寝付くところだったんだぜ、おまえ」


 そう言われ、セトは寝ぼけ眼をこすりながら身を起こした。


「……何があったんだよ」

「メイドが来た。水差しに水を足していったぜ」


 ちょうど喉が乾いたところだった。セトはテーブルの上の水差しに手を伸ばした。


「配給か。ありがたい」

「そうでもねえぜ。俺なら、その水は飲まねえな」

「どうして?」


 セトは不機嫌に言った。水を飲んではいけないとはどういうことだ。

 大体、彼はインコが前に放った暴言も許してはいないのだ。

 ……そのことについて、杖はまったく気にしていないようだが。


「あのメイド、持ってきた水瓶の中に何をいれていたと思う?」

「水じゃないかな?」

「ブブーッ」


 インコは、まるで日常茶飯事とでもいうようにけらけらと笑いながら言った。


「正解は、水と、水に浸かったナイフだ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ