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夏だけの二人

 夏は嫌いだ。暑いし、汗をかいてべたつくし、周囲の人間はやたら遊びたがるし、騒がしい。だから僕は夏が嫌いだ。


「まぁた! 司ったら、眉間にシワ寄せすぎ!」

 僕の眉間を人差し指でしきりにつついてくる女の名前は、香奈。夏になったら決まって白くて透けるようなワンピース姿で僕につきまとってくる。夏に似合わず、肌も雪のように白い。

「ねぇねぇ司! 私って麦わら帽子似合うかな!?」

 いつも僕たちは夏の間、橋の下の薄暗い場所で、涼みながら過ごす。時折、川に足を突っ込んでみたり、香奈がはしゃいでいるのを僕が眺めたりするが、ほとんどは他愛もない世間話だ。だいたい話題は香奈が持ってくる。今日のテーマは麦わら帽子のようだ。

「似合うんじゃない? 夏だし、白いワンピースだし」

 ぼーっと川を眺めながら答えると、隣で不満そうな唸り声が上がった。

「服装的な問題じゃなくて! 私に似合うか似合わないか!」

 その回答に違いがあるのだろうか。香奈のように全身真っ白な人間が麦わら帽子をかぶって、花畑の中心に静かに佇んで――。確かにそれなら雰囲気もバツグンだろう。

「あっ!かに!! 捕獲するぞ!」

 香奈では無理だな。花畑に行っても、大はしゃぎで駆け回るはずだ。雰囲気云々は関係ないだろう。ばしゃばしゃ音を立てながら川に駆け込んでいく香奈を見ながら、心の中で思考を巡らせる。それにしても、今日はやけにはしゃいでいる。常にはしゃいでいるわけだが、異常に彼女がはしゃぐ理由が今日という日にはある。そして、その理由を僕も知っている。


「今日で、8月31日か」

 ぽつりと僕が零す。しまった、と思った時にはもう遅い。香奈がニヤニヤしながらカニを持ったまま近づいてくる。いや、カニは逃がしてやれよ。

「そうだよ~。なに、司ったらさびしいの? ねぇねぇさびしいの?」

 得意げに香奈が寄ってくるのを無視して、カニを奪う。あっ!と香奈が言うが、それも無視してカニを川に逃がしてやる。

「せっかく捕まえたのに……」

「捕まえてどうするのさ」

「思い出。司との思い出にするの」

 そこまで言って、香奈はまっすぐ僕を見つめた。僕は何も言えずにいた。

 もう、8月31日の夕方。僕たちの今年の夏は、終わってしまう。僕を見据えたまま、不安そうに香奈がつぶやく。

「いつまでこの生活ができるのかな?」

「さぁ」

 彼女の体が、だんだんと透けていき、足の方から消えていく。

「司が学校を卒業して、社会人になったら終わるのかな?」

「さぁね」

 もう彼女の足は見えない。

「この橋だって。いつかはなくなっちゃうんだよね……」

「だろうね」

 僕はいつだって、この時、彼女を見ることができず、顔をそむけることしかできない。涙を我慢していることを悟られたくないから。僕が、とっくの昔に彼女に恋していることを、知られたくないから。

「私ね、幸せだよ。司が大好きだから。司にしか私が見えなくても、夏の間しか一緒にいれなくても、私は、好きなの」

 涙声の彼女の声を聞いても、僕も好きだよ、と返すことはできず、沈黙することしかできなかった。限りあるこの関係では、きっと両想いという事実は、お互いに辛いものでしかない。僕は、この思いを封印し続けるしかないのだ。

「そろそろ、時間だね」

 香奈は、もう消えかけている。僕は、彼女の目を見た。

「来年は……」

「えっ?」

「来年は、香奈に似合う麦わら帽子を用意して、待ってるよ」

「っ……!」

 香奈の目から、涙があふれ出した。彼女は泣きながら笑っている。次に僕の言う言葉は決まっている。

「またね、香奈」

「うんっ!」

 香奈は風と共に消えた。


 夏の時期になると、この橋では女の幽霊が出るらしい。最初はそんな馬鹿な、と思っていたが、ある日、偶然にこの橋を通りがかった時に、僕は彼女と出会ってしまった。

「何してるの?」

「えっ!? 君……私が見えるの!?」

 それ以来、僕は香奈と毎年会っている。元々、夏の間は特に予定もなく図書館に通っていたから、いい話し相手ができたと思っていた。毎年、夏の時期に会うだけの友人だった。いつからか、僕にとって香奈の存在が当たり前になって、手放したくない存在になって、いつの間にか好きになっていた。

 また、来年まで待とう。君と会えるのを。麦わら帽子を買っておかなきゃ。



 僕は夏が嫌いだ。周囲の人間が騒がしいから。でも、香奈との時間は静かに心地よく過ぎていく。何をしているわけでもない。ただただ、ぼんやりと同じ景色を眺め、同じ場所で同じ時間を共有するだけ。それでも、永遠に続けばと僕は思う。だからこそ僕は、毎年終わりが来る夏が、大嫌いだ。

 僕は、夏だけの幽霊に恋をした。


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