第七話「街中でのお買い物」
……うう、通行人の目が痛い。
城下町の入り口――商人と職人の店が立ち並ぶ通りを、俺は歩いていた。
過去人生を振り返ってみても、今が人生で一番注目されてる瞬間かもしれない。
学校でも目立たず、バイト先でも存在を忘れられる俺だ。
もともと注目を浴びるような生き方はしてきていない。
だというのに、この視線だ。さすがに辛いものがある。
何だよ、学生服に虚無僧帽子がそんなにおかしいか?
コラそこの鍛冶屋、仕事の手を止めてまで見る程俺が滑稽か?
「……どこだぁ、呉服屋でも何でもいいから、早く俺に女装させてくれ」
自分でも誤解されそうな事を言っていると理解しているが、事は急を要する。
この状態で自警団とでも鉢合わせになったら、まず間違いなく切り捨てられてしまう。
どう見ても不審者だもん今の格好。
そして、大通りも半ばを過ぎた頃、目当ての店を発見した。
客の入りは少ないものの、風格のある構えをしている。
『茶屋・四郎次郎を偲んで』
年中葬式でもやってるのかというような店名だが、売っている商品には多種多様な服が見られる。
そこには、坊さんが着込んでそうな袈裟等も並べられていた。
俺はこれ以上人目につかないよう、緩やかに嫋やかに店頭へ足を運んだ。
すると、中から気合の入った少女が一人出てきた。
『商売第一』という鉢巻を頭に結わえ、媚びることなく話しかけてくる。
「いらっしゃい。
天下の豪商・茶屋四郎次郎の養子・撫子でーす。
……何かお客さん、凄い格好してるね。
虚無僧の帽子はわかるけど、下のそれは珍しいや。舶来品かな?」
「まあ、そんな所だ」
ふーん、と感心しながら食い入る様に見つめてくる。
少女が口にした言葉――舶来品。南蛮貿易の賜物ということか。
宣教師の姿は見えないけど、その影響はしっかりあるんだな。
まあ、この姿じゃポルトガル人が見ても「オッホーウ。キテレツジパング! イェアイェア!」と声を張り上げるだけだろう。
俺は店内に踏み入り、服を触りながら目当ての品を所望する。
中は質素な物で、商品の他は秤と算盤らしき物しか見受けられない。
「……あー、尼僧服って置いてるのかな? 一番安いやつお願いしたいんだけど」
この状態で男だとバレたらさらに色々突っ込まれそうなので、声を出来る限り細く高くして撫子さんに問い掛けた。
「……変な声してるね、風邪?
薬は今高いからねー、気をつけないとダメだよ」
薬か――そういえばここは京だったか。
ということは、かの有名な医師・曲直瀬道三もいるのだろうか。
要らないことを邪推していると、撫子さんがタンスから商品を取り出して見せてきた。
細やかで美しい両手に握られていたのは、何とも簡素な袈裟だった。
土色の生地に古臭い匂い。
どうやら随分と長い間お蔵入りしていたようである。
しかし、その目立ちにくい配色は評価できるな。
俺は左胸ポケットから、質量のある財布を取り出した。
「それはいくら?」
「んー、これなら800文で良いよ」
……確かこの時代の1文は今の10~20円くらいだっけ。
てことは約2万円か。
高いなー、こんな薄っぺらい着物、近所の物産展なら500円で買えるぞ。
どれだけ元の世界が服に恵まれていたか痛感する。
俺は財布を広げて銅銭を幾枚か取り出そうと――。
……わーお、ブルジョワ。
水仙さん狩りの時にどんだけ大金持ち歩いてるんですか。
昨夜の弓兵少女から頂いた財布を広げてみれば、そこにはずっしりとした金塊が入っていた。
しかしまあ、これはお金ではない。
このままでは通貨としての効果は発揮されないだろう。
俺は困ったようにして撫子さんに尋ねた。
「あー、この金がどれくらい価値があるのか分からないんだけど。
ちょっと鑑定を頼んでもいいか?」
すると、撫子さんはまぶしい笑顔を見せた後、快くうなずいてくれた。
うーむ、素晴らしい商売人スマイル。これは〇円にしとくのが惜しい。
「いいよ。ウチは両替屋も一緒にやってるからね。
信用第一だ。変な鑑定したりしないから安心しな」
額にでかでかと商売第一と書いてあるんですけどね。
果たして自分の格好を認識できてるのか……。
俺は苦笑して金塊を財布から取り出した。
輝く金色の石が外気に晒される。淡い光を放つ金は、とても神秘的であった。
「これなんだが……」
「おいおい、本当にあんた坊さん?
金塊だけの財布なんて見たことないんだけど」
俺だって見たことないよ。
恐らくこんな坊さん世界初だよ。パイオニアだよ。
嫌だなあ……そんな先駆者は。
「確かに銅銭とか一枚もないな」
「自分で言うのかい……。それじゃ、まずこれを貫に変えようか。
んー、結構重量あるし、50貫ってとこかな」
秤に金を乗せながら価値を評している。
すると、ここで聞き慣れない通貨名が出てきた。
――貫。戦国時代の通貨名だったっけか。
「……つまり、いくらだってばよ」
「……ばよ?」
「いや、気にするな」
えーと、1貫が1000文だから、この金貨は文にして50000文。
日本円に直すと――400万円くらいか。
ふむ。なるほど、結構高いな。
この時代はまだ金の鉱脈があったから価値を軽んじられていたはずだけど、それでもやっぱり高級品だ。
悪銭身につかず。どう考えてもこの金銭は悪銭に分類されるので、さっさと使ってしまおうか。
神社で未来視とやらをしてもらった後、少し買い物でもしてみるとしよう。
用心棒も雇いたいし。
「じゃあ将軍様が発行した1貫銭49枚と、200文を渡すよ」
銀銭の束を差し出してきたので、有難く頂戴する。
すると、腕にかなりの負荷がかかり、眉をひそめてしまった。
これ、かなり重い。
「……結構重量があるな」
「これでも一貫銭が発明されて楽になったほうなんだけどね。
あんたの場合、量が異常。金塊を持ち込んでくる坊さんなんて、前代未聞だよ」
「違いない。じゃあ、服も貰って行くぞ」
「まいどありー」
俺は服を脇に抱え、出口へと脚を踊らせる。
しかし途中、妙案というか、詐欺師と旅人両方にとって役に立つ道具の存在に気付き、再び撫子さんに向かい合った。
「ん? どしたの?」
「いや……ついでに、この200文で――何か財布替わりになるような袋を数枚くれないか?」
その言葉を受け、撫子さんは首を傾げる。
俺の行動が理解不能なのか、怪訝な表情となる。
「いいけど、どうして?」
「旅人の基本だよ。一つの財布に全額入れていたら、落とした瞬間文なしだ。
5つくらいに分散させておけば、1つや2つなくなった所でどうにかなる」
これは結構大事なことだったりする。
まあ、普段から落としても痛手にならないように入れる金の量を調節したりするものなのだが、この世界ではそうも言ってられない。
いつでもどこでもATM――まったく、現代の銀行機能は誠に素晴らしいものである。
「なるほど。旅なんてしたことないから分からなかった」
俺も一人旅なんて今回が初めてなんだけどな。正に心細さとの戦いだ。
俺が益体もないことに思いを馳せていると、撫子さんは幾つかの袋を持ってきた。
200文と控えめな金額を提示した手前、5つくらいを所望したのだが、撫子さんはオマケのつもりなのか8つもの財布を手渡してくれた。
「あいよ、これでいいかい?」
「ああ、ありがとう」
何この人、外面のみならず内面も美人だよ。
切符の良い女性というのは気持ちがいいものだ。
俺は一言礼を言った後、店を後にした。
気さくな人で、撫子さんは姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。
あれは将来、化けるな。間違いない。
京都の華々しい雰囲気が一気に眼前に飛び込んで来る。
店内が質素だったからか、余計に豪奢に感じられた。
俺はとりあえず、そそくさと路地裏らしき小道へ入り、制服を脱いだ。
下山時の生傷で深い場所が一箇所あったようで、制服が血で濡れている。
さすがに出血は止まっているものの、ちと痛い。
俺は天蓋を脱ぎ、一息つくと共に袈裟を身につける。
そうだよ、これで完璧な虚無僧だ。
尺八があれば鬼に機関銃なのだが、そこまで高望みは出来ない。
それにしても、俺が女装をしたどうなることやら――と思っていたのだが、袈裟という着物の性質上、着る者を選ばないようだ。
男が着ても一切違和感がない。
まあ元々、坊さんが着てるような物なので当たり前なのだが。
ここで渡りに船、不法投棄されていた大きな麻袋を見つける。
けしからん輩もいるものだが、俺が再利用する分には問題ない。
着崩れた制服を袋に突っ込み、脇に抱える。儲けた儲けた。
しばらく涼んで汗を拭った後、俺は再び天蓋を装着した。
農婦が言っていたと思われる神社とやらはもう眼の前。
「……さあ、服も着替えた所で、神社に行こうじゃないか」
巫女さんが未来視を使えるなんてのには疑問があったが、そんな事を言ったら陰陽師だって胡散臭いものである。
元の世界へ帰るための策が見つかるのならば何だって構わない。
俺は唯一怪しがられるであろう服装――スニーカーで地面を踏みしめ、神社への階段を登り始めた。
靴も買っとけば良かったかもしれない――その事に今更気づいたのは秘密だ。