2年後
U子が消えた。
ある日、突然に。
どういう事だよ。
成仏した?
何で?
わからない。
わからない。
だってこれからじゃん。
俺は、もうわけもわからず走った。
向かった。
あの総合病院に。
階段を駆け上がり、U子の部屋に飛び込む。
「何だ君は!」
医師がいた。
突然の侵入者に、声を荒げている。
当然だろう。
だけど、そんなことはどうでもいい。
「U子!」
駆け寄ろうとするが、看護師たちに取り押さえられる。
「ここは病院ですよ!」
「見りゃわかる!」
「何ですかあなたは!」
「こいつの……友だちだ!」
俺が叫ぶと、場がしんと静まり返った。
「……そうか」
医師が、沈痛な面持ちで言った。
「先生、こいつは、こいつはどうなったんです?」
そうなんだ。
わけがわからないんだ。
例の心電図の音は今でも続いていて。
こいつは死んでないんだ。
なのになんで消えたんだ!
「どう……とは? いつも通りだよ」
そう呟くように言った声に陰がある。
「そんなはずはない!」
「なぜ?」
「俺にはわかるんだ!」
説明になんてなってなかった。
けど、真剣さだけは伝わったのか、医師が重い口を開く。
「……彼女は、臓器移植のドナーになるんだ」
「は?」
何を言ってる?
ドナー?
臓器の提供者だよな。
そんなことは解ってる。
この2年、散々勉強したんだ。
こいつと一緒に!
「ドナーって……こいつ、生きてるじゃないですか!」
「もう3年も脳死状態なんだ。……回復の見込みは、ないよ」
「だったら……だった俺が治します!」
「は?」
俺は拘束が緩くなっていた看護師たちを振りほどき、U子の手を握った。
U子の手は、暖かい。
まだ暖かいんだ!
生きてるんだ!
ドナーが決まったって言っても、まだ摘出手術が行われたわけじゃない。
いつも通りのはずなんだ。
だから……!
「起きろ! 起きろよ! 俺、お前のおかげで医大に受かったんだぜ!」
「……っ、……君……」
「うるせえ! 俺はU子と話してんだ!」
「……っ!」
肩が強く掴まれる。
「……君の努力は、とても素晴らしいことだと思う……でも、無理なものは無理なんだ」
「なんでだよ!」
「医大生の君ならわかるだろうが、臓器の提供は……本人の同意が無くとも、ご家族の同意があれば可能だ。そして、既にご家族の同意は得ている」
「……!」
臓器移植法――正確には臓器の移植に関する法律。
2010年7月17日から、本人の臓器提供の意思が不明な場合にも、家族の承諾があれば臓器提供が可能になった。
そんなことは知っている。
だけど、このタイミングで……!
なんだよ。何でこのタイミングなんだよ。
俺とお前で頑張って、絶対無理だって言われても頑張って、それで合格できたんじゃないか。
それが、それが……
家族の同意?
あいつらは臓器移植法の理念なんて解ってない。
養うのが面倒になったから、その制度を利用しただけだ。
他の家族が、悩みに悩みぬいて決めるようなことを、あいつらはあっさり決めたんだ。
そうに違いない。
だって、俺はこの2年、何度もここに来た。
でも、U子の家族に会った事なんてないんだ……!
「……気持ちはわかるが、ここはこらえてくれ。彼女の臓器で救える命もあるんだ」
確かに……確かにそうなんだよ。
だけど……こいつの命だって救えるはずなんだ。
だって……こいつは死神と戦って、残ることを選んだんだから!
「……移植手術はいつなんですか?」
「いや、まだ決まっていない。ドナーになるということが決まっただけだ。今日はただの検診さ。近日中には決まるだろう。何しろドナーを待っている患者はたくさんいる」
俺は、この間のように、気がつくとU子の手を握っていた。
「なぁ……起きてくれよ」
確かに、こいつの臓器で助かる人はたくさんいるだろう。
諦めていた人生を、取り戻す事ができる人が。
悪い、ドナーを待ってる患者のみんな……今回だけ……今回だけ待ってくれ。
頼むよ……!
こいつだって幸せになっていいはずなんだ。
今までこいつに良い事なんて何もなかったんだぞ。
「U子ぉ……」
言葉が出ない。
言いたいことがたくさんあるのに。
聞いてくれよ……聞いてくれよU子。
あのワン公……お前があの後、ひまわりってつけたアイツもお前を待ってんだよ。
桜からも久しぶりに連絡来たんだぜ。
どうだ。うらやましいだろ。リアルJSだぞ。JS。
ほら、しゃべれって。
また、「んだんだ」うるさい語尾で話しかけてくれよ。
……なあ、もっと言いたいことあるんだよ。
聞いてくれよ……
おい……
……ダメじゃん。
お前頑張ってたじゃん。
優しいじゃん。
何でお前が死んで、クズみたいな俺が生きてんのよ。
おかしいでしょ世の中。
お前死んじゃダメだよ!
生きろよ!
「俺……お前がいないとだめなんだよ……目を、覚ましてくれよ……」
U子……雪子の手を強く握った。
「……んぅ」
声が、した。
「え……」
「……おはよ」
U子は、笑った。
とても、とてもぎこちなく。
「バカな……」
医師たちが驚きの声を上げていた。
けど、もうそんなの耳に入っちゃいなかった。
「U子……」
「あなたは、ホントに頑張った。並みの努力じゃ、あの状態から医大合格なんて絶対に無理……でも、本当に合格しちゃったんだ」
ふっ、と笑う。
「だからね……私も頑張ろうと思ったんだ。体に戻って、目を覚ませ、体を動かせって念じ続けたんだ」
「だって、そのくらいしないと、あなたと一緒に居る資格はないと思ったから」
「……バカ。俺なんか……お前に会わなきゃ、ただのニートだ」
「でも、将来有望でしょ? 医者なんだ」
「うるせえ」
「んぅー」
何がんぅーだ、そう言ったつもりだったが、出たのは嗚咽だけだった。
まぁ、そんなこんなで、ニートが幽霊に会って、幽霊もニートも(、、、、)生き返りましたとさ。
めでたしめでたし。




