表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第三章 打倒、将軍家
55/68

第五十四話「閑話・雪の降るなかで」

 


 一度脱線してしまった電車を戻してあげるには、どうしたらいいのでしょうか。

 レールを作り直そうにも、その電車が通ってきた線路、そして通ろうとする線路は酷く歪んでいて、修理のしようがないのです。

 真っ直ぐに進むことを忘れてしまった電車は、自分では起き上がれません。

 では、諦めるしか無いのでしょうか。

 そういう時、人は奇跡に頼ります。

 もしかしたら、神様が迂回路のレールを引いて、半強制的にでも電車を立ち上がらせてくれるかもしれない。

 どこにでもいて、どこにもいない神様。

 人が虚ろと絶望の淵に立った時、その存在は現れる。

 そこで奮い立つ者だけが、真っ直ぐな道を歩み直せる。

 これは素敵な考えだと思います。

 とは言っても、これは私の親戚の受け売りなんですけどね。

 言うことだけはキザなんです、あの大バカ発明家は。

 だから、もう一度立ち上がってください。

 私の大切な人――





     ◆◆◆

 

 


「やーれやれ、プリンを食いきる間もなく連れ出すなんて、お前はどこの外道なんだか」


「変な鎧を開発して人に迷惑かけてるおじさんに言われたくないよ」


「その陰湿な所、愚弟によく似てるわ。

 あいつの嫌な所を引き継ぎやがってまったく」


 ぶつぶつと文句を言いながら、おじさんは路傍の石を蹴飛ばす。

 若干お酒が入ったこともあってか、その顔は少し赤らんでいる。

 その姿はもはや、ただの飲んだくれのダメおじさんにしか見えない。


「まあいいや、もし戻って来るとしたらそろそろだろ。

 さっさとあの坊主の家に向かおうぜ」


「えっ……そんなことが分かるの?」


「言ったろ小娘。発明家の直感は何よりも勝るってな」


「おじさんの競馬の勝率はどれくらいだっけ」


「常敗不勝だな。特許4つ分の金をドブに捨ててきた」


「それはもう呪われてるレベルだと思うよ」


 下らないことを話しながらも、おじさんの歩くペースは早い。

 泥酔しきっていると思いきや、思った以上にスタスタと歩を進めている。

 なんだか、急いでいるような感じだ。


「妙に早歩きだね」


「大阪人は古来より早歩きでおまんがな」


「甲子園はどこにあるの?」


「アレは大阪の宝やでー」


「兵庫県にあるんだけど」


「…………」


 頭をかきむしりながら、おじさんは「ボロが出ちゃった」と頬を赤らめる。

 なんだかその顔面に殴打を加えたくなってしまう。

 酔っぱらいの絡みが酷いということがよく分かった。

 それにしても、ビール一杯で理性が揺らぐくらい酔っちゃうのか。

 先輩はお酒に強いほうだったかな、と思ったけど、そういえば先輩は未成年だったっけ。

 悪い人だなあの人も。


 というより、酔ったふりをして身体をベタベタ触ってくるおじさんの方が不快でたまらない。

 妙な大阪弁を使って、人の神経を逆なでしてくる。

 根っからの岡山育ちが、一体何を言っているのだろうか。

 気にしたら負けなので、凍えるようなボケを無視して、気になる話を蒸し返す。


「何でそんなに急いでるの?」


「……あー、ちょっと焦ってるってのが本音だ」


「なんで焦るんだか」


「いや、急いで補修作業をしないと、鎧がぶち壊れるかも知れん」


「……え、火薬でも仕込んでるの?」


「違う違う。あの坊主が戻ってくるときに……まあちょっと懸念することがあるんだよ。

 難しい理論は苦手だからかいつまんで言うと、

 神様の霊力に耐え切れない鎧が、ぽぽぽぽーんと大爆発を起こす」


「その様子だと全然危なそうに見えないんだけど」


「下手をすれば核融合が起きる」


「それは大変だ」


 まあ、核融合は冗談だけどな、と愉快そうに笑うおじさん。

 もちろんこっちは不愉快なんですけども。

 頭の中で変なものが融合してるんじゃないだろうかこの人は。


「爆発も冗談だけどな。

 ぶっちゃけ、あの鎧は壊すには惜しいから、さっさと霊力を継ぎ足しておきたい」


「それはトンカチと釘があれば事足りるんじゃ?」


「これだから工学の虜は困るんだ。

 いいか? 世の中には、科学では絶対に明らかに出来ない、神聖な不可侵領域があるってことは覚えとけ」


 いつか痛い目を見るからな、とそこだけは真剣そうに言う。

 実際、それは何度も聞かされた言葉だ。

 違う言葉で言い換えると、『魔法の存在を認めないということは、同時に魔法の不存在を認めないことと同義である』だったっけ。

 ただし、おじさんの認識では、妖怪はいつでもそこにいて、神様もその辺りに転がっている、らしい。

 私には当然のごとくそんな概念なんて知覚できないけど、おじさんの持つ『霊力』を通して、その異常な力を確認することが出来る。


「分かったら急ぐぞ小娘。あの信号を超えたところだろ?

 この野郎、あの信号機がラスボスっぽいな。

 一体いくつの色を持ってやがるんだ。

 妙に鉄柱が歪んでやがるし、この世界は愉快なことばっかだな」


 いや、愉快なのは確実におじさんの脳内だけだと思う。

 こんなのが世紀の発明家呼ばわりされて、私は日本でも有数の発明家って扱いは、どう考えてもおかしいと思うんだよね。

 人格だけ考えると。と言うより、おじさんは大事な所で肝心なことを忘れるからな。

 酔ってる状態で早歩きなんてしたら、酒の回りが早いに決まってるのに。


「もー……戻ってスクーターに乗り直す?

 それなら歩かなくてもいいけど」


 衝突しかけた後、コンビニの側に停めちゃったんだよね。

 十分くらい逆方向に戻れば、すぐにスクーターで快適発信できるけど。


「冗談キツイぜ。

 この状態でスクーターに乗ったら、確実にゲロのスプリンクラー男になっちまうぞ。

 俺を明日の三面記事に載せる気か」


「そんな思考が真っ先に出てくる時点で、もう載る資格は有してると思うんだけど」


「12月に突入するかどうかの師走の境目、吐瀉物をまき散らしながら街を走り回る男。

 ちょっと早めのクリスマスプレゼントってところか」


「おじさんに彼女が居ない理由がやっと分かったよ」


 これは彼女が出来ない。無理無理。

 頭がイッてる人じゃないと出てこないような、苦しいシャレでドヤ顔をされても困るのだ。

 でも、その一言で私は気付いた。

 そういえば、もう12月を迎えるのだと。

 もう少ししたら、先輩はセンター試験か。

 でも、先輩は大学に行かないって言ってたな。

 こんな自分が行くべき大学なんて一つもないって。

 多分強がりっていうか、素直になれないだけだと思うんだけど。


 でも、私の勝手を通すなら、先輩は大学に行くべきなんだ。

 これ以上、変な世界に行って欲しくない。

 危ない所に首を突っ込んでいる先輩は、もう一朝一夕じゃその世界から抜け出せられないと聞いた。

 だけど、それは違うと思う。

 先輩が変わることを望めば、それはきっと叶うのだ。

 願い事をするにはおあつらえ向きのロマンチックな季節だから、少しくらい神様にお願いをしてもいいよね。


 と、いうわけで。

 どうか神様、私の願いを聞いてください。

 私が望むことは、ただ一つです。

 ただ、私と先輩が幸せにな――


「うぉおおおおお! 雪だ! スノウ・スノウ・スノウ! SSSだよこれは。

 てか、岡山の中心部で雪だと!? 馬鹿な、ついに時代は新世界を迎えたかっ!」


 馬鹿なのはお前の頭だと突っ込みたくなる雑音で、私の祈りが消えさってしまった。

 本当に人の邪魔をするなこの人は。

 授業中に校庭に犬が入ってきた時以上のテンションで、おじさんは騒ぎまくる。

 周りの白い目と、私のジト目を受けて、なおも大声で喜ぶおじさん。

 いきなりメカニックな携帯電話を取り出し、どこかへ電話をかけはじめた。

 数コールの後、おじさんは今の興奮の度合いを大はしゃぎで訴えかける。


「窓の外を見ろ座頭! この晴れの国に遂に暗雲が舞い降りたぞ!

 ついに日の本のピンチってか! 今こそお前たち陰陽師のでば――」


 ――ブツッ。


 ――ツー、ツー、ツー、


 異常なテンションを感じ取った瞬間、電話の向こうの人は即切りをした。

 まったくもって正しい判断だと思う。

 と言うより、妙に手際がいいと思ったら、高校時代からの友人である座頭さんが相手だったようだ。

 悪友から正しい処置を取られたおじさんは、またしてもぶつぶつ言いながら電話をポケットにしまった。

 どうやら、ようやく正気に戻ってくれたようだ。


「……チッ、陰湿な野郎だ。陰陽師はこういう連中の集まりか。

 全国根暗選手権を開いたら、絶対トップ10は陰陽師が占めるな。発明家の勘にかけて間違いない」


「つまりあり得ないってことだね」


 本当に実にも種にもならない話をしている内に、先輩のマンションに到着した。

 中の人が許可しないと開けてくれないので、先輩の部屋番号に連絡してみる。

 しかし、先輩がそこに居ないのか、全く音沙汰が無い。

 すると、いきなりおじさんが舌打ちをして、まったく関係のない部屋番号を押しはじめた。


「ちょっ……おじさん何やってるの!?」


「黙ってろ小娘」


 かくして、見たこともない番号の部屋に通話が届く。

 ガチャリという音とともに、青年であるらしい誰かの声が聞こえてきた。


「はい、西園寺さいおんじです」


 無気力な声に対して、おじさんも負けず劣らず覇気のない声で答えた。


「あ、すいません。十七号室に住んでる娘の親なんですが、娘がちょっと具合が悪くて寝込んでるみたいでして。看病に来たんですけど、連絡が取れないので代わりに開けてください」


 いきなりとんでもないことを言い始めたおじさん。

 とっさに口をふさぐように捕まえて、耳を引っ張って小声で叫んだ。


『ちょっと! これ犯罪じゃないの……!?』


『うるせえ! これがマンションに不法侵入する時の常套手段だ!』


 ごにょごにょ話している私達。

 しかし、電話の向こうの人はいきなり黙りこんでしまう。

 普通なんらかのアクションがあってもいいはずなのに。

 そんな事を考えていると、向こうから低い声が聞こえてきた。


「駄目だ、開けない」


「のぁ!? おいおい名も知らぬ青年、それは薄情ってものだろ」


「あんたから凄まじく異常な雰囲気を感じる。

 通話してるだけで身震いするってどういうことだ。あんたみたいな不審者は入れん」


「てめえ、天才発明家のこの俺の頼みを断るとはいい度胸だ。

 名前を教えろ、後でドアをガムテープで塞いでやるからな」


「…………西園寺蓮次だ。

 変な真似をしたら斬り捨てるから悪しからず」


 それだけ言って、青年はガチャリと通話を断った。

 話す物腰からして、その人も普通ではないように感じた。

 しかし、おじさんはそれが不服だったようで。


「おい小娘。このマンションに剣術の達人が居るなら最初から言えよ。

 直感が研ぎ澄まされた奴の前で霊力を出しっぱなしにしてたら、さすがに怪しまれるぞ」


「いや、私に言われても困るよ。

 このマンションにそんな人がいることも知らないし、霊力に関しては専門外もいいところだよ」


 ていうかなんなの剣術の達人って。

 時代錯誤もいいところだよ。

 それに、おじさんの霊力に至っては、普通の人が持ち得ないものなんだから。

 私が怒り半分で反抗していると、おじさんは深い溜息を吐いた。


「……はぁー、嫌だなー。後で座頭に怒られるなー。まあいいけど」


 そう言っておじさんが取り出したのは、小型のペンのようなもの。

 と言うより、どう見てもただの万年筆だ。


「あのさおじさん。この強化ガラスで出来たドアって、まず破れないと思うんだ。

 それに、おじさんの異常な発明品を使ったとしても、衝撃を与えたらサイレンが鳴ると思うよ」


「知ってるよ。このタイプだと、枠付近に衝撃がイッたら警鐘が鳴り響くだろうな。

 だけど一つ聞き捨てならん。俺の発明に限界はない。

 限界は意識することによって作ることができるが、その逆もしかり。

 限界さえ認めなければ、人はどこまでも成長し続ける。ただしおっぱいと身長は除く」


 それが俺の発明なんだよ。

 そう言って、おじさんはペンのキャップを取る。

 そして、この見張りをしていると思われる受付を確認。

 席を外しているのか、今は誰もいない。

 それを確認して、おじさんは遂に暴挙に打って出た。

 それでガラスを突き破るかと思えば、窓ガラスにその先端を付けて、スイッチを押した。


 ――ジィィィィィィィィィ


 この擬音は、私がジト目でおじさんを見ているものではない。

 おじさんの持つペンから熱光線が射出されて、強化ガラスが焼き切れる音だ。

 極限まで高く設定してあるはずの沸点を、あんな小型の機器から出る熱線で焼き切るとは。

 さすが、やっぱり霊力を込めたものは違うんだね。


 人一人が通れるくらいにまでガラスが切れると、おじさんはその部分を蹴飛ばした。

 すると、向こう側に切り取られたガラスが派手に倒れこんだ。

 とんでもない音がしたけど、誰も出てくる様子はない。

 さすがの立派なマンション。防音設備もお手のものか。


「相変わらず無茶苦茶だね。ペンに熱光線を搭載とか聞いたこと無いよ」


「当然だ。天才にして究極な俺にしか作れん」


 ペンを懐にしまいながら、おじさんは先へ進む。

 こんなことをして大丈夫なんだろうか。

 霊力の影響を受けた発明品を使うと、座頭さんたち陰陽師が怒るって言ってなかったっけ。

 ああ、だからこそこんな無茶をしたのか。

 霊力が関わる事件は、警察が介入出来ないことになっている。

 これはもちろん表に出ない、秘密の話。

 だから、秘密裏にもみ消してくれることを期待しているのだろう。

 さすがおじさん、座頭さんの胃をズタボロにするまでその暴走は止まらないのかな。


「まあ、あの坊主のことだが――」


「うん?」


「お前は帰ってきて欲しいと思っているんだろう?」


「もちろん。おじさんは?」


「んー、ウジウジしてるし、面倒くさい性格してるし、何か嫌だけど、

 ――お前が望むなら、それを叶えるのが伯父の役目だ」


 そう言って、おじさんはとある紙切れを私に渡してきた。

 それを見ろとジェスチャーをして、おじさんは続きを話す。


「あの坊主が消えるとお前が悲しむからな。

 そう思って、実はこの前帰ってきた時に、あの坊主に俺の発明品を一つだけ渡してある」


「それが、これなの?」


「そうだ。あの坊主がどれだけ頑張っても、天運は変えられないことがある。

 その状態になれば、もう運命に従うのが道理なんだろうが……。

 俺はそんな下らん摂理よりも、迷いなく姪の幸せを選ぶからな」


「……おじさん」


 若干酒が入っててろれつが怪しいけど、言ってることが真摯なことは伝わった。

 先輩を嫌っていたおじさんが、まさか先輩に自分の発明品を渡しているなんて。

 しかも、なんというか、この紙に書かれている夢物語のような発明品を。


「俺たちは、ただ待つだけだ。あとはあの坊主を信じて祈っていようぜ」


 そう言って、おじさんは私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 ……確かに、そうだよね。私達にできることは、もう何もない。

 挙げるとすれば、たった一つだけ。

 私はこうやって、先輩の無事を祈ります。

 それが、私のするべきことだから。

 さっきは中断されてしまったけど、今一度挑戦してみよう


 神様、もう一度お願いします。

 私と先輩が、幸せになれますように――




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ