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おあずけの恋心

 びっくりするほどきれいな青空、そして白い雲。おまけにぽかぽかした陽気。こんな日に日向ぼっこしないなんて、絶対どうかしてる。こんな絶好の昼寝日和なんて他にないんだから。


「おーい、村上ー。もどってこーい」

 間延びした声に呼ばれ、現実に引き戻される。せっかく人がいい気分で昼寝をしようとしたというのに! 自分を呼んだ声の主をにらみながら返事をする。

「言われなくても聞いてますし、起きてます」

 平然と言ってのけると、その声の主はニヤッと口元だけで笑い、信じられない言葉を口にする。

「じゃあ38ページの問2。村上ならわかるよな?」

「へ……?」

 38ページ……? 不思議に思い、自分の教科書を見ると32ページ。横目で隣の席の子の教科書を盗み見ると38ページを開いていた。こ、これは……。

「さ、じゃあ、答えてもらおうか」

 そいつ――数学教師の時岡はさらに回答を促してくる。わ、わかるはずないじゃないの! しばらく時間をおいて、時岡は勝ち誇ったように隣の子に回答を求めた。

 ふ、不覚……完全にトリップしてたってわけね……。

 時岡は数学教師で、私のクラスの担任。ぼさっとした髪にだるそうな姿勢、着崩したスーツ。全身から気怠さをまき散らしている教師だ。

「真紀ったら、今日もトリップしてたわね」

「う、うるさいわね美代子! トリップしてたんじゃなくて、空を眺めて……!」

「時岡先生との妄想ワールド?」

「わーーーっ!!!」

 前の席の美代子はにやにやしながら問い詰めてくる。そう、何を隠そう私は、7歳上の教師に恋をしている。

「妄想はしてないしてない! ただ、昼寝したら気持ちよさそうだなーって……!」

「へぇ、村上は、昼寝をしようとしていたんだな?」

「!!!!」

突然の声に驚く私と美代子。目の前には時岡。ま、まずい、聞かれたか……?

「俺の授業で昼寝しようとは…いい度胸だな村上?」

「仰る通りですぅ……」

 妄想ワールドのくだりは聞かれていない、ようだ。よかった……。しかし、昼寝をしようとしていたことがばれてしまった。これはもしかすると、私の株、大暴落……!? だとしたら、嫌だなぁ。でも、時岡と授業終わりに話せるなんてラッキー。いつもは授業が終わったらすぐに帰っちゃうんだもの。

「時岡先生、まだ職員室に戻らないんですか?」

 休み時間に教師がいると騒ぎづらいこともあり、美代子が助け舟を出した。ありがたいような、ありがたくないような……。

「ん? おー、そうそう。村上に用事があってな」

「へ? 私?」

 予想外の返答に目を丸くする私と美代子。

「村上、お前、放課後職員室な」

「は?」

「じゃ、伝えたから」

 何の用事かを問う前に、さっさと時岡は教室から出て行ってしまった。放課後、そして職員室……!?

「真紀……あんた、なんかやらかしたの……?」

「いやいやいやいや! 何もしてないよ! 失敬な!!」

「ふーん……。ま、時岡先生と二人っきりになれるチャンスじゃん。満喫しなよ!」

「お、おうっ!!!」

 男らしい返事をしてしまった。そのタイミングで次の授業の担当教師が教室に入ってきた。教師に私の男らしい返事を聞かれていたため、やる気があるといじられたが、それどころではない。放課後、時岡と二人きり。そう思うと今から緊張してしまっていた。


 この気持ちの始まりに特別なことなんてなかった。たまたま時岡に捕まって、時岡の荷物運びの手伝いをした時のことだ。荷物運びが終わると、時岡は当たり前のように飲み物を差し出してきた。ありがたく受け取り、しばらく話をしていた。その時だ。

「お前、なんかいつも元気だよな」

「へっ? そうですか?」

「いっつも叫んでるイメージ」

 クックッと小さく笑いながら、時岡はからかってきた。その頃、時岡は赴任したてで、表情も硬く、近寄りがたい雰囲気があったため、笑った顔など、その時に初めて見たくらいだ。そもそも話したことすら、その時が初めて。

 あー、やっぱり教師って生徒を何気に見てるんだなぁ、と感じた瞬間だった。

「叫んではいません! まぁでも、常に元気でいるようにはしてますねー!」

「ほぉ?」

「もちろん凹むこともあるけど、だからって下向いてたら、自分の足と地面以外、何も見えないじゃないですか。自分に手を差し伸べてくれてる友達とか、助けてくれる友達とか、楽しいこととか、見えないともったいないでしょ!」

「……」

 ハッとする。な、なんか調子乗って話してしまったけど、時岡黙ってしまったぞ、と。しかし、時岡はすぐにまた笑い出した。

「なるほどな。お前、よく上向いてるから納得だわ」

 そんなとこまで見られていたのか、そう思うと驚いた。時岡って意外といいやつなのかも。

「ま、無理して元気にする必要もねぇけどな」

「そうですか?」

「おー。支えてくれる奴がいるなら、たまには甘えたっていいんだよ。

じゃ、今日はありがとな」

 わしゃわしゃと頭を撫でられ、あいさつをする間もなく、時岡は帰って行った。なんてことはない会話。ただ、無理しなくていいとか、甘えていいなんて、初めて言われたことだった。武道を嗜む私の家では、そんなことを言ってくれる人も、甘えを許してくれる人もいなかったために、衝撃的な言葉だった。それ以降、時岡が気になってはいたのだが、いつの間にか恋に発展していたようだ。


 そうこうしているうちに放課後になってしまった。心の準備がまだできていないことを悟った美代子が声をかけてくれる。

「大丈夫?」

「お、おぅ……」

「まぁ、気負わないことね。また話聞かせてよ! じゃあね」

 美代子と別れてから、職員室へ向かう。心臓がはねすぎて飛び出そうなのですが、これはどういうことだ。しかし、呼ばれたからには行くしかない。意を決して、職員室へ突入し、時岡の元へと向かう。

「こんにちは」

「おー、来たな」

「用事ってなんです?」

「あー、これ、手伝ってもらおうと思ってな」

 時岡の周りには段ボールが多く積み重なってあった。

「なんです?これ……」

 怪訝そうに聞くと、時岡は私の耳に顔を寄せ小声でささやいた。やばいっ、顔っ近いっ……!

「雑用。教頭から押し付けられちゃってさー。あのオッサン人をこき使うのが得意なんだよ……」

「あぁ、なるほど……」

 前の荷物運びもきっとそうなのだろう、と思いながら、さっそく荷物運びを手伝うことにした。数はあるが個々は重くなく、スムーズに荷物運びは進んだ。もちろん他愛もない話はしていたのだが、緊張と、ドキドキで、思い切った質問をしてしまった。

「先生は、彼女とかいるんですか?」

 口に出した後に、後悔した。なんて大胆な質問をしているのだと。

「あー……いねぇよ別に。面倒だしな」

「面倒?」

「おー、泣く喚く女がほとんどだったからな今まで。わがまま放題されるの嫌だし」

「先生も、恋愛では苦労してたんですねぇ……」

「お前、何歳だよ……」

 彼女がいないと聞いて安心した反面、きっとこの人は彼女とか、そういうのが今は本当に必要なくて、弱い女が嫌いなのだと悟った。

「お前みたいな性格のやつばっかならいいんだけどなー騒がしそうだけど」

「騒がしいは余計ですし、騒いでないですから!」

 そこまで言うといじけたふりをして、荷物の整理に集中しようとする。集中しようとするが、先ほどの言葉がぐるぐると回る。私みたいな性格……もしかしたら、チャンスあるかも……?


 時岡は、いつもそっけない。だいたい人を小ばかにするし、なんとなく冷たいイメージあるし、ちょっとこわい。でも……。

「ほら、今回の駄賃。つっても、また飲み物だけどな」

 ニヤッと笑いながら、ジュースを差し出してくる。これ。こういった優しさが、たくさん沁みてくる。

「あ、のっ……」

 もう、覚悟を決めた。きっと、この恋は叶わないだろうけど、いま、伝えたい。

「なんだ?」

「私、時岡先生のこと、好きなの。もう忘れてるかもしれないけど、初めて話したときにもらった言葉、本当に嬉しかったの。その時から、好きでした……!」

 言、っちゃった……。何となく気まずくなって俯いたが、時岡の反応が全くない。不安になり、ちょっとだけ顔を上げると、時岡は口元を手で覆い、眉間に皺がよっていた。まぁ、そういう反応になるのかな。無理だよね、やっぱり……。

「あー、その、なんだ……。わかってると思うが、教師と生徒だし、まだまだお前も子供だしな、他にもいいやつがたくさん……」

 ちょっと混乱しているのか、時岡の言葉はしどろもどろだった。しかし、私は言い返せずにはいられなかった。

「ガキだろうが、なんだろうが、好きなものは好きなの。今、私が好きなのは、時岡先生なの」

 なぜか、強く言い返してしまった。急にたまらなく気まずくなり、思わず立ち去ろうとすると、手を捕まれた。

「ちょっ……あの、このまま逃がしてくれないと、私は非常に気まずいんですけど……!」

「ん?あー、すまんな、しかし去るな」

「わ、わかりました……」

 とりあえず去ることをあきらめた私は、手近な椅子に座る。私はすごく恥ずかしいことをしてしまったわけで、もう穴があったら入りたい状況なのに、残すとはこいつめー! ドSかちくしょー! なんてことを心に思いながら、時岡の言葉を待った。

「全く、お前ってやつは……」

「へへ、すいません」

「先生とってもびっくりしました」

「でしょうね!」

「誇らしげにするなよ……」

 そこまで言ってお互い目が合い、笑ってしまった。少し落ち着いて時岡をチラッと盗み見ると、顔を真っ赤にしていた。まさか、口元を手で覆ってたのって、これを隠すため?

「俺ね、弱い女苦手って言ったじゃん?」

「うん」

「でね、そんなときによ、お前と話したの」

「あー、初めて会ったとき?」

 時岡も覚えていてくれたんだ。それだけでも私はたまらなく嬉しかった。

「そ、そ。あの時のお前の上を向いてうんたらーって話を聞いてさ、あーこいつみたいな前向きな女いいなーって思ってたのよ」

「へっ!?」

「ま、生徒と教師だし、今すぐ付き合うのは無理なんだけどさ」

 正直、いけるのでは、と思ってしまったがために、時岡の言葉に落胆する。

「仮に、そうだな……お前の卒業まで」

「え?」

「お前が、卒業するまで、それでも俺を好きでいてくれたら、もしかしたら、もしかするかもな?」

「な、何それ! アバウトすぎない!?」

「いーんだよ、そのくらいアバウトで」

 時岡が声を上げて笑った。初めて見た時岡の笑顔は、本当にかわいくてかっこよくて、幸せな気持ちになる笑顔だった。

「わかりましたよ! そのかわり、卒業と同時に迎えに行きますから!!」

「お前勇ましすぎ! それって普通、男の台詞だから」

「先生がアバウトだからでしょー!」

 その後も言い合ってた。この時間が終われば、私と時岡は、生徒と教師。それは変わらない。私が振られた。全然オッケー。その代わり、時岡には覚悟しててもらわなきゃ。私は割と肉食なんだよね。

 ――卒業と同時に、かっさらいに行くんだから!


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