女の人…?
フランが誰に手紙を書いたのか。その手紙は何処へ届いたのか。朔夜はそれを、比較的すぐに知ることになった。
朔夜が最近の日課としている散歩に出かけている間、フランはいつもどおり工房でオルゴールの部品をいじっていた。大抵は売り物となるオルゴールを日中作っているが、こうして極稀に趣味でオルゴールを作ることもあった。今作っているのは、大方小型オルゴールであろう。それも、ぜんまい式ではなく手回し式だ。ちなみに、ぜんまい式とはスプリングモーターというモーターによりほぼ一定の速度で自動演奏されるオルゴールのことだ。つまみと呼ばれるぜんまいを回すことで演奏される。逆に手回し式とは名前の通り、手で回すことにより自由に曲を奏でることができる。
このくらいのオルゴールならば、部品がしっかりそろっていれば組み立てるのはなんら難しいことではないのだ。やがて、カチャカチャと金属が鳴る音がピタリと止んだ。ことりと出来上がったばかりのオルゴールの小さなハンドルをゆっくりと回していく。少し短めの曲が機器を通して流れた。動作に問題がないことを確認したのち、ゆっくりと椅子に寄り掛かった…その時。
「ちょっと、このふざけた作曲量は何なの!?」
ドアが壊れる勢いで開いたらしい。バタン、と肩を竦ませるほどの音が工房にまでにまで響き渡った。そして次に少し低めの声が先程のドアの音と同じかそれ以上によく響いた。フランは椅子にもたれ掛かったまま、重い溜息を吐きだしたのだった。
朔夜が散歩から帰ってくると、ドアが豪快に開けられたまま放置されている。不思議そうに首をかしげながらドアを閉めれば、なにやら話し声が奥の工房から聞こえるではないか。お客様か、と納得したように頷き朔夜はキッチンに向かった。お客様にはお茶をお出しするものだ。これも、いつの間にかできていた朔夜の役割だった。他の役割と比べて、出番は確実に少ないが。フランが出したかどうかの確認はいらない。フランは紅茶をいれるのはとても上手いのだが、なぜか自分と朔夜以外の人に紅茶をふるまおうとしたことは一度もない。これはたまに遊びに来るルシィから直接聞いた話だ。
なので、朔夜は食器棚を開けお客様用のカップを取り出した。工房から聞こえる声は徐々に大きくなっていく。勿論、フランの声ではない。朔夜はいくつかある茶葉のうちリラックス効果のあるカモミールを選んだ。お湯を沸かしティーカップ、ポットを温め茶葉を入れて、蒸らす。ここには時計がないので、ほぼ感覚だよりだ。朔夜がじっと待っている間にも、工房から声だけでなくガタンという音まで聞こえてきた。これは少しまずいかもしれない。そもそも、工房から物音が聞こえることはほとんどない。おそらく、防音なのだと思う。それなのに、ここまで声や物音が聞こえるのは異常事態だ。
カップに紅茶を注げば、昨日作ってみたクッキーを小皿にのせて工房の前に立った。ノックをしてみるも、気づかれる気配はない。仕方がないとそのドアを開ければ、そこにいる一人の女性にピタリと足を止めた。
「だいたいねえ、一人で出来る作曲量ってものがあるのよ。三日で十二曲なんて無理に決まってるじゃない!あたしは一曲一曲丁寧に作っていくタイプなの。そんなことあんただってわかってるでしょ?!」
女性…なのだろうか。と考えていることが一目瞭然の表情で朔夜は首をかしげた。理由は明らかだ。声は低めの声なのだろうと思えばいい。しかし、体格は別だ。線は細いが、フランのように華奢な体格ではない。長い髪のせいで顔は判別できないが、人目で男性とわかる厳つい体格である。
だが、朔夜はそこまで考えることをしなかった。目の前の客人は黒いズボンにふわりとしたシルエットの白いブラウスを着ていた。特に白いブラウスにはレースやフリルがたくさんついていて可愛らしい。先程から聞いているに、口調も仕草も女性そのものだった。もう女性でいいじゃないかと朔夜は自分を納得させた。