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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第三章 打倒、将軍家
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第四十九話「汝はどこへ行く」

 


 パチパチと、薪の爆ぜる音がする。

 ついさっきにでも薪を追加していたのだろう。

 強い炎光が目に染みる。それに気づいたのか、紅葉はおもむろに火中へ手を突っ込み、過剰な薪を掴み出した。

 そして、女神のような息吹を吹きかけると、強い火力が嘘のように弱まり、そのまま灯火は消え去った。


「……熱くないのか?」


「霊力で手を覆っておる。慣れれば大したことではない」


 いや、霊力って言葉が出てくる時点で、大したことなんだけど。

 しかしそういえば、甘屋の伯父も霊力とかいうトンデモ力を持ってるとか言ってたな。

 さすがに嘘だろと思ったのだが、頭のイった発明品を見て納得してしまったんだっけ。

 その時俺は、この世には科学の干渉できない世界があることと、オッサンのドヤ顔はウザいってことを学んだのだ。

 

「くく、驚かぬのか」


「そういう胡散臭い力を持ってるやつを知ってるからな」


「む、知人に巫女か陰陽師でもおるのか。その年にしては大した人脈よな」


 いや、特許を申請したと思った翌日には失踪してる発明家なんだけどな。

 あのおっさんはそんな上等な職には付いていないはずだ。

 ということは、霊力を持てるのには条件があるんだろうか。

 まったく、どうやってそんな力を身につけたんだか。


「いや、そんな事はどうでもいい。

 それよりも、俺は訊きたいことがいくつかあるんだ」


「おお、そうじゃったか。長話は嫌いみたいじゃな」


 いや、仕事柄から言ってむしろ大好きなんだが、今の状況においては議題が違うって話。

 今俺が訊きたいことは、そんな事じゃないんだ。

 紅葉の童顔を見据え、質問を繰り出す。


「俺が元の世界に帰るためには、どうすればいい」


「んー、意外と簡単じゃよ?

 というより、望むなら一週間後にでも帰れる」


「……は?」


「いや、運がいいことに神在月の直前に来ておるからの。

 この事実は汝にとっても有益であろ」


 そんなに簡単に、帰れるのか。胸から疑念が沸き上がってくる。

 確かに神在月がもう少しでやってくる。

 だけど、それが俺の帰還に何の関係があるんだ。


「出雲大社が祀っている宝物の中に、『転世の古鎧』というものがある。

 と言っても、これははるか昔に焼けてしまって、もはや力は残っておらぬがな」


「なにやら心ときめくネーミングセンスだな」


「くく、実はその鎧にはな。

 太古の昔より一つの伝説が受け継がれておるのじゃ」


 茶棚から茶っぱを引き出し、紅葉は茶を点て始める。

 じわりじわりと波紋を広げていく日本茶の緑色。

 それを満足気に眺めながら、紅葉は続けた。


「それは――心正しき迷い人を、本来の世界に帰すというもの。

 しかし、そんなものはとんだ夢物語。普通の人は信じないじゃろうて」


 ああ、いかにもよくありそうな伝説だ。

 てか、俺が今までやってきたゲームにもそんな設定のRPGがあったぞ。

 それだけ有名かつ一般的な話なんだろうけど。


「しかし、神在月になると、神々から発せられた霊力が鎧に宿り、一時的に本来の力を取り戻すのじゃ」


「……つまり神在月になれば、俺帰れるのか?」


「ふぅむ、それは汝の心の在り方によるな。

 鎧が心正しきものであると認めれば、汝も元の世界に帰れよう」


 ……心正しきもの。

 俺は果たして、そんな人間として認めてもらえるのか?

 もし鎧が俺の現実世界での過去を知っているとしたら、もはやその可能性は皆無だろう。

 人を突き落としてきた事実は、不変なのだから。


「焦っておるのぉ。しかし、わしの眼から見てじゃが、汝はこの世界にきて変わったみたいじゃな」


「そうか? 俺としては、帰りたいがために必死だっただけなんだが」


「くく。心配せずとも、鎧は現在の汝を見極める。

 その意識が許すならば、神在月の初日にでも帰れよう」


 つまりは、来週に帰ることが出来るかもしれない。

 しかし、一度拒まれた時、おそらく俺は元の世界に帰るすべを失うのだろう。

 ……こんな不透明な賭けは、今までに体験したことがない。

 でも、俺のマンションに来て、待っていてくれているかもしれないあいつのためには、乗り越えなければならない。

 だが――


「面白い困惑じゃな。今までに人と関わったことがなかった汝は、この世界での人間関係のことで葛藤しておる」


「…………」


「なんじゃ、違うのか?」


「合ってるよ。心が読めるんなら分かるだろ」


「くく、もっともじゃな」


 まったく、やっぱりタチが悪い巫女だ。

――それにしても、風薫やアヤメに、なんと説明するか。

 あと、紫にも伝えておくべきかな。

 俺の眼から見て、アヤメは意外とサバサバしている。

 人間関係的にはドライだから、俺を笑って送り出してくれるかもしれない。

 でも、問題は風薫か。

 さっきの張り詰めた顔は、俺がこうなることを直感で感じ取ってのことだったのだろうか。

 俺が帰ると知ったら、ショックなのかな。


「愛する男が消え失せて、悲しまぬ女がおるものかな」


「……プライバシーって知ってるか?」


「知らぬ。汝の世界の言語体系に興味はない」


 きっぱりと否定して、なおもニヤニヤと俺の顔を眺めてくる。

 どうやら、俺がどんな答えを出すか、見定めているようだ。

 なるべく誰の心にも負担はかけず、後腐れなく俺が元の世界に帰る方法。

 それを見出すには――


「なあ、神在月は毎年やってくるんだよな」


「当然じゃ、暦じゃからの」


「……だったら、俺が帰るのを来年に引き伸ばすことは出来るのか?」


「ふむ。まあ、予想通りといえば予想通りか。

 浅はかな答えじゃが、気を遣う汝ならそういう考えを抱いてもおかしくはない」


「どういう意味だ?」


 俺の考えをあざ笑うかのように、紅葉は喉を震わせる。

 そして、少し俺の脚に視線を投じて口を開いた。


「ところでその脚、どうしたんじゃろうかの」


「見えるのかよ」


 脚を覆い隠すような着物を着ているというのに。

 そしてそれ以上に、靴下で脚を隠しているというのに。

 透視でも出来るんだろうかこの意地悪巫女は。


「くく、汝には二つの選択肢が用意されておるのじゃよ。

 逆に言えば、それ以外の選択肢はない」


「というと?」


「一つはじきに来る神在月の日に帰るかじゃ。

 もう一つは――」


 そこで言葉を止め、俺の顔色をうかがってくる。

 しかし、それに対して俺は沈黙するしか無い。


「――汝がこの世から消えるかじゃ。全ての可能性はこの2つに絞られる」


「……冗談だろ?」


「何を言っておる。もはや汝にはこの道しか開かれておらん。

 汝は世界に拒否をされてしまった存在なのじゃ」


「…………」


 それが、二個目の選択肢とどう関係があるんだろうか。

 紅葉が口走る言葉は、全て抽象的で、俺を不安にさせてくる。

 あるいは、それが少女の狙いなのかもしれないが。


「汝はな、この世界に干渉しすぎたのじゃ。

 この世界の因果を乱した結果、世界の修正機能に巻き込まれてしまったのじゃよ。

 その結果が、現在の汝に起こっておる異変じゃ」

 

 俺の脚は、少しづつ透けてきている。

 じわりじわり、とまるで贖罪を促すような速度でだ。

 この透過が俺の全てを覆い尽くした時、果たしてどうなるのか。

 末路がなんとなく分かってしまうだけに、震えが収まらなくなる、


「……それを信じろと?」


「世界の修正機能は、決して珍しいものではないのじゃ。

 巫女らしく言えば、『神様が怒った』と言い換えられる。

 この世界で暴れすぎた者に対する神様からの鉄槌じゃよ。

 まあ、信じなくても良い。わしは別に困らんからの。

 とは言え、汝の身体は遠からず透けていき、この世から消滅する。

 これはもはや定められた運命なのじゃよ」


「でも――でもそれなら毛利両川だって……!」


 修正機能? 何だそれは。

 そんなSFもどきの説明なんかで、俺の運命が決まるだと?

 馬鹿馬鹿しい。神様の存在に関しては肯定派だが、それは余りにも突拍子すぎる。

 俺が神様から嫌われるようなことをしたのか。

 暴れたって言われても、俺は生きようと必死にもがいていただけなのだ。 

 そうだ。俺がそんな世界の修正機能云々に睨まれているんだとしたら――


 吉川元春。小早川隆景。

 あの二人だって、その例外じゃなかったはずだ。

 元いた人間にすり替わって、国を乗っ取ったんだから。

 しかし、俺の考えを真っ向から否定するように、紅葉は不敵に微笑んだ。


「程度が違うのじゃよ、程度がな。物事をよく考えてみよ。

 その二人は精々、一国の統治に少し影響を与えただけじゃろうて。

 しかし汝はどうじゃ。

 『違う世界の者』が『結果的』に『大国』を『滅ぼした』。端的に言えば、歴史と未来の改変じゃ。

 汝の行動は、明らかに度を越してしまっておったのじゃ」


「つまり……毛利家が消滅したから、俺は消えてしまうのか」


「ま、究極的に言えばそういうことじゃな。

 汝の世界を例に取ると、戦国時代から来た人間が、時の権力者を殺したようなものじゃ。

 異端分子がそんなことをしてしまえば、世界を敵に回しても仕方がないことじゃろうて。

 まあ、神様を怒らせたとでも解釈すればわかりやすいであろ」


 俺は、皆と協力して、障壁である毛利を打ち破った。

 それによって宇喜多家も風薫も救われたし、俺としても最高のことをしたと思った。

 でも、それはしょせん俺からの主観での話。

 客観的に見れば、この世界を滅茶苦茶にした大馬鹿野郎なんだ。


「……どうにも、ならないのか?」


「ん、何のことじゃ」


「俺は、この身体が消える前に元の世界に帰るか、そのまま消滅するか。

 その他に選択肢はないのか?」


「くどい。無理じゃといっておろうに。

 あと、わしをそんな目で見るな。わしに何かを頼られても困る。

 巫女は選択と未来を提示するだけで、選択をするのは他ならぬ本人なのじゃ」


 このままこの世界に残って、みんなと楽しく話をして、馬鹿みたいに騒ぐ。

 そして、来年の神在月に、ちゃんと全員に挨拶をして、後腐れなく帰る。

 それが、俺の掴みとりたかった最後だった。

 ――でも、その選択肢は、最初からなかったのか。

 迫ってくるタイムリミットが、世界からの修正機能が、全てを無に帰してしまっている。


「まあ、どの未来を選ぶかは汝次第じゃ。

 『帰還』か、『消滅』か。

 どちらを選んでも、汝はこの世界で得た絆を断ち切らねばならぬ。

 それが、世界の意志なのじゃから」


 どちらにしても、あいつらを残して俺はどこかに行ってしまう。

 前者を選べば何か言われてしまうだろうし、後者を選べば俺の人生そのものが終わってしまう。

 どうやら世界は、俺にどうしてもハッピーエンドを迎えさせたくないらしい。


「くく、辛い選択よの。汝の心が揺れ動いておるのが、手に取るように分かる。

 恨まれながら元の世界に帰るか、悲しまれながら世界から消えるか。

 どちらにしても、先程の娘は悲しむことじゃろうな」


「…………」


「竹中風薫、といったか。ずいぶんと汝に心酔しておったの。

 わしもいい加減恋慕に飽きるような年をしておるのじゃが、あそこまでの熱気は久しぶりじゃった。アテられてこっちまで恋に目覚めそうじゃったわ」


 どう見ても少女にしか見えない紅葉は、顔をパタパタと仰いだ。

 しかし、俺は他の事で頭がいっぱいで、そんなことを気にする余裕はない。

 ――竹中、風薫か。

 俺をここまで導いてくれた存在。

 この世界にきて、人を信じることを思い出させてくれた策士。

 どこか知り合いの発明娘に雰囲気が似ていて、危うげなところがあった少女。


 遠からず、俺は彼女との関係に決着を付けねばならないのだろう。

 それならせめて、言い訳くらいでもしておきたい。

 どのような結果になったとしても、あいつに何も言わずにおさらばするなんて言うのは、絶対に駄目だ。

 だから、だから俺は―― 


「そうかい。長話をさせて悪かったな」


「おや、もう腹は決まったのか。もう少し悩むと思ったのじゃが」


「悩んだよ。脳がねじれ切れそうになるくらいまで苦悩した。

 だけど、俺は俺なりの最善を選ぶよ」


「それは、果たしてどっちなんじゃろうな」


「神在月になれば分かるさ」


 それだけ言って、俺は茶に口をつけた。

 舌が痺れそうになるくらいに苦く感じる原因は、この茶が渋いということだけではないのだろう。

 緑色の液体を喉に流しこみ、湯のみを床に置いた。

 そして、俺は立ち上がる。


「神託をくれてありがとな、巫女様。

 神在月になるまで、俺は少し席を外すよ。その時が来たら、もう一回力を貸してくれ」


「それは構わんさ。しかし、どこに行こうというのじゃ。

 ここに至って、汝はどこに向かって行くのじゃろうな」


「…………」


 後ろからの声に無言を返して、俺は戸に手を掛けた。

 少し力を入れて開扉すると、外から冷たい風が流れ込んできた。

 目に染みる涼風を無視して、外に出る。

 そして戸を閉める直前になって、紅葉はもう一度、最後にもう一度だけ訊いてきた。

 それに対して、俺は答えてやろうと振り向いた。


「伏見春虎、汝はどこへ行く」


「決まってるだろ。みんなが幸せになれるハッピーエンドまでだ」


 そう言い切って、戸を完全に閉めた。

 そう、バッドエンドなんて認めない。

 トゥルーエンドなんてもっての他だ。

 そんな最後を選ぶくらいなら、俺は美しい終わり方よりも、誰かを幸せにする終わりを選ぶ。

 それが、俺の詐欺師としての最後の騙しなのだ――


 少し歩いて、風薫が待機していた詰所に辿り着く。

 少しの逡巡の後、戸を開いた。

 するとそこには、俺がここに来ることがわかっていたかのように、身支度を整えた風薫がいた。

 どうやら、彼女なりに俺の答えを予想していたのかもしれない。

 だけど、残念ながら俺は詐欺師だ。

 彼女の期待を打ち砕いて、彼女を幸せにする嘘を、俺なりについてみせる。


「風薫、話がある」


 それが、伏見春虎における最後の――詐欺せんたくなのだから。



 


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