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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第三章 打倒、将軍家
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第六十二話「元の世界に帰るため」


 ――そして時は来た。



 完成した板を持ち上げていく兵士たち。

 アヤメが敵の本隊を誘導し、敵本陣はがら空きになっている。

 この位置関係では普通、宇喜多が攻勢に出ることは不可能だ。

 しかし、それを可能にするべく、一気に橋をかけさせる。



「垂直に立てた後、対岸に思いっきり倒してくれ!

 敵本隊が戻ってくるまでが勝負だ!」



 鼓舞と指示のために叫びまくる。

 多くの兵が橋架作業をしている後ろに、すでに騎馬兵が控えていた。

 敵本陣への活路が出来るのを、今か今かと待ち構えている。

 そんな時、対岸で叫ぶものがいた。

 俺たちが本気で橋をかけようとしているのを見て、松永氷華が笑っているのだ。


「そんな板切れを持って何がしたい?

 橋をかけた時の衝撃で砕け散るのが目に見えている」


「そうだろうな。普通なら」


「……なんだと?」


 ああ、アヤメと戦った奴から聞いていなかったのか。

 それもそうだよな。このスプレーの情報を知っている奴を、こいつらは軒並み殺してしまったんだ。

 だけど、失策にも程がある。

 そんなことをしたから、奇策への対抗策を出すことが出来なかった。


「ぐぬぬあぁ! 重い! だが、大丈夫だ!」


「急ぐでごわす!

 春虎殿が消えてしまう前に、この戦いにケリをつける!」


「唸れ土佐の熱き血潮ぉおおお!

 この橋だけは、この腕が砕けようと架けてみせるぜよ!」


 膨大な兵士たちが、完成した橋を徐々に立てていく。

 凄まじい熱気が板へと集中し、軋みながらも、橋は持ち上がる。

 その薄い板が壊れるようなことは、今のところなかった。

 この城と対岸には、大きな高低差がある。

 もちろん石山城のほうが高度が上だ。

 だから、この崩れた城壁の端に片方を固定し、そのまま向こう岸に向かって放り投げれば、この橋は出来上がる。


 垂直になりつつある板を見て、他の工作兵が固定作業をはじめる。

 よし、もう少しだ。

 そんな時、眼の端に嫌なものを捉える。

 まだ橋がかかっていないのに、本陣から二人の伝令が走って行こうとしているのだ。

 この策が成功することなどありえない。

 そう言っていたのに――本隊に異変を知らせて増援を呼ぶつもりか。


「……まずい」


 もし橋がかかっていても、その時敵が万全の構えで待っていたとしたら、この策は失敗する。

 敵軍に大損害を与えられることは間違いないが、この奇策はそんなことを目的としていない。

 俺が頭を抱えて苦悩していると、俺の横に二人が踊りでてきた。

 それは、弓を引いている風鈴と、手槍を構えている終焉だった。

 ちょっと待て、ここと伝令の距離がいくらあると思っているんだ。


「おい、無理だろ」


「お静かに。集中できなくなってしまいます」


「そういうことだ。

 大将は大将らしく、そこでどっかり座ってろ!」


 いや、俺大将じゃないんだけど。

 大将俺の後ろで橋架隊に指示飛ばしてるんだけど。

 一応間違いを訂正しようとした時、風鈴の眼光が鋭く光った。

 弓から矢を打ち出し、暗い夜空に吸い込まれるように上がっていった。

 なんだか、もの凄く見当違いな方向に飛んで行ってるように思えるんだが。

 しかし、風鈴は涼しげな顔をしている。


「私は終わりました。橋の持ち上げに戻ります」


「お、次はあたしか!? よし、行くぞオラァ!」


 風鈴はそのまま去っていってしまう。

 いや、何のために出てきたんだよ。

 そんなことを後ろ姿に浴びせかけたくなった時、遠方で鋭い叫び声が響いた。


「……え?」


 良く見れば、伝令の一人が倒れ伏している。

 脳天に矢が突き刺さったようだ。

 まさか、あんな上空に上げた矢が、ピンポイントで直撃したのか?

 そう言えば、いつは弓術も大得意だったんだっけ。

 いや、それにしてもおかしいだろ、精度が。


 俺の内心での冷や汗を無視して、今度は終焉が動いた。

 兵士が訓練用に使っている短い槍を持ちだしてきたのだ。 


「火縄銃は修理中だ。だから、手槍をこうやって……!」


 おもむろに振りかぶり、終焉が身体を一回転させての大投擲を行った。



「ちぇええええええすとぉおおおおおおおおおおおおッ!」



 耳を抑えたくなる猿叫。

 大車輪を彷彿とさせる体のひねり。

 しなやかな身体から撃ちだされた手槍は、一直線に伝令に向かって宙を翔ける。


「……ぎぅ!?」


 伝令の首を穿ち貫き、その動きを止めた。

 呻き声が漏れるが、それも宇喜多の歓声でかき消される。


 伝令は己の身体を貫通した槍が地面に突き立ち、磔のような状態で息絶えていた。

 終焉は得意顔で笑っていた。

 正直言って、オリンピックに出たほうが良いんじゃないかっていう馬鹿力だった。

 現代人とは骨格からして違うのかもしれない。

 その一連の流れを満足気に眺めた終焉は、指を立てて俺を見てくる。


「これでいいな? じゃ、酒を飲み直してくる」


「働けよ」


 俺の叱責を無視して、やだよー、と走りながら逃げてしまった。

 腕は確かのようが、扱いづらいな。

 だが、これで伝令の始末は終了した。

 敵本陣もそのことに気づいていないようだ。

 念のため二人も出発させたのにな。

 両方が行動不能になってしまうとは、夢にも思うまい。

 俺も思わなかったしな。




「――架け橋、垂直になりましたっ!」



「よし、一気に押すんだ!

 この城から、対岸に足場を作ってしまえ!」


 日和の号令が轟く。

 その瞬間、先ほどを超える熱気が爆発した。

 国境を超えた兵の結束で、板を力の限り動かしていく。




「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「せやぁああああああああああああああああああ!」


「ちぇすとぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 口々に気合を入れ、ぐぐぐっ、と押していく。

 ものすごい人数からの圧迫によって、橋が軋む。

 だが、あの発明家の発明品は、この程度で壊れはしない。

 というか、壊れたら破滅だ。

 垂直にまで持ち込んでしまえば、倒すのは簡単。

 怒涛の板押しによって、ついに橋の上方が城外に向かって傾き出した。


 ――その時、松永氷華が自信に満ち溢れた表情で大声を上げた。


「馬鹿め! そんな所から落とせば板が四散するぞ!」


「それはどうかな!」


「……なに?」


 城外からの罵声を無視して、止めとばかりに板を押し出す。

 すると、長大な架け橋が、旭川を乗り越え、向こう岸に落下していく。

 とんでもない質量が、この城から吐き出される。

 その刹那――宇喜多連合軍の全員が叫んでいた。



「架かれぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええええ!ッ」



 その声が咆哮となってこの地に響き渡るのと、橋がとんでもない轟音を立てながら地面に直撃したのは――同時だった。


 世界が割れるような轟音。

 直径一キロメートルの鉄球を、天空から落とした時のような衝撃。

 この城を覆い尽くすような土煙が巻き起こり、橋が完全に視界から消える。

 土煙が気管支に入り、俺は咳き込んでしまう。

 その時、襟元を誰かに掴まれた。

 そして、ぐいっと引っ張らっれて、俺の体が宙を舞う。


「……おわっ!」


 衝撃が腰に響いた。

 気づいてみれば、馬の背中に俺は座っていた。

 眼の前にいて手綱を握っているのは、風薫だ。

 彼女は、昔に父親から受け継いだ短刀を腰にさし、覚悟を決めた精悍な表情をしていた。


「――風薫、お前」


「終わらせに行きましょう。全てを」


 私も、手伝いますから。

 無邪気に微笑み、彼女は馬の手綱を引っ張って突撃体勢を取る。

 少しづつ、土煙が晴れてくる。

 そこにあったのは、俺たちを勝利へと導く大橋。

 傷一つない橋が目の前に現れた時、宇喜多の全兵士が沸き立った。

 その勢いのまま、日和が叫ぶ。



「掛かれっ! 松永と三好の首を獲れえぇええええええええええええ!」


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 城壁を打ち払ってそこにスペースを確保し、むちゃくちゃな方法で橋をかけ、がら空きの本陣に突撃する。

 とんでもない策だったが、ここに至って完成した。

 積み上げた土塁の上に掛けられた橋は、宇喜多軍を一気に足利の本陣に導こうとしている。

 勇壮な島津兵を率いて橋を駆け下りる終焉。

 その姿を見て、本陣を守っていた足利兵が防護壁を作ろうとする。

 しかし、鬼島津の前では、そんなものは紙も同然だった。



「ちぇすとぉおおおおおおおおッ!

 一番槍はこの島津終焉がもらったッ!」



 馬から飛び降り、福岡一文字吉房を抜刀する。

 妖しくも鋭い刃を一撃のもとに振り下ろし、敵の親衛隊を打ち払っていく。

 だが、俺の目から見れば、軍を率いている武将が突出しすぎだ。

 足利兵もそれに気づいてか、一人で突進してきた終焉を包囲し、討ち取ろうとする。



「おっと、対応が早いな!

 このままじゃマズイか。ちょっと戻らないとな!」



 すると、終焉はあっという間に馬に乗り、林の方に走り去っていく。

 当然、逃げ去る隊長クラスの首を求め、何人もの兵が追っていく。

 その時気付いたが、いつの間にか終焉の率いていた島津兵がどこかへと消え去っている。

 軍団長が一人で敵陣に切り込むインパクトが強すぎて、迅速に姿を隠した島津兵がどこにいるか分からくなったのだ。


 終焉が背中を向けて逃げていると、三好と松永の側近らしき武将が、数人追撃してきていた。

 それを見て、終焉は邪気のこもった笑みを浮かべる。

 林の中へと逃げ込んだ終焉は同時に、大きな声で叫び散らした。



「今だッ! 掛かれ!」



 その瞬間、一糸乱れぬ編隊で、島津兵が林から姿を表した。

 左右の両方から追撃してきていた武将に迫り、あっという間に囲い込む。


「……し、しまった!」


 同時に、正面の林から、横に並んだ島津が出てくる。

 その兵士たちの手には、種子島が握られていた。

 終焉が手を振り上げると、合図とともに一斉射撃を行う。

 嵐のような弾幕が、足上将兵たちに降り注いだ。



「ぐぁッ!」


「ひぎぃッ!」


「た、退却だ! 本陣までもどれ!」



 追撃をした足利軍の一部は、あっという間に瓦解した。

 あまりにも一瞬にして崩れ去ったので、本陣に控える兵士たちは空いた口がふさがらなかった。

 逃げ去る後ろ姿を見て、終焉が人馬一体の突撃をしながら指示を出す。


「逃がすなよお前ら! この勢いのまま本陣に突っ込むぞ!」


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 本陣の全面部を守っていた兵士が跡形もなく崩れ、本陣が丸見えの状態になっていた。

 氷華と凱菜は陣に逃げ帰ったようだ。

 今の一連の流れを見て、風薫がつぶやいてくる。

 かなり感嘆している様子だ。


「釣り野伏ですか、見事ですね」


「……あー、引き込んで両方から挟撃するやつだっけ。

 その後反転して殲滅」


「よくご存知ですね。

 ……しかし、終焉殿の陽動が鮮やかでしたね。

 私も兵が隠れたのに気づきませんでした」


「見事な手際だな」


 そういえば、釣り野伏は島津のお家芸だったか。

 あと捨てかまり。

 とはいえ、捨てかまりはこの戦いで使うことはないだろう。

 次々と敗走していく足利兵を見て、風鈴率いる足軽隊が突っ込む。

 風鈴は大槍を振り回して、弓兵が準備を完了する前に駆逐していく。


「うぉおおおおおおおおおおお!」


 すぐさま足利の槍持ち兵が援護に入るが、風鈴を止めることは出来ない。

 それどころか、風鈴の間合いに入った途端、矢継ぎ早に兵が打ち払われ、斬撃を浴びていく。

 そこに風鈴直属の配下が突撃を開始し始めたことにより、迎撃に出てきた足利兵が恐れをなした。


「ば、化け物かこいつは!」


「調子に乗るな! 囲め! しょせん長槍隊だ!」


 ふむ、やはり天下一の軍団は寡兵でも強いな。

 押され気味なのに、足利の兵は一歩も下がろうとしない。

 すぐさま反撃に転じようとする。

 だが、その芽を摘むかのように、今は亡き勢力の旗印をなびかせた一団が射撃を浴びせる。

 勢いを押しとどめようとしていた近衛兵たちに、弾丸の雨が降り注ぐ。


「くそっ! 新手か!」


「長宗我部の勇士ここに見参!

 仇をここで獲るぜよ! 皆の者、風鈴殿の援護に回れい!」


「うりぃあああああああああああああああああああ!」 

 

 右方向からは――怒涛の勢いで迫ってくる島津兵。

 正面からは――鬼神の如き武力で足利兵をなぎ払っていく風鈴と、その配下たち。

 左方面からは――亡国の兵たちが気勢を上げて突撃してくる。


 劣勢に追い込まれた足利軍は、徐々に防衛戦を本陣に近づけざるを得ない。

 その様子を見て、風薫が振り向いてくる。


「そろそろですね。露払いは完了しました。

 私達も行けそうですが、どうしますか?」


「行くよ。馬を出してくれ」


「分かりました」


 そう言うと、風薫は左右にいる兵士たちに合図を出し、先行させて安全を確保する。

 その後ろから騎馬で付いていく。

 もう少しだ、もう少しで本陣に到達できる。

 腹の上あたりまでせり上がってきた透明化。

 身体が震えるくらいに怖いが、ここで縮こまっていても意味が無い。


 風薫の肩にしっかりとつかまり、振り落とされないようにする。

 橋を渡りきり、一気に本陣方面へ進んでいく。

 その時――はるか遠くから、大きな歓声がこだましてきた。



「……なんだ?」


「足利の本隊が異変を察知して戻ってきています。

 ……予定よりもずいぶん早いですね」



 雲霞のごとく迫ってくる黒い大軍。

 全てを飲み込もうとする奔流の正体は、屈強な鋭兵団だった。

 おそらく、あれがこの本人と合流したら、間違いなく逆転されるだろう。


 全体の兵数は、依然足利の方が上なのだ。

 俺が少し焦っていると、歓喜の表情で三好凱菜が叫んだ。

 兵の後ろに隠れながら、罵声を浴び焦るように嘲る。


「これで終わりだな! 合流する前に私達を討てば勝てたものを!

 こちらはこれほどの寡兵だというのに。

 攻め落とせなかったお前らの力不足だ!」


 不快なまでに大笑いしている。

 さすがにそこまで言われては黙ってはいられない。

 俺はメガホンの音を最大にして言い返した。


「こっちも本来使える十分の一くらいの兵でしか攻めてないからな。

 確かにそっちの言うとおり、決定力に欠けるよ」


「そうだろう? ならば――」


「だけどさ。その分、兵の殆どを違う所に回せるんだ。

 その九割の兵を、どこに配置したと思う?」


「……何を」



 その時、背後から凄まじい振動がこだましてきた。

 大きな板を覆い尽くさんばかりの宇喜多兵が、一気呵成に城内から出てきたのだ。

 特筆すべきは、前面に押し出されている銃火器の数々。

 島津と長宗我部、そして日和の人脈で四方八方からかき集めた火縄銃と大筒。

 圧倒的な火力が、運びだされてきたのだ。


 ――それらを率いているのは、天才軍師・黒田紫。


「待っていたぞ足利本隊!

 私の出番がないのかと思ってヒヤヒヤしたではないか!

 消し炭になって詫びろ!」



 不吉な文言を吐きながら、紫は的確に陣形を組ませていく。

 地盤沈下が起きるのではないかという大軍に、遠距離武器を用意させる。

 そう、もしこの兵力を使って本陣を速攻で落としても、後からくる足利本隊と全面戦闘になってしまう。

 それを避けるため、あらかじめ本隊を迎撃する軍を編成しておいたのだ。

 紫の指示を受けて、兵たちは迫ってくる足利軍を囲い込む。

 半円状になって、その重火器たちを配置していく。

 だが、足利の兵もその光景を見て、決死の突撃をすることに決めたようだ。


 このままでは宇喜多とぶつかり合いになって、大量の被害が出てしまう。

 しかし、そんなことは想定内。

 紫は俺の方にウインクをかましてきて、胸元からあるものを取り出した。

 一度俺が毛利に使用した、とんでもない兵器。

 紫はそれに点火し、空の大筒に込めると、満面の笑みとともに射出した。



「ふははっ、未来の爆撃を思い知るがいい!」



 とんでもない爆音とともに打ち出された火薬が、進軍してくる足利本隊の正面に落下する。

 するとその瞬間――爆ぜた。

 それ以外に名状のしようがないくらいに、盛大に爆ぜた。


その兵器は火の粉をまき散らしながら荒れ狂い、足利軍の渦中に向かって飛び込んでいく。

 アレは、予備として一つだけ持っていた『殺陣鼠』だ。

 重くて邪魔で、どこかで自爆させようと思っていたものである。

 紫が引き取るというので預けていたのだが……。

 まさかこの場面で使うか。

 すごく効果的だったみたいけど。


「ぐぁあああ、熱い、熱いぃいいい!」


「消せ! 早く消すんだ!」


 舞い散る火の粉は、二次災害をも引き起こす。

 足利の鉄砲隊が持っていた火薬に引火し、あちこちで誘爆している。

 散り散りに乱れつつある足利本隊。

 そこに全ての火力を注ぎ込もうと、紫が大きく手を振り上げた。


「今だ! 大筒隊、火矢隊、この地を業火で埋め尽くしてしまえ!」


 その声を受けて、百門もの大筒が一斉に火を吹いた。

 一撃一撃が、小隊を吹き飛ばすほどの威力。

 それが連続で降り注いでくるのだ。


 もはや騎馬隊と長槍隊の区別もつかないほどに、足利軍は混乱していた。

 火矢が全てを燃やし尽くし、後続が進軍不可能になるほどの大火事が発生した。

 背後が火で包まれ、退却することが出来なくなった先鋒隊。

 彼女たちは、決死の覚悟を決めて重火器隊に突っ込んでくる。

 だが、その兵士たちを見た紫は、最後のトドメと言わんばかりに、最後の合図を出した。


「三千の鉄砲兵。やれ――」


 その時、耳を抑えたくなるような轟音が響き渡った。

 何発分、何十発分、何百発分もだ。

 俺の献策で三段撃ちを採用した鉄砲隊は、一人の進軍も許すこと無く足利帯を殲滅した。


 業火に包まれて燃え尽きていく足利本隊。

 これで、全ての弊害は消えた。

 紫はなおもそこに留まり、一人の兵も通さずに援軍の道を断つ。

 その光景に無言で頷いて、俺は目の前を見る。


「――終わらせるぞ、風薫」


「もちろんです。振り落とされないでくださいね!」


 風薫は馬の腹を力の限り蹴り、馬を急がせる。

 交戦している終焉や風鈴の横を通り過ぎ、一気に本陣に迫る。

 そして、風薫が陣幕を刀で打ち払い、陣内に突っ込んだ。


「竹中風薫これにあり! 将軍を守らんがため、この戦いに馳せ参じました!」


 わざと将軍に聞こえるように、大きな声で宣告した。

 将軍がいるのはもう一つ向こうの陣。

 距離から言って、十分聞き取れたことだろう。

 となれば、最早残った仕事は一つだ。

 眼の前で槍を構える三好凱菜と、慌てて銃を手にとった松永氷華を、駆逐するのみ。

 密かに懐の中で、『不滅の両椀』に例のスプレーを振りかける。

 身体はこのザマだが、せめてこの戦いだけは切り抜けてやる。

 俺は馬から降りて、ゆるやかに口を開いた。

 眼の前の、二人の武将に向かって。



「伏見春虎、見参。お前らが最後だ。元の世界に帰らせてもらう」




 ――この瞬間、俺の透明化が胸の上まで進んだ。



 

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