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ガラスの魔王  作者: 久陽灯
第一章 魔術師とバキールの怪物
1/46

プロローグ 悪鬼の洞窟

 赤い西日が最後の光を残して消えていく。

 カルナク山には街よりも一足早く夜が訪れた。

 生い茂った藪の影に隠れたセトは、自身の魔気を張り巡らせ、用心深く周囲を観察した。

 暗闇でも魔気を使えば、ある程度の凸凹を判別できる。

 鬱蒼とした森の中、苔むした斜面に、ぽっかりと穿った大きな洞穴。

 洞窟の周りの草は踏み荒らされていて、真っ直ぐな獣道が坂を下って続いている。

 地面の出ている場所には、深く大きな三本蹄の足跡が幾つもついていた。


 足跡の主に感づかれないよう、セトは急いで魔気の範囲を狭めた。

 魔術師が追っているということを知れば、彼らも警戒するに違いない。

 魔物は夜目が利くが、こちらは黒髪に黒服。

 藪の中で息を潜めていれば、向こうからはわからないだろう。

 いや、一つ目立つものがあった。

 肩に乗せた真っ赤な鳥だ。

 どうしたものかと考えていると、鳥が羽根をばたつかせ、しゃがれ声で囁いた。


「臭えな!」

「風呂にでも入れ」

「俺がじゃねえよ! あの洞窟がそうだっつってんだよ」

「しかし足跡と魔気だけじゃ断定できない」


 洞窟の周りの大気には、確かに肌がざわつくような魔気が残っている。

 魔物がいた証拠だが、濃い魔気は風がなければ数日消えないこともある。

 今もまだ魔物がそこにいるとは限らないのだ。

 現に、同じような洞窟を数日前からいくつも見つけてきた。

 悪鬼達はカルナク山のいたる所を移動してねぐらを変えているらしく、注意して足を踏み入れた洞窟がもぬけのからという肩すかしを何度もくらっている。

 魔物にしては知能が高い。だからこそ今まで生き残ってこられたのだろう。

 わくわくした気持ちを押さえきれない様子で、鳥が勇ましく言った。


「俺、ちょっと偵察してくる!」

「ロッド、待て!」

「待て、だあ? 『初代魔王の杖』様に、犬っころにするみたいな命令出すんじゃねーよ!」


 押さえようとしたセトの手をかわし、インコは極彩色の翼を羽ばたかせて藪から飛び上がると、一直線に洞窟へと突っ込んでいった。


 身勝手なインコめ、と止め損ねたセトは心の中で毒づいた。

 身体を作ってやったのは間違いだったかもしれない。

 元々、あの鳥——ロッドは『初代魔王の杖』の飾りにすぎなかった。

 あの伝説の杖をやっとの思いで手に入れてから随分経つが、鳥が話すのは意味のないお喋りばかりだ。

 しかも、自由に空を飛べる身体がほしい、という願いを叶えてやったあげくがこの始末。

 口汚く罵る上に勝手な行動をとるという最悪な杖に成り下がってしまった。

 従順な普通の杖とはずいぶんな違いだな、と考えてからふいに間違いに気付く。

 普通、魔術師の杖は自分自身の精神で作られているのだ。

 もちろん喋ることもなく、言うことを聞かなくて苛々するなんてことは絶対に起こらない。

 『意志ある杖』として伝説に残った『初代魔王の杖』だが、こうも短所ばかりが目立つと、この杖は初代魔王の失敗作ではないかと勘ぐりたくなる。


 頭の中で杖の愚痴を続けていると、突然耳鳴りのような音が聞こえてきた。

 ロッドからチャネルを合わせてきたらしい。洞窟で何かあったのだろうか。

 セトは口の中で神聖ヴィエタ語の呪文を呟いた。

 と、ロッドのキンキン声が頭の中に響き渡った。


「エマージェンシー、エマージェンシー!!」

「どうした、ロッド?」


 聞いたとたん、赤い流星のようにロッドが洞窟から飛び出してきた。

 その後から金属をこすり合わせたような不協和音の叫び声が追ってくる。

 太鼓のような地響きも聞こえてきた。

 音からして、十匹以上だ。

 見当をつけていたよりも多い。


「やつら全員いやがるぜ!」


 頭の中で金切り声が叫ぶ。

 だから待てと言ったのに、と勝ち誇りたかったがその暇はなかった。

 人間よりも二回りは大きい体躯をした、真っ黒な生物が洞窟から次々と飛び出してきたからだ。

 醜悪な息を吐きながら、口々に叫びロッドを追う。


「飯ダ」

「飯ガ来タ」

「鳥ノ飯ダ」


 悪鬼達は不自然に小さい頭をふりながら、列になって狭い山道に入り鳥を追いかけていく。

 頭からは子牛のような角が二本突きだしていて、その下に煌々と光る黄色い二つの目玉だけが闇に幾つも浮かんでいた。

 セトは洞窟から出てくる悪鬼の数を数えながら、追いかけられている鳥に指示を出した。


「ロッド、そのまま全員が外に出るまで引きつけろ」

「マジかよ! 結構スリリングだぜ、これ!」

「合図したら魔物達を引きつけたまま、折り返してこっちへ戻ってきてくれ」

「注文多いな!」


 ロッドの愚痴を聞き流しながら、セトは数え続ける。

 十八、十九、二十。


 二十匹目の悪鬼が飛び出して、列は終わった。

 最後の悪鬼が山道を駆け下りて見えなくなったところで、セトは慎重に洞窟に近づく。

 そしてポケットから自作の魔石を取り出すと、短く呪文を唱えて洞穴に放り込む。

 地面に当たった途端、魔石が明るく燃え上がった。

 洞窟の先は意外と短く、奥の壁まではっきりと照らし出す。

 魔物なら絶対に怒り狂って飛び出してくる光量だが、中からは何の反応もなかった。

 どうやら、敵の数は二十匹だけらしい。


 セトは外に向き直ると、まだチャネルが通じていることを願ってロッドに呼びかけた。


「戻れ、ロッド!」

「ラジャー!」


 やっと言うことを聞く気になったらしく、ロッドが素直に返事をした。

 セトは洞窟の脇でじっと魔物達が戻ってくるのを待ち受ける。

 やがて、また黄色い大きな光が山道に幾つも見えだした。

 その光の先頭をきって、鳥がものすごい速さで突っ込んでくる。

 神聖ヴィエタ語で杖を出す呪文を唱えた。


『真の心よ、来たれ我が手に』


 合唱のような声が周囲から立ち上り、左手から魔力の光が放出される。

 こちらへ飛んでくる赤い鳥の姿が煙のように消え失せて、セトの手に杖が収まった。

 黄金の鳥の飾りが先についた、背丈ほどもある長い杖だ。

 鳥の翼は骨組みだけで、目と胴体は青いダイヤ型の魔石が埋め込まれている。

 八百年前、世界を支配したヴィエタ帝国の紋章だ。

 鳥の飾りがふーっと息をつき、かたかたと金属のくちばしを合わせる。


「あー、もう少しで頭からバリバリ喰われるとこだったぜ!

 てか、ちょっと待て! あいつらこっちに突っ込んでくるじゃねーか!」


 セトは坂の上から悪鬼達の列を見下ろした。

 読みどおりだ。

 悪鬼達は今、狭い山道を一列になって猛然と駆け上ってくる。

 セトは黄色い目玉に向かい、黄金の杖を突きつけた。

 風が舞い、解放された魔力が歌うような音を立てて周りに響く。


『夜を貫く光、影を切り裂く刃、今いにしえの掟に従い、全ての闇を焼き尽くせ』


 神聖ヴィエタ語の呪文が終わると同時に、杖の先がきらりと光った。

 急速に魔力が杖の先に集まっていき、赤い光球が出現する。

 先頭の悪鬼がこちらに気づき、迎えうつように咆哮を上げた。

 と、杖の先の光球から一条の光が暗い森を一直線に照らし出した。

 狙いあやまたず、光線は先頭の魔物の胸に当たった。

 悪鬼は小さい頭に似合わない大きな口で苦悶の声を上げる。

 光線は先頭の悪鬼の胸を一瞬で焼き尽くし、次の魔物にも穴を穿つ。

 並んでいる彼らには、先頭で起こっていることがわからない。

 ゆえに立ち止まることもできず、たった一発の熱線の魔術に次々と倒れていく。

 悪鬼達はギャアギャアと耳障りな声を上げたのち、しんと静まった。

 黄色い目玉は、もうどこにも見えない。

 しばらく待ったあと、セトは慎重に魔物へ歩み寄った。

 先頭の魔物は、もうこと切れている。

 坂を下りながら、魔物の数を確認する。


 十七、十八、十九……。


 二十匹目を数えようとした途端。

 がばっと最後の悪鬼が起き上がり、うなり声をあげて彼に襲いかかってきた。

 当たったふりをしていたに違いない。

 後ろへ飛び退きざま、短い呪文を唱える。

 しかし飛び退いた先は別の悪鬼の身体の上だった。

 足が滑る。

 セトはバランスを崩して後ろに倒れかかった。

 この機を逃すまいとして、最後の悪鬼がこちらへ飛びかかってくる。

 魔物が間合いに入ったとき、彼は杖を思いきり振った。

 澄んだ音とともに、悪鬼の首が皿でも割るように粉々に砕けた。

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