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ガラスの魔王  作者: 久陽灯
第一章 魔術師とバキールの怪物
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第12話 夜襲

 夜も更けたころ、セトがそろそろ寝支度をしようとベッドに座っていたとき、天幕にラインツがふらっとやってきた。

 昨日にもまして憔悴したような顔つきだ。

 彼は結果がわかっていながら聞いてみた。


「どうなった?」

「それはもう……アリーを使者にすると言ったとたん、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 騎士団たちはまあまあ賛成したものの、魔術師たちは絶対反対と言うんだ。

 人質をわざわざ返してやる必要はないというのさ」

「まあ、そうだろうな」


 セトはその会議の場を想像しながら眉をよせた。そんな場所、足を踏み込むことさえごめんだ。

 しかしラインツなら、そんな薄氷を踏む交渉さえ有利に勧めてきたのだろう。


「だがうまくやったんだろう?」


 気軽に言ってくれるな、とラインツが文句を言いながらも、どこか満足げな表情に変わった。


「総指揮官は俺だからな。

 表だっては使者とするが、実際は二重スパイとして重要な任務を与えて派遣する、ということにしておいた。

 まあそれでも絶対に裏切ると批判は浴びたがな。

 裏切ってもこちらに一切害はないと押し通した」


 期待通りだ。セトは久々にラインツを尊敬した。


「さすがラインツ、他人を丸め込むのにかけては一級だ」

「もう少しいい褒め方をしてくれ。俺だって丸め込むのは美女だけにしたいんだ」


 ラインツが椅子に足を投げ出して座ったとたん、角笛が鳴り響いた。

 カンカンと激しく鳴る鐘の音まで聞こえだし、セトは思わずベッドから立ち上がった。

 天幕の外が一気に騒がしくなる。


「あれは?」

「夜襲だ!」


 ラインツはそう言いながら飛び出していった。セトもその後に続いた。

 暗闇に、幾つもの松明が天幕の周りを駆け巡っている。

 満天の星が、一部だけ黒かった。

 目を凝らしたとたん、白い光がその暗闇から一筋飛び出し、魔法防御の結界に引っかかって空を明るく照らし出した。

 あそこに古代竜がいる。今度は一匹だ。

 今のブレスのおかげで、その周りに数十の飛竜が飛んでいることも確認出来た。

 昼に来た規模とほぼ同じだ。


 飛竜や古代竜は夜目が利く。

 それに、乗っている魔術師も松明さえ狙えば、敵のいる位置に魔術を落とすことはできる。

 魔法で防御することはできるものの、それもある程度攻撃すれば破れる。

 しかし連合軍からは古代竜が口から吐くブレスからしか場所を推定できない。


「夜襲対応策を取れ!」


 ラインツが険しい顔で伝令を捕まえて言う。

 伝令が走ってしばらくすると、空がいきなり明るくなった。

 味方の魔術師が魔法防御の隙間から一斉に熱線を打ち上げたらしい。

 だがその熱線は、空を照らすために撃ち出されたものに過ぎない。

 飛竜にも、古代竜にも当たらず、熱線は空へとすり抜ける。


 その明るさに気を取られている間に、黒い霞のようなものがその熱線を追っていった。

 霞に包まれた飛竜が、ここまで聞こえるような悲鳴を上げる。

 小さく見えていた飛竜が、どんどん視界いっぱいに広がり——セトの真上に落ちてきた。

 潰される、と思って思わず避けたが、飛竜は真上に作られた透明の物理防御の壁に阻まれた。

 ぐちゃっと液体の音を立てて、防御壁に血のりをつけながら半円を描いて滑り落ちていく。

 その後を追うように、無数の矢が連続して突き刺さった。

 黒い霞は、騎士団が一斉に放った数千の矢だった。

 空が明るくなったのを機に飛竜に向けて飛ばしたに違いない。

 油断して低空を飛んでいた敵は、いい的になったことだろう。


「矢を真上に放つなんて、味方に当たるんじゃないか」

「それを防ぐのが物理防御を張る魔術師の仕事だ。防御壁の隙間は物理、魔力共に即時変えることにしている。

 おい、できるだけ防御壁の穴は塞ぐんだ」


 ラインツがセトの問いに答えながら、兵を捕まえてはきびきびと指示を出していく。


「矢がなくなったら、飛竜隊を出撃させろ。照明用の熱線に当たらず飛ぶように注意してくれ」


 飛竜隊を出せば、混戦になるだろう。

 兵の犠牲は避けられない。セトはラインツに提案した。


「もう一度私が出てバベルを撃てば、引き返すかもしれない。飛竜隊を飛ばすのはそれからでも……」

「待て。今日はもう大きな魔術は使うな。

 バベルで古代竜を倒せないなら、むしろ奴らの思うつぼだ」


 手で制され、セトは目を丸くした。

 古代竜と戦うために連れてこられたと思っていたが、それは勘違いだったのだろうか。

 セトが言いたいことがわかったらしく、ラインツが続けた。


「補給線の戦いにしろ、今日の昼間の戦いにしろ、なぜ奴らは圧倒的な古代竜という力を持ちながら、適当に戦闘しては幾度も引き返す? そして、いつも一、二匹しか連れてこないのはなぜだ?」

「私が追い払っているからじゃないのか?」

「半分正解で半分間違いだ」


 また、古代竜の口からブレスが発射され、目の前が白くなる。透明な魔術防御壁がばきばきと音を立ててヒビが入り始める。それを追うように、上から敵の魔術師が放った火矢まで突き刺さってくる。


「早く、交替を!」


 魔術防御を出している魔術師が、切羽詰まった調子で叫ぶ。

 その隣でもう一人の魔術師が慌てて呪文を唱え、新たな魔法防御壁を出していた。

 ラインツが目を細めて上を見上げた。


「やつらは待っているんだ。私たちが疲弊するのを」


 セトはやっと彼らの戦い方を肌で理解した。

 魔術師の魔力が尽き、兵士の士気が衰えるまでこの少人数の襲撃を繰り返し、冬まで戦いを持ち越す気だ。

 少人数の襲撃とはいえ、古代竜が一匹でも出たらこの騒ぎだ。

 こちらは全員戦闘態勢で迎撃しなければならない。

 夜襲があるかもしれない、と思いながら毎日生活するのは、精神的にも苦痛だ。

 それに、このあたりは荒れ地ながら、冬には氷点下にもなる。

 薪だけでも費用は倍かさみ、最悪はラインツが言っていたように撤退しなければならないだろう。


 つまり、ちまちまとした戦闘を繰り返す今の状態は、連合軍側にとって圧倒的に不利なのだ。

 だからといって全軍で谷を越えようとすれば迎撃されるのは必定。前指揮官の失態を繰り返すことになる。


「どうすればいい?」

「とにかく、古代竜にも物理攻撃なら多少はきくんだ。矢でも当たれば蜂に刺されたくらいには感じるだろう」


 しかし矢はあらかた射終えたようで、もう防御壁に刺さりはしなくなった。

 蜂に刺されたくらいなら、正直致命傷にもなりはしない。

 古代竜にも幾本か矢が刺さっているのは見てとれたが、痛がっている様子もなかった。


「『魔力を断ち切る魔力の剣』で息の根を止めるしかない」


 セトはそう言いながら周囲を見渡して、天幕の向こうに二匹の飛竜の影を見つけた。

 あれが、ラインツが魔術師連盟を丸め込んでもらってきた飛竜だろう。

 駆け出そうとすると、彼が慌てた様子でまた止めに入ってきた。


「おい、それだって結構な魔力を使うんだろう?」

「古代竜は、今一匹しかいない。各個撃破しておいたほうが後々困らずにすむ」

「……わかった、俺も飛竜に乗る。撹乱用に他の飛竜部隊も全て出そう」


 ラインツがため息をつき、叫びながら飛竜の方へ歩き始めた。


「キース、アリー! 出撃準備!

 他魔術師の飛竜部隊も、敵の飛竜を近接から各個撃破にあたれ!」


 飛竜のいる場所に駆けつけると、既にアリーとキースが飛竜に跨がり、手綱を持って待っていた。

 ラインツが迷いなくアリーの後ろに飛び乗ったので、セトはキースの乗った飛竜に這い上る。

 こんなときでさえ、飛竜に二人乗りするなら相手が女の方がいいらしい。

 角笛が二度吹かれる。飛竜出撃の合図なのだろう。

 頭上にまた白い光が落ちてきた。

 古代竜のブレスが頭の上を通り過ぎるのを見計らい、ラインツが防御壁を張っている魔術師に声をかける。


「防御壁を取れ! 出撃する! 俺達が出たら、すぐにまた防御壁を作るんだ!」


 その言葉で魔術師が杖を下ろすと、ヒビの入った防御壁が粒子になって消えた。

 機を逃さず、二匹の飛竜は魔術師が打ち上げる熱線で照らされた空に舞い上がった。


 空気は昼よりも冷たく、耳元でひゅうひゅうと音を立てる。

 他にも無数の飛竜が地上から飛び出した。

 敵味方の熱線が入り乱れる中、ジグザグに飛びながら後方に乗った魔術師達も熱線の魔術で応戦している。


 と、セトの魔力を認めたらしい古代竜が首を引き、長い雄叫びを上げた。

 口内に白い球が見える。


「ブレスだ、右へ!」


 ほぼ直角に飛竜が曲がり、セトは内蔵が置いて行かれたような感覚を味わった。

 飛竜の左側を掠めるようにして熱い光が闇を貫く。

 飛竜の上に立って、剣を抜いたラインツが叫んだ。


「皮膜を狙え!」


 皮膜を切れば、確かに竜は飛べなくなる。

 しかし問題は、そこまで近づけさせてくれるかどうかだ。

 今でさえ上下から断続的に降る熱線と、敵の飛竜がしつこく追ってきたりして、古代竜のいる場所までたどり着くのは難しい。

 セトは口の中で呪文を唱え、杖を取り出した。


「ケッ、おまえなんかに協力なんてしたところで……」

「黙れロッド」


 ぺらぺら喋り始めた杖の先の鳥を無理に黙らせる。

 目まぐるしく方向を変え、攻撃を避ける飛竜の上でセトはどうすればいいか考えた。


「よし、俺が隙を作る!」


 斜め後ろからラインツの声が聞こえる。振り向くと、激しく動く飛竜の上に、ラインツが剣を構え、バランスを取るように立っていた。


「……何をする気だ?」

「俺は剣聖ラインツだ! ただ斬るだけだ!」


 そう言うと、ラインツを乗せた飛竜は、アリーの手綱捌きで急上昇していった。

 そして古代竜の真上まで飛竜を飛ばすと、ラインツが一息に飛び降りる。

 セトは息を飲んだ。

 この距離から飛び降りるなんてむちゃくちゃだ。

 だが、古代竜は周りに気を取られ、彼が落ちてきたことに気付いていないようだった。

 背中に着地した彼は、腹まで突き通れと言わんばかりに剣を背中に刺す。

 古代竜は悲鳴のような声を出し、ぐるりと身体を回してラインツをふるい落とそうとした。

 剣につかまって、宙づりになっているラインツが叫んだ。


「今だ!」


 敵の飛竜から来る攻撃をかいくぐり、セトはまた呪文を唱えた。

 杖が発光して変形し、下部にぎらつく剣が現れ出る。

 熱線を避けながら、電光石火で竜の胴体に近づき、彼らは古代竜の翼の前へと回り込む。

 セトは、剣がついた側を高く掲げた。

 その瞬間——何の抵抗もなく——まるで柔らかいプディングでも切っているかのように、『魔力を断ち切る魔力の剣』は翼の先を切断した。


 古代竜はもっと大きな悲鳴を上げ、ぐるぐると回転し出す。

 自分でバランスを支えきれなくなったのだ。

 熱線の照明で、一瞬ラインツが剣から手を離したのが見えた。

 はっとした瞬間、アリーの飛竜がラインツの下に滑り込んだ。

 何も聞かされていなかったのであろうアリーが叫んだ。


「なにしてるの、死にたいの!」

「この程度日常茶飯事だ!」


 ラインツが元気そうな声で返した。

 特に怪我はないようだ。


 古代竜はくるくると回り、最後に首を持ち上げてあさっての方向にブレスを吐いた後、急に力をなくしたように落ちていった。

 やがて、ドンという鈍い音が聞こえた。古代竜が、地面へ叩きつけられたのだ。

 敵も勝敗を悟ったにちがいない。

 明らかに減っていた敵の飛竜達は、一気に攻撃を止めた。

 そして、北に引き返すのではなく——南を目指して一目散に逃げていった。

 ラインツが他の飛竜部隊に、追うな、と命令を出すのを見て、セトは首を傾げた。


「追わないのか? 彼らは飛竜だけだし疲れているはずだ」

「皆、戦いで疲れ切っているんだ。

 今追うのはリスクが高すぎる。

 それに我々を南に引きつけるための策かもしれない」


 しばらくすると目に優しい暗闇と星空が、やっと戻ってきた。

 飛竜で地面に降りていくと、銀の鱗をした古代竜が、天幕群のすぐそばの荒れ地に横たわっていた。

 セトはその腹に傷痕があるのを確かめた。この竜は、補給線で戦ったのと同じ竜だ。

 しかし、大きい。

 頭は歩いて二十歩くらいの場所にある。

 土を踏みしめて歩き、頭のほうまでまわってみた。

 鱗もあらかたそぎ取られたようなひどい傷ができている。

 首から落ちたに違いない。

 と、そのとき。

 閉じられていた古代竜の目があいた。

 ぎろっとこちらを睨みつけ、うなり声をあげる。


『おのれ、人間め!』

「セト、離れろ! そいつ、まだ生きているぞ!」


 ぎょっとした。

 竜から離れるつもりだった。


 しかし。

 いつものように口が動く。

 いつものように杖が動く。

 それは習慣だ。


 毎日のように繰り返され、身体に染みこんでしまった、自分でもどうしようもないなにかに突き動かされて、セトは竜の傷口に杖を振り下ろした。


 古代竜の首がガラスとなって砕けた。

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