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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第三章 打倒、将軍家
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第四十八話「神聖の巫女」

 


 

「ほほぉ、これが出雲大社」


「荘厳、といった感じですね」


 馬に揺られに揺られ、俺たちはなんとか出雲へと到達した。

 俺としては現代の方で何度か来たことがあるので、そこまでとまどいはない。

 ……結構そのまま残ってる施設とかもあるんだな。

 とはいえ、昔に火の不始末で焼けちゃった施設もあるみたいだけど。

 馬をつなぎ、その足で神社内を歩きまわる。


「とりあえず、巫女がいる詰所的な所に行こうぜ」


「そうですね」


 ちらほら祈願に参ってる町民もいるらしく、中には酒が入ってる中年オヤジもいた。

 いつの世も酔っぱらいのモラルは変わらないな、と苦笑して本殿近くに足を運んで行く。

 すると、忙しそうに走り回っている巫女の姿を発見した。


「ちょっといいか」


「はい、何でしょう」


「未来視のできる巫女がいるって聞いたんだが」


 俺が二の句を継ごうとした瞬間、ほんわか和む表情をしていた巫女さんの表情が急変した。

 そして、何の冗談か式神を召喚しかねない護符を構え始める。

 どうやら、俺を不審な人物だと認定してくれたらしい。

 風薫が腰の刀に手を掛けたが、それを制して巫女に向きあった。

 神社で抜刀するのはいただけない。


「おい、式神は陰陽道だろうが。神道に身を置く巫女が何使ってやがる。

 改宗か? 神道捨てて改宗したんか?」


 それは巫女が所持すべきブツじゃないだろう。

 アレだよ、例えるなら宝蔵院のおじさま方に鎖鎌を使わせるような愚行だよ。

 てか、巫女が武装してるってどんな神社だ。

 俺の知ってる出雲大社はこんなんじゃなかったからな。

 中国地方を代表する素晴らしい神社だったよ。


「……どこで知りました?


「京都で胡散臭い巫女から紹介された。詳しくは知らん」


 俺が簡潔に述べると、巫女はもう一度驚いたような顔をした。

 意味深に考えこむような表情になると、式神らしきモノを巫女装束の中にしまう。

 その時気づいたが、どうやらその紙は式神を召喚するものではなかった。

 二枚に折りたたまれた紙の隙間から、鋭利なカミソリらしき刃が見えている。

 ……思った三倍怖かった。

 もう巫女さんに萌えを感じなくなってしまいそうだ。

 PCゲーを起動した瞬間復活しそうだが。


「……まさか、椿つばきさまが? いや、でもこんな素性の知れない男に。……うーん」


「おーい、何でそんなに警戒するんだよ。

 未来視を知られたらマズイことでもあるのか?」


「大きな声で未来視未来視言わないでください! 門外不出なんですよ!?」


「お、おお……。その言葉、そのままバットで打ち返すぜ」


 半ギレされた所で、俺は怖気づいてしまった。

 カミソリで襲われたら死んでしまう。

 と思ったが、風薫がいてくれるから安心か。


「……いいでしょう。お二人方、こちらに案内しますので着いてきてください。

 後ほど能力を持った巫女を呼んで参りますので」


 そう言って、大社入口近くの小さい建物に向かっていく。

 なんともアグレッシブな性格をする巫女がいるもんなんだな。

 でも、例の京都巫女みたいに意地悪はしてこないみたいだ。

 個人的には仲良くなれそうだな。向こうは俺に対して冷たいけど。

 先導して歩く巫女に、刺激しないよう声をかけてみる。


「ちょっと質問があるんだが」


「……何ですか」


「忙しそうにしてるけど、何か用事でもあるのか?」


「もう少しで神在月に入ります。

 なので、神々を迎え入れるために整備をしているのです。今の時期はみんな多忙です」


「ほぉー、神在月ね」


 出雲ならではの言葉だな。

 旧暦を全部言えるか怪しい俺だが、その概念は知っている。

 神様出せばオーケーのご都合主義ゲームばっかりやってたからか。

 いや、神様幼女は個人的にドストライクなんだがな。


「……ご主人様から只ならぬ気を感じます」


「気のせいだな。俺は毒舌クールビューティー委員長キャラが大好きなんだぜ」


「嘘です」


「ぐっ……。って、懐かしいなそれ」


 最近は戯言を吐く暇もなかったから、その言葉をあんまり聞けなかったんだよな。

 山中では数回聞くくらい頻繁だったのだけれど。


 前を歩く巫女さんが、質素な建屋の戸口を開く。

 どうやらここは巫女の休憩所みたいな場所のようで、中央で暖を取るために薪をくべていた。

 少し冷たい風が吹いていたので、これはありがたい。

 馬で走ってると風が傷口を撫でて痛いんだよな。

 バイクに乗るときにコンタクトをつけてるのに近い。


「ここで待っていてください。すぐに呼んで参ります」


 そう言って、戸口をピシャリと閉めてしまった。

 うーむ、あんまり好意は持ってもらえなさそうだな。

 逆にそういうのも燃えるけども。攻略難度Bってところか。


「ふぅ、どんな巫女が来るのかね」


「うーん、巫女に関してはあんまり詳しくないです。

 でも、未来視なるものが使えるとなると、結構年配の方じゃないんですかね」


 未来視が仕える巫女はみんな年を食ったベテラン。

 確かに、普通そう思うだろう?

 俺もそう思ってたよ。京都の巫女からもらった手紙を読むまではな。

 あの腹黒巫女――未来視ができないとか言っておきながら、しっかりと人の心中と未来を見透かしてやがった。

 まあ、そのおかげで風薫にも出会えたし、出雲という地に来ることができたんだけどな。

 あんまり悪く言えない立場なんだけど、それでも出し抜かれたのが悔しい。


「……ね」


「ん? 何か言ったか風薫」


「いえ、何でもないです」


 ボソリと、風薫が何かをつぶやいた。しかも物憂げな顔で。

 その顔で何でもないなんて言われても、説得力が皆無だ。


「言ってみろよ。『遠慮はしない』だろ?」


「……でしたら」


 風薫はなんだか切なそうな表情をしている。

 それは例えば、やっと見つけた幸せの青い鳥が、手元から離れていってしまった時のような……。

 やめよう、俺らしくない比喩だ。

 そうだな、さんざんプレイしてたPCゲームが、ルート突入寸前で他のルートに入ってしまったみたいな。

 そんな喪失感に満ちた表情だ。

 風薫は顔を下にうつむけながら、俺に向かって何かを言った。


「……帰って、しまうんですよね」


「ん? ああ、俺がか」


 風薫はゆっくりとうなずく。

 膝の上に置いている手を、ギュッと握り締める。


「そしたらもう、会えなくなるんですよね」


「…………」


「こんなことを言ったらダメなんでしょうけど……離れたくないです」


「風薫……お前」


「ずっと、ここにいて欲しいんです」


 風薫は張り詰めたような声で、そう言った。

 本音に染まった言葉は、俺の心に容赦なく染み入ってくる。

 いつか、そういう時が来ることはわかっているはず。

 でも、風薫はそれを認めたくないみたいだ。


「私、ご主人様がいたから、また立ち直れたんです。

 やり直せたんです。でも、ご主人様はいつか帰らないといけないんですよね……」


「正直言って、俺もここに愛着が湧いてるよ。

 こんだけの間、辛いことを乗り越えてきたんだからな」


 あの鎧に吸い込まれ、何が何だか分からないままこの世界に来た。

 いきなり狼に襲われ、水仙に違う意味で襲われそうになった。

 降りた先では不憫な農婦もいた。

 しまいには、二度と会いたくない天敵とも言える巫女にも出会う始末だ。

 同じ商人でもすごい差があったしな。

 父の跡を継いだ気さくな商人もいたし、奴隷を売りさばくとんでもないトロール店長もいたのだ。

 そして、そこで出会った一人の少女。それが――この竹中風薫だ。


「実際、俺は風薫がいなかったら、山賊に襲われた時点で死んでたと思うぞ。

 アヤメがやろうとしてた幻術解除の生贄になってたかもしれない。

 でも、そんなピンチでも、お前がいてくれたから乗り切れた」


 ホント、俺は役に立たなかったよな。

 大して俺よりも精神力が強くない少女たちに頼りきって。

 いざ風薫を助けようと思った時も、他の少女の力を借りたくらいだ、


「俺は一人じゃダメな人間だ。筋金入りの詐欺師だ。

 人を騙して陥れて、謝罪の一つもない。

 でも、風薫は他の人間を守ることのできる、優しい女の子だ。

 俺なんかのことを気にしすぎちゃダメ」


「……違いますよ。ご主人様は、そんな卑屈な存在じゃないです」


「そう言ってくれると少しは救われるな。

 でも風薫、俺はいつ帰るメドが立つかわからないんだ。

 来週には帰れるかもしれないし、下手したら一生帰れないかもしれない」


 後者の場合、確実に元いた世界で悲しむ人間が出てきてしまう。

 絶対に不幸にしないと誓ったのに、それを破る結果になってしまう。

 そんなのは、絶対に駄目だ。


「だから、この世界にいる間は、俺は俺なりに全力を尽くしたいと思う」


「……そう、ですか」


 正直言って、今のところ言えることはこれだけだ。

 いつの間にか、風薫に苦しい思いをさせてしまっていた。

 だけど、俺はここの住人じゃないんだ。

 たとえ男の数が少ないとはいえ、風薫にはこの世界の人と幸せになって欲しい。

 まあ、納得できるかは本人次第だが。

 ……納得、してくれそうになさそうだけども。


「とりあえず、帰るときには、改めて詳しく話をするからさ。今はまず、巫女の神託を聞こうぜ」


 風薫はコクリとうなずいた。

 うーん、地雷を踏んでしまったか。

 俺的には、出会いと別れは一体のものだと割り切ってる。

 物事には表が存在すると同時に、裏が存在するのだ。

 だから、たとえ未来に辛い別れがあるかもしれない。

 でも、その時は必ず笑って送り出してもらえるよう、俺は今を頑張る。


「――失礼します」


 その時、建屋の引き戸が開いた。先ほどの巫女が顔を出す。

 彼女は一度外の方を向いて会釈をし、そのまま立ち去っていった。

 どうやら、案内が終わればそれまでらしい。

 そして入れ替わりに、一人の女性が入ってきた。


「…………」


 今の沈黙は俺のものである。

 いや、意表を突かれるっていうのはこういうことを言うんだろうな。

 入ってきた女性は、決して大人とは言えず、かといって少女とも言えず――そう、幼女としか名状できそうにない姿だった。

 年齢が二桁に届くか怪しい容貌に、無駄に整えられた巫女装束。

 肩の辺りで揃えられた黒髪は、妙に妖艶でツヤがあった。

 これは、アレか。さっきの巫女が連れてくる人を間違えたか。

 きっとこれは手の込んだ嫌がらせに違いない。

 いや、こんなことをしたのには何らかの理由があるはず。

 考えろ、いや感じるんだ。この行動に隠された真なる意味を……!


「……ああ、考えつかねえや」


「さっきから何を一人で頭を抱えておるんじゃ。

 この忙しい時にわしという最高位の巫女が来てやったのじゃから、

 這いつくばって畳を舐めるくらいの誠意を見せよ」


 寒そうに戸口を閉めた幼女は、あどけない声で辛辣なことをおっしゃった。

 思ったよりも流暢に喋ってくるので、俺の口は半開きとなる。


「……お前が、未来視のできる巫女なのか?」


「お前という呼ばれ方は嫌いじゃ。

 紅葉もみじという八百万の神より授けられた名前がある」


「お、おお。紅葉だな」


 思わず声が詰まってしまう。

 見た目の割に、内面が恐ろしく成熟なさっているようだ。

 正直言って、本能でこの幼女が恐ろしいことを理解した。

 間違いない、こいつはあの京巫女に匹敵するほどの性悪だ。


「誰が性悪じゃ」


「ひぃい!? 心を読まれてる!」


「これくらい、わしを紹介した椿でも出来たじゃろうに。いちいち驚くでない」


 いや、おかしいから。

 俺の特技の一つが『表情から心中を読ませない』ことなのに。

 言っておくけど、俺が本気を出せば風薫の嘘発見確率も下げることができるからな。

 にも関わらず、完璧に思考を読んだってことは、直接心が読める能力を持っているのだろう。

 怖い、やっぱり巫女は怖いよ。

 怯える俺をよそに、紅葉は俺の顔を一瞥した後、風薫の顔を無遠慮にのぞき込んだ。

 そして、何度か「ふむ、ふむ」とうなずいた後に、ニヤリと微笑む。


「そうか、汝がかの竹中風薫か。これは出会えて恐悦至極。

 ちと悪いが、席を外してもらえんかの」


「……一緒に聞いていてはダメですか?」


「くく、汝がこの男のことに執着しているのは痛いほど分かる。

 じゃが、汝の精神衛生上のためにも、この男のためにも、話を聞かぬほうが良い」


 ……この幼女、風薫の心まで完璧に読んでるな。

 風薫は少しためらうように顔を伏せたが、辛そうにうなずいて席を立った。

 そのまま戸口に手をかけ、外に出る。


「竹中の。外は寒いじゃろうから、隣の部屋で暖を取っておるが良い。

 身体を冷やしては策も浮かばんじゃろうからな」


 くつくつと意味深に笑い、紅葉は足を投げ出して座る。

 もはや礼儀もへったくれもなかった。

 風薫の気配が消えたことを確認して、紅葉は退屈そうに話しかけてきた。


「さて、訊きたいことを述べるがよい。

 それが真実に結びつくかは汝次第じゃがな――」



 


 

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