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souns de argentum  作者: 紗音
7/12

手紙

 ある晴れの日、珍しく朔夜は外に出ていた。珍しくというよりは、こちらに来て初めてといってもいい。 木の葉が日の光に照らされて様々な表情を見せる。木漏れ日は暖かく包み込むように柔らかい光を目に届けた。手傘を作り上を,見上げただけで、これだけの景色が見られる。朔夜の口元は自然にほほ笑んでいた。


 何故朔夜が外に出ているのかというと、それはフランとの会話によるものが大きい。


「この森は島のようなものだ」

 この森はどこまで続いているのかという問いに、フランはそう答えた。海に浮かんだ島、しかしその島はどこまで行っても森しかない。海岸もなければ岸辺もない、ただ森が続いているだけ。しかしそこまで島が大きいわけもなく、歩いて島の端から端まで移動できるような小さな孤島らしい。


 その話から、暇つぶしに端から端まで移動してみようと思い立ったのが数分前。朔夜は今実に清々しい気分だった。陽光に照らされて輝く草木を眺めるのがこんなにも気分がいいとは、朔夜は今まで知らなかった。都会のビルに囲まれて育ち、自分が住んでいる町から出たこともなかったので、知らないのは当然である。朔夜はもともと何かにこだわりを持つような性格ではない。しかし、ここに来てから朔夜には譲れないものがだんだんと増えてきていた。

 例えば家事。あの家の家事といえば基本炊事、掃除である。洗濯はいつの間にか乾いて畳んでしまってある。フランがやっているのかと思えばそうではないらしい。

 食事の準備で特に譲れないのが朝、フランをキッチンに入れないことだ。フランはああ見えて寝起きが悪く、起きていても数十分は目が開いていないこともある。そんなふらふらと危なっかしい人間を火を扱うキッチンに近づけるなど言語道断だ。そういうわけで、フランを起こすのはいつも朝食が作り終わった後になる。

 次に掃除。言わずもがな、この家には掃除機なんてハイテクなものは置いていない。窓を開け壁は埃叩きで埃を上から下に落とし、家具なども定期的に乾拭きをし床は乾拭きをする。ここで重要なのは、水拭きは厳禁ということだ。この家は大半が木で出来ている。そして、木の家具や床は乾拭きが最良といわれている。先日フランが床を水拭きをしようとしたとき、いつもの朔夜なら考えられない速度で雑巾を取り上げていた。

 

 無事森の端から端までを散歩してきた朔夜が部屋の扉を開けると、フランが何やら机に向かってペンを動かしているところであった。朔夜が近づいてのぞき込んでみれば、どうやら手紙であるということが分かる。朔夜はこの世界の字は読めないので、何と書いてあるかはわからないが初めて見るこの世界の文字を興味深そうに眺めていた。フランが書き終わったらしく顔を上げると、お帰りと短く言った。

「ただいま…手紙?」

 ふわりと微笑みながら答えると、書き終わった紙の束を指さして問いかけた。フランが頷いたと思えば、手紙の束を揃えて口の中で何かを呟いた。途端にその手紙は鳥の形に姿を変え開け放たれた窓から空へ飛んで行った。

 普通なら目を丸くして驚きそうなものだ。が、この世界はこういうもの。というふうに馴染んでしまった朔夜は、驚くこともなくその鳥を見つめ、一体どこへ届くのだろうと考えていた。 

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