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貴族的な彼  作者: 柚木
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貴族的な彼と貴族的な茶会

 ディーセン=ヒュウ=バークヘルツという男は、まったくもって貴族的な男である。


「パンがなければケーキを食べればいい」


 彼が言ったというならば、まあ言ったのだろうなと頷くしかあるまい。あの男の場合、ケーキよりスコーンだろうが。それもダグ=リィ手製の。それ以外はただの粉の塊というのがディーセン=ヒュウ=バークヘルツ談。

 八番通りの貴族御用達・ヨシュア洋菓子店の店主が聞いたら泣いて店を畳んでしまうかもしれない。黙っておこう。




 それでは早速、彼の貴族的な生活でも観察することにしよう。貴族は見られるもの、という認識がある彼を観察するのは難しくない。私でもできるくらいだ。



 今日の彼は、いかにも深窓の君然とした女性をエスコートしてベラトーナ男爵夫人の茶会に赴いた。

 ベラトーナ男爵夫人は爵位こそ男爵であるが、血族から皇家へ正妃を出したこと。何よりそのおおらかな性格から、彼女の茶会には公爵位まで参加するほど、広い人脈を誇っていた。


 そんなわけで伯爵の跡取りであるディーセン=ヒュウ=バークヘルツの元にも招待状が届いた次第である。


「ベラトーナ夫人! 相変わらずお美しいですね」

「ありがとう。バークヘルツさまも相変わらずで」

「ああ、失礼。マダムの美しさに、招待の礼を忘れていました……この度はこのような素晴らしき茶会にお招きいただき、恭悦至極に存じます」

 完璧に計算された角度でお辞儀をし、流れる動作で夫人の甲に口づけをする。もちろん流し目を送るのも忘れない。


 きゃあだとかはぁだとか背景でうら若き乙女、一部婦人の悲鳴があがるなか、あらあらまあまあと微笑む夫人は、実はけっこうやり手な女性だった。

 その性根を見抜いているディーセンは無駄に続けず、さっさと退散した。



「ディーセンさま、わたくし少々疲れてしまいましたわ」

「そうだな、今日は日差しが強いし……レイン、あそこの木陰なんかどうだろう。使用人にテーブルを移動させて」



 今日のお相手はレイン嬢らしい。知らない名だ。…………レイン=ロウ=クレメンツ? あの北方伯爵のクレメンツ? そうか、ありがとう。相変わらずセディは物知りだな。



 木漏れ日と爽やかな風、鼻をくすぐる紅茶や焼き菓子の匂い。そこに美男美女が揃えばまるで絵画のようだ。


 そうそう、ディーセン=ヒュウ=バークヘルツという男は、貴族的に麗しい容姿をしている。おとぎ話の王子様でも騎士様でもいいから想像してほしい。髪はプラチナブロンドで瞳は紅茶色である。…………そう、ディーセンの見た目もだいたいそんな感じだ。



「ディーセンさまはスコーンがお嫌いなのですか?」


 ああ、脱線してしまった。気を取り直して観察再開しよう。……スコーン、ね。レイン嬢はなかなかに目の付け所が鋭い。


「……いいや? むしろ焼き菓子の中では一番好きだよ」

「でも、先ほどから一つもお召しになっていませんわ。ビスケットばかりではもの寂しいでしょう」

「そう? レインはよく見ているなあ。君みたいな綺麗な子に見つめられたら緊張してスコーンも喉を通らないな」

「もうディーセンさまったら」


 あ、はぐらかした。やはり深窓のお嬢様に彼の相手は難しいか。


 ディーセン=ヒュウ=バークヘルツは、スコーンが大の好物である。しかしダグ=リィの焼いたスコーンしか食べない・食べたくない・食べる気がしない、という貴族的な我が儘っぷりである。

 しかしそのような我が儘はみっともない・大人げない・スマートではない、という貴族的なプライドの高さも持ち合わせているのがディーセン=ヒュウ=バークヘルツである。



 かくして彼のスコーンに対する並々ならぬこだわりを知るのはダグ=リィとセルマ=デューイのみである。

 実はトーマス=ルブランも知っているが、それを彼に知られたら何されるか分からない。と全力で隠していたので見逃しておく。


 なお気になる彼の正体だが、単なる近所の、至って庶民的かつ善良な農家の青年であった。代々バークヘルツ家はこの農家から野菜を買っている。

 わざわざ新鮮な野菜を直接届けては捕まり、散々に遊ばれている愛息子の訴えを彼の両親は黙殺している。世の中、血の繋がりより金の繋がり。



 ……また脱線してしまった。しかしまあ問題ないだろう。先ほどから聞こえてくる会話と言えば、


「レイン、君の名前は美しいね。もちろん君の輝く美貌には敵わないが」


「このブローチは春先に市場で見つけたんだ。いやあ、あそこもなかなかに楽しいよ。領民と触れあういい機会だしね」


「今日もドレス似合ってるよ。それはアレだろう? 新作の……着こなすのが難しいと噂されてる」


「そのチョーカーは……何、ピール領のウィリアムから? まったく、ウィルは君の良さを分かっていないな。今度は私から贈り物をしても?」


「レインは料理もするのかい? ……そんなことない、素晴らしいと思うよ。是非ご馳走されたいな」


「領民との会話も、領主としては大事だと思う。上に立つ者は民を顧みないとね」



 ……そろそろいいだろうか。まあ貴族的な会話というのはこんなものだ。大して聞く価値はない。貴族は基本、暇なのだ。流行りの服とダンスと他人の噂、恋の駆け引きぐらいしか頭にない。



 一応、最後に統計だけは記しておく。気になるなら見ていけばいい。


 ああそうそう。ディーセンのこの後だが、他の参加者たちとも似たような会話を繰り広げ、夫人が用意した馬車に乗ってレイン嬢を送り届け、ダグ=リィ特製のポトフとミートパイを食べた。最後は寝室でセルマの淹れたハーブティーを飲み就寝。


 いやはやまったくもって貴族的な一日だった。ああ肩がこる。



 ……ご察しのとおり、この国は平和である。



 さて、私も寝るか。セディ、これ仕舞っておいてくれないか。…………違う。だからその対のぞき見用ネズミ取りトラップ棚ではなく普通の方だ。




*付録*

ディーセンとレイン嬢の会話統計表


時候関係・5%

茶会関係・5%

ディーセンの自慢・10%

レイン嬢への口説き・80%

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