幻影
私は一体何から逃げているのだろう。
何も悪いことはしていないはずだ。
なのにこの胸に突っかかる感情は何だ。
悪いのは自分じゃない、あいつらだ。
言ったこともこなせない様なアイツが悪いんだ。
だから自殺したのは私のせいではない。
それにもともとアイツはいじめられていたではないか。
私はただ頼みごとをしただけ、アイツはそれが出来なかった。
だから私は怒って散々口汚く罵った。
いじめっ子らは殴る蹴るの暴力をふるっていたが私はそんなことしていない。
ただ怒っただけ、だから私のせいではない。
なら私は何から逃げているのだろう。・・・・そうか、この感情は責任感だ。
私は今その感情から逃げている。そして、逃げることの罪悪感からも私は逃げている。
それを認めたくなくて、また逃げるのだった。
コイツ、どう殺してやろうか。
この上ないほどの憎悪を込めながら天霧を睨みつける。
「村雨、君はいったいどんな生き方をしてきたんだ?」
「あ?普通に生きてきただけですが?」
苛立ちを隠そうともせずに答える。
にしても、何故こいつはそんなこと聞いてきたんだ?挑発か?
「君のその目には殺意のようなものを感じる。とてもじゃないが普通の人間が睨みつけただけでできる目じゃない」
「しらねぇよ。普通の人より怒りっぽい自覚はあるけどよ。しかも殺意って、俺は人を殺したことなんてないんですけど」
一般男子高校生に何言ってんだコイツ。
「まぁいい。では、せいぜい苦しみたまえ」
そう言ったと同時に影たちが一斉に俺めがけて迫ってくる。
別にスピードが速いとかは特にないので、とにかく打開策を考える。
普通に対抗したところできっと意味はない。ボコボコにされて終わりだ。
ならば影たちの弱点を突くしかないだろう。
遠距離から石を投げて消えるなら、
「くそが!これでも食らえ!」
そう言って俺は足元の砂を蹴り上げる。
すると影たちは面白いぐらいに地面に溶けていった。
これだ、これしかない!
俺は一心不乱に砂をまき散らした。
はたから見れば遊んでいるように見えるかもしれないが、こっちは必死に戦ってるんだ。
にしても影たちがしつこい。
消しても消してもその場所から出てきやがる。
つまり、本体を狙わんことにはどうしようもないってことか。
しかしな・・
「くっそ!どこ行きやがった!」
左からこっちに迫ってきた影を手に持っていた砂を投げることで消す。
いつも本体は表情で判別をつけていたからな。
本体だけニヤけてるからわかりやすかったんだが。
たとえ本体がにやけてたとしても、この人数じゃあ、ちょっと見分けるのは難しいかもな。
とりあえずこの場所から移動するために、自分の右側に砂を蹴り上げる。
影たちが消えた瞬間に足に力を込めて地面を蹴る。
「なっ!」
飛び出した先には消えてない影、つまり本体がいた。
天霧は驚いた顔でこちらを見ている。
たまたまだったんだが、これは好機だ。
足をストッパーのように使い、天霧の左斜め手前へ滑り込む。
俺は右手に力を込めて、
「おらぁ!!」
みぞおちめがけてボディブローをくらわせる。
天霧はミストを発動する暇もなく、ただ驚いていた。
タイチの人間のパワーを超えたボディーブローが当たる寸前、天霧は走馬燈のようなものを見ていた。
「何であんな簡単なこともできないんだ!」
「ごめん」
こいつはまた私の頼みごとを聞き逃していたんだろう。
「ゴミが!人が言ったことすら守れないのか!」
「ごめん」
謝ればいいや、そんな態度が気に障る。
ごめんとしか言えないのかこのゴミは。
「お前、もういいよ」
こいつは中学の時からの・・・友達ではないな、知り合いだ。
頭が悪い癖に私についてきて、いつも邪魔な奴だと思っていた。
「もういいって・・」
「絶交って意味だよ。もう私の前に顔を出さないでくれ」
私はそう言って蔑む様な眼でコイツを見下す。
「まって!君がいなくなったら僕は・・・」
「邪魔なんだよ、お前だいると。私の輝かしい人生に傷がつく」
私は突き放すようにそう言った。
あいつが自殺したのは、それから3日後だった。
私は悪くない。
私は誰よりも優秀なのだ。
あいつらとは違うのだ。
私は・・・あいつをいじめることを楽しんでなどいない!
だが、ある感情がこびりついて離れない。
私はただひたすらにその感情から逃げるのだった。
「がぁ!」
みぞおちにパンチを食らって吹き飛ぶ天霧。
おかしいほどぶっ飛び、やがて倒れた木にぶつかって止まる。
「はぁ、はぁ、どうだこの野郎・・ざまぁみろ」
ただパンチをしただけなのにかなり疲れた。
今までの疲れがどっと来たのだろうか。
それともこれも俺の能力な発動条件なのか?
天霧へ近づきながら、そんなことを考える。
天霧の近くまで来ると、そこはもう地獄絵図だった。
「ぁあ、くそ!痛ぇ」
天霧の太ももと腹に枝が突き刺さり、折れた骨が体から突き出ていた。
その光景を見た俺は血の気が引いた。
さすがに心配になったが、これをやったのは俺だ。
復讐を果たした結果がこれなのだ。
「慈悲だ、俺が今から楽にしてやる。だが、どうせ死ぬんだ、何か言い残すことはあるか」
冷たく言い放つが、いつまでも苦しんでいるよりは、早く殺してやった方がいいだろう。
殺すほど恨んで、最後には可哀そうだからと相手に気を遣う。
他人をけなして笑っていたが、俺にもまだ優しさってもんが残ってたのかな。
「逃げて、ばかり・・・の人生だった・・・」
ぽつりとつぶやくように語りだす天霧
「・・・いつも下を向いて・・自分以下の者たちを・・見下していた」
痛みに耐えながら、それでも語りだす。
「でも・・ある日気づいたんだ・・・・私は誰か以上だが、誰か以下だと・・・・結局私も・・・誰かと変わらないの・・だと」
何を思い出したのか、その目から涙を流し言葉をかみしめるように。
「その結果・・・生まれたのが「影」・・・・あれは、私になれなかった・・・・私なのだ」
そう言い遂げ、目を閉じる。
数秒後目を開けて、
「悪、かった・・・さぁ殺し、てくれ」
涙を流しながらそう告げた。
こいつの謝罪は誰に向けていったのだろうか。
俺は拳を振り上げ、
「下を見るのは悪いことじゃない。俺だって基本下しか見てない」
早く殺してやった方がいいのだろうが、言わずにはいられなかった。
「私は、もう・・・上など見れ、ない」
「なら、落ちていく奴を見るといい。上で調子乗ってるアホが落ちていく様は快感だぞ。それでもお前の気が済まないなら」
俺も偉そうに言えたことではないが、今だけは言わせてくれ。
「お前が下に行くといい。下の立場から物事を見ると世界が変わるもんだぞ」
天童がはっとした表情でタイチを見る。
自分にはそれができなかった。
天童は今、自殺した少年のことを思い出していた。
自分はいつもアイツの上の立場にいた。
だが私は、あいつの立場になることができなかった。
アイツの痛みや苦しみがわかってやれたなら、結末は変わっていたかもしれない。
「あり、がとう・・・君に、気づかされ・・たよ」
天霧は少し微笑んで
「名前・・聞いても、いい・・かい」
たった少しの間だったが、天霧はタイチにカリスマのようなものを感じていた。
こんな人間が・・・世界を変えていくんだな。
「大地。俺は村雨大地だ」
「タイチ・・か、いい名前・・だな」
天霧は「じゃあ」と続け、
「殺して、くれ。君・・みたいな、人に殺される・・なら、私は・・構わない」
「そうか、俺はお前みたいなやつを殺したくはなかったよ」
殺すほど恨んだこの男に俺は、なぜか「仲良くできた」そんな気がした。
出会い方が悪かっただけ。普通に会っていたなら俺はコイツと仲良くなれたかもしれない。
どうして俺は、こんな悲しそうな顔をしたやつを殺さなければならないのだろう。
タイチは無情にも拳を振り下ろす。
「ごめんよ」
そう言ったのはどっちだっただろうか。
勢いよく地面をたたいた拳は砂埃と血しぶきを巻き上げた。
気づけば天霧は砂の一部と化していた。
「じゃあな、天霧。・・いつか会おう」
俺は友達に言いかけるように呟いた。