第四十八話「神聖の巫女」
「ほほぉ、これが出雲大社」
「荘厳、といった感じですね」
馬に揺られに揺られ、俺たちはなんとか出雲へと到達した。
俺としては現代の方で何度か来たことがあるので、そこまでとまどいはない。
……結構そのまま残ってる施設とかもあるんだな。
とはいえ、昔に火の不始末で焼けちゃった施設もあるみたいだけど。
馬をつなぎ、その足で神社内を歩きまわる。
「とりあえず、巫女がいる詰所的な所に行こうぜ」
「そうですね」
ちらほら祈願に参ってる町民もいるらしく、中には酒が入ってる中年オヤジもいた。
いつの世も酔っぱらいのモラルは変わらないな、と苦笑して本殿近くに足を運んで行く。
すると、忙しそうに走り回っている巫女の姿を発見した。
「ちょっといいか」
「はい、何でしょう」
「未来視のできる巫女がいるって聞いたんだが」
俺が二の句を継ごうとした瞬間、ほんわか和む表情をしていた巫女さんの表情が急変した。
そして、何の冗談か式神を召喚しかねない護符を構え始める。
どうやら、俺を不審な人物だと認定してくれたらしい。
風薫が腰の刀に手を掛けたが、それを制して巫女に向きあった。
神社で抜刀するのはいただけない。
「おい、式神は陰陽道だろうが。神道に身を置く巫女が何使ってやがる。
改宗か? 神道捨てて改宗したんか?」
それは巫女が所持すべきブツじゃないだろう。
アレだよ、例えるなら宝蔵院のおじさま方に鎖鎌を使わせるような愚行だよ。
てか、巫女が武装してるってどんな神社だ。
俺の知ってる出雲大社はこんなんじゃなかったからな。
中国地方を代表する素晴らしい神社だったよ。
「……どこで知りました?
「京都で胡散臭い巫女から紹介された。詳しくは知らん」
俺が簡潔に述べると、巫女はもう一度驚いたような顔をした。
意味深に考えこむような表情になると、式神らしきモノを巫女装束の中にしまう。
その時気づいたが、どうやらその紙は式神を召喚するものではなかった。
二枚に折りたたまれた紙の隙間から、鋭利なカミソリらしき刃が見えている。
……思った三倍怖かった。
もう巫女さんに萌えを感じなくなってしまいそうだ。
PCゲーを起動した瞬間復活しそうだが。
「……まさか、椿さまが? いや、でもこんな素性の知れない男に。……うーん」
「おーい、何でそんなに警戒するんだよ。
未来視を知られたらマズイことでもあるのか?」
「大きな声で未来視未来視言わないでください! 門外不出なんですよ!?」
「お、おお……。その言葉、そのままバットで打ち返すぜ」
半ギレされた所で、俺は怖気づいてしまった。
カミソリで襲われたら死んでしまう。
と思ったが、風薫がいてくれるから安心か。
「……いいでしょう。お二人方、こちらに案内しますので着いてきてください。
後ほど能力を持った巫女を呼んで参りますので」
そう言って、大社入口近くの小さい建物に向かっていく。
なんともアグレッシブな性格をする巫女がいるもんなんだな。
でも、例の京都巫女みたいに意地悪はしてこないみたいだ。
個人的には仲良くなれそうだな。向こうは俺に対して冷たいけど。
先導して歩く巫女に、刺激しないよう声をかけてみる。
「ちょっと質問があるんだが」
「……何ですか」
「忙しそうにしてるけど、何か用事でもあるのか?」
「もう少しで神在月に入ります。
なので、神々を迎え入れるために整備をしているのです。今の時期はみんな多忙です」
「ほぉー、神在月ね」
出雲ならではの言葉だな。
旧暦を全部言えるか怪しい俺だが、その概念は知っている。
神様出せばオーケーのご都合主義ゲームばっかりやってたからか。
いや、神様幼女は個人的にドストライクなんだがな。
「……ご主人様から只ならぬ気を感じます」
「気のせいだな。俺は毒舌クールビューティー委員長キャラが大好きなんだぜ」
「嘘です」
「ぐっ……。って、懐かしいなそれ」
最近は戯言を吐く暇もなかったから、その言葉をあんまり聞けなかったんだよな。
山中では数回聞くくらい頻繁だったのだけれど。
前を歩く巫女さんが、質素な建屋の戸口を開く。
どうやらここは巫女の休憩所みたいな場所のようで、中央で暖を取るために薪をくべていた。
少し冷たい風が吹いていたので、これはありがたい。
馬で走ってると風が傷口を撫でて痛いんだよな。
バイクに乗るときにコンタクトをつけてるのに近い。
「ここで待っていてください。すぐに呼んで参ります」
そう言って、戸口をピシャリと閉めてしまった。
うーむ、あんまり好意は持ってもらえなさそうだな。
逆にそういうのも燃えるけども。攻略難度Bってところか。
「ふぅ、どんな巫女が来るのかね」
「うーん、巫女に関してはあんまり詳しくないです。
でも、未来視なるものが使えるとなると、結構年配の方じゃないんですかね」
未来視が仕える巫女はみんな年を食ったベテラン。
確かに、普通そう思うだろう?
俺もそう思ってたよ。京都の巫女からもらった手紙を読むまではな。
あの腹黒巫女――未来視ができないとか言っておきながら、しっかりと人の心中と未来を見透かしてやがった。
まあ、そのおかげで風薫にも出会えたし、出雲という地に来ることができたんだけどな。
あんまり悪く言えない立場なんだけど、それでも出し抜かれたのが悔しい。
「……ね」
「ん? 何か言ったか風薫」
「いえ、何でもないです」
ボソリと、風薫が何かをつぶやいた。しかも物憂げな顔で。
その顔で何でもないなんて言われても、説得力が皆無だ。
「言ってみろよ。『遠慮はしない』だろ?」
「……でしたら」
風薫はなんだか切なそうな表情をしている。
それは例えば、やっと見つけた幸せの青い鳥が、手元から離れていってしまった時のような……。
やめよう、俺らしくない比喩だ。
そうだな、さんざんプレイしてたPCゲームが、ルート突入寸前で他のルートに入ってしまったみたいな。
そんな喪失感に満ちた表情だ。
風薫は顔を下にうつむけながら、俺に向かって何かを言った。
「……帰って、しまうんですよね」
「ん? ああ、俺がか」
風薫はゆっくりとうなずく。
膝の上に置いている手を、ギュッと握り締める。
「そしたらもう、会えなくなるんですよね」
「…………」
「こんなことを言ったらダメなんでしょうけど……離れたくないです」
「風薫……お前」
「ずっと、ここにいて欲しいんです」
風薫は張り詰めたような声で、そう言った。
本音に染まった言葉は、俺の心に容赦なく染み入ってくる。
いつか、そういう時が来ることはわかっているはず。
でも、風薫はそれを認めたくないみたいだ。
「私、ご主人様がいたから、また立ち直れたんです。
やり直せたんです。でも、ご主人様はいつか帰らないといけないんですよね……」
「正直言って、俺もここに愛着が湧いてるよ。
こんだけの間、辛いことを乗り越えてきたんだからな」
あの鎧に吸い込まれ、何が何だか分からないままこの世界に来た。
いきなり狼に襲われ、水仙に違う意味で襲われそうになった。
降りた先では不憫な農婦もいた。
しまいには、二度と会いたくない天敵とも言える巫女にも出会う始末だ。
同じ商人でもすごい差があったしな。
父の跡を継いだ気さくな商人もいたし、奴隷を売りさばくとんでもないトロール店長もいたのだ。
そして、そこで出会った一人の少女。それが――この竹中風薫だ。
「実際、俺は風薫がいなかったら、山賊に襲われた時点で死んでたと思うぞ。
アヤメがやろうとしてた幻術解除の生贄になってたかもしれない。
でも、そんなピンチでも、お前がいてくれたから乗り切れた」
ホント、俺は役に立たなかったよな。
大して俺よりも精神力が強くない少女たちに頼りきって。
いざ風薫を助けようと思った時も、他の少女の力を借りたくらいだ、
「俺は一人じゃダメな人間だ。筋金入りの詐欺師だ。
人を騙して陥れて、謝罪の一つもない。
でも、風薫は他の人間を守ることのできる、優しい女の子だ。
俺なんかのことを気にしすぎちゃダメ」
「……違いますよ。ご主人様は、そんな卑屈な存在じゃないです」
「そう言ってくれると少しは救われるな。
でも風薫、俺はいつ帰るメドが立つかわからないんだ。
来週には帰れるかもしれないし、下手したら一生帰れないかもしれない」
後者の場合、確実に元いた世界で悲しむ人間が出てきてしまう。
絶対に不幸にしないと誓ったのに、それを破る結果になってしまう。
そんなのは、絶対に駄目だ。
「だから、この世界にいる間は、俺は俺なりに全力を尽くしたいと思う」
「……そう、ですか」
正直言って、今のところ言えることはこれだけだ。
いつの間にか、風薫に苦しい思いをさせてしまっていた。
だけど、俺はここの住人じゃないんだ。
たとえ男の数が少ないとはいえ、風薫にはこの世界の人と幸せになって欲しい。
まあ、納得できるかは本人次第だが。
……納得、してくれそうになさそうだけども。
「とりあえず、帰るときには、改めて詳しく話をするからさ。今はまず、巫女の神託を聞こうぜ」
風薫はコクリとうなずいた。
うーん、地雷を踏んでしまったか。
俺的には、出会いと別れは一体のものだと割り切ってる。
物事には表が存在すると同時に、裏が存在するのだ。
だから、たとえ未来に辛い別れがあるかもしれない。
でも、その時は必ず笑って送り出してもらえるよう、俺は今を頑張る。
「――失礼します」
その時、建屋の引き戸が開いた。先ほどの巫女が顔を出す。
彼女は一度外の方を向いて会釈をし、そのまま立ち去っていった。
どうやら、案内が終わればそれまでらしい。
そして入れ替わりに、一人の女性が入ってきた。
「…………」
今の沈黙は俺のものである。
いや、意表を突かれるっていうのはこういうことを言うんだろうな。
入ってきた女性は、決して大人とは言えず、かといって少女とも言えず――そう、幼女としか名状できそうにない姿だった。
年齢が二桁に届くか怪しい容貌に、無駄に整えられた巫女装束。
肩の辺りで揃えられた黒髪は、妙に妖艶でツヤがあった。
これは、アレか。さっきの巫女が連れてくる人を間違えたか。
きっとこれは手の込んだ嫌がらせに違いない。
いや、こんなことをしたのには何らかの理由があるはず。
考えろ、いや感じるんだ。この行動に隠された真なる意味を……!
「……ああ、考えつかねえや」
「さっきから何を一人で頭を抱えておるんじゃ。
この忙しい時にわしという最高位の巫女が来てやったのじゃから、
這いつくばって畳を舐めるくらいの誠意を見せよ」
寒そうに戸口を閉めた幼女は、あどけない声で辛辣なことをおっしゃった。
思ったよりも流暢に喋ってくるので、俺の口は半開きとなる。
「……お前が、未来視のできる巫女なのか?」
「お前という呼ばれ方は嫌いじゃ。
紅葉という八百万の神より授けられた名前がある」
「お、おお。紅葉だな」
思わず声が詰まってしまう。
見た目の割に、内面が恐ろしく成熟なさっているようだ。
正直言って、本能でこの幼女が恐ろしいことを理解した。
間違いない、こいつはあの京巫女に匹敵するほどの性悪だ。
「誰が性悪じゃ」
「ひぃい!? 心を読まれてる!」
「これくらい、わしを紹介した椿でも出来たじゃろうに。いちいち驚くでない」
いや、おかしいから。
俺の特技の一つが『表情から心中を読ませない』ことなのに。
言っておくけど、俺が本気を出せば風薫の嘘発見確率も下げることができるからな。
にも関わらず、完璧に思考を読んだってことは、直接心が読める能力を持っているのだろう。
怖い、やっぱり巫女は怖いよ。
怯える俺をよそに、紅葉は俺の顔を一瞥した後、風薫の顔を無遠慮にのぞき込んだ。
そして、何度か「ふむ、ふむ」とうなずいた後に、ニヤリと微笑む。
「そうか、汝がかの竹中風薫か。これは出会えて恐悦至極。
ちと悪いが、席を外してもらえんかの」
「……一緒に聞いていてはダメですか?」
「くく、汝がこの男のことに執着しているのは痛いほど分かる。
じゃが、汝の精神衛生上のためにも、この男のためにも、話を聞かぬほうが良い」
……この幼女、風薫の心まで完璧に読んでるな。
風薫は少しためらうように顔を伏せたが、辛そうにうなずいて席を立った。
そのまま戸口に手をかけ、外に出る。
「竹中の。外は寒いじゃろうから、隣の部屋で暖を取っておるが良い。
身体を冷やしては策も浮かばんじゃろうからな」
くつくつと意味深に笑い、紅葉は足を投げ出して座る。
もはや礼儀もへったくれもなかった。
風薫の気配が消えたことを確認して、紅葉は退屈そうに話しかけてきた。
「さて、訊きたいことを述べるがよい。
それが真実に結びつくかは汝次第じゃがな――」




