春のおとずれ
音が聞こえる。
鈴のなるような音だ。
俺は海の中にいる。そんな感覚を感じながらただ音を聞いていた。
音は近づいてくるよう、ともすれば俺を呼んでいるようにも聞こえる。
少しずつ少しずつ、意識が薄れてくる。きっと死ぬときってこんな感じなんだろうな。
悪い感覚はしない。俺はただその感覚に身をゆだねた。
「は!あぶねぇ!異世界行くとこだった!」
ん?何言ってんだ俺?
俺は体を起こして開口一番そんな訳の分からないことを言っていた。
「何言ってるの?」
落ち着いたような、無感情というべきか、そんな声が後ろから聞こえる。
ほら、俺がおかしなこと言うから・・・・って誰この子?
俺が声に反応して後ろを向くとそこには長く綺麗な白髪の・・・
「え?」
段々とさっきまでの記憶がよみがえってきて、自分が死んでいないことに驚く。
間違いなく死ぬ勢いだったぞ。走馬燈も見えたし。
目の前の少女も思い出した。
今ここにいるのは俺と彼女だけだ、取り合えず彼女に聞くしかないだろう。
「なぁ、俺なんで生きてるの?」
なんか字にするとかなり頭おかしい奴のセリフなんだが・・・
俺の質問に対して彼女は「アレ」と一言だけ述べて指をさした。
「え?俺、アレに助けられた・・・のか?」
彼女はこくんとうなずく。
彼女が指をさした先にあったのは無造作に生い茂った雑草だった。
まさか雑草に命を助けられる日がこようとは夢にも思わなかった。
でもいくら草がクッションになったからといってもさすがに助かるか?
・・まぁ、実際助かったんだろう。ここで嘘ついても意味ないしな。だけどあれは
「なぁ、あの草。すげぇ血ついてんだけど・・」
「でも助かった」
そ、そうか。
妙な威圧感に気圧されてしまう。
「って!学校!」
そうだよ!忘れてた!
早くいかないと入学初日から遅刻してしまう。
うちの高校には不良がいるという話も聞くため、初日から遅刻なんてしたら目をつけられてしまう。
ぜひともそれは回避したい。
俺は平穏に高校生活を謳歌したいんだ。
「君も早くいかなきゃ!」
でないと二人とも遅刻になる。
さっきまで倒れていた周辺を見渡し、自転車が壊れていないことを祈る。
・・・俺の祈りは届かなかったみたいだ。。
「今日じゃない」
「え、何が」
壊れた自転車の周りでおろおろしながら適当に返答する。
「今日、学校じゃない」
・・・・・・今なんて言った?
「マジで?」
「うん」
その整った顔立ちを眺めながら、頭が痛くなるのを必死に耐えるのだった。
衝撃発言から数十分後、汚くなった制服のことや無駄に壊した自転車のことから何とか立ち直った俺は、引くに引けないのでそのまま学校の道確認だけすることにした。
彼女は学校に用があるようなので、学校へ向かっている途中だったようだ。
つまり今は、彼女と二人で学校まで歩いているという状況だ。
チャリは壊したが、こんなかわいい子と話せる機会ができたんだ。ありがとうチャリよ、お前のことは忘れない。
俺が壊れたチャリに感謝していると、彼女が不意に、
「そういえば・・・コレ」
と言って手帳を渡してきた。
これどこかで・・・俺の中学の時の生徒手帳じゃねぇか!
にしても何でだ?入れた記憶なんてないが・・
「さっき拾った・・・村雨大地君」
からかうように少し笑いながら俺の名前を呼ぶ。
彼女が俺の名前を分かったのは、生徒手帳に書いてあった名前を見たからだろう。
俺は彼女の微笑みに少しドキッとして、それをごまかすために質問をする。
「さっき学校に用があるって言ってたけど、もしかして先輩?」
うちの高校は1,2,3年ごとにリボンの色が違って、1年は赤のはずだ。
彼女のリボンは赤なので十中八九1年だと思うんだが。
でももし先輩だったらため口を改めなきゃな。
「違う」
良かった、ここで先輩だと言われたらため口を直せるか心配だったからな。
「着いたよ」
気づいたら学校の前だったようだ。
「じゃあなー」
「ばいばい」
別れを言い合うと彼女は校門を抜けていく。
そういえば名前、聞いてなかったな。・・・・明日聞こう。
帰ろうとするが、俺はその綺麗な髪から目が離すことができずにいた。
家に帰って妹に制服の事や自転車のことを問い詰められたのはまた別の話だ。