折れない刃
天霧との戦いを終えた俺は、楓さんと向き合っていた。
「大地くん、本当に戦うの?」
「ああ、これで負けても勝っても、俺は自分の心に向き合うことができる」
もし俺が勝ったら楓さんを守る、という俺の戦う理由と矛盾することになるが、勝ったらどうせ殺すことになるんだ。関係ないだろう。
もし負けたら、潔く戦うことにしよう。
「戦う理由が見つかったのね」
そう言って少し微笑む楓さん。
その鋭くも優しさを感じる瞳で俺を見つめる。
今から殺しあう相手にそんな目を向けないでくれ。
俺が戦いずらくなるじゃないか。
「俺の戦う理由は、あんただ」
「そう、なら私に負けないように頑張ってね。私強いから」
頬を吊り上げながら目を鋭くする楓さん。
たとえ相手が誰であろうと戦うと決めたのなら、こっちも手は抜かない。
戦う体制を整え、楓さんを睨みつける。
「いきますよ」
走り出して、楓さんに手が届く範囲へ来ると・・・・
「楓さん強すぎないっすか」
「私強いって言ったわよね?」
俺は気づけば負けていた。
空を眺めて、首元には刀というかものさしが当てられていた。
まさかほんの数秒ほどで負けるとは思はなかった。
あんなに強いとは思はなかったんだ。
「じゃあ、約束通り」
「ああ、俺はあんたたちと戦うよ」
ずいぶんあっさりと決まってしまったため何とも言えない気分だが、決まってしまったことだ仕方ない。
俺が地面の上で座っていると仲間の2人が近づいてきた。
「これからよろしく、僕は橋本奏、能力は「サイン」、相手との間に制約を作る能力だよ」
そう言って話しかけてきたのは、楓さんの仲間の一人。
眼鏡をかけ、スーツを着ている見た目20代後半のやせ型の男だ。
奏さんか・・楓さんと名前が似てるから橋本さんって呼ぼうかな。
俺は「よろしくお願いします」とだけ言う。
「ワシは霧雨一郎じゃ。能力は「リープ」と言ってな、なんと言うか、説明しずらい能力じゃ」
そう言って軽快に笑う爺さん。
筋肉がすごいため威圧感が半端ではない。
「こうなったら私もかしらね。私は天野楓、能力は「ブレード」よ。見てたからわかると思うけれど、触れたものを刃に変える能力よ」
赤い髪と釣り目がちの目が印象的の綺麗な女性だ。
絶世の美女という言葉がお似合いだろう。
みんなが自己紹介したんだ。なら俺もしなきゃな。
俺は立ち上がって3人を一瞥する。
「俺は村雨大地です。能力は「リベンジ」よく分かってないけど、痛みが発動条件の能力です」
まだしっかり自分の能力を把握できていないため少し紹介しずらかった。
学校の自己紹介より緊張した。
「自己紹介は終わったわね、じゃあ次はこの世界と能力についてわかっている範囲で説明しましょうか」
楓さんは初めて会った時の様に優し気に話しかけてくれる。
橋本さんと次郎さんも楓さんの言葉に耳を傾けている。
「この世界は通称「反転世界」、能力者が「反転」と言えばランダムで別世界へ行けるわ。と言っても全部似たような風景ばかりだけどね」
しかし説明されたものの何でいけるの?とか、どうしてこんな世界があるの?とか疑問のつきない世界だな。
楓さんはさらに言葉を続ける。
「私たちがこの世界に来ている間の時間は、現実の時間と同様じゃないわ。はっきり分かっているわけじゃないけど、1時間が1分くらいかしら」
時間の感覚も違うんだな、それは初耳だ。
楓さんが知っている情報はここまでだろう。
げんに「次は能力ね」と言っている。
2人はもう知っていた様子でただ話を聞いていた。
「能力は大きく分けて2つのグループに分けられるわ。1つは「発動条件」を完璧に満たして初めて発動する能力。大地くんの能力がいい例ね。次に「代償」を払って発動させる能力。これは能力を発動した後に代償を払う事で「発動条件」を満たす能力よ。一郎さんがそれね」
そう言って一郎さんの方へ顔を向ける楓さん。
爺さんは隣にいた奏さんへ近寄り、おもむろにその体へ触れる。
するとさっきまでついていたスーツの汚れがきれいさっぱり無くなっている。
「ワシの能力は触れたものの時間を戻す能力じゃ。こういうと少し語弊があるんじゃがの」
そう言って奏さんから手を放す。
奏さんは別段驚いた風もなく「いつもありがとうございます」と言っている。
こんなことができるから奏さんはスーツを着てきたのか。
「って、これ何にも代償払ってないんじゃ・・」
見た感じ何かを代償にした風には見えない。
「そりゃあ見えんじゃろう。わしの代償は、寿命じゃからな」
寿命だって!?失礼かもしれないが、こんな爺さんから寿命を奪うってのはちょっと・・・
「安心せい、寿命とは言ってもほんの30分程度じゃよ」
それなら安心だな。といくわけないだろう。
「とりあえず私たちの知っている情報はここまでよ。でもあなたにはやってもらうことがある」
楓さんがそう言うとどこから取り出したのか、紙とペンを差し出してくる橋本さん。
「これは契約書だよ。簡単にしといたから分かりやすいと思うけど」
紙には「天野楓を筆頭とする私達のチーム「折れない刃」へ加入するにあたって、下記の通りサインをお願いいたします」と書かれていた。
俺は、紙に書いてある通りに自分の名前を書き、ペンとともに橋本さんへ返す。
「折れない刃」か、楓さんがリーダーならその名前の意味が少しわかる気がするな。
にしてもなんかルビを振りたくなる名前だ。
「よし、これで君も僕たちの仲間だ。よろしく、新人君」
どこへやったのか橋本さんの手に、紙とペンはもうなかった。
きっとあれは能力で出したのだろう。
「サイン」か何でもできそうな能力だな。
その代わり「相手との合意」という条件がかなり厄介だが。
「大地くん、ありがとう。私たちと戦うことを決めてくれて」
楓さんは俺をしっかり見つめながら感謝を伝える。
「私たちは折れない刃、これから一緒に戦ってもらうわ。よろしく頼むわね」
強い意志を感じさせる瞳で俺を見つめる。
俺はこの人にあこがれを感じているのか?
自分でもわからない感情だ。
恋ではない、ましてや負の感情でもない。
ただ俺にはこの人が眩しく見えた。
「どこまでやれるかは分からないけど、俺はあんたの、あんたたちのために戦う。それが俺の決意だ」
俺はこの人についていこう。
そう思った。