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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第三章 打倒、将軍家
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第五十五話「足利の包囲」

 行軍する兵士たち。

 その旗印は、威光を示すかのように引両紋が掲げられている。

 旭川を上っていき、石山城付近まで進軍した所に、足利軍の陣がある。

 そこでは、二人による熟議が重ねられていた。

 しかも、罵声に近い責任のなすりつけ。


「三好凱菜殿、このような話は聞いておらぬぞ」


「私だって聞いてないよ。

 あの偏屈な一匹狼の島津が、他勢力に味方するなんて考えられないだろう」


「しかし! 現に、大量の兵が石山城に入り、その上長宗我部の残党までもが味方をしておるではないか!」


「だから、私に言われても困る!

 もしお前が諜報を念入りにしていたとして、島津が宇喜多とつるむと予測できたか?」


「うぐ……。チッ、援軍に関してはもう良い。

 だが、強行軍を動かすにしても、まだ問題はある」


 先ほどから口論をしているのは、この討伐軍で指揮をとる松永氷華まつながひょうかと、参謀に抜擢された三好凱菜みよしがいなだ。

 足利討伐軍は、他の小勢力が連合を組まない内に中国地方を攻め落とそうと、早駆けをするために、余分な兵糧を持って来なかった。

 もちろん、輸送隊を後詰と共に連れてきているが、この最先鋒の部隊にまで届くには時間を要しているのが現状だ。

 しかも、思った以上に宇喜多の対処が早く、将兵と民を引き連れて石山上に引きこもってしまった。

 包囲する構えを見せても、全く動こうとしない。

 それ故に、松永氷華は焦っていた。


「いくらこの地で略奪をしようと、十万以上もの兵を養う食料はないというのに。

 このままでは、我が軍の兵が暴動を起こすぞ」


「だけど、宇喜多は領民の多くを石山城郭内にかくまっている。

 正直言って、略奪が出来るかも怪しい状況だよ」


「ぐぬぬ……このまま宇喜多が籠城を続ければ、こちらの士気は下がっていく一方だ」


 評定の卓を思い切り叩いて、氷華は苛立ちを爆散させる。

 その様子を見て、凱菜は冷ややかな目を向けた。

 熱しすぎた同僚を諌めようと、情報を与える。


「その心配はない。奴らは島津と残党をあの中規模の城に抱え込んでいる。

 小田原のような、籠城に徹した構造もしていないというのにだ。

 兵糧の面で考えるなら、奴らのほうが頭を悩ませているだろう」


「しかし……島津軍が後から後から兵糧を輸送してくれば、日毎に奴らが有利になる一方だぞ」


「そういうことだ。だからさっさと完全包囲をしたいのだが……」


 凱菜は、はるか遠くに見える石山城を見据えた

 旭川の岸にそびえ立つ城は、歩兵の侵入をことごとく阻んでいる。

 更に、急流とはいえないものの、凄まじく広い川なので、渡るのに時間がかかる。

 そこを矢で射られでもしたら、被害は免れないだろう。


 包囲をしようにも、川の立地が絶妙で、包囲する兵が連絡を取りにくいような布陣をしなければ、完全に遮蔽することは難しい。

 それを見越してか、侵入経路は島津軍の兵糧が受けやすい方角だけを残して、全て橋を落とされてしまっている。

 しかし、あの城郭内に、よくぞそんな大軍を詰め込んだものだ。

 すし詰め状態でまともに動けないだろうに。

 結束力が相当のものでなければ、急な指揮に対応できまい。

 ひとしきり考えた後、凱菜は案を考えつく。


「とりあえず、島津の輸送隊を阻むため、落とされていない橋側に兵力を集中させよう。

 いくら大軍同士とはいえ、城門を力攻めで押せば十分突破できる。

 門を破ったら、雑兵だらけの城内に火でもかける。これで十分陥落させられるだろう」


「城内に火をか? 中には領民もいたと聞くが」


「構わないだろう。

 宇喜多に味方する者――この足利家に弓を引く者は、全て死に絶えてしまえば良い」


「ふはっ、お主も性根が腐っておるな」


「いやいや、父親譲りの梟雄であるお前が何を言う。

 松永殿に匹敵する悪逆非道はこの世に存在しないだろう」


 作戦は、唯一残った橋から城郭に接近し、堀を越えて門を叩く、という力攻めだ。

 城内に詰まった十万近くの兵も、その密集度では何も出来ないだろう。

 集め過ぎがどう考えても仇になっている。

 兵力に兵力で対抗しようとして失敗する、典型的な愚策だ。

 門を破った後、大量の油を撒いて城下と城内ごと焼き払ってやる。


 そんな考えを抱いて、凱菜らは各将兵に指示を出していく。

 そう、これは絶対に負けられない戦い。

 足利の七割近くの兵を動員し、こうして東の平定に臨んでいるのだ。

 南では伊達が底力を見せて、戦況が一進一退状態。

 しかもつい先日、蝦夷の豪族が伊達に味方をして攻勢に出たらしい。

 こちらに兵を集め過ぎていることもあり、足利の戦況が劣性になりつつあると聞く。


 この上こちらで大敗でも喫した日には、間違いなく天下の情勢が宇喜多に傾いてしまうだろう。

 これはたかが一つの勢力を潰す戦いではない。

 天下人足利と、東日本連合軍による、天下分け目の決戦なのだ。

 たとえどのような手を使ってでも、この決戦には勝つ。

 そのため、士気を上げるために、わざわざ御所から滅多に出てこない将軍を連れ出してきたのだ。

 陣幕の中で十分に警護されているので、ひとまず乱波を使われても害はない。


「さて、徐々に落ちていない橋――この陣の反対側に兵が集まっているな。

 ひとまずは順調。……しかし、時折城内から響いてくるこの音。一体何をしようとしている?」


 この包囲を前にして、宇喜多の兵は一向に姿を見せない。

 それどころか、城内からは何かを工作しているのか、櫓を作る時のような音がする。

 まあ、何をされようとも、大局は変わらない。


 補給線を断った以上、唯一落ちていない橋から打って出てくるのも時間の問題。

 そうなれば、この足利家が誇る精鋭が、宇喜多の弱兵を完膚なきまでに粉砕してくれる。

 総当たりになれば、訓練度と物資や装備から考えて、絶対に負けないのだ。

 だからこそ、早く引きずり出さねば。

 そう思っていると、周りに解き放っていた伝令が走りこんできた。


「伝令! 播磨の街道が大岩で塞がれています!

 その上、近隣の豪族が道を封鎖し、補給線の半分が断たれましたッ!」


「なんだと? 馬鹿を言え。

 播磨の補給線に落石が起きるような難所はなかったはずだぞ」


「それが……噂では、播磨に住む農民が一丸となって大岩を運んで街道を封鎖したと」


「……支配下に置いた領内で、よもやそんな真似をされるとはな」


 爪をちぎれんばかりに噛んで、松永氷華が眉をひそめる。

 しかし、彼女たちは知らない。

 播磨はその昔、黒田という一族が一部を支配しており、黒田家に熱狂的な信奉をしていた農民が、数多く残っているのだ。

 彼らはみな、農具や鉢巻に『紫ちゃん可愛いよ紫ちゃん』と痛々しい文字を踊らせており、黒田の令嬢が所属する勢力の危機と聞いて、足利の邪魔を謀ったのだ。


 もともと、豪族というのはそれぞれ特有の癖を持っている。

 足利家は運が悪いことに、この度黒田に心酔する豪族の土地を補給線に選んでしまったのだ。

 支配はしていても、領民を屈服させることができていない。ゆえに、土壇場で邪魔が入る。

 己等の不明に、松永氷華が感情的な大声を上げる。


「……黒田の領民どもの仕業か。

 はぁ、もういい。補給線に配置した兵に伝えろ。

 黒田に味方する豪族と農民を皆殺しにしろ、とな」


「やめろ! 松永殿は播磨の国柄を知らぬのか!」


「……? どういうことだ」


「播磨は数十もの豪族がひしめき合い、足利の占領後も密かに息を潜めている。

 もし迂闊に一つの豪族を消せば、危機を感じた他の豪族たちが結束して反逆を起こすぞ」


 それを聞いて、松永氷華は自分が失態を犯しかけてしまっていたことに気づく。

 そう、地方豪族の結束は非常に堅い。

 国人を敵に回せば、統治する側としては非常に厄介となる。

 凱菜の諫言で我を取り戻し、氷華は首を振って指示を与え直した。


「分かった、補給線で立ち往生している兵たちに伝えろ。

 大人しく引き返し、港から海路を使って補給を続けろと」


「承知しました!」


 その言葉を聞いた伝令は、一目散に馬を駆って播磨へと向かった。

 もともと、半分の補給は瀬戸内の海路から行なっている。

 多少の海賊を金で雇い、護衛につけているのでまず大丈夫だろう。

 少し到着は遅れるが、深刻なまでの事態ではない。

 そんな思考を巡らせている松永氷華をよそに、三好凱菜は表情を曇らせていた。

 多少のアクシデントがあったとはいえ、戦をするのに支障は出ない。

 しかし、三好凱菜には、捨て置けない懸念があった。


「そういえば、水仙はどうした?」


「『思うところがあるため、足利が存亡の危機に陥るまで手出しはしない』、だそうだ。

 『不忠の罰則はいくらでも受ける』、とも言っていた。あれはもう本気だな」


「……チッ。何を考えているんだあの若造は。

 宇喜多に何の情けをかけている。この足利家が劣勢になるはずがないだろうに」


 いつもながら、あの弓兵少女の考えていることが分からない。

 そういえば、戦の前に、敵陣にいる男のことを頻繁に密偵で探らせていた。

 毛利を討伐するときに活躍したらしいが、凱菜からしてみれば大して食指が動く話ではなかった。


 ――だが、これから行う裏の作戦を遂行するにあたって、あの女がいないのは好都合。

 今の足利将軍を尊敬している奴なので、邪魔をされる可能性もあった。

 少しづつ、天下の風は自分たちに吹きつつある――凱菜は内心でほくそ笑んだ。


「そうそう、『例の作戦』だが、首尾はどうだ。

 ようやくあの引きこもり将軍を、全軍の鼓舞という名目で引きずり出せたのだ」


「問題はない。すでに我らの息がかかった傍系の跡取りを擁立してある。

 あとはあの将軍様をどうにかすれば、私達が真の勝者となる」


 それを聞いて、凱菜の意気が今以上になった。

 とは言え、あの将軍も馬鹿ではない。

 自分たちが裏で動いていることに、何となく感づいている様子だ。

 なので、あまりボロが出ない内に、手っ取り早く片付けた方がいい。


 幸いなことに、宇喜多は暗殺を使った謀略を好む家柄である。

 この機会に、将軍暗殺の汚名をかぶってもらおうか。

 同時に、宇喜多を根絶やしにすれば、死人に口なし。

 自分たちの栄華は約束されたようなものだ。


 あとは、この松永をどう蹴落とすか。

 向こうも、自分を抹殺しようと動いてくるだろう。

 この戦争が終わったら、ドロドロな内部抗争が待っていそうだ。

 例え天下を統一したとしても、この戦禍は終わらない。


「人払いをしたかのようにこのあたりが寂しくなったな。

 ほとんどの兵を向こうに集結させたからか。

 とは言え反撃の心配はない。そうだろう? 凱菜殿」


「ああ、奴らは自分から本陣の眼前にある橋を落としているんだ。

 こんなにも本陣が手薄なのに、奴らは指をくわえて見ていることしか出来ていない」


 眼の前にある石山城は、旭川という大きな川のすぐ側に立っている。

 反対側にはすべての敵兵を拒む大型の水堀。

 そして、城へとつながる橋をほとんど落としているため、攻める場所が限られてくる。

 無理に川を渡ろうとすれば、城から降り注いでくる矢の餌食になるだろう。


 兵力と補給の面では圧倒的に有利なので、慌てることはない。

 力攻めで押し切れば、宇喜多に勝算は生まれない。

 天から橋が降ってきて、いきなり目の前に橋が出現でもない限り、この本陣を襲うことは出来ないだろう。

 つくづく、傍観をして人が滅びていくのを見るのは楽しい。


「さて、そろそろ攻撃開始の合図が出るはずだが……」


「そういえばおかしいな。狼煙が上がらない上に、兵の声も聞こえてこない。

 全員喉の筋肉が弱り切ってしまったか?」


「ははは、そんな虚弱な兵はこの勢力にいないだろう。

 それよりも、化物が出てきて声が出ないほど怖がっているのではないか?」


「ふん、それこそあり得んだろう。

 品性の欠片もない田舎侍ではないのだ。

 そんな馬鹿げた失態を犯すはずもない」


 他愛もないことで開戦を待ちながら、二人は人の外を眺めている。

 そして――いざ狼煙が上がった。少しの時間差があったが、おそらくは誤差の範囲内だろう。

 その煙とともに、凄まじい奇声が舞い上がった。

 今まで息を潜めていた足利軍が、一斉に門へ攻撃を開始したのだ。


「よし、ようやくか」


「門が落ちれば勝ったも同然。

 門上に足利の紋が掲げられるのも時間の問題だ」


 安心感とともに、粉塵舞い上がる城の反対側を見つめる。

 しかし、少し気になることがあった。

 確かに足利の鋭兵らしい大声が聞こえるものの、その様子がおかしいのだ。

 敵を喰らい尽くす獰猛な咆哮ではなく、まるで肉食獣に喰われる畏怖のような絶叫。

 それが足利兵の声となって聞こえてくる。


「……様子がおかしいな」


「ああ……兵の動きも、どこか後ずさっているように見える。何が起きているんだ?」


 二人が怪訝そうに顔を歪めていると、荒い息が彼方から聞こえてきた。

軍の情勢を探らせていた伝令が、転びそうになりながら走って来たのだ。

 息を切らせながら膝をつく伝令は、顔が真っ青に青ざめている。


「重ねて伝令! 門上より降りてきた兵一人により、先鋒が大錯乱ッ!

 敗走する先鋒と後詰が衝突し、混乱状態となっています!」


「……なッ!?」


「馬鹿な、何かの間違いだろう。

 一人に蹴散らされる軍がどこにあるというのだ。

 我らが率いているのは天下を統べる足利の精鋭だぞ。負けるはずがない」


 門を開いて、狭い橋の上で戦闘において奮戦されたのならともかく、たかが一人の兵によって軍が掻き回される事態なんてあるはずがない。

 そんな事ができるのは、人にあらざる異形の存在くらい。

 そこまで考え至った時、凱菜はあることを思い出した。


「……異形の、存在?」


 そういえば、毛利崩壊の折、人外の娘が無双の働きをしたと聞いたことがあった。

 毛利両川を単騎で葬った、人にあらざるもの。宇喜多には、化生の猛将ありと。

 その力のほどまでは聞いていないが、毛利から流れた兵によれば、『死ぬほど恐ろしき術だった』とのこと。

 もともと宇喜多は乱波や透波に妖しげな術を用いらせるが、どうやらその上を行くような存在であるらしい。

 用心するに越したことはないが、望むとしたら短期決戦だ。

 それは向こうとしても同じのはず――


「……まあいい、先鋒が崩れたとしても、兵力ではこちらが圧倒的に勝る。

 一度兵を引き、陣を組み直して再度攻撃を仕掛けろ」


「な、何度も繰り返しているのですが……。

 橋を渡ろうとした兵士が全員、川に転落してしまいまして……」


「馬鹿な! そんな話があるか」


「一体、何が起きているんだ……?」


 伝令の言葉を聞いて冷や汗を流す二人。

 はるか向こうからは、足利軍の絶叫が聞こえてくる。

 そして、同時に妖しげな猫の笑い声が、高らかに響いてきていた。





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