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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第三章 打倒、将軍家
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第六十六話「じゃあな」

 



 少女たちに向かって、俺は心からの礼を言った。

 すると、張り詰めていた皆の顔が、弾けるように明るくなった。

 身体を起こしかけていた俺に抱きついてきて、口々に喋り始める。



「お身体は大丈夫ですか!?

 ご主人様、まだ動かないほうが……」


「まったく、何度心配させれば気が済むんだにゃ……。

 だけど、無事でよかったにゃ!」


「ふ、ふん。私が一応認めた男だけはあるな。

 あの瀕死状態からよく目覚めた。素直に嬉しいぞ」


「皆で祈った甲斐があったのだろうな。

 後始末を風鈴と島津たちに任せて、私たちはずっとここにいたんだ。

 春虎殿が、目覚めてくれるまでな」



 皆の声が、なんだかとても暖かい。

 人から心底心配してもらえることが、こんなに重くて嬉しかったなんて。

 以前の俺では知る由もなかっただろう。

 一人一人に返答を返していると、横から他の声が聞こえてきた。



「まあ待て。此奴はこれからすぐに帰らねばならぬ。

 別れの挨拶をする時間も惜しいのじゃ」


「……って、紅葉か。いたんだな」


「何を言う、わしはここの巫女じゃぞ。

 まあそんなことはどうでもいい。

 どうやら、わしの姉に随分遊ばれたようじゃな」


「なに……? 椿とお前は姉妹なのか」



 どうりで妙に性格が悪いわけだ。

 てかちょっと待てよ。

 あの夢の中の話だと、椿は神様の一人だったよな。

 てことは、こいつもそれに準ずる存在なのか。



「紅葉、お前も神様なのか?」


「はぁ? あいつの言うことを素直に信じてどうする。

 わしもあいつも、人間離れした只の凡人じゃよ。多少神々と距離が近いだけのな」


「嘘だったのかよ!」



 何が八百万の神々の一人だよ。

 椿の言ってることは嘘ばっかりじゃないか。

 相変わらず、最後まで俺が敵いそうにない存在だよ。

 何が真実なのか分かったものじゃない。



「そこにある物を見るが良い」



 そう言って、紅葉はこの建物の最奥にある物品を指で示す。

 そこには、神社に祀られている至宝が存在していた。

 一言で表すなら、妙な色をした鎧。

 だがしかし、その鎧の形には、非常に強烈な既視感があった。

 と言うより、俺を飲み込んだ紫の鎧にそっくりのデザインだった。


 しかし、一つだけ違うのは、全身に施された彩色だ。

 俺が持っていた鎧は、禍々しさを体現したかのような紫色だった。

 しかしこれは、一切の毒気がない桜色だった。

 確か、『転世の古鎧』だったか。

 月光も差し込まない最奥の一角で、妙に輝かしい光を放っている。

 それは、椿が身体にまとっていた湯気と同じものだった。

 夢の中でしか見えないモノだと思っていたのだが。


 いや、逆か。

 普段の状態でも視認できるほどに、圧倒的な霊力を纏っているのだろう。

 浮世離れした鎧が、暗い闇の中で煌々と光を湛えていた。



「あれを見てどう思う」


「光ってるな」


「そういう意味ではない。

 まあ良い、あの鎧は最大まで光を身に溜めた時、異常なまでの爆発を起こすのじゃ。

 発せられる光は人の目を潰すとまで言われるほど。

 その時の圧倒的な霊力の放出で、異界への扉が開くという。

 曰く付きという言葉では生温いほど、あの鎧は常軌を逸しておるのじゃ」


「ちょっと待てよ。俺はあれを使って元の世界に帰るんだろ?

 間近にいたら失明しちゃうんじゃないか」


「眼を瞑ればいいだけのことじゃ」


「そんなものなのか……」



 俺の不平を突っぱねて、紅葉は光を放つ鎧を見守る。

 後ろにいる風薫たちは、俺に話しかけて来なかった。

 どうやら、最後の言葉をまだ取っておくつもりらしい。

 とりあえず鎧を見つめていると、その光が急に収縮を始めた。

 強烈に煌めいたり、微弱に灯ったりと、不安定な発光を繰り返す。

 それを見た紅葉の表情が緊迫したものになった。



「……来たか!」


「ど、どうすればいいんだ?」


「もう少しで光の炸裂が来る。

 そうしたら、ゆっくりと鎧の方へ歩いて行け。それで全てが終わる――」



 言い終わるが早いか、とんでもない光の爆発が起きた。

 世界が揺らいでしまいそうな光の奔流。

 とっさに瞼が固く結ばれる。

 だが、それでも赤い光景が焼け付いてしまう。



「……ぐぁっ!」



 意識が刈り取られてしまいそうな発光現象。

 だけど、ここで歩みを止める訳にはいかない。

 俺は身体に活を入れ、足を前に出そうとした。

 だが、身体がピクリとも動かない。

 指一本すら満足に稼働させることができないのだ。



「硬直現象、か……!」



 口から涎が零れ落ちる。

 自分の意志で身体が動かず、呼吸すらも苦しい。

 急激な点滅光による、身体の硬直現象。

 最近のテレビはこれが起きないよう、気を使って編集をしてるんだっけか。


 これでは、全く前に進むことができない。

 朧になりつつある意識が、危機感を煽ってくる。

 棒立ちになっている俺に、声がかけられた。



「何をやっておるのじゃ。

 光が収まれば二度と帰ることが出来ぬぞ。

 神々は汝が即刻帰ることを前提にして消滅を看過しておる。

 このままでは、再び透過現象が起きることになろうぞ」


「……分かってるんだよ、そんなことは!」



 とっさに声を荒げてしまう。

 だが、今の言葉で、俺の中で何かが目覚めた。

 それは多分、焦りと恐怖と危機感が混在した感情。

 その感情が、俺の身体を強制的に起動させる。



「……う、ご、けぇええええええええ!」



 一気に力を入れ、全身に推進力を発生させる。

 硬直している身体を強制的に目覚めさせた。

 早く、早く行かないと。

 分かってはいるものの、いかんせん身体の動きが鈍い。


 鎧がどれくらいの間、異界への道を作ってくれているのかは知ることが出来ない。

 だから、一刻も早く進まなければならない。

 今までの全ては、元の世界に帰るためにやってきたんだ。

 ここで帰れなかったら、全てが無駄になる。


 頑張ってきた努力も。

 風薫の尽力も。

 アヤメの助力も。紫の苦労も。

 日和の援助も。

 そして、待ってくれている甘屋の心も。

 俺は――こんな所で止まっている場合じゃないんだ。





「動けやぁああああああああ!」





 とっさに叫んだ俺は、懐からあるものを取り出していた。

 危険すぎて、取り扱い注意のステッカーがベタベタと貼られた物品。

 この世界で、俺の有効な武器になってくれた発明品。


 ――高電圧スタンガンだ。

 この身体の硬直が刺激によって引き起こされたものなら、違う刺激によって上書きすることが出来るはず。

 無茶苦茶なことを言っているのは自分でも分かっているが、今できることはこれしかない。


 止まりかけた心臓を再稼働させるには、荒療治の電撃を必要とする。

 俺の場合全くケースが異なるが、今の俺にできる一手はこれしかなかった。

 ショック死してしまわないよう、レバーを弱に固定する。

 二の腕に金属部分を押し当て、一気に電源を入れた。




 ――ジジ、バヂィッ




「ぎぅ、うぁあああああああああああああああああっ!」



 全身に雷が落ちたかのような一撃。

 改造を施したこのスタンガンは、たとえ弱であっても人を壊しかねない威力を持っている。

 これで意識が飛んだら、間違いなく最悪の一手だった。

 しかし、ここで俺はいい結果をたぐり寄せることができたようだ。



「……これで、なんとか――」



 一歩、前に足を踏み出す。

 先ほどよりスムーズに踏み出されたその一歩は、今の俺にとって大きなものだった。

 強烈な痺れで最悪の状態。

 でも、今の俺はそんな苦境なんかに屈している場合ではなかった。

 目を瞑る前、鎧まで目測12メートルくらいの距離があった。


 なんでもないような短距離に思えるが、今に限ってはフルマラソンよりも長く思える。

 ひどい頭痛がする。電流の刺激で吐き気をもよおしている。

 この世界で複数回無茶をしたことで、全身ボロボロだ。

 だけど、だからこそ俺は強くなれたのかもしれない。

 外面でも、内面でも。



「……思えば、色々あったなぁ」



 発汗と視界の霞が深刻なものになっている。

 だけど、脳裏に浮かぶこの世界の記憶が、俺を前へと進ませてくれる。

 一歩一歩進んでいく。

 だけど次第に、足の震えが止まらなくなってきた。

 あとどれくらい歩めば、この苦界から脱却できるんだろうか。


 赤かったはずの視界は、ほんのりとした茜色に染まっている。

 この色は、あいつの名前の色だ。

 だけど、妙に眼に優しい茜色は、ここまで来た俺を祝福するかのように、暖かいものだった。


足先が硬い物にぶつかる。

 思わずよろけながらも、強い光を放つ鎧に手を伸ばした。

 ひんやりとした本体に触れる。

 するとその瞬間、俺の身体に妙な違和感が走った。



「な、なんだこれ……?」



 同時に、眼を焼くような光が収まってくる。

 ゆっくりと眼を開けると、俺の全身が光り輝いていた。

 先ほど瞼の裏に感じた茜色の光が、俺の頭から足までを優しく包んでいる。

 なんだか、不思議な気分だ。



「茜色は元いた所への回帰を促す、郷愁の色じゃよ。

 たった今、汝は全ての試練を乗り越えた。

 素直に賛辞をくれてやろう。おめでとう――伏見春虎」



 ビッと、親指を突き出してくる紅葉。

 どうやら、俺は神様の試練や巫女の意地悪を全て踏破できたようだ。

 なるほど、少しづつ、身体の感覚がなくなってくる。

 しかし、この感触は大量出血などで意識を失う時とは違う。

 これから俺が『帰る』んだということを、如実に分からせてくれる。


 紅葉はもう何も言わない。

 おそらく、このまま身を任せていれば良いのだろう。

 ふと安心して、思わず目を閉じかけた時――



「……ああ、そうだった」



 俺は目の前にいる少女たちを見て、気づく。

 口元に笑みを浮かべ、この眠気に抗った。



「ちゃんと、あいさつはしないとな」



 屈託なく笑い、それぞれ思うところがあるであろう少女の顔を順に確認していく。



 安心感と同じだけの寂しさがあるのか、少し悲し気な顔で微笑んでいる風薫。


 素直に俺を讃えようとしているのか、無邪気に拍手をしてくれているアヤメ。


 俺が目を合わせると一瞬顔を逸らしかけたが、おずおずと赤面しながらも笑い掛けてくれる紫。


 強烈な光の中を歩き切ったことが意外だったのか、若干驚かされたというような表情で安堵の息をついている日和。



 だが、少女たち全員に言えることがある。

 皆が皆、俺の帰りに涙を流してくれているという点だけは、一緒だった。

 だから、俺も最後くらい、しっかり言っておかないとな。

 言葉にしないと、伝わらないことがあるから。



「みんな、本当にありがとう」



 腰に手を当て、気恥ずかしげに口を開く。

 正直、人にお礼を言ったことが数えることしかない俺にとって、これは難易度の高い芸当だ。

 だけど、本心に溜まっているこの感情を素直に言えば、きっと簡単に言うことができるのだろう。

 これが俺の、偽りのない気持ちだから。



「みんながいないと、きっと俺は何にもできなかった。

 俺一人だったら、絶対変な店長に殴り殺されてたし、山賊に襲われて死んでたし、毛利兵に殺されてたし、吉川にも小早川にも負けてたし、足利の兵や三好、松永にだって勝てなかった。

 でもそれ以上に、俺がこうして詐欺師を卒業することは出来なかったと思う」



 そう、これは誰か一人が欠けてしまえば絶対に到達できなかった未来であり、今だ。

 だから俺がいくら感謝をしても、きっと足りないくらいのものなんだと思う。

 いくら感謝しても届かないなら、この一言に込めてみせる。

 俺は大きく息を吸い込むと、間断なく大声を出した。



「風薫! この世界じゃお前と過ごした時間が一番長かったよな。

 お前はもっと自信を持っていい。自分と皆を信じて頑張ってくれ!」


「は、はい! ご主人様もお元気で」



 風薫はいきなり勢い込んで喋り始めた俺に戸惑いながらも、最高の返事を返してくれた。

 少し咳払いをして、また続ける。



「次にアヤメ! 個人戦でお前に勝てる奴はきっと居ないだろうな。

 強すぎるんだもんお前。だから、その強さで皆を守ってくれ! よろしく頼んだ!」


「任せるにゃ。私はお前に出会えて本当に良かったにゃ!」



 俺もだよ、と聞こえるか聞こえないかくらいの声で返す。

 こいつには、あんまり言葉は必要なさそうだから。もちろん信用してるって意味でだ。



「次、紫! あんまり前に前に出過ぎるなよ!

 奥の方でゆったり働いてても、お前は輝いてて魅力的だから!

 そのパーフェクトさで風薫や日和のサポートをよろしく頼む!」


「い、言われずとも分かっている!

 だが、貴様にそう言ってもらえると素直に嬉しい。

 その期待に応えられるように、どんどん出しゃばっていくからな!」



 分かってねえじゃねえか。

 とは言っても、こいつはそれでいいんだけどな。

 自重しないからこその黒田紫だ。

 あと、わざと横文字を混ぜたんだが、あまり困惑しなかったな。

 まあニュアンスで伝わったんだろう。

 ほとんど息継ぎをしていないので苦しいが、何とか最後の声を絞り出す。



「最後に日和! これからの天下を頼むぞ!

 難しいとは思うけど、お前なら出来ると信じてる!

 それに、皆がいるからな! 頑張ってくれ!」


「任せてくれ。粉骨砕身一族郎党、この身が朽ち果てようとも泰平を守ってみせる。

 ――お疲れ様だ、春虎殿。いや、春虎!」



 自信に満ち溢れた返答をくれた日和。

 何とか最後まで言い切れた。

 もう、俺が言うべきことは言えたな。

 ちょうど茜色の光が強くなり始めている。


 多分、もう時間だ。

 いったいどのくらいこの世界にいたのだろう。

 分からなくなるくらい、俺はこいつらと一緒に戦ってきた。

 神様に毛嫌いされる異世界干渉者として、一人の詐欺師として。

 だけど、それはもう卒業だ。


 光がまばゆい光を放つ。

 皆の姿が見えなくなってくる。

 皆が俺の名前を呼んでくれている。

 その声すらも聞こえなくなった時、俺はこの世界で最後に呟いた。


 誰に言ったのかも分からない、何度言っても言い足りない、たった五文字の言葉を。

 そして、それに続く、お別れの言葉を。







「――ありがとう。じゃあな」







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