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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第三章 打倒、将軍家
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第五十八話「傭兵男は嘲笑う」


 血が悲しいほどに流れ出る。

 貫こうとした信義は、横槍に折って邪魔をされてしまった。

 喋るのも苦しいはずだが、湯月は力の残滓を振り絞って眼前の男――鈴木善條に食って掛かった。


「……傭兵の分際で! お前は……宇喜多に唆されて、将軍に、弓を引いたのか……!」


「俺が使ってるのは弓じゃなくて銃だっつの。

 指摘の方も大外れだな。誰があんな魑魅魍魎な勢力から仕事を受けるかよ」


「……ならば、一体誰が……!」


「可哀想だなぁ、何も出来ず死ぬのがお前の終着点だもんな。

 そんな死に絶えて終わってしまう、惨めなお前に教えてやるよ。

 俺を雇ったのは、松永と三好っていう女だ。知ってるのか?」


「…………っ!」


 それを聞いた湯月の顔が青ざめた。

 その二人は、前々から怪しい動きをしていた連中だ。

 将軍の側近を次々と左遷させ、その中枢に腰を据えた文史派の重臣と武闘派の重臣。

 それがまさか、こんな暴挙に打って出るとは。

 将軍の下知によって編成された先鋒部隊。

 その大将である湯月を、こんな形で抹殺しようとしている。


 だが、こんな事をして何になる。

 自分の仕える足利家を窮地に追い込んで、いったい何がしたいのか。

 まるで、足利家を自滅させ、その亡骸の上に新しい勢力を建てようとしているかのような……。

 そこまで思考が至った時、湯月の様子が豹変した。


「……上様が、危ない」


 今思えば、将軍のそばにいるのは、もうあの二人のみ。

 恐らく、周りの護衛すらも三好と松永の息がかかった連中ばかりだろう。

 将軍は一切の武力を持っていない。

 先代の将軍は剣豪将軍として鳴らしていたが、彼女にその素質は全くないのだ。

 だからこそ、いつも過剰なまでに護衛をつけている。

 なのに、その護衛が全員、反逆者であるかもしれない。


 首の神経を撃ちぬかれたのか、右半身がほとんど動かない。

 だが、湯月は這いずって進む。将軍が控えている本陣まで。

 善條はため息を付いて銃を構え直す。


「……はぁ、何がお前をそこまでさせるのかね。

 まあいいや、とりあえず――お疲れさん」


 その刹那――希望や忠義、そのすべてを打ち砕く弾丸が射出された。

 その弾は今度こそ湯月の脳天を貫き、生命活動を停止させた。

 最後まで、剣を握った手と具足に包んだ脚は、将軍がいる本陣に向けて動こうとしていた。

 だが、善條は眉一つ動かさない。

 改造して二倍の銃身を持つそれを、背中に背負い直す。

 その時、彼は目の前に誰かがいることに気づいた。


「……にゃにしてるんだ、お前」


 アヤメだった。

 彼女は尻尾と耳の毛を逆立たせて、鈴木善條を睨んでいた。

 すると、冷や汗を流しながら善條は頬を掻く。


「あー、どした? まさか怒ってる流れってか。

 俺って勢力図とか確認しないタチなんだけど。

 ひょっとして、俺とあんたって敵だったりする?

 俺の主観で言わせてもらえば、俺にとっての敵はこの女一人だったんだが」


「そいつは、私の敵だったにゃ。

 最後の闘いらしく、私と決着を付けようとしていた」


「ははっ、なら大丈夫だな。敵は片付いたぜ。感謝しろよ――お猫様」


 その瞬間、アヤメは動き出していた。

 大地に爪を突き刺して、不退転の構えを取ると、善條に向かって突撃した。

 アヤメの行動を受け、彼は困ったような顔になる。


「マジかよ。猫は俺の一番好きな畜生だからよ。

 殺したくないんだわ。だけど、向かってくるからには、無力化くらいさせてもらうぜ」


 そう言った善條は、種子島を担ぎ直してアヤメに相対する。

 照準を先読みして縦横無尽に走り回るアヤメを見て、少し舌打ちをした。

 だが、先読みならば善條も得意だった。

 狙撃によって標的を打ち砕く彼からしてみれば、その動きも捉えられないものではない。

 まずは、アヤメに向かって一撃を放つ。だが、その弾丸がアヤメの鎧に弾かれてしまう。


「……う、何なんだよその鎧。

 俺の銃を弾き返す鎧なんて見たことねえぞ」


「――黙れ」


 軽口に付き合わず。アヤメはその爪を振るう。

 それを避けようとした善條は、足元に煙幕玉を打ち付ける。

 アヤメの嗅覚と視覚を封じるつもりなのだろう。

 一瞬にしてアヤメの射程から逃げ切った善條は、火種を補充しつつ彼女に言葉をかける。


「どうしてそこまで激高する?

 俺はお前の敵を殺してやったんだぜ?

 感謝はされど、爪を振るわれる覚えはねえ」


「手応えのある奴を見つけて、全力で戦えると思った矢先――

 意味の分からない男に横槍を入れられて、怒らにゃい奴がいるのかにゃ」


「俺なら怒らねえな。殺す手間が省けた、それだけのことだ」


「分かり合えるはずもにゃい……か」


 アヤメも諦めたように首を振り、再び善條に突進する。

 この男は、使う武器こそあの毛利両川の片割れ――小早川隆景には劣るものの、銃の使い方にかけては大きく勝っている。

 不用意に空宙から飛びかかろうとすると、鎧以外の部位を撃ちぬかれてしまうだろう。

 そのため、壊れた牛車のように、燃え盛る平原を駆けまわる。

 燃えた死体を踏むと足が熱かったが、止まれば撃たれてしまう。

 膠着状態に入る前にカタを付けたいというのが、アヤメの本音だった。


 それは善條からしても同じ。

 早く事を終えて撤退したい彼は、手加減抜きでアヤメを狙撃し始めた。

 強靭な精神力によって昇華された一射が放たれる。

 だが、その一射は見当違いな方向に飛んで行く。

 アヤメの横を通過し、そのまま闇に消えていった。


 アヤメは再点火の前に、善條に向かって跳躍する。

 今の彼は隙だらけ。このまま爪で引き裂けば、それで終わり。

 勝ちを確信しかけた瞬間、アヤメの脚に凄まじい衝撃が走った。



「――にゃっ!?」



 とっさに体をねじって、弾の貫入を防ぐ。

 だが、弾丸によって蹂躙された脚では、空中でバランスが取れない。

 アヤメはそのまま草原の上に落下してしまう。

 いつの間に銃撃されたのか。撃ちぬかれた方向を考えると、すぐに答えは出た。


「……跳弾、かにゃ」


 そう、アヤメの横を通過していった弾丸は、背後の岩に跳弾して襲いかかったのだ。

 偶然でなく狙ってやったのだろう。

 つくづく恐ろしい射撃の腕だ。追撃を避けるために、アヤメはすぐに受け身を取る。

 しかし、善條はもはやアヤメに銃を向けていなかった。

 彼は岩成湯月の死体を片手で持ち上げ、冷たい目で見上げている。


 その隙だらけな姿を見て、アヤメは飛びかかろうとした。

 だがしかし、体が痺れてしまっていて俊敏に動けない。

 どうやら、銃弾に何かが塗布されていたらしい。

 そんなアヤメを一瞥し、善條は口を開いた。


「――現世は幻に劣りて、踊る影は煌く光に勝る。

 発動せよ、根来忍法・『屍被かばねかぶりの術』ッ!」


すると、辺りに凄まじい旋風が発生した。

 辺りの草や業火を渦に巻き込み、その姿を覆い隠す。

 周囲に倒れ伏す死体が宙を舞い、地面に叩きつけられていく。

 幾ばくかの時が経つ。

 旋風が晴れていき、その中央にいる人間が出てくる。

 だが、その姿を見てアヤメは眉をひそめた。


「……お前、誰にゃ」


 そこにいたのは、先ほど銃殺されて死んだはずの岩成湯月だった。

 しかし、どこか様子が違う。

 身体の使い方に慣れていないのか、少しふらふらしている。

 その人物はアヤメの視線に気づくと、その人間は醜悪な笑みを浮かべた。

 それは先ほどの傭兵を思わせる、凄絶な笑みだった。


「おいおい、自己紹介はしただろ?

 俺は雑賀衆の生き残りにして、根来衆の元締め。

 いや、根来衆の方は言ってなかったか。ははっ、悪いな口が軽いでようで固くて」


 どうやら姿形は岩成湯月のようだが、本性は鈴木善條であるらしかった。

 どうやって姿を変えたのかは分からないが、岩成湯月の死体を使ったようだ。


「お前は、乱波の術を使える傭兵なのかにゃ」


「逆だな。もともと俺は、雑賀衆と火花を散らしていた根来衆の一員だった。

 潜入のために雑賀衆にいたんだが、肝心の衆が例の疫病で壊滅しちまってな。

 急いで故郷の里に戻って、まあ驚いたね。

 俺の一族郎党はもちろん、師匠や元締めまでもが死んでやがった。

 残った奴らは幼い女の子ばっかり。未練がましい俺は、両方救おうとしたよ。

 その結果、根来衆の元締めを継ぎ、壊滅した雑賀衆の頭領を継承したんだ」


 軽快な語り口で、今までの遍歴を語る。

 だが、アヤメはそんな説明を求めていなかった。

 どうやって、そしてどうして岩成湯月に姿を変えたのかが気になっていた。


「そんな忍術があるにゃんて、聞いたこと無いんだが」


「秘術だからなぁ、外に漏れちゃいけない術だよ。

 ――っと、そろそろか」


「何を――」


 その真意を尋ねようとした所、はるか向こうの平野から大声が聞こえてきた。

 破滅の足音が、徐々に近づいてくる。

 引両紋の旗をなびかせるその大軍は、紛れもなく足利家のものだった。


 それを見たアヤメは、冷や汗をかいて戦慄した。

 先程からの個人戦で、空間結界を維持するだけの霊力が残っていない。

 もちろん城門付近に大量の宇喜多兵を配置させているが、泥沼の攻城戦になれば勝ち目がない。

 石山城の性質上、城の耐久度が保たないのだ。


 舌打ちをして立ち上がろうとするアヤメを見て、岩成湯月――いや、鈴木善條は屈託のない笑みを浮かべた。

 彼はアヤメに背を向けて、大軍に向かって歩いて行く。

 意味のわからない行動に、アヤメは困惑する。

 だが、善條はそんな彼女に声をかけた。


「安心しろよ、俺だってこの戦いは命懸けなんだ。

 数百の命を預かってる。俺はあいつらを守るために、最善の行動をするだけだ」


 そう言って、迫り来る大軍に向かって手を降り始めた。

 同時に、その先鋒に声が届く距離になったところで、大声を上げる。

 それは紛れもなく、岩成湯月の声だった。


「撤退しろ! 見ての通り、この城には橋が残っていない! 私たちは騙されたんだ!」


「……おい、この死体はなんだ。先鋒がやられたのか?」


「分からん。だが、岩成殿の言う通り、謀略にはまったのやも知れん」


「とりあえず指示を仰ごう」


 兵士たちが足を止め、鈴木善條の方を見る。

 どうやら誰一人として彼の変装を見破れないようだ。

 擬態とも言える術を看破するのは不可能。


「この城は囲んでいれば落ちる!

 切羽詰まって城から出てきたところを粉砕するのだ!一度撤退し、陣を敷き直すぞ!」


「で、ですが補給線の問題が……」


「瀬戸内からの輸送隊が向かってきている。兵糧で喘ぐことはあり得ん」


 断言しきったその態度に、兵士たちは黙ってうなずいた。

 次々と背後の兵に伝令を流していき、撤退の構えを取る。

 石山城に迫っていた兵はみるみる内に退却していき、この場にいるのはアヤメと鈴木善條だけだった。


「……何のつもりにゃ? 私に情けでもかけたのか」


「そんな余裕なんざねえよ。

 残念ながら、根来衆は足利の上層部に奴隷のように扱われていてな。

 さっきの先鋒の中に、まだ幼い根来衆の奴らを紛れ込ませて、人質にとってやがるんだ。

 全兵が精強であるはずの足利が、聞いて呆れるぜ」


 肩を竦めて、辺りに転がっている馬の選別をし始める善條。

 どうやら、あまり走りたがらない性分のようだ。

 アヤメはその様子を見て、拍子抜けをしたような気分になった。


「足利家は一枚岩じゃにゃいのか」


「上層部が腐ってやがるんだよ。

 俺たちが抵抗できない少数乱波集団だから、舐めてやがるのさ。

 まあ、こいつを殺せって指示だけだったからな。

 このいわなりゆづきを本陣に持って帰れば、文句は言わねえだろ。

 ただ、まだ幼い奴らを危険に晒すようなことは――絶対にしたくねえんだ」


 月の出始めた空を見上げて、鈴木善條は未練がましく呟いた。

 拳は出血せんばかりに握りしめられており、その無念さが窺い知れる。

 彼をただの無血な殺戮者だと思っていたアヤメは、何とも言いがたい表情になった。


「だから、お前を助けたわけじゃねえってことだ。

 俺は俺のためにあいつらを騙して、直接戦闘を回避した。

 だから、別にお前に対しても、友情や恋愛感情や性欲や情けや慈悲や、何の感情も持ってねえからな。次にお前を殺せという指示が出たら。迷いなく殺るぜ」


「ふん、変なところで一貫性のある奴にゃ」


「生きにくい性分なんでな。こればかりはどうしようもねえ」


 諦観したように自嘲する善條。

 彼は生き残っていた馬を見つけ、急いで背中に飛び乗った。


「果心アヤメ、だったっけか。

 もう会うことはないかも知れんから、一応言っておくぜ。

 どうやらお前は、そのことで少し悩んでるみたいだしな」


「にゃ?」


 馬の腹を足で撫でながら、善條はアヤメに振り向く。

 そして、彼は意地悪な質問を繰り出した。


「『正義』の反対はなんだと思う?」


「……むぅ、悪かにゃ」


「違うな、そんなに簡単だったらこの世界に合戦なんてねえよ。

 正解は、『正義』の反対は『違う正義』。

 ここに勝てば官軍なんて言葉が加わって、この戦乱なんて世が続いてるんだ」


「じゃあ、誰が正しいのかは、分からにゃいのか」


「そうなるな。だからこそ、自分の正しさを証明するために、人は戦う。

 だからよ――敵が悪人であれ、善人であれ、誰であれ、躊躇するな。

 一貫した『正義』こそが、『違う正義』を駆逐するんだ」


 そう言って、アヤメの反応も伺わずに馬の腹を蹴った。

 疾駆する馬の背中から、最後に嘲るような言葉をかける。


「あと、俺はこの女を殺したことを、何とも思っていないぜ。

 根来衆のガキ共を守るためなら、俺は神だって殺してみせる」


 決意じみた言葉だった。

 善條の威圧感に怯えたのか、興奮状態にある馬は荒れ狂うように疾走した。

 あっという間に、鈴木善條は目の前から姿を消す。

 無理をすれば追撃もできたかもしれないが、危険性を考えてアヤメはその足を止めた。

 痺れの残る状態ながら、先程言われた言葉を繰り返す。


 正義というのは、非常に揺らぎやすいもの。

 確固たるものにしたいのなら、迷ってはいけない。

 あの男は、それを言いたかったのだろう。

 少しの逡巡の後、アヤメは笑った。

 先ほどの男を皮肉るように。


「分かってるんだよ、そんにゃことは。

 それくらい、あいつを見てとっくに理解してる」


 彼女は今、その『あいつ』のことを心配していた。

 消えかけている身体で、どこまでも無茶をしようとしている。

 あいつから任された仕事はなんとか達成できたが、他の任務を負った武将の補助に回れそうに無かった。

 酷い疲れを表情に出しながら、足利軍の去っていった方向を見つめる。


「色々あったが――第一の奇策、成功にゃ」


 これはあくまでも、仕上げに結びつけるための下準備。

 あとは、他の仲間に任せよう。

 アヤメは足を引きずるようにして、石山城に姿を消した。






 戦果報告:足利本隊を一時撤退させることに成功。宇喜多軍に損害なし。

        正門防衛隊を率いる果心アヤメが重傷を負ったが、命に別状はなし。

        足利本隊を率いる大将・岩成湯月は敗死。足利軍は引き続き包囲を続行。

        奇策の一はここに成れり。これを以って、第二の奇策を展開するとのこと。



 

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