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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第三章 打倒、将軍家
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第六十話「逆転の狼煙」



 憤怒に燃えた善條は、銃をその手に握った。

 すでに理性が崩壊し、何も考えられなくなっていた。

 己が撃ち殺した少女たちは、紛れもなくあの三姉妹。

 その衝撃が脳を苛み、火種を点火させる。

 射出された弾丸は、善條を陥れた女に向かって襲いかかった。


「らぁあああああああああああああああああ!」





「うるさいな、すぐそばに将軍がいるというのに」




 ――だが。


 その弾丸は、割り込んできた槍によって打ち止められた。

 先ほどまで空を見上げていた三好凱菜が、二人の間に割って入ったのだ。

 こうなることが分かっていたので、氷華は涼しい顔をしている。


「騙したのは悪かったよ。

 しかし、やっと娘たちの脱退権を認めてやったのに、馬鹿なことをするな。

 ここまでされては、約束を反故にしたくなってしまう」


「黙れああぁぁあああああああああ!」


「氷華殿、下がっていろ。こんな傭兵崩れ、私一人で十分」


「それは有難い」


 ひょいっと身体を翻し、氷華は陣幕の隅に下がる。

 そこに数人の側近が立ちふさがり、完全に弾道を塞いだ。

 それに加え、大槍を携えた凱菜がいるので、攻撃を加えることができない。


「用済みは失せろ。

 たかが数人の命でそこまで崩れるのなら、このまま生きていてもすぐに死んでいただろう」


 だが、善條は復讐の悪鬼と化していた。

 ひたすらに氷華を撃ち殺そうと、前進を続ける。

 凱菜が槍でもってなぎ払ってきたが、その一撃を避けて氷華に迫る。

 だが、そこには当然武装した側近が控えていた。

 冷静な状態ならば、まだ手があったかもしれない。

 だが、今の彼は怒りと悲しみで染まりきっていた。


「黙れっ! 黙れっ! 俺がたとえ死ぬことになっても、お前だけは――」


 側近をなぎ倒して突撃を敢行しようとした瞬間、善條の動きが止まった。

 不自然な感触に、彼は己の身体を見る。

 その腹部からは、真紅に染まった槍が生えていた。


「ここで果てろ。戦場で死ねるなら傭兵も幸せだろう」


 冷たい声が、背後から聞こえてくる。

 どうやら、凱菜の槍が腹を貫いたようだ。

 じわりじわりと、温かい液体が服ににじむ。

 だが、なおも側近に打擲を加え、善條は全身を試みる。

 それを見た凱菜は、串刺しにしている槍から手を離した。

 そして腰に差している小太刀を抜き、隙だらけの善條の首に突き立てた。


 ――今度こそ、彼の動きが完全に停止した。

 緩やかに地面に倒れる。その様子を見て、氷華が側近を押しのけて出てくる。

 そして、善條の頭を踏みにじり、グリグリと圧迫する。



「……く、そが」



「乱心の上に暴行、暴言。

 これは先程の功績を打ち消すだけにとどまらず、懲罰の必要が出てくるな。

 お前の死罪はもちろん、根来衆の全員に火薬を巻きつけて、突撃させてみるか」


「……や、やめろ! やめてくれっ!」


「お前は殺さないでくれと命乞いをした兵を助けたことがあるか?」


「こんの、畜生がぁっ! やるなら俺をやりやがれ!」


「だ、そうだ凱菜殿。とどめを刺してやれ」




「承知」




 鈴木善條という存在を殺す一撃――その心臓に槍の穂先が突き刺さった。

 もはや言葉を発することもできず、善條は息絶えた。

 ――即死だった。

 あまりにも惨めに、何も逆らうことも出来ずに、彼はその生涯を終えた。

 だが、死に追い込んだ氷華は胸を痛めるどころか、こらえ切れずに哄笑していた。


「面白い余興だった。そう思わないか、凱菜殿」


「興味が無い」


「ふふ、つまらん奴だ。しかし、正門の状況を聞き出すのを忘れていたな。

 どちらにせよ、この城は落ちるから問題はないか」


 善條が本隊を撤退させたのは事実のようだが、その前に一度前方が崩れていた。

 何かしらの抵抗があったのだろうか。少し気になることではあった。

 だが、その現場を見た鈴木善條はもう死んでしまっている。

 惜しいことをしたのかもしれない。だが、最初からこの男は殺すつもりだった。

 仕方がないので、正門を守備していた宇喜多軍の火事場の馬鹿力だと解釈することにした。


 都合4つの死体を近くの小川に投げ捨て、凱菜と氷華は一息ついた。

 結果から言って、軍議の途中に割り込んできた一匹狼は、何もなすことができなかった。

 陣幕内に戻り、氷華が不満そうに呟く。


「それにしても、兵糧の到着が遅いな」


「ああ、それは私も気になっていた。そろそろ着いてもよさそうなものだが」


 そう思っていた時、急に大きな歓声が聞こえてきた。

 それは、石山城の中から。

 川を挟んだ向こう側から、割れんばかりの鬨の声がこだましてくる。


「……なんだ?」


 その声とともに、城の櫓から鏑矢が放たれた。

 夜空に向かって鋭い音を発する、戦争の始まりの合図。

 まさか、一度本隊が撤退したのを良しとばかりに、追撃を加えようとしているのか。

 もしそうだとしたら、抜けているとしか思えない。

 凱菜が乾いた笑い声を上げる。


「はははっ、宇喜多もずいぶん破れかぶれだな。

 そんな弱兵を率いて、本隊と交戦すれば結果は明らかだろうに」


「局地戦と総力戦の区別がつかぬのだろうよ。

 たかが一度撤退に追い込んだだけで、慢心しているのだろう。

 追撃をしてきたらすぐに反転し、攻撃の構えを取るというのに」


 少しの苦戦があったようだが、依然兵力は足利が有利。

 それ以上に、圧倒的な兵質差があった。

 島津軍が精強であることはわかってるが、その兵量も全体の半分程度。

 全てが選りすぐりである足利軍とぶつかれば、全滅は免れないだろう。


「兵糧が遂に尽きたとしか思えんな。

 まあ、前兆はあったが。向こう側で戦うのであれば、多少兵を送っておくか?」


「その点は心配無用だ。すでにこの本陣から兵を送っている。

 この人の兵数は千程度まで減ったが、まずここまで到達できないから問題はない。

 船で川を渡ろうとしても、土塁を積んである。

 どうあがいても――川からこちら側に上陸は不可能だ」


「さすが抜かりがないな。となると、決着も時間の問題か」


 二人は勝機の到来を確信する。

 だが、そんなものは無意味とばかりに、転変をもたらす異変が生じた。

 それは、耳を抑えたくなるような――轟音。


 突如、石山城の方面で大爆発が起きたのだ。

 吹き荒れるような火の粉が飛び散り、川に城の破損部分が飛び散る。


「……ぐぁっ!」


「……なんだ、この爆発はっ!」


 こちらまで届いてきた爆風に、二人は気圧される。

 見れば、石山城の城壁が、完全に破壊されていた。

 本陣を置いているこの南側方面の壁は、見る影もない。

 というか、こちらから中の様子が丸見えである。


「誰だ! 大筒を使う許可は出してないぞ!」


 陣幕の外に走り出て、凱菜は兵に向かって叫ぶ。


「違います! あの爆発はおそらく、内部から起きたものです」


「馬鹿な。自分から城壁を崩す奴がどこにいる。

 そしてそれ以上に、自爆なんて真似をする奴がどこにいるっ!」


「しかし、現に爆発が起きたわけでありまして!」


 兵と言いあいになっていると、陣内にいた氷華が驚きの声を上げた。


「おい、あれを見ろ!」


 その指が指し示したのは、崩壊した隙間から見える城内だった。

 そこには、莫大な量の兵が待機している。

 その崩れた城壁から外に出て、本隊が戻らない内に攻撃を仕掛けるつもりなのだろうか。

 将軍と総大将二人が鎮座する、この本陣へと。

 だが、やはりそれを見て凱菜は嘲る。


「馬鹿めが。そこから船を出しても、川を渡り切る前に本隊が戻ってくる。

 そしてそれ以上に、土塁によってこちら側に上がってくることはできない。

 血迷って死地に突っ込んでくるつもりか」


「期待ハズレだな。野戦を挑んでこない時点でおかしいとは思ったが。

 天下に名高い軍師と策士も、宇喜多のぬるま湯に浸かってダメになったか」


 好き勝手に宇喜多の奇行を酷評する二人。

 確かに、それも当然のことと言えた。

 位置関係としては城の位置が一番高く、爆破された壁の面に接するのは切り立ったような崖。

 そして、本陣とは面積の広い旭川を挟むような形となっている。

 どうやっても、船を出せば土塁に阻まれてしまうだろう。

 その上、無理して泳いでも、ここから矢を撃ちこむだけで十分に対応できる。


 もはやこの形になれば、足利軍としては負ける要素がない。

 本隊をこちらへ戻らせなくても十分なくらいだ。

 ――ここに大勢は決した。

 あとは敵首級をあげ、興奮の最中にある時、孤立した将軍を叩く。

 そのような流れを二人が思い描いていた時――


「足利敗れたりッ!」

 

 突如馬鹿でかい声が響いてきた。

 それは紛れもなく男の声で、しかも何かを使って声の大きさを増幅しているようだ。

 声の発信源は川を挟んだ石山城の中。

 と言うよりも、崩れた城壁の影から、その男はよろめきながら出てきた。

 そして、対岸にいる凱菜と氷華を見据え、不敵な笑みを浮かべる。


「いや、ここは三好凱菜と松永氷華敗れたり、というべきか?

 将軍を担いでて、実質牛耳ってるのはお前らだもんな」


 名指しで二人の名前を呼んでくる。

 それは、氷華が噂にだけ聞いていた男。

 面妖な振る舞いをして、毛利家瓦解の決め手となった人物。


 だが、その顔色は最悪。

 一人で立っているのがやっとな状態。

 特に両足はほとんど力が入らないようで、少し風が吹けば身体がよろめいていた。

 しかし、氷華と凱菜は、その姿に言い知れぬ不安を感じていた。


 死神を引き連れた人間が、死神をなすりつける。

 いや、不幸が不幸を呼び寄せるといったほうがいいだろうか。

 壊滅的なまでに希薄な存在であるその男は、言い知れぬ威圧感を持っていた。

 その威圧感の根源は、おそらく眼。

 もはや死人のような身体をしているはずなのに、希望に満ち溢れたその瞳が異常なのだ。

 それは周りの宇喜多の将へ、そして兵へと伝染し、全体の意気を高めている



「俺の名前は伏見春虎。

 これから俺が、最後の仕事としてお前たちに引導を渡す」



 そう言った春虎の身体は、異変に蹂躙されていた。

 右腕を露出しているのだが、その二の腕が不自然なまでに透けている。

 そして、胸のあたりさえもが半透明と化したその姿は、終わりをもたらす魔王を彷彿させた。

 その姿を見た足利の兵たちが動揺する。

 だが、彼は言いたいことは言い終えたと、そのままふらふらと兵の中へと姿を消した。


 それと入れ替わりに、ある人物が姿を見せる。

 春虎から声を大きくするカラクリを受け取った少女。

 彼女は将軍のいる陣をまず見て、その手前にいる二人に焦点を定めた。


「おや、松永の息女じゃないか。

 それに、謀略家の令嬢である三好の娘も。

 相変わらず汚い野心が眼に宿っているな」


 挑発的な物言いで出てきたのは、宇喜多家のすべてを統括する少女・宇喜多日和だった。

 この日本の半分が連合した一大勢力の、盟主を務めている。

 そんな彼女からの言葉に反感を募らせたのか、対岸にいる氷華が前に出た。

 そして、声が通るように比較的大きな声で応える。


「よく言う。暗殺がお家芸の宇喜多に言われることなど、何もないはずなのだがな」


「おや、それは心外だ。

 少なくとも父上はその手の外法を好んだが、私は少し考えが違う。

 暗殺によって成り立つ栄華など虚しいものだからな。

 しかし、見る限りでは、またしてもお前は弱者を歯牙にかけたようだが」


 旭川の支流に打ち捨てられた死体を見て、日和は毒づく。

 その目には情けこそなかったが、同時に敵意もなかった。


「ふん、使い捨ての駒に何を思うことがある。

 それに、こうして軽口を叩けるのも今のうちだ。

 すぐに宇喜多は我が旗のもとで膝を屈し、その首をはねられる」


「逆だろう? 私の眼には、足利家の膿が消滅するのが見えるよ。

 そして、足利将軍を担いだ私が天下を統一する所までもな」


「上様が降伏するとでも?」


「しないだろうな。

 将軍は基本的に誇り高く、同時に負けてはならない存在だ。

 それに、敵対する者には牙を剥く。

 だがしかし、将軍は中立関係の者に対しては、しっかりと大義を果たすということを、忘れてはいないか?」


「……何が言いたい」


 苛つくように氷華が言う。

 それと対照的に、日和は涼しい顔をしていた。

 その様子を見る限り、とても劣勢であるとは思えない。

 どんな時でも人を安心させてくれる、大きな傘。

 宇喜多日和という少女を表すなら、そのような言葉が適当だろう。


「将軍は担ぐものであって、弑逆するものじゃないって言いたいんだ。

 権力に眼が眩んでそれすらも忘れたか」


「……貴様っ! 何故それを――」


「気づいていないとでも思ったのか。

 お前のような人間が将軍に接近している時点で、腹は見えている。

 それにおそらく、その汚い思惑に将軍も気づいているだろう」


「はっ。何を言っている。

 あの将軍は所詮飾りにすぎない。

 父君が疫病で亡くなり、幼くして将軍位を継いだあの小娘に、一体何が出来る」


「――天下統一、と言いたいところだが、確かに彼女はちょっと幼すぎるな。

 代わりに、そこは私に任せてもらおう。」


 遠回しではあるが、日和が言いたいことは一つだ。

 将軍を抹殺するなどという暴挙をやめ、大人しく将軍を奉じる役目をよこせ。

 それは同時に、宇喜多家の天下統一を意味する。

 幕府を再興して安泰な地位につき、全国の統治権を獲得する。

 だが、氷華と凱菜は、それでは我慢出来ないのだ。


 あくまでも自分たちは組織の頂点にいたい。

 だから、たとえ傀儡であるとしても、将軍の下にいるという事実を認めることができない。

 頂点の栄華を好む凱菜と、頂点の混沌を好む氷華。

 その二人が、将軍を生かしておくはずがないのだ。


「それにしても、このカラクリはよく声が響くな。

 これはもしかすれば、将軍の控える陣にまで声が届くかもしれない。

 ここは一つ将軍に、

 『貴殿を狙っている人間がいる。具体的に言うと身近にいる二人です』

 と叫んでみるか。私は叫び声には自信があってな」


「……そんなことをしてみろ。

 多少の犠牲が出るのもいとわず、宇喜多兵と領民をなます切りにするぞ」


「冗談だ。こんな大規模な戦いに、小賢しい謀略はいらない。

 正々堂々、正面から相手をして打ち破ってやろう」



 ――その時、またしても爆音が響いた。

 血迷ってまた自爆でもしたかと危惧したが、どうやら大筒の空砲の音のようだ。

 だが、それが何らかの合図になったのは間違いないようで――


「時間だ。時間稼ぎに付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ、松永氷華」


 それだけ言って、日和は先程の春虎と同様に、兵の中に姿を消した。

 それと同時に、城内で異変が起こった。

 突如兵の歓声が沸き上がり、徐々に何かが城壁の下から持ち上がってきたのだ。


「……何だっ!?」


 氷華が驚きの声を上げる。

 そして、ソレは少しづつ垂直に立てられていく。

 星の輝く夜空に吸い込まれていくように、そびえ立とうとする。

 かくして、城の壁よりも圧倒的に長く、とてつもなく大きな木板が現れた。

 継ぎ接ぎだらけで、急ごしらえで作ったというのが丸わかりな出来だ。

 少し頑丈な槍で突いたら、それだけで穴が開きそうである。


 ただ、一つだけ奇妙なことがある。

 それはその板の面積があまりにも大きく、また果てしなく長いこと。

 それを見て、傍観していた凱菜も慌てて立ち上がる。

 同時に、脳裏にあり得ない推測が飛び交った。


「……まさか」


 いや、さすがにそれはない。

 凱菜はすぐに首を横に振った。

 どんなに馬鹿だとしても、そんな愚行に出るはずがない。

 だって、そんなのが不可能なことは、童子ですらも瞬時にわかること。

 それをまさか、こんな天下を決する大戦で敢行しようというのか。


 あまりにも馬鹿げていて、笑いすらこぼれない。

 隣にいる氷華も、口を開けて呆然としている。

 だが、その板を持ち上げようとしている宇喜多兵は、どこまでも本気だ。

 鼓膜がやられそうな大声を上げ、少しづつ持ち上げていく。



 そして、同時に二人の人間が兵の間を割って出てくる。



 それは、九州の覇者・島津終焉。

 彼女はその名の通り、すべてを終わらせことを誓約する、禍々しい刀を持っていた。

 死神を思わせるその妖しい刃は、少女の不敵な笑みを不気味に反射している。

 その名も『福岡一文字吉房』。

 島津家が本来持ち出すことのない、家宝中の家宝である。


「よぉー、足利の飼い犬じゃないか。

 いや、躾のなってない狂犬って言ったほうがいいかな?」


「……島津、終焉か」


 疫病で叔父たちが倒れても何のその、破竹の勢いで急襲を制した好戦的な少女である。

 ただ、彼女が家督を継いでからというもの、島津家は一度も同盟を組むことはなかった。

 それゆえに、他家から『孤高の蛮勇』と恐れられていたのだ。


 しかし、足利によって家が危機になると、宇喜多家にあっさりと味方をしてしまった。

 それだけならまだいいが、何の冗談か、ある人物が打ち出した奇策で先鋒を名乗り出たのだ。

 それも、君主が陣頭に立っての突撃の姿勢。

 明らかに、今までの島津家ならしようもなかった行動である。

 だが聞く所によれば、眠れる獅子を揺り動かしたのは、たった一人の少年。

 一人の少年の干渉が、またしてもこの決戦に影響を与えていた。


「念仏は今のうちに唱えとくんだな。

 この酒が入った私を前にして……いきていられるとおもあないこぉとだぁ、ひっく」


「これは一大事! お館様のろれつが回っていないでごわす!」


「薬草を煎じて早く持ってくるのだ馬鹿者!」


 いきなり不安な様子を見せた君主に、島津家の武将が右往左往している。

 大事なところで締まらない勢力であるらしかった。

 そして、その横を縫って、一人の女性が出てくる。

 彼女は涼し気な顔をしながら、重鎧の重さを物ともせず歩く。

 そして、今の空気を引き締めるためか、はたまたそういう信念であるだけなのか。

 纏っている鎧を思わせる重低音で、彼女は一言だけ呟いた。


「――私の名前は花房風鈴。聞け、私の歌を。

 これより戦場に死の音色を響かせよう」


 それだけ言って、風鈴は槍を地面に突き刺した。

 不退転の構えで、せり上がっていく背後の板の前に仁王立ちしている。


 通説だが、一度負け戦を経験した武将は、打たれ強くなるという。

 毛利に煮え湯を飲まされた彼女は、いつも以上に壮健な顔をしていた。

 おそらく、この二人が最先鋒となるのだろう。


 そして、終わりの始まりを宣告しようと、ある人物が門上に現れた。



 ――伏見春虎だ。


 彼は完全に透けてしまっている己の手を物憂げに見て、それから足利の陣を見据えた。

 そして、彼は告げる。

 氷華と凱菜が何も言うことさえ出来なかった、荒唐無稽な策の始まりを。

 指を足利の本陣に付きつけ、遂に春虎が大声を発した。






「橋を架けろ! その板を橋代わりとし、がら空きの足利本陣に強襲を仕掛ける!」






 その言葉を受けて、石山城内が一斉に沸き立った――



 

 



多分次から一人称視点に戻ると思います。

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