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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第一章 少女たちとの出会い
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第六話「これが噂の虚無僧か」

 


 入手した地図のおかげか、俺はついに暗く閉ざされた山から出ることができた。

 登山口を降りた所で、太陽が顔をのぞかせ始める。

 

「くあぁ……朝日がまぶしい」


 吸血鬼というわけではないが、一日ぶりに浴びた朝日は網膜を強く刺激する。

 とはいえ、いつまでものんきにしている訳には行かない。

 水仙のような女武士に見つかれば、また面倒な事になりかねない。

 下山途中に負った生傷を舐めながら、歩を進める。


 それにしても、漆の木に間違えて触ってしまった時は心臓が止まりそうになった。

 漆は俺の一生の天敵だ。アレルギーとも言う。

 猛烈な痒みで、意識を失いかけた程だったからな。


 なだらかな水田が城下町へと続いている。

 水仙の情報によれば、ここは山城国のはず。

 そう――つまり京都だ。

 元の世界の方では何度も足を運んだことはあるが、いかんせん今は戦国時代。

 それも俺の知っている戦国とは違う時空だ。

 正直、右も左も分からない状態である。


 とりあえず、捕まりそうになったらすぐさま全力逃走する事を朝日に誓って、現地の人に道を聞くことにした。

 すると、水田で農耕作業をしている農婦を見つけた。

 田園にいるその農婦は、肥料が足りていないように思える畑を、一生懸命耕している。


 うむ、俺はこういう人から搾取するのが苦手なのだ。

 どうせ騙すなら、山吹色の菓子を渡されてニヤついているお代官の様な悪人か、昨夜の水仙のような敵意がある相手が好ましい。

 罪悪感がダムを壊したかのように迫り来るのは、ぜひとも勘弁してもらいたいのである。

 下らないことを脳裏で論じながら、俺は爽やかに農婦に接触した。


「おはよう。良い朝だな」


 すると農婦は、驚いたように鍬を取り落とし、あろうことかいきなり土下座し始めた。

 早い土下座だ。日本の土下座外交の原点はこれなのか。

 農婦は泥に額を擦りつけて、必死に声を絞り出した。


「ひえ!? ぶ、武士様ですか!? あああ、どうか勘弁して下さい。

 家にはもう米の一粒だって残っていないんです!」


 その反応に、思わず硬直してしまった。

 今までに命令して土下座させたことはあるものの、自発的に土下座をする人なんて見たことがかったからだ。


「ちょ……何だよ、いきなり」


 何やら反応がおかしいので、それとなく尋ねてみる。

 しかし中年程の農婦さんは震えてばかりで、何も話そうとしない。


 このままではどうしようもない。

 仕方がないので、俺は水田の中に入る。

 農婦の手を取り、無害である事をアピールした。

 少女漫画にこういうシーン多い気がする。読んでないけどな。


「別に何もしないよ。ちょっと道を訊きたいだけだ」


 俺の言葉に、平伏していた農婦は面を上げた。

 恐る恐る俺の顔を眺めて来る。

 すると、農婦は線の細い眼を丸くし、弱々しく呟いた。


「……足利の将軍様が抱えなさっている方ではないんですか?」


 ああ、水仙が言っていた美男子数人って奴か。

 将軍に飼われた数少ない男達ね。

 しかし、残念ながらそうではないし、俺には美男子としての自覚がない。

 この17年の人生において、接した女性の人数は片手で数えられるほどだ。

 その内の一人は言うまでもなく、あの発明娘。

 それほど俺は女性に縁がない。


「昨日までは夢ある学生だったが、今は無職の放浪人だよ」


 本職は詐欺師だけど、胸を張って言えるようなものではない。

 そう説明すると、農婦は服についた泥を払って、俺の格好をより一層注視してくる。


「……脇差を持ってないし、本当に浪人の方なのですか?」


 俺は間断なくうなずく。

 すると農婦は一つ安心したように溜息を吐き、本音を漏らした。

 先程の猫なで声と打って変わって、そこら辺の奥様に語り掛ける口調だ。


「ああ、良かった。またあの野武士が米をねだりに来たのかと。

 ……それにしても、顔の良い男の方で浪人というのは初めて見たわ」


「はあ、そんなものか」


 あなたも俺を美男子と言ってくれるか。しかも敬語消滅。

 まあいいけどさ。もともと俺は敬語を使われる様な上等な人間じゃない

 しかし、何とも複雑な気分だ。

 元の世界での俺は世知辛い女性関係であったというのに。

 何の因果か、高校生にして婚約者までいる始末だ。

 そんな散々な女運の俺に、一体何があった。


 とりあえず俺と農婦は一度道の方へ上がって、談義をすることにした。

 このままでは脚が泥まみれになってしまう。


「ええ。もともと男が少ないっていうのもあるけど……。

 浪人の美男子は先ず真っ先に捕縛されてしまうから。

 あなた、ここに来るまでに襲われなかった?」


 俺は昨日の一件を頭に思い浮かべる。

 命の危機にして貞操の危機だったな。

 まったく、よく切り抜けられたものだ


「ああ、まあ。何とか振りきったけど」


「……そう。女武士に気に入られた男は褒美が貰えてふんぞり返ってるけど。

 もし気に入られなかった男は――――」


「差別されると」


 言い澱んで会話が滞るのも何なので、すぐさま合いの手を入れる。

 すると、農婦は回想に浸りながら己の悲運を語りはじめた。


「……ええ。私の夫は、疫病に罹ることなく健やかに生きてきたんだけどね。

 武家に飼われた男と喧嘩になって――死んだの」


 フッ、っと遠い目をする農婦。

 やはり辛い過去を持っているのか。

 そんな事があったからこそ、男を見たら光の早さで土下座をするわけか。

 理解はしたけど、納得出来ない現状だな。


「で、その男はどうなったんだ? 人を殺したんだから、罰せられるだろ」


「無罪よ。お付きの武士が「許されよ」って言っただけ。

 それ以来、この枯れた畑を私一人で耕してるの」


 免罪特権まであるんですか。

 男の地位が低いんだか高いんだか良く分からんな。

 

 というか……この世界に来てまだ二人しか会っていないというのに。

 どうして会う人会う人が、こうも胸焼けする過去を持つ人ばかりなんだ。

 戦国の世が生んだ悲劇とでも言うのか。


「……苦労人だな」


「まあ、その件ついてはもう良いのよ。割りきっちゃったから。それで?

 何か私に訊きたいことがあったんじゃないの?」


 おお、そう言えばそうだった。

 農婦の世間話に流されていては、いつまで経ってもことが進まない。

 俺は端的に道を尋ねる。


「あー……この近くに神社はないか?」


「あるわ。神社打ち壊し令で数が減ったけど、確か城下町の西の辺りにあったはずよ」


「城下町、ね」


 俺が住んでいた所も元城下町だったな。

 この世界においては一番人口が過密する所でもある。

 城を中心に世の中が動いている以上、至極当然なことなのだが。


「だけど、行くのはやめたほうが良いわ」


「……というと?」


「あなた、浪人なんでしょう?

 城に近づくほど武士が多くなるし、神社がある辺りは治安も悪いわ」


 ふむ、後者はともかく、やはり前者か。

 男の浪人は、武士に見つけられたら高確率で獲物にされてしまうだろう。

 昨日の一件が何度も続くのは御免被りたいのだが、そうも言ってられないのかもしれない。


「そうか。けどまあ、行かないといけないからな。とりあえず慎重に行動してみるよ」


「あ、ちょっと待って」


 手を振り掛けた所で、農婦が手を打った。

 何かに気付いたのか、いそいそと農具置き場へと走っていく。

 このまま立ち去るのはさすがに酷いので、俺はしばし脚を休めていた。


「……?」


 すると、農婦は中々に見慣れぬものを持ちだしてきた。

 それを見た瞬間、俺は農婦の意図を悟った。

 ……こういうのが普通に出てくる所を見ると、ここが戦国なんだなって痛感する。


 農婦が息も絶え絶えに持ってきたソレは、虚無僧が頭にかぶる帽子であった。

 正式名称は『天蓋てんがい』。

 深めの編笠で、襟元から上をすっぽり覆い隠す、坊主御用達の物である。


「これ、昔家に坊さんが置いて行ったまま取りに来なかった物なの。家にあっても使えないから、持って行きなさい」


「……これをかぶるのか」


 いくら今の気温が肌寒いとはいえ、これをかぶって歩いていれば大量の発汗が見込まれそうだ。

 蒸れてすごく苦しくなることが目に見えている。


「ええ、これをかぶって尼僧服を着ていれば、まず男と思われないわよ」


 ふむ。確かに妙案だ。

 気付かなかったが、武士から身を隠す手段として、隠れながら行動するという他に――変装して騙すという手があったか。


 だがしかし、その布石を完成させるにはパーツが足りない。

 この格好のままでそれをかぶれば、ただの変質者筆頭だ。

 学生服に虚無僧帽子って……。

 尼さんを呼称しようと思うのなら、尼僧服が必要である。


「なるほど、それで尼僧服は?」


「……頑張って、応援してるから」


 追加注文をしようとした途端、農婦は俺から目をそらした。


「おばさん、尼僧服って知ってるかね」


「若い身空なのに……この世は残酷よね」


 こちらが流れるように質問を繰り出すと、農婦は再び遠い目をしてお茶を濁した。

 その姿を見て、もの凄く嫌な予感が脳裏をよぎる。

 

「おばさーん! 尼僧服はー!?」


「一人旅で大変そうだけど、いつか報われる日が来るからね……」


 潤んだ目で俺の手を握ってくる農婦。

 どうやら、こちらの話を聞く気は皆無のようだ。


「おかしいなぁ、おばさんの耳が急に遠くなったぞ」


「そんな年じゃないわぁ!」


「聞こえてるじゃねえか……。

 まあいいけど。道案内ありがとう」


「いいのよ。気をつけてね」


 おばさんは背を向けて小屋へと入って行ってしまう。

 去り際はあっさり派の人のようであった。手を振る暇すらない。

 そこで俺は肩をすくめる。

 なんだか急に疲れが出てきた。

 早朝にして疲れが最高潮なんていつ以来だろうか。


「……尼僧服は、自分で調達しろってことか」


 ――学生服に『天蓋』。

 ……元の世界でもこの世界でも通報されそうなファッションだ。

 これで街を練り歩くのは拷問に近いと思うのだが、

 しかしすぐさま男とバレるよりはいくらかマシか。

 一人で納得して、すぶしぶ天蓋を頭に装着した。

 うーむ、やはり蒸れる。


 水田に映る自分の姿を見て、思わず涙が出てしまう。

 その原因が、長年の放置による土の匂いのせいじゃない事だけは、確かだった。



 

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