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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第三章 打倒、将軍家
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第六十一話「時は少しさかのぼり」

 

 

 この世界に来る少し前のこと。

 俺は変なおっさんに、一つの発明品をもらった。

 それは、確かに俺の愛用するアマヤブランドである。

 だが、そのおっさんが作る発明品は、その姪が作る発明品をはるかに凌駕していた。


 もちろん、姪の方も天才としか言えないような物品を作るのだが、おっさんの発明は文字通り――次元が違った。

 それはあまりにも危険すぎて、専門家ですら触らせてもらえないようなブツなのである。

 なんでも、『霊力』に人一倍詳しい陰陽師集団(本当にそんなのがいるのかは知らないが)が、一番に警戒するほどらしい。

 だから、最初はおっさんが俺に発明品を手渡してきた時、何かの罠かと思った。

 新手の嫌がらせかと勘ぐったほどだ。

 でも、違った。

 おっさんの態度は、その時に限ってはこれ以上無く真面目だったのだ。


『やるよ、いざという時使え』


『何だよ、これ』


『俺が気に入ってる発明品の一つだよ。

 そいつの前では工学や物理学、地学や科学だって膝を屈する』


『そういう意味じゃない。何でこんな物を渡すんだよ』


 手渡してもらったものは、何の変哲も無さそうに見えるスプレー缶だった。

 ただ、重みが違う。

 せいぜい数百g程度の重さだと思って受け取り、取り落としそうになってしまった。

 ただ、あの時の俺は、以上におっさんを警戒していた。

 だから、そんな問が出たんだと思う。

 俺の怪訝な表情を見て、おっさんは無表情に淡々と答えた。


『人を失う怖さを知ってる奴なら、そんなことは言わねえはずなんだがな』


『黙れ、俺にお前の常識を押し付けるな』


『はん、照れ隠しも度が過ぎると、ウザさに変わるぞ坊主。

 大人しく受けとりゃいいんだよ』


『考えてみろよ。

 いっつも悪態突いてくる人間が、いきなり便利アイテムだぞとか言って何か渡してくるんだぞ? お前が俺の立場だったらどう思う』


『間違い無く何らかの罠だな』


『自分で墓穴掘ってどうするんだよ』


 俺が頑なに受け取るのを渋ると、おっさんは次第に苛ついた表情になっていった。

 だがその時の俺は、例え親しい奴の親族だろうと、信用することが出来なかった。

 今思うと、過敏すぎて涙が出てくるな。

 でも、今でもあのおっさんだけは油断ならないんだよな。

 俺がふんだんに警戒していると、そいつはいきなりキレながら言った。


『うるせえな! 受けとれっつってんだろうが! 泣くぞオラ!』


『メンタル弱すぎないか?』


『俺だってな、お前が茜と親しくなかったら、野垂れ死のうが知ったことじゃねえんだよ!』


『……む』


『というか正味。お前が死んだらな、俺はきっと喜ぶ。

 お前の位牌を肴にウィスキーをあおろうと思ってる程だ』


『俺が怒ってもいいんじゃないかこれ』


 口に出さないほうがいいことをペラペラ喋ってくる。

 以前に甘屋が『おじさんはね、子供のまま大人になっちゃった人なのです』とか言ってたけど、そういう次元じゃないだろ。

 子供でもこんな破滅的なコメントはしないのだが。俺がおっさんを蔑んでいると、奴は一つ咳払いをして仕切りなおした。


『だがな、お前がいなくなると、喚いちまう小娘がいるんだよ。

 お前が死のうが消えようが俺は構わないんだが、姪を喜ばせてやりたいという思いもあってだな……』


 この時、他にもなにやらゴニョゴニョ言っていたような気がする。

 おそらく、真面目なことを言うのに慣れていないのだろう。

 だが、意を決したように目を見開くと、奴は射抜くように言った。



『――死ぬんじゃねえぞ。

 というより、そいつをお前に持たせている限り、俺が絶対に死なせねえ。

 さっさと下らん仕事を辞めて、あいつを幸せにしてやれ』



 最後に、俺のアイデンティティーを崩すようなことを奨めてきた。

 その時はつい反発してしまったが、今思えばもっともなことを言っていた気もする。

 だけど、その時の俺に、今の仕事を辞めるという選択肢はなかった。

 とりあえず、おっさんから妙なスプレー缶を受け取り、俺は踵を返した。

 デパートの中に入っているファミレスで行われたこの時の会話。

 隣で親と一緒に飯を食っていた少女が、



『ママー、あのひとたちなにー?』


『見ちゃいけません』


 と言っていたのが記憶に残っている。

 どうやら、俺とおっさんの会話は情操教育に適していないらしい。

 ちなみに、俺との会話の後、おっさんが幼女に話しかけて通報されかけていた。

 慌てて逃走を図ろうとする天才発明家を尻目に、俺は自宅に帰ったんだっけ――

 

 



 

 ――時は少し遡り、足利軍の包囲前のこと。

 



 

「急いでくれ! 丁寧に作らなくて良いんだ。

 とりあえず木材をつなぎあわせて、大きな板を作ってくれ!」


 もはや足利軍は目前。

 そんな逼迫した状況の中、俺は数万人体勢で動いている兵士たちへと、必死に声援を飛ばしていた。

 だが、ここはそこまで大きくない城だ。

 待機兵と合わせて多くの兵が城内を行き交っていて、トラブルが続出していた。


「何でそげな方向に持っていっとるきに!」


「じゃかあしい! 向こうは三班と四班に任せとるじゃろうが! 私たち十七班は向こうじゃ」


「お前らー! 酒が足りないぞ! もっと持ってこいよ!」


「ひいぃ、姫が酔っているでごわす……」


 まさに阿鼻叫喚。

 普段は標準語っぽい喋り方をしている宇喜多兵も、お国言葉が全開である。

 しかも、空気を読まない島津終焉が暴れまわっているせいで、作業効率は正直言って悪い。


「頼むから協力してくれよ! このままじゃジリ貧なんだから」


 怒号を飛ばしすぎて喉が痛くなってきた。

 だが、今の俺は両足が機能していないので、材木の運搬を手伝うことが出来ない。

 歯がゆくてイライラしてくるが、指示を手伝うことによって罪滅ぼしとしている。

 さっきからなんとか動けないか結果、少しだけ朗報があった。

 透明化している部位も、思い切り力を入れれば、少しの時間だけ動かすことが出来る。

 だが、その時間が短すぎる。多分体感で言って十数秒くらい。

 足を長時間使用する作業なんてできるはずがない。


 だからといってサボっていると、身体が徐々に消えていく感触が感じられて怖くなってしまう。

 というか、それ以上に申し訳がなくなる。

 ふと後ろを見てみれば、俺の策を大まじめに実行に移した時のため、熟議が重ねられていた。

 主に風薫と紫が、じっくりと話し合っている。


「一番食いつきのいい所を、わざと攻めやすくするか」


「そうですね。出来ればこの位置関係がいいです」


「となると、その門は絶対に死守するとしないといけないな。防衛は誰に任せる」


「すでにアヤメさんにお願いしています」


「そうか。

 まあ、彼女の能力には疑問が残るが、手勢と合わせれば十分に力が発揮できるだろう」


 話の内容は何となく分かるのだが、その机の上に置かれている布陣図が理解不能だった。

 このあたりの地形を表しているらしいその地図は、二人の筆による書き込みによってごちゃごちゃになっているのだ。

 ただ、そんな中でも淡々と話ができるのだから、あの二人はやっぱ凄いのだろう。純粋に。


「敵の輸送が厄介ですね……。

 補給が間に合っていると、大胆な攻めをしてくれなくなってしまいます」


「播磨の輸送路は安心しろ。私の一族が確実に潰す」


「何か手でも?」


「くく、私は地元では少しばかり名が知れていてな」


「それは紫さんに任せます。あとは、瀬戸内からの輸送路ですが……」


 そこで、言葉を一旦区切る。

 風薫と紫がお互いの瞳を覗きこみ、その真意を探る。

 だが、この件に限っては、そこまで心配は必要ないみたいだった。

 毛利蓮臥がお休みしている宿舎を一瞥し、二人は無邪気に微笑んだ。


「毛利にはアレがあるからな」


「そうですね。海路からの輸送隊は完全に潰れますね」


 ふっふっふ、と軍師と策士が意味深に笑い合う。

 なんだかこっちも怖くなってきた。

 とは言え、何となく俺もわかってるけども。

 多分敵も少しは護衛とかをつけると思うけど、正直言ってそれがどうした、なんだよな。

 毛利の真髄が発揮されている領域を通過とか、正気の沙汰じゃないと思う。

 他に輸送路がないんなら仕方ないんだろうけど。

 紫は一息つきながら、着々と出来上がっていく巨大で長大な板を見つめる。


「ふむ、もう少しで形にはなるな。さすがに数の戦術は強い」


「それはいいことなのですが……」


「うむ、不安でいっぱいだな。本当にあんな板が橋になるのかと」


 紫は目を細めて俺に訊いてくる。

 疑っているわけじゃないだろうが、落ち着かない様子だ。

 そりゃあな、このスプレー缶の効果を信じろってのが無理な話だろう。

 もしスッと信じるような奴がいれば、そいつは確実に新興宗教にドップリはまりやすい人間だ。


「心配するなって。

 こいつを作ったのは頭がパーなおっさんだが、腕だけは確かだ」


「そ、そうか……」


 俺の四度にも及ぶ説得を受けて、紫はなんとか信じるようになってきた。

 もしこの発明品抜きで例の策を発動したら、いきなりつまづくことになるだろう。

 板を持ち上げようとした時点でポッキリだ。光の早さで折れるに違いない。

 だってただの木の板だもの。

 俺が木の板を手作業でつなぎあわせていると、斥候が走りこんできた。



「伝令! 足利軍の先発隊がこの石山城に到達!

 落ちていない橋から攻め入ろうと、本陣から出発しました!」


「来たか」


「来ましたね」


「ちょっと待て、お前ら落ち着きすぎだろ。

 ちゃんと兵の配備はできてるんだろうな」


「はい。アヤメさんと千の兵を配置しています」


「……少なくないか?」


 先発隊って言っても、後からぞろぞろ増えてくるんだぞ。

 アヤメが超級に強いのは知っているが、もう少し兵を増やしたほうが……。

 そのことを、それとなく風薫に訴えた。


「私も二万人くらいを預けようかと奨めたんですけどね。

 『九割は私が片付けるにゃ』と言って、その兵数を引き連れて行きました」


「おーい、それで突破されたら許さないからな……」


 こういう決戦で余裕をかましている奴って、だいたい失敗するんだけどな。

 でも、アヤメがそういうのだったら、恐らく大丈夫だろう。

 さっきの伝令の言葉で少しだけ分かった。

 『落ちていない橋から攻め入ろうと』だっけか。

 本当は、この城はすべての橋をすでに落としてるんだけどな。

 だというのに、無い橋があるっていうんだから少しおかしい。

 アヤメも見事に大物を釣り上げて笑っていることだろう。


 足を引きずりながら、少し城の外を眺めてみる。

 足利将軍が直々に出てきているらしく、本陣には大きな引両紋の旗が掲げられていた。

 だが、紫いわく、その将軍は担がれているだけらしい。

 つまりは天下の将軍家も、この時代に特有の勢力の形式に当てはまっているということになる。

 毛利家も毛利両川が実質的に動かしてたしな。

 そのケースと同じで、足利家も古参武将が牛耳っているのだろう。


 つまり、将軍を殺さずとも、足利家の中枢である武将を叩けば、敵勢力は瓦解する。

 そして俺は全てを終えることが出来る。

 だが、俺の消滅が近づいている以上、間に合うかどうかは疑問だ。

 この侵食具合を見るに、戦っている最中で消えてしまうかもしれない。

 だけど、ここまで来たら、あとはもうなるようになれだ。

 すっかり透明になってしまった両手を見て、俺はうなずく。

 もう少しで、この大きな板は完成するんだ。

 そうなったら、一撃必殺で叩き潰してやる。

 兵の手を借りて高見台から下ろしてもらい、出来上がっていきつつある板のもとにしゃがみこむ。



「……そろそろやるか」



 懐からずっしりと重たいスプレー缶を取り出す。

 そして、シャカシャカと振ってから木の板に噴射していく。

 この馬鹿でかい板全体に振りまくことが出来るのかという疑念が湧いたが、どうやら大丈夫のようだ。

 中に入っているガスは極限まで圧縮されていたらしく、どれだけ使っても全然減らない。

 あの発明家、何だかんだ言って親切設計かよ。


 俺がスプレーを使っていると、島津の兵士が代わろうかと言ってくれた。

 だが、それをやんわり断る。

 あのおっさんのことだ。下手な使い方をしたら何が起こるか分からない。

 このスプレーを噴射し終わり次第、例の作戦を決行する。

 伸るか反るかの一発勝負だ。

 夜空に輝く月を見て、全ての策が成功するよう、必死に祈っていた。



 

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