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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第三章 打倒、将軍家
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第五十二話「詐欺師の選択」

  


 いつの間にか注がれているお茶。

 嫌な笑いを浮かべる神聖の巫女・紅葉。

 いきなり突拍子なことを言い始めた紅葉に、呆れながら詰め寄る。


「ちょ、ちょっと待てよ。

 伝令も何も来てないってのに、何でそんな事が分かるんだよ」


「わしは巫女じゃ。

 少し霊力を応用すれば、少し離れた場所のことくらい容易に覗ける」


 それくらいの事すら分からんのか、と紅葉は肩をすくめる。

 だけど、内容が内容だけに、できることならば嘘であって欲しかった。

 だけど、こいつが言っていることは、恐らく正しい。

 何よりも、俺がこうやって反駁していることよりも。


「あー、『霊力』だっけ?

 その胡散臭い能力を、俺はそこまで信用出来ないんだよ」


「何を言っておる。そこの果心の娘も、霊力を使っておるじゃろうが」


「……にゃ? 私のは『幻術』にゃのだが」


「同じことよ。人の弱った心に霊力を叩きつけ、身体に害をなす。

 場にある存在を依り代に、陰陽師にも似た結界を張る。

 それらは全て。霊力を使って行われる仕業じゃ」


 奇跡を起こす秘術・幻術。

 俺がいくら考えても、その原理は全く分からなかった。

 だけど、それは当たり前か。

 霊力なんてものが絡んできたら、一般ピーポーの俺が理解できる領分を遥かに超えている。

 しかし、アヤメは『にゃるほど』と感慨深く頷いている。

 どうやら、俺と違って心当たりがあったようだ。


「まあ、わしとしても、霊力の恩恵を受けておるのじゃがな。

 わしが巫女として持つ『神託』・『過去視』・『千里眼』・『不老』・『読心』。

 この5つの能力は、全て霊力によって成り立っておる」


「……気味が悪い能力の根幹はそれかよ。

 全部マジシャンがやるようなインチキ能力じゃねえか」


「くく、なかなか信じようとせぬの。

 どうやら、汝の世界では、この能力は知られざる存在であるらしいな。

 しかし、汝の過去を見てみれば、身近にも霊力を秘めた者がいたではないか」


 過去視をすることが出来る童瞳で、俺の顔を見据えてくる。

 こいつが誰のことを言っているのか、何となく分かった。

 さんざん昼行灯を気取っておきながら、大事な所で手を差し伸べる、あの気に食わない男。

 あいつの伯父である、例のおっさんのことを言っているのだろう。


「その人間は、どうやら血筋で霊力を得た訳ではないみたいじゃがな。

 しかし、その身に宿した霊力を使って、『霊力注入』という離れ業をしておる」


 前人未到の発明家。最高にして最終の奇才。

 甘屋草一は――あのおっさんは、確かに普通じゃなかった。

 そして、奴が創造した発明品もまた、常軌を逸していた。

 その根底にあるのは、霊力と言う名の異常な力。

 俺が観念したように茶に口をつけると、紅葉は一仕事を終えたとでも言うかのように、深い溜め息を吐いた。


「さて、これで霊力の存在は信じてくれたかの。では本題に入ろうか」


「ああ、足利家が迫ってるんだったよな」


「うむ。秘密裏に討伐軍を編成しておったらしくてな。

 砦を落としながら、電撃的な速さを以って石山城に進軍しておる」


「兵力は分かるか?」


「宇喜多側の総兵力は、毛利の残党を合わせても三万。足利軍は十二万じゃ」


「なんだと!?」


 ――十二万。

 天下の雌雄を決したあの関ヶ原における東軍の、最大動員数にも匹敵する大軍だ。

 中国地方を制圧して、勢いに乗っている宇喜多家。

 しかし、近畿地方を掌握した将軍家とは、根本からして格が違う。

 精強な兵を選抜して、圧倒的な訓練度を持つ足利軍。

 それに対して、敗残兵を集めたばかりで、統治が行き渡ってすらない宇喜多家。

 このままぶつかれば、その結果は火を見るよりも明らかだ。


「俺が……俺が行って手伝わないと!」


「ダメにゃ! やめろ春虎!」


 俺がフラフラと立ち上がろうとすると、アヤメが後ろから羽交い締めにして止めてきた。

 力の入らない足が滑り、惨めに尻餅をついてしまう。

 痛みで涙が出そうになったが、何とかアヤメに叱責の声を出す。


「おいアヤメ、何で止めるんだよ」


「ダメにゃ……! 春虎が、消えてしまうにゃ!」


「……ぁ」


 そうだった。

 俺の身体は、徐々に消え始めているのだ。

 頭に血が上って、そのことを失念していた。

 足先から始まった異変は、なおも侵食を続けている。

 この透過現象が俺を覆い尽くした時、何が起こるのかは想像に難くない。

 本来俺が取るべき最善の策は、神在月までを何事も無く過ごすこと。

 だけど――


「大丈夫だ。今まで何とか乗り切ってきたろ。

 それに、自分が所属する勢力を助けて何が悪い。

 あいつらが困ってるんだ。なあ紅葉、俺が行っても大丈夫だよな」


「そうじゃな。

 汝がこの世界で『消し飛ぶ』ことを望むのなら、大丈夫といえよう」


「……なんだと?」


「考えてもみよ。汝は宇喜多の人間である前に、異世界の人間。

 何よりも介入を嫌う世界――神様が、そんな勝手な真似を見逃すはずがなかろうて」


「つまり、俺があいつらを助けようとしたら?」


「消えるじゃろうな。まず間違いなく」


「何だよ、そんなことって……」 


 こっちの兵力を圧倒的に上回る敵。

 そいつらが、今まさに牙を向いている。

 今すぐにでも合流しないと、人員が足りない。

 今この出雲に、風薫とアヤメ――貴重な戦力が集中してしまっているのだから。

 こいつらと一緒に、早く向かわなければならない。

 なのに――


「ここまで来て、ここまであいつらと頑張ってきて……。

 神様は、あいつらを見殺しにしろっていうのか?」


「それが神の意志ならば、文句も言えぬよ。

 元の世界に帰りたいのならば、諦めてここで神在月まで大人しく過ごせ。

 たとえその間に、宇喜多が滅ぼされ、全員が殺されようとな」


 何でもないことであるかのように、紅葉は淡々と話す。

 大切な仲間が見殺しにされても、ここで待機するべき。

 元の世界に確実に帰る条件。その選択肢を選ばせようと、誰かが仕組んでいるようだ。

 だが、ふざけるなよ。俺がそんな事を認めると思うのか。


 この世界は、神様は、どれだけ俺を苦しめれば気が済むんだ。

 まるでこれじゃあ、俺を断罪するためだけに、こんな舞台を用意したみたいじゃないか。

 俺がどんな選択肢を取るのか、味方を見捨てるのか。

 その様を、楽しみながら経過を観察しているかのようにも思える。

 俺が犯してきた今までのことを、贖わせようと断罪させようとしているみたいな――


「…………断罪?」


「む? どうしたいきなり」


 そういえば、この世界は、どこまでも俺に選択を迫ってきた。

 いきなり一宮水仙に襲われ、俺が優位に立った時にどのような選択をしたか。

 その時俺は、報復されることを考えもせずにあいつをそのまま逃した。


 風薫と出会った時に、俺はどのような選択をしたか。

 リスクを省みず、風薫を解放し、共に旅をすることを選んだ。


 アヤメと正面から戦った時、殺戮を繰り返していたその娘が、実は心の弱い少女であることを知った時、俺はどのような選択をしたか。

 死ぬかもしれないというのに、未知の敵である結界に挑み、アヤメと共に道を行く事を選んだ。


 紫が風薫を殺そうとした時、俺はどのような選択をしたか。

 危うすぎて、俺すらも殺しかねなかった風薫を、認めて慰めてやった。


 それ以降も、俺は常に選択を迫られてきた。

 その選択肢はすべて、俺がこの世界に来なかったならば、絶対に選ばなかった道。

 心の腐りきった詐欺師ならば、絶対に選択肢なかった修羅の道だ。


 今思えば、どうしようもなくこの世界は作為的で、神様の存在を匂わせてきた。

 なるほど、この世界に俺を導いた存在は、最後まで俺の選択を見るつもりなのか。

 地獄に落ちても文句が言えなかったこの俺を、こうして逆境に落として、断罪を試みる。

 こんな偶然はありえない。

 この世界に意志がある以上、そいつはこれからの俺の行動も、きっちり見てやがるのだろう。


 ――だったら、見せてやる。

 この俺が、伏見春虎が、この世界をどう駆け抜けたのかを。

 二度と忘れないように、目に焼き付けてやる。


「行くぞ、アヤメ」


「……にゃ。宿舎は向こうにあるから、案内するにゃ」


「違う。俺たちがこれから向かうのは、最後の決戦場・石山城だ」


「にゃ、にゃんだとっ!?」


「……ほぅ?」


 二人とも、意外そうな表情になる。

 アヤメに至っては、あわあわと慌ててしまって、錯乱のあまり畳で爪とぎを開始した。

 頭をはたいてやめさせ、俺はゆっくりと立ち上がる。

 よし、ここに来るまでよりは回復してる。

 どうせ壊れても構わない身体だ。

 無理をしてでも、後腐れのない選択をしようじゃないか。


「後悔しないのじゃな?」


「しないよ。

 俺はこの世界に来て、後悔だけはしないって決めたんだ」


「その身体が消え、愛する者の元へ帰れなくなっても、良いのじゃな?」


「それは困る。俺だってあいつに会いたいしな」


「ならば――」


「だけど、ここでみんなを見捨てて帰った俺を、あいつはきっと笑顔で迎えてくれない。

 ――それに、俺は強欲でさ。

 納得の行く最後は、『宇喜多家を守って』『元の世界に帰る』だ。

 俺が最後に選ぶ選択肢は、これ以外に存在しない」


 この世界に俺を飛ばした奴に見せてやる。

 詐欺師が最後に暴れる様を。

 そしてそれが、詐欺師である伏見春虎の、最期の選択だ。


「くく、面白き奴よ。

 わしもここで、汝を最後まで見届けてやろうぞ」


 茶器が完全に空になった。

 これで、こいつとの話は終わりだ。

 これから最終決戦、ラスボス戦が始まる。

 敵は将軍率いる最強の軍。

 正直言って、勝てる見込みなんてそう無いだろう。

 でも、俺は――俺たちは行く。


「アヤメ。風薫を呼んで来てくれ。急いで向かうぞ」


「…………」


「ここまで来て、まさか止めたりなんかしないよな」


「お前は、本当の大バカ者にゃ」


「自覚してる」


「そんなダメなお前を、一人で行かせても惨めに死ぬだけにゃ。

 だから、私が守ってやる。この身体果てようとも、お前だけは守りぬくにゃ」


 アヤメは胸に手を当て、誓うようにそう言った。

 いつもの冗談見に溢れた表情はどこへやら。

 まるで女騎士のように気高い光を瞳に宿し、俺を見つめていた。

 アヤメの覚悟に頷いて応える。

 だけど、一つだけ聞き捨てならないことがあった。


「お前も生きるんだぞ?」


「にゃ? 私が心配にゃのか」


「お前は死んでも死なない奴だろうが。心配といえば心配なのが本音だけどな。

 だけど、俺の手が届く限り、この戦いでは誰も死なせない」


 それこそが、俺の迎えるべきハッピーエンド。

 湿っぽい雰囲気の中で帰還するなんざ御免だ。

 そんなのは、俺の望む未来じゃない。意地悪な神様が喜ぶ最悪の終わりだ。

 だから、絶対にこいつらを死なせない。死なせるものか。


「さあ、じゃあ改めて行こうか。俺たちのハッピーエンドに」


 この言葉を言った瞬間、俺の左足から腰にかけての侵食が急激に進んだ。

 どうやら、神様はお怒りのようだ。

 だが、こんな脅しに俺は屈しない。

 俺を消したければ消すがいい。

 俺がこの全力を持って、消えずに元の世界に帰り着いてやる。


 石山城まで移動するのに、だいたい2日を要する。

 往復の時間も考えて、向こうについたら電光石火の勢いで打ち払わなければならない。

 そのことを念頭に置いて、俺たちは風薫を呼びに行った。



 ――神在月まであと5日。

 この日、詐欺師と策士と猫娘が、最後の戦いへと赴いた。





 

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