出来ること、やりたいこと
朔夜が工房に紅茶を持って行った時、すぐさま反応したのはフランではなく、隣で般若のような表情で怒っていた彼だった。朔夜に気づいた彼は途端に唖然とした表情になり…笑顔になった。
「あら、可愛いお嬢さんがこんな辺鄙な場所にいるなんて!」
朔夜に駆け寄った彼…ユリアスは紅茶を乗せたトレーをフランに渡すと、瞳を輝かせながら朔夜に詰め寄った。
唐突な展開についてゆけない朔夜は、助けを求めるようにフランを見た。が、今までユリアスに散々責められていたフランである。一言発すればまたあの般若顔を拝むことになってしまう。諦めろといわんばかりに首を横に振られた朔夜は、何とも情けない表情になったのだった。
歳は幾つ?何時から此処へ?フランに何か嫌なことされなかった?荒波のように押し寄せる質問に、戸惑い何も言うことができない朔夜を横目に、フランは気まずそうに紅茶を飲んでいた。
「ほんとにね、もうこいつってば本当に自分勝手なの!確かにアンティークオルゴールって6曲から12曲くらいが普通なの。それはあたしだってわかってるのよ。けどね、こいつったらいつもいつも5日とか今日みたいに3日とか!絶対自分が早く作りたいから言ってるのよきっと」
あれから数時間。朔夜が淹れた紅茶を優雅な所作で飲みながら、普段はフランがいる位置に堂々と座っているユリアスは、朔夜が黙って聞いているのをいいことにあれからずっと愚痴をこぼしていた。
肩にかかった長い水色の髪を片手で後ろに払えば、軽く溜息をついてカップを置いく。聞いた話によればユリアンはどうやらフランと仕事をしている作曲家らしく、フランが作ったオルゴールから流れてくる曲は、すべてユリアスが手掛けているようだ。もともと音楽全般が好きな朔夜にとって、ユリアスの存在は輝いていた。
元の世界に住んでいたころは、自分の夢など曖昧で大学に行って適当な職に就くのだとしか思っていなかった。思い付きで作曲などもしていたことはあったが、それが人に見せられるものだったとは思えず、朔夜は自分の仕事として考えることはしなかった。しかし、もしそれが仕事にできていたのならどれだけ楽しかったことだろうか。いまだユリアンの声が聞こえる中、朔夜はそんなことを考えていた。
「それにしても本当、こんなに可愛らしいお嬢さんをフランが捕まえられるなんてねえ…明日は暴風雨かしら?」
小首を傾げながら言うユリアンに、思考に拭けっていた朔夜ははっと顔を上げた。
「サクヤが来たのはもう随分前だ」
フランがぽそりと呟いた。その様子を見て朔夜は首を傾げた。大抵のことは飄々としてのけるフランが、ユリアスには頭が上がらないようだった。その証拠に、いつもは自分の席が取られたときは不満そうにするフランが、今日は何も言わない。ユリアスが言うような無茶な期限を提示するのに、態度はむしろ逆である。沈黙している朔夜にユリアスが肩を寄せてこっそりと告げた。
「期限は無茶苦茶だから、強気で出れないのよ。まあ、当然よね」
横目でフランを見れば、空のカップを見つめているのが見て取れた。紅茶を注つげようとする前動作である。朔夜が立ち上がってティーカップに紅茶を注げば、助かると短く告げたフランに朔夜は微笑んだ。ユリアスはそんな二人の様子を驚いたように瞠目していたが、次の瞬間にはニヤニヤとした笑みに変わる。
「随分仲がいいのねぇ、あなたたち」
え?と朔夜が振り向けば、ユリアスはニヤニヤとした顔で頬杖をついていた。
「そうだ、ねぇお嬢さん。あなたは、何か好きなものがおあり?」
いいことを思いついたとばかりにパチンと両手を合わせたユリアンに、朔夜は特に何も考えることもなく、音楽は好きです。といった。次の瞬間ユリアンの目が獲物を見つけた肉食獣のように煌いた。
「音楽!そう、それは素敵ね!なら曲を聴くのは勿論、作曲にも興味があるわよね。ええ、そうでしょうとも。大丈夫、難しく考えないで!あたしが一から十まで全部教えてあげるから!」
「え、あの、ちょっと…」
「さあ、そうと決まったらすぐにあたしの国に行きましょう!教えるなら近くにいた方がいいものね?」
引っ張って行こうとするユリアスに朔夜は戸惑いながら引きずられていく。速足で進む展開に頭が追い付いていないのがありありと分かる表情だった。
少し怪訝に思う方もいらっしゃると思うので、簡単に解説いたします。
ユリアスは男です。おねえです。しかし、朔夜だけは女だと思っています。
鈍い子認識をしてくださるとありがたい…です。